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力士乱闘事件



 住吉楼に入り2階に案内された一同。斎藤を寝かせると酒と料理が運ばれてきた。それを合図に飲み直しだと言わんばかりに宴会が始まった。


「なんだ童、食わんのか?」


 徳利を片手によろよろ歩いてきたのは芹沢で、梓はそれを呆れた顔で見上げる。

 飲まんのか。ではなく、食わんのか。と言ったあたり、梓が酒よりも食べ物の方に食指が動く事を良く理解している。

 船で程よく腹を満たした梓は、食べ物も酒もさして欲しくないと窓際で涼んでいた所だった。

 

「船で美味しいものをたくさん頂きましたから今は休憩です。……芹沢さんはあまり飲み過ぎないでくださいね」


 忘れずに釘を刺せば、芹沢はフッと笑って空いている手で梓の頭を撫で回す。


「ちょ、やめてください」

「わしの酒にケチをつけるなど100年早いわ」


 ガハハと笑う芹沢は心なしが嬉しそうで、酔っ払いの戯言だと思いつつ梓も「100年は言い過ぎです」と笑ってしまった。



 約束通り芹沢は酒を控えめにしていたようで、暴れ出す事なく和やかに宴会は続いていた。

 しかし、そんな楽しい時間をぶち壊す声が外から梓達に向かって投げかけられる。それに初めに気が付いたのは、窓際に座る梓だった。


「出てこいやぁ!」

「浪士ども!おるのは分かっとんでー!」


 浪士とは自分たちのことか?と梓が窓から顔を出せば、下には餅をぎゅうぎゅうに詰めた重箱。もとい、ギュウギュウに詰め寄った力士達総勢30人ほど。皆手には八角と呼ばれる太い棒を持ってヤル気満々だ。

 力士達が思い思いに怒声を撒き散らしたおかげで、梓が伝えるまでもなく部屋の酔っ払い達が窓際に集まる。


「うおぉ!なんだこりゃぁ!」

「先程の力士達…ですか。懲りないですねぇ」


 何故か嬉しそうな永倉と、ニコニコ笑う山南。


(永倉さんが酔って煩くなるのは見慣れてるけど、山南さんって酔うとこんなにご機嫌になるんだ?)


「うわぁ。不味そうな大福達ですねぇ」

「大福って……あ、見えてきたかも」

「なんだなんだやる気か?!乗ってやろうじゃねぇか!」


 楽しそうな沖田と、酔で焦点が定まっていない野口。それに続いて平山が顔を出したかと思えば、嬉しそうにヨタヨタと走って部屋から出て下に降りていってしまった。


「え、平間さん!?」

「止めるでない。余興に丁度いいわ」


 芹沢が酒を煽りながらハッハッハッと笑えば、皆平間に続いて部屋を出て行ってしまった。

 残ったのは素面の梓と沖田。それから酒を持った芹沢のみ。


「山南さんまで行っちゃった……」

「売られた喧嘩なんですから、買っても問題ないですよ。ほら、みんな刀は持って行ってませんし」


 沖田の言う通り、窓の下では力士達に素手で挑んでいく面々が見える。力士達も応戦を始めそれは凄い騒ぎになっている。


「いやいや、力士相手に素手勝負なんて無理がありませんか!?」

「確かに、揺動がいるかもしれぬな」


 芹沢がニヤリと笑えば、沖田は面倒くさそうに「えー」と声を返す。梓は芹沢の言わんとする意味がわからず首を傾げる。


「なんだ童其のニ。お前は楽しむタチかと思っておったが」

「剣は好きですが、素手の勝負は嫌ですよ。殴るのも痛いですし」

「ほう。それなら殴らねば良い。揺動だと言ったろう」

「確かに」


 二人のやりとりに、梓は意味がわからないながら嫌な予感がして「斎藤さんの様子を見てきます」とその場を離れようと立ち上がる。


「斎藤君は大丈夫。行きましょう」


 立ち上がった梓の肩を掴み、沖田は窓の縁に足をかけた。


「え、ちょ、沖田さん!?」

「梓さん、みんなのために揺動頑張りましょうね!」


 梓の抵抗虚しく、先に窓から飛び降りた沖田に引っぱられるように、梓も2階から飛び降りる事になってしまった。いや、力士の上背があるおかげで飛び移ると言った方が正しいだろうか。

