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角屋の騒動勃発




 前川邸の離れに着いたはいいが、すっかり忘れていた午前の出来事を思い出し、梓は離れの前で立ち止まる。


(まさか、またお梅さんと交わったりしてない、よね……?)


 思い出すのも躊躇われる光景が頭をぐるぐると回り尻込みしていると、突然戸が開いた。

 びくっと警戒する梓だが、中から出てきたのは新見で、固まる梓に不審な目を向ける。


「なにか?」

「あ、あの、芹沢さんはいらっしゃいますか?」


 狼狽えつつも声に出せば、新見は「あぁ」と納得した様子で中に戻っていく。

 その行動から、梓が想像する事態は起こっていなかったと察し、梓も新見に続いて中に入る。


「芹沢局長。梓が御用だそうです。例の藩の件かと」

「失礼します」


 新見に続いて中に入ると、室内にお梅の姿はない。ホッとしたのもつかの間、代わりにむわっと酒の匂いが鼻につく。


「昼間からお酒ですか?」


 最近の芹沢は酒浸りだとは聞いていたが、まさか日も沈まぬ時間から飲んでいるとは思わず、つい声に出した梓。それに対し芹沢が少し赤らんだ顔を梓に向ける。


「……なんだ童。わしに意見するとは偉くなったな」

「いえ、意見はしてないですが……そんな事より、水口藩の事です」


 小言が始まる前にと梓が軽く経緯を話せば、芹沢は「ふむ」と酒を置いて一旦考える素振りを見せる。取り付く島もなく一蹴されると思っていた梓は、内心ほっとしつつ芹沢からの言葉を待つ。


「……座を設けるなら返してもいいな」


 腕を組んでにやりと笑う芹沢に、新見が「いいですね」といち早く反応する。

 梓には言っている意味が分からなかったが、『返してもいい』という思いがけない芹沢の言葉に驚きつつ「ほんとですか?」と聞き返す。


「童。その友とやらに伝えろ」

「ザヲモウケル。ですね?」

「……お前、意味が分かっていないな?」


 芹沢の白い目に照れながら頭を掻くと、新見が呆れながら「宴席を用意しろという事です」と補足した。


(なるほど!って……)


「またお酒ですか!?」




 翌日夕刻、さっそく宴席が用意できたと案内されたのは角屋(すみや)という揚屋。

 揚屋の中でも格式高く、こんな機会は滅多に無いと招待された面々は喜んだ。


「芹沢さん、私達まで来てしまって良かったのですか?」

「構わんだろう」


 何人を想定していたのかは不明だが、芹沢の声かけによって集まったのは芹沢一派と試衛館の面々。幹部大集合と言ったところだろうか。

 何人かは夜の巡察をすっぽかしているのだが、局長が二人いても不問になっているのでお咎めはないらしい。


 一同が座に着けばすぐに襖の向こうから声がかかり、豪華な料理とともに色とりどりの着物を着た綺麗な女性たちが次々と入ってくる。

 いったい何人いるのかと数えていた梓だが、あまりの人数に途中で数えるのをやめた。

 上座に座る芹沢と近藤だけでなく、末席の梓のところにまでお酌に遊女が回ってきたのも理由だが。


(高級揚屋にこの人数の遊女と芸妓、いったいいくらかかってるんだろう)


 水口藩公用方の友人がすべて出しているのか、藩から出ているのかは分からないが、莫大な費用が謝罪文と天秤にかけられた事は明白だろう。



 しばらく飲み食いしながら鼻の下を伸ばす面々を眺めていれば、沖田と藤堂が肩を組んで梓の元にやってきた。


「梓~楽しんでるか~」

「ほどほどに。平助さんは楽しそうですね」


 徳利を手に、今にも踊りだしそうなくらい千鳥足の平助に言葉を返せば、平助は何故かブスッと梓の前に座り込んでしまった。肩を組んでいた沖田もそれに引っ張られるように体制を崩して転がる。


「……沖田さんも、相当酔ってますね」


 普段の沖田なら道連れになることなどないはずだが、尻餅をつくように転がった沖田に、笑ってはいけないと思いながら面白くて仕方ない。

 沖田はたいして気にした様子はなく、楽しそうに「聞いてくださいよ~」と梓に手を振る。

 

「平助ってば遊女相手に緊張しまくりで、勧められるままに飲みまくってるんですよ」


 楽しそうにケラケラ笑う沖田。それに対して藤堂は一足遅れて沖田の口を塞ぎ「余計なこと言うな~!」とじゃれ始める。

 

(なんだか沖田さんも平助さんも子供みたいだな)


