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夢と現実の狭間



「お梅さんはいますか?」


 翌日の朝。朝稽古を終え、梓は前川邸の離れを訪れていた。

 本来なら巡察がある時間。前川邸にいる隊士はほとんどいない。梓ももちろん巡察があったのだが、土方に休ませてほしいと言えばすんなりと許可が下りた。前日の嘔吐を気遣ってのことかもしれない。


 離れの外で待てば、ぱたぱたとお梅が現れ、自分の家かのように中に通される。


「梓はんが訪ねてきてくれるなんて嬉しいわぁ」

「少し聞きたいことがあったので」


 そんな会話をして一番奥の部屋に入れば、当然のように芹沢が酒を飲んで座っていた。昨日の夜から悶々と考え事をしていた梓は、すっかり失念していた部屋の主の存在に頭を抱えたくなる。

 

「なんだ童。お前お梅と親しかったか?」


 そんなもっともな質問を投げかけられ、さらに内心頭を抱える。


(あーもうしまった!男として隊にいる自分がお梅さんに用があるなんて、芹沢さんにいらない誤解をあたえるだけじゃないか!)


 そんな梓の感情をよそに、お梅は梓の腕に擦り寄り頭を梓の肩に預ける。


「そうなんよ。梓はんとは仲良うなれそう」

「そ、そういう誤解を与える事しないでください!違いますよ!そんな怪しい仲ではないですから!」


 擦り寄るお梅を引きはがし芹沢に弁明するが、当の芹沢は酒を飲みながら豪快に笑っている。お梅もそれを見て笑うものだから、梓は訳が分からず眩暈を覚える。


「あら芹沢はん、梓はんが困ってはるで?」

「困らせておけ。まだ言わぬ」


 そんな会話は右から左に流れ、梓は離れに来た目的も忘れ「お邪魔しました」と踵を返そうとする。


「童。お梅に用があったのだろう。わしが居る場で出来ぬ話なら隣の部屋でも使うがいい。どうせ今は誰もおらん」


 お猪口に酒を注ぎながら顎で隣の部屋を指す芹沢は、梓が心配しているようなお梅と梓の関係を疑うような素振りは一つも見せない。お梅も芹沢の言葉に喜んで、梓の手を引いて隣の部屋の襖を開ける。


「梓はん。はよぉ」

「で、では、少しだけ失礼します」


 状況を読み取れない梓だが、隣の部屋となれば身の潔白は証明できるだろうとそそくさと芹沢から離れることにした。



「で?うちに用って何?」


 部屋に入って襖を閉めるなり、お梅が話を切り出す。

 梓はできるだけ声を潜め、佐々木と芹沢はその後どうなのか。佐伯が佐々木を気にかけていたという話を聞いたことなどを手早く話す。


「芹沢はんからはあれからあぐりはんの話は聞かんなぁ。そやけど平山はんと平間はんはせっせと何か動いとるようやね。ほんま大きなお世話や」


 頬を膨らませるお梅の証言から、佐々木を脅迫しているのはやはり平山平間だったかと納得する梓。

 しかしそこで、やはり疑問に思うのは佐伯だ。脅迫しているのが2人ならば、佐伯は土方の言った通り、ただ佐々木を励ましていたことになる。


(やっぱりあの夢の黒い影は佐伯さんじゃなかったのかな?)


 佐伯では無いのなら平山か平間のどちらかだろうか。どちらも芹沢ほどでは無いが上背はあるので似つかない気もする。と梓は腕を組む。


「お梅さんは佐伯さんの目が怪しかったと言ってましたけど、佐々木さんを励ましていたって言うのはどう思います?」

「どうもこうも、うちはそれ見てへんし」


(た、確かに……)


 呆れたように首をすくめながら言うお梅に、梓はたじろぐ。お梅はどうやら自分の見たものしか信じないタチなようだ。

 わざわざ聞きにきたが無駄足だったか。と項垂れる梓に、お梅は「せやけど」と続ける。


「もし本当に佐伯はんが佐々木はんに寄り添っとったんなら、味方のフリして手懐けようとしとったんと違うやろうか。と疑うわなぁ」


 至極当然の事のように「そうやろ?」とお梅は梓にも同意を求める。しかしお梅の発想は梓には無かったもので、梓は驚きながらもそれがあったかとストンと腑に落ちる。


「お梅さん!ありがとうございます!」


 梓はガバッと頭を下げ、襖の向こうに居るだろう芹沢にも「失礼します」と頭を下げて離れを後にした。

 残されたお梅はポカンと梓の背中を見送るが、梓がバタバタと居なくなった事を見届けてからプッと吹き出す。


「ほんまおもろいわぁ。うち、梓はん気に入ったわ」


 お梅の言葉は襖の向こうの芹沢に投げかけられたもので、芹沢はそれを聞いて1人お猪口を煽り口端をあげるのだった。




 前川邸を飛び出した梓は、京の街を歩いていた。

 夢で見たあの悲惨な現場への道のりを、記憶を頼りに目指している。

 しかし昼と夜中では人通りも活気も店の様子も何もかも違い、おまけに路地裏は似た通りが多いため、道を選んではここでは無かったと引き返す事の繰り返しで、かなり難航していた。


