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足湯での遭遇




 翌日もその翌日も、ひたすら山道を皆でゾロゾロと進んだ。

 三日目までは芹沢も変わらず、三番隊の先頭を我が物顔で歩いていた。試衛館の面々に良く思われていない事はもちろんだが、他の隊にももちろん本庄宿での焚き火の話は広まっているようで、皆芹沢からは一定の距離を置いているらしい。


 浪士組をまとめる浪士取締役の面々から沙汰があったのは四日目の朝。

 芹沢は三番隊から浪士取締役付に移動となった。悪さをしないように取締役が側で見張るということだろう。

 それに伴い近藤が先番宿割から三番隊の小頭に就任し、梓達と行動を共にできる事になった。


「毎日毎日山山山。いい加減飽きるよなぁ」

「そうですねぇ。近藤さんが来て2日ですか?最初こそ喜びましたが、それだけですしねぇ」

「それだけって…」


 藤堂と沖田と梓で並んで歩いているが、出てくるのは愚痴が多くなっていた。梓は、沖田の失礼な物言いが近藤本人に聞こえていないかと周りを見回す。

 幸い前を歩く近藤は、楽しそうにウキウキと土方や山南と話しをしている。今夜の宿が楽しみだとか、そんな内容を話しているらしい。


 本庄宿以来野宿することはなく、毎日どこかしらの宿場町に泊まれている。聞くところによると中山道には宿場町が69宿あり、初日に学んだ野宿の際の教訓は生かされることはなさそうだと梓は悟っていた。


「近藤さんたち、今夜の宿について話しているようですけど、良いお宿なんですかね?」


 梓が問い掛ければ、藤堂と沖田の関心はそちらに移る。


「良い宿って言っても、浪士組の資金的に豪華って訳じゃねぇんじゃね?」

「それでもわざわざ話題にするって事は、何かあるのかもですよ?」


 もっともな意見が藤堂から出てくるが、梓はどんな宿だろうかと胸を躍らせる。


「宿でないなら宿場町がいいとか?良い宿場町ってどんなのだと思います?」


 沖田の問いかけに、今度は良い宿場町を思い浮かべる。

 といっても良い宿も良い宿場町も、梓の持っている知識では想像することもできなくて、ただただ胸が躍るだけなのだが。


「なんだ?楽しそうな話をしているな?」


 ひょこっと現れたのは井上源三郎だ。別隊にいなければならないはずだが、ずっとこっちにいるので最早突っ込む者もいない。


「近藤さん達が今夜の宿の話をしているらしいのですけど、源さんなにか聞いてますか?」


 沖田の問いかけに、井上は何か思い当たる事があるようで「あぁ」と手を打った。

 その様子に梓を含めた3人は井上の次の言葉を前のめりで待つ。


「そんなに気になるなら直接聞けば良いんじゃないか?」

「それじゃ面白くねぇの!」

「ほら、勿体ぶらずに言ってください」


 藤堂と沖田が急かせば、井上もこれ以上焦らす事なく口を開くのだった。




「すごい……臭い!」


 宿場町に着いたのはいつも通り日が沈み切る少し前。

今日泊まるのは下諏訪宿。近藤達が楽しみにしていたもの、それは温泉だった。

 下諏訪宿は温泉地として人気がある宿場町なのだという。


「そう言われると、確かに臭うな」


 梓の言葉に藤堂と沖田が鼻をヒクヒクと動かす。


「ハハハ。梓君は鼻が効くのですね。温泉には硫黄という成分が含まれていて、卵が腐ったような異臭がするのだそうですよ」


 山南が説明してくれたが、あまりピンとこない3人。それもそのはず、卵と言ったら高級品だ。それを腐らせるなんて、みんなしたことが無かったのだ。

 従って梓も、今鼻についているこの臭いが、その卵を腐らせた匂いなのかわからず戸惑っている。


「実際に温泉に入ってみれば、もっと直接匂いを感じるかもしれませんね」


 山南はそう笑って先を歩いて行った。


「温泉かぁ。良い女がいると良いな」

「俺はゆっくり浸かれればそれでいいけどなぁ」

「かー!これだから左之はよぉ。目の保養って言葉を知らねぇのか?」


 永倉と原田のそんな会話が後ろから聞こえ、梓は聞こえないふりをした。

 江戸の銭湯もそうだが、温泉といえば男女一緒に裸の付き合いをするものなのだ。それが良いという女もいるにはいるが、梓には理解できなかった。


(私も一回くらい、温泉ってものに入ってみたいなぁ)