 そんな平和な光景に水を差すように、宴席の上座から大きな歓声と笑い声が上がる。

 何事かと三人でそちらに目をやれば、芸妓たちの奏でる音色が祭囃子に代わり、やんややんやと歓声に音程が生まれる。

 その輪の中心では、近藤と永倉が何やら奇妙な踊りを踊り、原田が腹に顔を描いてなにやら寸劇のように立ち回っている。


「……なにあれ」


 奇妙すぎる光景に呆気にとられていれば、沖田は腹を抱えて転げ笑う。


「ひぃ、ひ、久しぶりに見た…左之さんの、腹踊り……!」

「うわぁ…みんな相当酔ってんなぁ」


 大笑いする沖田とニヤニヤ笑う藤堂。どちらかと言えばまだ会話ができそうな藤堂に説明を求めれば、あの光景は試衛館時代からよくある事だと言う。原田は酔うと腹の切腹傷を見せたがりその時の小芝居を始める。それに永倉と近藤、他の皆が踊って加勢するという、何だかよく分からない名物的なものがあるらしい。


(原田さん前に相当酔った時があったけど、お腹の傷なんて話にも出なかったのに、あの時以上に酔ってるって事?)


 以前、芹沢・永倉・原田と梓の4人で花街に来た時の原田の色気を思い出し、梓は身震いする。

 あの時ですら酔って記憶を飛ばしていたのに、それ以上とはどう言うことか。


(絶対関わりたくない)


 幸い席は上座と下座で離れている。こちらに飛び火してくることはないだろう。

 ホッとした梓は再び食事に箸をつける。

 しばらくは祭囃子と料理を楽しんでいたのだが、突然パリンッと何かが割れる音が響いた。


 音の出所は再び上座で、誰かが調子に乗って徳利でも割ったのかと思ったが、そうでは無いらしい。

 踊り狂っていた3人はピタリと動きを止め、上座真ん中に座る芹沢の方を見ている。

 その芹沢の隣では、肩を振るわせ頬から血を流す遊女が1人。後ろの壁には水跡と割れたお猪口の破片が刺さっている。


「……わしは酌をするように言ったのだ。聞こえなんだか?」

「か、堪忍しとくれやす!」


 震える手を畳につけ頭を下げる遊女。だが芹沢は座った目でその遊女を見下ろす。

 そこにすかさず、別の遊女が芹沢にお猪口を差し出す。

頭を下げる遊女よりも簪の数が多く、装いも豪華に見える彼女は、この座敷にいる遊女の中でも格が上の方なのだろう。こんな状況でもにこやかに芹沢に笑いかけている。

 芹沢は彼女を一瞥し差し出されたそれを受け取ると、遊女は流れるように芹沢に酌をした。


「ほんまに堪忍え。この子まだ座に慣れとらんくて、つい楽しみすぎてたみたいや。うちからもキツく言うときます」


 酌をしながら、彼女は頭を下げ続ける遊女に視線で部屋から出るように伝える。頭を下げていた遊女はそれに気が付くと、涙を浮かべすごすごと宴席から出て行った。

 この場で泣き出さなかっただけ頑張った方だろう。

 芹沢は視界の端で遊女の退席を確認した後、注がれた酒を一気に煽った。


 一瞬の緊張はあったものの、なんとか丸く治ったかと思えばそうではなく、先程の騒ぎで萎縮してしまった遊女の1人が震える手から徳利を滑り落とし、佐伯の膳に酒をこぼした。


「はあ!?なにしとんねん!」


 膳に酒がかかっただけなのに、大袈裟に膳から離れて立ち上がる佐伯。

 それを見て平山が「あーあ」とわざとらしく非難の声をあげる。


「芹沢さぁん。この店良くねぇんじゃねぇですか?」

「遊女の態度も悪りぃ気がするよなぁ」


 ニヤニヤと言い出したのは平山と平間で、芹沢はふんっと鼻で笑い、酌をしていた遊女から徳利をぶん取ってそのまま口をつける。

 あっという間に飲み干した徳利を先程のように壁に投げつければ、壁際に置かれた大きな花瓶に当たりガッシャーンと大きな音を立てて割れてしまった。

 

「……気に入らんなぁ」

「芹沢さん!」


 不敵な笑みを浮かべゆらりと立ち上がる芹沢に、近藤が待ったをかけるがもう遅く、芹沢は膳を蹴り上げゆらゆらと懐から鉄扇を取り出し、襖や屏風を殴りつけ始める。

 部屋の至る所から遊女の悲鳴が小さく上がり、土方と山南も止めようと声をかけるが芹沢の耳には届かない。

 平山平間に佐伯までもが、芹沢を真似るように暴れ出し、梓含める試衛館の面々は遊女を逃すので精一杯だった。


 芹沢達は暴れるだけ暴れ、最後に角屋の主人を呼びつけ7日間の営業停止を一方的に突きつけた。

 暴れ狂った部屋の有り様を見せつけられた主人は従う他なく、項垂れて小さく返事を返し、それを聞いて芹沢は満足そうに角屋を後にしたのだった。




 


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