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蹂躙される愛

⚠︎嫌な表現が出てきます



 数日後、月経はなんとかやり過ごし清々しい朝を迎えることができた。

 この数日間、巡察でも特に大きな捕物がなかったのは不幸中の幸いだ。

 

(今日は佐々木さんいるかな?)


 朝稽古を終え、キョロキョロと辺りを見回す梓。

 ここ数日自分のことで手一杯だったとは言え、それとなく話だけでも聞こうと毎日佐々木を探す事はしていた。しかし夜番なのか非番なのか、見つけることができない日が続いていたのだ。


「梓さん?毎日何をうろうろしてるんです?」


 首を傾げてひょっこり現れたのは沖田。

 月経の間はボロを出さないよう、なるべく隊務以外で人と関わらないようにしていたため、なんだか久しぶりだ。


「うろうろはしていませんけど、最近佐々木さんって見なくないですか?」

「佐々木君?……そういえば見てないかもですね?」


 そう言うと沖田も一緒になって辺りを見まわし始める。梓だけならともかく、背が高い沖田までもがキョロキョロと辺りを見回せば否が応でも目立つもので、案の定藤堂と斎藤が何をしているのかと尋ねてきた。


「佐々木さんを探しているんですよ。知りませんか?」


 沖田が代わりに問えば、平助は首を振ったが斎藤が何か心当たりがあるようで腕を組んだ。


「聞いた話だが、佐々木は今厄介ごとを抱えているらしいぞ」

「「厄介ごと?」」


 斎藤の意味深な言葉に3人揃って聞き返したところで、ここでは何だからと境内の隅に移動する。

 男4人(うち1人は女だが)がコソコソと集まってしゃがみ込む絵はなかなかに怪しいが、それが全員幹部では一般隊士は見て見ぬふりをすることしかできない。


「佐々木と恋仲の女がいただろう。その女が芹沢さんに目をつけられて、佐々木は芹沢一派に別れるようにと脅迫を受けているらしい。それですっかり参ってしまっていると聞いた」


 斎藤の話に、一番に「はあ!?」といきり立ったのは藤堂だ。

 佐々木がお梅に言い寄られた時の男気を目の当たりにしている藤堂からしたら当然の反応だろう。


「佐々木君は前川邸か!?俺話を聞いてくる!」


 前川邸にいるという確証はないだろうに、ここにいないと言うことは部屋だろうと決めつけズンズンと歩き出した藤堂を追うため、3人もその場から立ち上がった。



「佐々木君いるか?開けるぞ?」


 前川邸の一室、藤堂が声をかけ襖を開けると、部屋の隅で膝を抱えて座っていた佐々木が顔をあげた。いつもの爽やかな好青年の面影は一切なく、虚な目の下にはクマができ頬も心なしがコケている気がする。


「……先生方。お揃いでどうしました?」


 ヨタヨタと座り直し背筋を正す佐々木だが声に力はなく、斎藤の聞いた話が真実だったのだと確信する4人。


「佐々木君大丈夫か?寝れてねぇだろ」

「……はい。ちょっといろいろありまして……」

「話は聞きましたよ。芹沢さんに脅されているんですよね?」


 藤堂と沖田が佐々木の目線に合わせてしゃがみ込めば、佐々木はみるみるうちに目に涙を溜め込み俯いてしまった。精神的に相当参っているのがよく分かる。


「……俺が、あぐりを諦めきれないのが悪いのです。局長の命令に背いてしまってはここに居られないのに…―」

「何言ってるんですか!あぐりさんと佐々木さんは思い合っているのでしょう!?それを別れさせるなんてそんなバカな話ありません!局長にそんな権利あるわけないじゃ無いですか!」


 梓が憤りのまま声を荒げれば、佐々木はびくりと肩を振るわせ「大きな声を出さないでください!」と梓よりも大きな声をあげると、急いで襖まで駆け出し廊下をキョロキョロと見渡した。

 佐々木の異常に慌てた行動に、梓達4人は顔を見合わせて呆気に取られる。


「……佐々木、芹沢さんからの脅迫は酷いのか?」


 斎藤が疑問を口にすれば佐々木はビクッと肩を揺らし、静かに襖を閉める。外からの風が絶たれみるみるうちに汗が額を湿らせる。


「……芹沢さんが直接何かを言ってくることはないです」

「それならその取り巻きか?そんなの相手にする必要…―」

「先生がた!心配してくれるのはありがたいですが、これは俺の問題です。これ以上事を荒立てたくありません。どうか、お引き取りを!」


 藤堂の言葉を遮り、佐々木はグイグイと4人の背を押して部屋から追い出す。ここまで拒まれては何も手出しすることができず、梓達4人は追い出されるがまま部屋から退室するしかなかった。



 その日の夜。梓は久しぶりの悪夢にうなされた。

 月が高く登った夜更け。誰もいない、月明かりを受ける京の町。そこをひたすら走る梓。その周りには沖田・齋藤・藤堂もいる。皆血相を変えあたりを見回しながら何かを探している。