 宿に入り部屋に荷物を下ろせば、みんなイソイソと手拭いを持って部屋を出る支度を始める。


「温泉なんて久しぶりです」

「硫黄の匂いが強すぎて鼻がひん曲がるとかねぇよな?」


 純粋に温泉を楽しみにする沖田と藤堂に、永倉が「お前らお子ちゃまは行かねえ方がいいんじゃねえか?」とニヤニヤと声をかける。


「なんでだよ?」

「宿場町にはいろんな奴がいるからな。刺激が強い光景があるかもしれねえって事だよ」


 原田が補足をすれば藤堂は顔を真っ赤に染め上げ、沖田は「へー」っと分かっているのかいないのか分からない相槌をうつ。


「楽しみにしているところ水を差すが、宿の湯は浪士組の面々しか入っていないんじゃないか?」


 近藤が真面目な顔をして突っ込めば、盲点だったと皆が一斉に驚いて近藤の顔を見る。


「げ!近藤さん、それを早く言えよー!」

「残念だったなぁ新八―」


 がっくり項垂れる永倉に、原田が笑いを堪えて肩に肘を乗せる。しかし、土方が永倉の空いた方の肩をガシッと掴んだ。


「安心しろ新八。宿屋はダメでも湯屋がいくつかあるらしいぞ」

「なに!んじゃ俺はそっちだ!土方さんも行くだろ?」

「土方さんなんて誘ったら良い女全部取られるだけじゃねぇか」

「そりゃお前もだ左之!」


 永倉が原田の頭を押さえ込んでぐりぐりと撫で回した。

 男達の男同士の会話に、聞いてはいけないものを聞いている気がして、梓は平助同様、終始赤面して俯いていた。


「さぁさぁ皆さん、この部屋には青年達が居るのですから下世話な会話はそこまでにしましょう」

「ほら、宿の湯に行く奴は一緒に行こう。旅の疲れも吹っ飛ぶぞ」


 山南と井上が空気を読んで会話を切る。こういう時頼りになる大人がいるのは大変ありがたい。

 藤堂と沖田、近藤と山南と井上は部屋を出ようと立ち上がる。


「梓は行かねぇの?」

「お!梓はこっち組が?男じゃねえか!」


 藤堂と永倉が声を合わせて梓を見る。しかし身も心も男ではない梓はどっちに行くこともできない。


「わ、私は疲れたので寝ます。皆さん楽しんできてください」


 早口でそう言って寝転べば、皆残念がりつつ部屋から出て行った。

 最後に土方だけが「悪いな」と言って出て行ったが、今の梓には嫌味にしか聞こえなかった。



 寝るとは言ったものの、素直に寝るのは勿体無い。

 皆が出て行ってから梓はむくりと起き上がり、夕食までの時間宿場町を散策することにした。

 


(うーん。なにか面白い雑貨屋や土産物屋があれば良いなと思ったけど、案外ないなぁ)


 宿を出て適当にぶらぶらとあるいてみたが、あるのは宿屋と湯屋ばかり。硫黄の臭いが強くなったり弱くなったりするくらいの変化しかない。

 夕飯の時間もあるしそろそろ帰ろうかと思った時、モクモクと湯気が出ている場所を見つけた。

 近づけば硫黄の臭いが段々と強くなる。


(あれは…足湯!?)


人もあまり入っていない無料の足湯があったのだ。しかもその隣には温泉まんじゅうの旗を掲げた小さな店がある。


(なんて贅沢なの!温泉まんじゅうを食べながら足湯に浸かれるじゃない)


 梓は小走りをして店まで行き、温泉まんじゅうを買うと隣の足湯に向かう。草履と足袋を脱ぎ袴を持ち上げれば準備は万端。

 ゆっくりと湯に歩みを進めれば、少し熱めの湯が疲れた足をジンジンと刺激する。


(はわぁぁあ)


