厄介ごとは次々と
「なんか、梓と巡察するのも久しぶりな感じだなぁ」
「ですね。大坂に行く前も帰った後も、組むことがなかったですからね」
朝稽古の汗を拭き取らぬままに出てきた為、少し歩いただけで再び汗が出てくる。
梓が手でパタパタと風を送っている一方で、原田は暑さなど大したことがないと言った表情で辺りを見回しながら巡察をしている。
いつもながらに着物は着崩され胸元ははだけているが、今日みたいな暑い日はそれすら涼しげで羨ましい。
「そういえば、さっきはえらく盛り上がってたみてぇだが何の話をしてたんだ?」
原田の胸元をジッと見てしまっていた梓だったが、原田に気が付かれる前にパッと視線を前に移す。
「あぁ、お梅さんの話ですよ。私たちが大坂に行っている間に色々好き放題やっていたそうで」
暑さに対する苛立ちも相まって、梓の言い方にも少し棘が出たのだろう。原田はニヤニヤと笑って梓の顔を覗き込む。
「なんだ?梓は美人が嫌いか?」
「べ、別にそう言うわけじゃ……まぁ、節操が無い人は苦手ですけど」
口を尖らせて小さな声で付け加えると、原田はクックックッと笑い「素直なのはいいことだ」と梓の頭に手を乗せる。
「そ、そう言う原田さんはどうなんですか?原田さんだって迫られたらしいじゃないですか!」
「おぉよく知ってんじゃねぇか。ま、俺はあの手の女には食指が動かねぇからなぁ」
何でも無いように言い放った言葉に梓の方が赤面する。
(食指って……)
「なぁに赤くなってんだ?好みなんて人それぞれだろ?」
「そ、そうですけど、そんな明け透けに言われると……」
「お?んじゃ梓の好みはどんな子なんだ?」
「わ、私ですか!?」
突然の思いもよらない質問にどう答えようか考えていると、近くの店から悲鳴が聞こえ数人の客が飛び出してきた。
(助かった!)
「何かあったようですね!行ってみましょう!」
不謹慎にも天の助けとばかりに、梓は原田の返事も待たずに店に向かった。
店の入り口付近に潜んで中を窺えば、中で暴れている男はひとり。店の中だと言うのに堂々と抜刀している。
中に飛び込もうとした梓だったが、原田がそれに待ったをかける。
「梓、ちょっと様子を見るぞ」
「何でですか!誰か斬りつけられたら…―」
「いいから」
有無を言わさない原田に納得できないまでも、誰かが斬りつけられそうになったら飛び出そうと決めて従う。
そのまま男の行動を見ていれば、男は刀をギラつかせ店主に向かい信じられないことを言った。
「わしは壬生浪士組の横田長兵衛!命惜しくばサッサと金を持ってこい!」
梓は男の発言に驚き、バッと原田を見ると原田はそれに気付き口の前に人差し指を立てる。
(確かに、これは様子を見て正解だったわ。まさか壬生浪士組を名乗るなんて。問題は壬生浪士組の名前を語っているだけなのか、本当に隊士なのか。長田長兵衛なんて隊士聞いたことないけど、私が名前を知らない隊士なんていくらでもいるし…。でも、仮に隊士だったとして押し借りなんてしたら法度で切腹なのに……)
梓が考えている間に、原田はコソッと店に忍び込み後ろから長田長兵衛なる者を羽交締めにして取り押さえた。
「壬生浪士組原田左之助!しっかり聞かせてもらったぜ横田さんよ!ちょっくら屯所まで来てもらおうか!」
出遅れた梓も店内に入り、刀を持つ男の手に手刀を入れ刀を奪う。そのまま店主の安全確保と安否確認を行った。
「実は梓達が大坂に行ってる辺りから、壬生浪士組の名を語る押し借りがちょこちょこ起きててよ。下手人は決まって1人で現れるってんでもしかしてと思ったんだよなぁ」
屯所に横田長兵衛を連れ帰った梓達は、「後のことはこっちでやるから、芹沢局長を呼んできてくれ」と土方に言われ前川邸に向かっていた。