「落ち着いて。冷静に。記憶だけが頼りなんだから……」


 自分に言い聞かせるように、呟きながら路地裏を進む。

 記憶を辿らなければあの場所へは着けないのに、着いた先の悲惨な光景が脳裏に過ぎっては歩みを邪魔してしまう。


 休憩がてら立ち止まり、近くの何もない路地を眺め気持ちを落ち着かせる。

 胸糞悪かろうが、怖かろうが、辛かろうが、思い出さないことには防ぐために動くこともできない。


 先程のお梅との会話もあり、あぐりを襲っているのは佐伯だと確信する梓。もちろん先入観もあるが、思い出せば思い出すほど佐伯にしか思えないのだ。

 そして、佐伯に手を伸ばすように亡くなっていた佐々木。その爪先には地面の砂をガリガリと、血が滲むほどに何度も何度も掻いた跡があった。

 これは梓の想像でしか無いが、佐々木は深手を負わされ、しかし止めを刺されることはなく、あぐりが蹂躙される様を見せつけられたのではないか。


(もしそうなら、なんて惨い…。死んでも死にきれないほど、辛く憎かったのは間違いないわ)


 感傷に浸りそうになりながら、そんなことは絶対に起こさせてはいけないと、梓は現場を探すため再び足を動かす。



 何度か路地を行ったり来たりしたところで、ようやく確信が持てる場所にたどり着いた。現場に来れば夢の光景が更に鮮明に思い出される。それは今現在、この場に2人が倒れているかのように感じるほどに。

 あぐりの姿はやはり目をやるのに抵抗があり、まずは佐々木をよく見る。

 夢ではすぐにあぐりに視線を動かしてしまったが、よくよく思い返せば旅装束を着ていた気がする。いや、着ている。

 あぐりの方はどうだろうかと、黒い影が逃げた後の姿を恐る恐る思い返せば、着物の乱れで確信は持てないが脚半(きゃはん)と草履を身につけているように見える。


(やっぱり。それならこの時間に2人がこんなところにいるのも納得だわ……)


 梓はふぅっと息を吐き、記憶の中に潜ることをやめ空を見る。封鎖的な路地裏の暗がりのなか、懸命に明かりを届ける空色がやけに煌めいて見える。

 梓は近くの木箱を足がかりに、その明かりを追いかけるようにひょいひょいと屋根に登る。行ったり来たりと迷いながら来た道は、上から見れば大通りからさほど離れてはいない。

 自分の今いる場所を完璧に把握し、脳裏に擦り込み、その場を後にすることにした。



 その日の夜、梓は夜勤を買って出る事にした。あの事件はいつ起こるか分からない。長ければ三日間寝ずの番になるかもしれない。それならば夜勤の方が、日中寝られて都合が良いと考えたのだ。

 土方に「夜勤をしたい」と願い出れば、またしても意外なほどにあっさりと許可が出た。昼間休んで体調不良が治ったから夜から出る。と付け加えたのが良かったのかもしれない。


 梓は1人、夜の巡察の隊列から離れ例の場所までやってきた。

 隊列から離れる事は当然禁止される行為だが、幹部は別。平隊士に言えない用事を土方や近藤から預かる事もたまにあり、暗黙の了解として居なくなっても怪しまれることはない。それにかこつけて遊びに繰り出す幹部も一部いるが。

 今回は梓もそれに便乗することにしたのだ。


 裏路地は夢と同様、シン…ッと静まり返り月明かりが照らしている。

 梓の予想が当たっていれば、佐々木はあぐりを連れて壬生浪士組を脱走。逃げる途中に殺された。旅装束だったことと夜中に路地裏に居たこと。夢の始まりで梓と沖田・斎藤・藤堂が走って佐々木を追っていたことから、間違いないはずだ。


 それならば、いくら佐々木を助けるためとは言え、梓がこの路地で立っていたら追っ手だと思い警戒されるに違いない。局中法度『局を脱するを許さず』。脱走は切腹を意味するのだから。

 そして、それをいち早く追ってくるであろう佐伯にも、見つかるわけにはいかない。


 梓は昼間同様小箱を足がかりに、静かに屋根の上に上がり身を低くし陰に溶け込む。

 隊服を脱ぎ黒い着物に身を包んで屋根にいる姿は、まるで黒猫のようだと自分自身に失笑するが、闇に溶けるように動きを止めれば、辺りの静けさに神経が鋭くなるのが分かる。


 月明かりのおかげで路地裏はほぼ死角無く見渡せる。その上、夜の静寂のおかげでネズミの足音ですら耳に届く。

 誰かが走ってくれば、間違いなく気付くことができると確信した。



 時折空を見上げ、月の位置を確認しつつ、念のため月が真上から傾いても尚張り込んだが、太陽が遠くの山の上から顔を出しても佐々木達は現れなかった。


(今日じゃなかったのか)


 梓は内心ホッと胸を撫で下ろし、重たくなった体をゆっくりと持ち上げ屋根から降りた。

 一晩中緊張しながら神経を研ぎ澄ませていたせいで、疲労がかなり体に来ている。前日の朝から寝ずに起きていた事も響いているのかもしれない。

 今までのどんな稽古よりも強い疲れを覚え、ふらふらと屯所に戻り布団に入るなり眠り込んだのだった。




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