 途中で手をパッと離され、力士の肩に飛び乗る沖田を真似て梓も手近な力士の肩に乗る。草履ではなく裸足なので肩に乗るのも許してほしい所だ。


「なんて無茶させるんですか!!!」

「さすが梓さん!あの体勢からでも見事な着地。軽業師のようですねぇ」

「馬鹿にしてます!!?」


 突然肩の上に降ってきた人間が自分を無視して喧嘩をする。それは相当腹が立つことのようで、梓の下から力士の怒りの籠った声が響いた。


「なにさらしとんじゃおどれ……」


 額の血管を浮かび上がらせ睨みつける力士に梓はどう答えればいいか分からず、とりあえず「えへっ」と笑って誤魔化しを試みる。


「何笑っとんじゃ!!」


 結果はぶち切れ。笑って誤魔化すのは悪手だったか。と梓を引き摺り下ろそうと足を掴みにくる手をひょいと避ける。何度か避けていれば今度は左右の手で左右の足を同時に狙われ、堪らず近くの力士に飛び移った。


「逃げんなや!」


 乗り移った先は先程より低く、怒り狂った力士は引き摺り下ろすのを諦め八角を他の力士から奪い殴りかかってくる。当然梓は次の力士に飛び移って避けるが、勢い余った八角は簡単には止められず、先程まで梓が足場にしていた小ぶりな力士の頭をガツンと殴りつけた。

 小ぶりな力士は頭を押さえてその場に倒れ込む。


「うわ痛い…」


 思わず同情の声を漏らせば、怒り狂っていた力士と今足場にしている力士だけではなく周りの力士数人が梓を見る。そして梓を引き摺り下ろそうと何本もの腕が伸びてきた。


(ちょっとちょっと!私悪くないじゃない!勝手に同士討ちしただけでしょ!?)


 そうは思っても力士達が止まるわけはなく、梓は川で石から石に飛び移るようにぴょんぴょんと次々力士に飛び乗っていく。


「ハッハッハッ!正に牛若丸」


 上では芹沢が窓枠に座り、楽しそうにお猪口を片手に見物している。

 それを恨めしく見上げてから、周りの状況をチラチラと観察する梓。

 

(これ本当に揺動になってるの?なってなかったらすぐに芹沢さんの方に飛び移って戻ってやる!)


 梓とは反対側。沖田もまた、梓と同じように力士達の手を避けながら、梓より上背がある体でピョン、ピョンと力士の上を飛び移っている。当然梓より重い体重に、乗り移られた力士は倒れるまではないものの背筋を丸めて耐えている。

 そんな2人の揺動は大成功。素手で力士達と戦っていた永倉達は隙をついて八角を奪ったり、梓達に手を伸ばす力士に後ろから襲いかかったりと思い思いに戦っていた。殴り合いをしている者も数人いて、戦いというよりは喧嘩かもしれない。


 そんな中、島田だけはやり方が違うようで、力士と一対一で睨み合い相撲をとっていた。

 上背は同じくらい。体の幅に違いはあるが組み合ってみればほぼ互角。そのまま相手を先に投げ飛ばしたのは、なんと島田だった。おまけに「どすこーい」と掛け声までかけている。