どうやら横田長兵衛は偽名らしく、そもそも本名であったとしてもそんな隊士はいないのだとか。恐らく芹沢の意見も聞いて横田長兵衛の処遇を決めるのだろう。
「まさかそんな事が起きてたなんて、原田さんの予想大当たりですね。ただでさえ町人には嫌われているのに、これ以上壬生浪士組の評判を落とすなんて許せません」
「なんだ、嫌われてんのは知ってたんだな」
「知ってますよ。隊服を着て巡察していると必ず陰口が聞こえてきますから」
「そりゃそうか。てっきり巡察に夢中で気がついてねぇのかと思ってたぜ」
(原田さん、私のことをどれだけ周りが見えてない奴だと思ってるんだ……)
そんな話をしていればあっという間に前川邸の離れに着いたが、芹沢の取り巻き達は巡察にでも出ているのだろう。手前の部屋には誰もいない。
梓達は草履を脱ぎ勝手に中に入り、一番奥の芹沢が私室にしている部屋の前で芹沢に声をかける。
「芹沢さん、いますか?」
返事は返って来ず留守なのかと思ったが、中からは確かに、かすかな声と人の気配がする。
「居留守か?」と聞いてくる原田にコクリと頷き、先ほどより大きな声で芹沢に声かけをする。
「芹沢さん無視しないでください!居るのは分かってるんですよ!」
それでも返事がないので、梓はイラっとしながら「失礼します!」と力一杯襖を開ける。
そして、目に映った光景に梓は固まった。
決して広くないその部屋には、布団が一組。そこには仰向けに横になる芹沢と、その上に上半身裸で跨るお梅がいた。
豊満な胸を惜しげもなくさらし、上下に動くお梅に合わせ、豊満な胸は淫らに揺れている。乱れた髪が汗ばむ首筋に張り付いていて、情事の激しさを物語っているようだ。
「うお、まじか」
声も出せない梓に変わり、後ろから遅れて室内を覗き込んだ原田が呟けば、最中の2人はやっとこちらに目を向ける。
芹沢はげんなりと。お梅はなおも動くのをやめず、妖艶な表情を向ける。
「……何だお前達。返事をするまで開けぬのが常識だろう」
「いやいや、昼間っからヤッてるアンタに常識どうこう言われたくねぇよ」
「ぁんッ。今、ええとこなんよ……はぁ、男前2人に、見られとると、んンッ」
「ふん。締まりが良くなったわ。悪いが取り込み中だ。後にしてくれ」
「な、なんやった、らッ、一緒にンン、混ざってもかまへんよッ」
揺れるお梅は快楽に酔いしれながら、揺れ動く自らの胸を掴んで熱った体で梓と原田を誘惑する。芹沢はそれを面白そうに笑って見ているのみ。
心なしか、お梅の腰の動きは少しずつ早くなっているようにも感じる。部屋には卑猥な音とお梅の吐息がこだまし、夏の暑さも相まって眩暈がしそうだ。
「あー…、俺たち外で待ってるから、早く済ませてくれよ」
原田はそう言ってスーッと襖を閉めた。
その後大きなため息を吐いて梓を見れば、梓は相変わらず瞬きも忘れて固まっている。
それを見て、今度は苦笑い混じりのため息を吐き、梓を俵のように持ち上げ離れから出ると、隣の蔵にできた日影に移動した。
「梓―。おい梓。あーずーさー」
何度目かの原田の呼びかけはやっと梓の耳に届き、それと同時に顔から耳まで真っ赤にした梓は口をパクパクと動かして原田を見た。
「あー、分かる、分かるぞ。とりあえず落ち着け。な?」
苦笑いしながら、いつの間にか台所から持ってきていた水を差し出す。
梓はそれを受け取り、一気に飲み干した。
やっと一息ついてヘナヘナとその場にしゃがみ込めば、原田もそれに合わせて蔵の壁にもたれかかるようにしゃがむ。
「いやぁ、あれはビビるよな。普通人が来たら隠すだろう。それどころか動き続けるわ誘ってくるわ、芹沢さんもおかしいけどあの女も相当おかしいわ」
原田は鼻で笑うが、梓は先程の光景を思い出し頭を抱えて地面を見る。