 しばらく走ったところで齋藤の案で皆散り散りに裏道に入る。


 そして微かに聞こえた声を頼りに進めば、入り組んだ裏道の先、背中を血で真っ赤に染め手を前に伸ばし息絶えた佐々木愛次郎。

 その手の先では、口から血を流し悲痛な顔でこと切れる美しかったであろう女性、あぐり。

 そして、気味悪く笑いながらこと切れたあぐりの着物をまさぐり腰を動かす黒い物体。


 梓はその悲惨な光景にヒュッと呼吸の仕方を忘れ、その場に崩れこむ。

 あぐりを蹂躙する黒い何かを捕まえるなり斬るなりしなければならないのは分かっている。しかし、込み上げる恐怖と吐き気で体が動かない。

 胃の中にあるものを地面にぶちまけた音が聞こえたのだろう。黒い物体はビクッと肩を揺らし、梓に視線を向ける。そして目が会うや否や脱兎のごとく、近くに落ちていた刀を拾って路地の暗がりに消えていった。



「おい。起きろ。おい!」


 頭を強く叩かれ、痛みから頭を押さえて目を開ければ、まばゆい月明かりが視界に飛び込んできた。

 ガバッと起き上がれば、そこはいつもの八木邸の屯所で、空に見えた月は涼を獲るために開け放たれた襖から見えた事に気が付き胸を抑える。

 しかし安心したとたん襲ってきた吐き気で、胸を抑えていた手は口元に運ばれ、何とか中庭まで這ったものの厠まではたどり着けず、縁側から身を乗り出して吐いてしまった。


「おま、本当に大丈夫か?」


 起きてすぐに吐いた梓を見て、眉間に皺を寄せながら背中をさするのは土方だ。

 寝ているところに頭を叩いたことへの謝意も込められているのかもしれない。


「……すみません。お目汚しを。土方さんは今帰りですか?」


 はぁはぁと呼吸を整え謝罪すれば、土方はバツが悪そうに首を掻く。花街で綺麗なものに囲まれて楽しんで帰ってきたであろう土方に、帰って早々汚いものを見せてしまったと、梓は乾いた笑いを漏らす。


「打ち所が悪くて吐いてる訳じゃないので、気にしなくていいですよ」


 梓がふざけて言えば「そんな事分かってんだよ」と不機嫌な声が返ってきた。

 そんな会話ができる程度には回復した梓だが、土方の手は依然梓の背中に添えられている。


「……悪い夢でも見たか」


 不器用に発せられた言葉には、梓を思いやる色が込めらえている。最近では鬼の副長などとも言われるようになった、土方らしからぬ態度に、今度こそフフッと心から笑えた気がした。


「そうですね。だいぶ嫌な夢をみていました。おでこは痛いですが起こしてもらえて良かったです」


 まだ正直、心の臓は早鐘を打っているし、先ほどの光景は思い出すのもはばかられる。

 しかし、あの光景がこれから起こる事だとすれば、いつまでも避けてはいられない。


「……土方さん。あの月はこれから大きくなる月ですか?」

「あ?……そうだな。明後日あたりが満月だ」


 梓の突拍子もない質問に、土方は最初眉を寄せたがすぐに梓の欲しい答えを出してくれた。


(夢に出た月はほぼ真ん丸だった。満月の前後一日だったとしたら、あれは早ければ明日起こる事かもしれない)


「土方さん。最近佐々木さんの様子がおかしいのですが、何か知りませんか?」

「お前はまた、よく分からねぇ質問を……佐々木は最近、芹沢さん関係でごたついてんだろ。ったく。人のもんに手ぇ出して何が楽しいんだか」


 土方の飽きれ声に梓も同感だと頷く。まさかその結果が二人の死だとは、梓以外誰も思っていないだろう。

 当然梓の知りたいのはあぐりを蹂躙していた黒い影の正体だが、あの姿形は芹沢とは似ても似つかない。


(私も一番に芹沢さんかと思ったんだけど、芹沢さんよりだいぶ小さく見えたんだよな。第一芹沢さんなら私を見て走って逃げる事はしそうにないし……)


「佐々木さんは芹沢さんに直接嫌がらせはされてないそうなんですけど、どう思います?」

「俺が知るわけねぇだろ。……いや、嫌がらせとは違いそうだが、前に佐伯と話してんのを見たな。ちょうどこんな感じに、佐伯が佐々木の背中をさすって励ましてたようにみえたな」


 そう言いながら、土方は梓の背中で止めていた手を再び動かす。


「土方さんは私を励ましてくれてるんですか?」


 疑問に思い率直に聞けば、土方は背中をさすっていた手を一度離し強く梓の背中に打ち付けた。あまりの痛みに、思わず「痛った!」と声を上げる梓。


「ほんっとうにお前ら兄弟は……。人の心配をいつもいつも……」


 呟きに怒りを込め、土方は立ち上がり奥の部屋に入って行ってしまった。梓は土方の残した呟きの意味を理解できなかったが、兄と同じだと言われているのは分かり、悪い気はしなかった。


(……それにしても、なんで佐伯さんが佐々木さんを気遣うんだろ?お梅さんの話では、どっちかって言うと嫌がらせをしたい方なんじゃないの?)





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