 それを見てしまっては芹沢も大爆笑だ。


 次々に倒れていく力士に対し、壬生浪士の面々は息切れこそしているが皆立って戦い続ける。ついに力士達は降参し、動けない者には肩を貸しスゴスゴと帰って行った。


「一昨日きやがれってんだ!」


 酒を飲んだ後の過激な運動に、声量と感情を抑えられていない平山が叫べば、他の面々も続いて勝利の雄叫びを上げる。


「な、なんか皆さん、昂ってますね」


 はぁはぁと息をしながら、いつの間にか2階の部屋に飛び移っていた梓は汗を拭いながら畳に寝転がる。その隣には沖田も戻ってきており、同じように肩で息をして寝転がった。


「力士に喧嘩で、勝ちましたからね。昂りも、するでしょう」

「2人とも良い揺動だったぞ。実に楽しい見せ物だったわ」


 ハッハッハッと上機嫌な芹沢に2人で目を向け、「「楽しんでもらえて良かったです」」と呆れ顔で声を揃えた。



 ようやく息が整ってきた頃、下で戦っていた面々がダラダラと戻ってきた。

 皆汗だくで、入ってきただけでモワッと部屋の温度が上がる。力士と喧嘩しただけあり、皆疲れ果てて飲み直す気力もないようで、部屋の暑さもあり水だけ飲んで住吉楼を出る事にした。

 斎藤も一眠りしたおかげか、スッキリとまではいかないが体調も戻ったようだった。



 その後京屋に戻り、疲れ果てた面々を見て近藤は驚いて何があったのかと説明を求める。舟涼みに出ていたはずが、涼しいどころか汗だくのヘトヘトで帰ってくれば当然の反応だろう。

 疲れた面々に代わり、事の次第を芹沢が武勇伝でも語るように聞かせれば、近藤は楽しそうにそれを聞き、自分も見たかった混ざりたかったと悔しがった。

 しかし酔いがさめた山南は、対して顔を強張らせる。


「自分も参加していた手前言い辛いですが…。奉行所に届け出た方がよろしいかと」


 山南の提案に、芹沢も近藤もそこまでする必要があるのかと聞き返す。


「客観的に聞けばそれなりの騒ぎになっていたとのこと。相手力士より早く奉行所に届け出て、自分たちは絡まれた方だと説明する必要があるかと。何かの間違いで悪者にされては会津公にもご迷惑がかかります」


 山南の説明に近藤も芹沢も一理あると納得し、その晩のうちに3人揃って奉行所に届け出たのだった。



 翌日、1人の力士と大柄だが力士ほど太くはない貫禄のある男が京屋を訪ねてきた。

 昨日の今日で、またいちゃもんをつけに来たのかと玄関に集まり身構えた面々だったが、訪ねてきた2人は玄関先にも関わらずガバッと頭を下げた。


「昨日はウチのもんが大変なご迷惑をお掛けしました」


 謝られた上菓子折りの包みまで出されては無碍にできず、近藤と芹沢に取り継ぐことになった。



「昨日はうちのもんが、皆様に大変なご迷惑をお掛けしました。申し訳ありませんでした」


 両局長と来客2人がお互い軽く自己紹介を済ませた所で、来客2人は両手を畳につけて頭を下げる。

 部屋の隅でそれを見ていた面々も、再びの謝罪で流石に怒りも収まったようだ。

 来客2人のうち、1人は昨日も現場に居たらしい力士。もう1人は部屋をまとめる親方的だと言う。壬生浪士組で言う局長と副長の謝罪とあって、芹沢・近藤も顔を上げるように促した。


「そちらの誠意は確と受け取った。我らとてこれ以上事を大きくするつもりはない。それ以上の謝罪は無用」


 そうしてその場は丸く治り、少しの会話の後2人は帰って行った。


 余談だが、先ほどの2名は奉行所に被害を訴えに行った際、昨日の喧嘩の相手が壬生浪士組だと言うのを聞いたらしい。山南が提案した早急の届出が功を奏したのだ。相手を不逞浪士だと思い込んでいた力士の面々は、会津藩預かりが相手では大事にするわけにはいかないと、今日朝一番に謝罪に来たのだと言う。


 ちなみに、こちらの被害は軽い打撲や擦り傷などの軽傷のものばかりだったが、向こうは1人死者が出たのだと言う。

 話を聞くに最初に橋で会った際、芹沢に鉄扇で殴られた力士だろと言うことが分かった。鉄扇で思いっきり殴られれば死ぬこともあるのだ。





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