先程、芹沢の部屋で行われていた事が、情事だと言うことは理解できている。しかし、梓自身は経験も無ければ知識もなく、当然それを目の当たりにしたのももちろん初めて。布団などで包み隠されていればまだ良かったが、モロに行為を見てしまったのだから衝撃を受けるのも無理はない。
「……大人はみんな、あんな事を好んでするの?」
「…んんん?…いや、うーん。まぁなぁ」
「私には無理!大人になんてなりたくない!」
「いや、梓だってもう、年齢的には大人なんだけどなぁ。ま、あぁ言うのは無理にするものでもねぇし、相手ができれば自ずと分かるもんだ」
敬語も忘れて嘆く梓の背中を、原田は笑いながら優しくポンポンと叩いた。
しばらく後、たいして気にする様子もなく、汗を拭いながら芹沢は離れから出てきた。
梓は芹沢を直視することができず、代わりに原田が軽く事情を話し、2人は芹沢を連れて八木邸に戻ったのだった。
お梅は出てこなかったが、正直あんな後で芹沢相手にもうまく立ち回れない梓は、お梅がいない事に心底安心したのだった。
八木邸に戻ると横田はすでに尋問された後だったようで、後ろ手に縄で縛られたまま庭先でずぶ濡れになっていた。水責めというやつだろう。
やったのは恐らく土方で、ぐったり座り込む横田を汗を流しながら縁側に腰掛け眺めていた。
「やっと来やがったか、遅えじゃねぇか」
「いや、俺たちのせいじゃねぇよ。芹沢さんに言ってくれ」
気が立った土方に睨まれて、原田がそれを芹沢に振れば、芹沢は悪びれることなく「こちらも汗を流しておったのだ」と意味深に答えた。
土方はそれでピンと来たらしく、梓をチラリと見る。思い出し赤面をしてブスッとふてくされていた梓を見て、内心ため息をつく。
「芹沢さん。もうちょっと節操を持ってくれ。他の隊士に示しがつかねぇ」
「ふん。わしの自由だろう。で、この男は何だ?」
聞く耳を持たないとはこのことで、大したことではないと言いたげに話題を変える。
土方は再びため息をつき、立ち上がって背後の部屋を親指で差し芹沢に入るように促した。部屋の中には既に、近藤と山南が待っている。
芹沢はそれ以上何か聞くこともなく縁側からドスドスと室内に入って行く。
「おぉそうだ。原田、童。お前達、ちと水口藩邸に使いに行ってくれ」
室内から再び縁側に戻り芹沢は梓と原田に指示を出す。
なんでも、水口藩公用方が会津藩公用方に対し、壬生浪士組の素行が悪いと訴えてきたのだという。
それに対しては心当たりがある梓だったが、当の芹沢はそうは思っていないらしく、水口藩の公用方に詳細を聞くため屯所に連れて来いと言うのだ。
(使いに行けって言うけど、芹沢さんの場合連れてきて詳細を聞いて、はい終わり。にはならないだろうな。機嫌がよければそれも有り得るのかもだけど、芹沢一派を使って殴る蹴るくらいはしそう……)
「お前達ふたりでは足りぬようなら、もう数人連れて行ってもいい。多い方が向こうも事の大きさを理解するだろう」
そう言って笑うと、芹沢は今度こそ部屋の中に入っていった。
横田はそのままでいいのかと梓が目を向けると、そうとう酷く尋問されたのか、ずぶ濡れで座ったまま気を失っていた。
(自業自得とはいえ、尋問とか拷問ってあんまり良い気がしないなぁ)
相手を動けなくした上でふるう暴力を想像して、梓は横田に憐れみの目を向ける。
「面倒な雑用を押し付けられちまったなぁ」
そんな梓には気付かず、原田は頭の後ろで手を組み口を尖らせる。梓も、意識を横田から水口藩への使いに切り替えることにした。
「芹沢さん、他にも数人連れて行くように言ってましたけど、誰がいいですかね?そもそもこんな時間に屯所に居る人がいないんですけど……」
「だなぁ。居るとしたら非番か夜勤か……あ、そういや新八『今日は非番だから昼まで寝る』っつってたなぁ」
「本当ですか!?探しましょう!」