 天にも昇る気持ちになりながら長椅子に腰掛け、懐に入れていた温泉まんじゅうを取り出す。一口食べれば甘さが口一杯広がり、足湯との合わせ技で天にも昇る気持ちになる。


「お、良い楽しみ方をしているな」


 向かいから声が聞こえ、先約がいたかと蕩けていた体をピシッと引き締める。


「すみません、腑抜けたところ…を…」


 目の前の人物を見て梓は言葉を紡ぐのを忘れる。目の前には着物の裾を捲り梓と同じように足湯を堪能する、芹沢鴨がいたのだ。

 今日はお付きの人達はいないようで、1人優雅に鉄扇を仰いでいる。


「なに気にするな。その饅頭はどこに売っていた?」

「あ、はい。すぐ隣のお店に」


 少し指をぷるぷると振るわしながら店を指さすと、芹沢は立ち上がりバシャバシャと湯を歩いて濡れた足のまま草履を履く。


「おい店主、饅頭をひとつ頼む」

「はいよー」


 店主から饅頭を受け取り「これは美味そうだ」などと会話をするこの男は、本当に本庄宿で焚き火をしていたあの男だろうか?と梓は信じられないものを見る目で芹沢を見つめる。


「なんだ童。もう一つ食いたかったか?」

「いえ、もう十分で……」

「そうか」


 そう言い、饅頭を持ったまままた足湯に戻ってくると、先ほどの梓と同じように足湯に浸かって饅頭を頬張る。


「おぉ、これは良いな。童が教えてくれねば知らずに出てしまうところだったわ」

「あ、あの、私はわっぱではなく、あなたと同じ浪士組でして……」


 恐る恐る声を出せば、芹沢は鉄扇をバッと広げた。鉄扇の迫力のある音に梓はビクッと身構える。


(い、言わなきゃよかった…!)


「どこかで見た顔だと思ったが、お前近藤のところの童の1人か」

「あ、は、はい!」


(近藤のわっぱの1人って…。結局わっぱなのね。まぁそれで良いや)


 芹沢とは直接話したことも挨拶を交わしたことすら無かったが、梓の存在を認知していた芹沢に正直驚いた。


(向こう見ずな荒くれ者だと思ったけど、意外と周りは見てるのかな?)


「なんだ?わしの顔に何かついているか?」

「あ、いえ、足湯にいるってことは温泉には行かなかったのかなって……」


 まさか荒くれ者だと思っていたとは言えず、適当に誤魔化せば芹沢は「はぁ」っとため息をつく。


「湯屋には行った。しかし皆考えることは同じなようでな。浪士組のムサ苦しい男ばかりですぐに出てきたわ」


 ゲンナリした顔で気だるげに鉄扇を仰ぐ姿を見て、梓は思わず笑ってしまった。


「おい、笑うでない。しかしわしの選択は正しかったようだな。足湯に饅頭、こっちの方が断然良いわ」


 ハッハッハッと豪快に笑う芹沢に、梓も思わず笑ってしまった。

 本庄宿の芹沢は絶対に近づいてはいけない雰囲気だったが、今ここにいる芹沢はとっても気安い。とても同一人物には思えなかった。


「ではわしは行く。童も早く戻らねば、夕飯を食いっぱぐれるぞ」


 そう言って芹沢は先程と同じように、足も拭かずに草履を履くと足湯を後にした。

 芹沢の後ろ姿を見送りながら、梓は芹沢は2人いるのではないかと首を傾げた。



 足湯を堪能して宿屋に戻ると、ホカホカと湯上がり姿で楽しそうに会話する宿屋の湯に向かった組と、行く前より疲れた顔をする湯屋に向かった組がいた。

 芹沢の言った通り、湯屋に女を期待して行った3人は浪士組のムサ苦しい洗礼を受けたのだろう。


「お、梓おかえりー。部屋にいねぇからどこに行ったのかと思ったぜ」

「聞いてください。宿の湯誰もいなかったんですよ。貸切で快適でした」


(…なるほど。宿屋の浪士は全員湯屋に雪崩れ込んでたのか)


 疲労困憊の永倉原田土方に心の中で手を合わせ、自分も足湯と温泉饅頭を満喫してきたと自慢する梓だった。






豆知識

江戸時代では温泉や銭湯は混浴が主流だったようです。

一時は風紀の問題から混浴禁止令もだされましたが定着せず、男女別での浴場が主流になったのは明治中期ごろだったそうです。

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