夏の大坂出張
梅雨の季節は不逞浪士達も出歩くことを避けるのか、大した事件もなく梅雨は終わった。空気はジメジメからムシムシとした暑さに変わり夏が来たと伝えている。
梅雨の巡察は番傘を差せば全身濡れる事はなく、それなりにやり抜ける事ができた梓だったが、夏になると別の問題が出てくる。
朝稽古が終われば皆汗を拭くため、上半身裸で井戸に集まる。
梓とてそうしたいのは山々だが、出来ないものはできないわけで。ぞろぞろと井戸に向かう流れから1人抜け、八木家の台所で生温い水をもらい手拭を濡らし、着物の隙間から拭ける範囲だけ汗を拭く。
隠れてそんな事をしていれば不審に思われるのも仕方のない事で、聞かれた人にだけ内密な話として、背中に子供の頃に作った大きな傷痕があるからという誤魔化し方をする事になった。『背中の傷は武士の恥』を利用した苦肉の策だった。
女の身を隠すためにどんどんと自分に設定が増えていき、苦笑いが溢れたのは言うまでもない。
そんな様子を不審に思うのは隊士だけではなく、ついには八木家の面々にまで聞かれてしまい、背中の傷のことを言えば同情から大いに協力してくれる事になった。
着替えには空き部屋を提供してくれ、風呂もこれからは八木家の風呂を貸してくれるという。傷を隠すサラシも屯所では干しにくいと言えば、八木家の洗濯物に混ぜて干していいと言われ、梓は後ろめたく思いながら感謝感激で頭を下げ、その分空いた時間は今まで以上に八木家の手伝いに精を出した。
そんな気苦労多い6月初日、続き間に10人の隊士が集められた。
芹沢一派からは芹沢・平山・野口、近藤一派からは近藤・山南・永倉・沖田・斎藤・梓。それから先日入隊し、仮同志の選別で梓と沖田に刀を抜いた事で◯をもらった島田魁と言う大男だった。
この島田、江戸にいた時から永倉と親交があったようで、沖田と梓に額に◯をつけられた際永倉に大笑いされたのだとか。腕は永倉のお墨付きというのだから、初めに言っておいて欲しかったと思ったものだ。
「さて、俺を含めてここに居る皆には、急だが今日の夜から大坂に下ってもらう」
突然の近藤からの命に一同驚く中、芹沢だけは予め聞かされていたのか平然としている。
聞くところによると突然の下坂は会津藩の命らしく、何処かから流れ着いた不逞浪士の一団が大坂で好き勝手やっているのを捕縛してくるようにと言うものだった。
会津藩から壬生浪士組に来た仕事とあって近藤はやる気に満ちている。
「山南さん、いくら会津藩からの仕事だからって両局長と副長助勤がこんなに抜けて京の方は大丈夫なんですか?」
荷造りのため解散になってすぐ、近くに座っていた山南に聞けば山南からは苦笑いが返ってくる。
「土方君がここに居ないのがその結果といいますか、平隊士をもっと連れて行って副長助勤を置いていくようにと説得したみたいですが、両局長は聞く耳を持たなかったようですね」
この人選にどういう意図があるのかないのかは分からないが、土方が怒っている事だけは伝わり、梓も山南に苦笑いを返す。
「さっさと捕縛してさっさと帰ってきた方が良さそうですね」
「でしょうね。梓君、期待してますよ」
お世辞だろうが、そんな風に言われてしまえば梓だって悪い気はしない。張り切って旅支度に精を出した。
夜、日が落ちてからの出発とあって、昼間ほどの暑さはなく歩くのも苦にならない。しかし蒸し暑いのは変わらなかったのだが、半分くらい来て山間部を抜けた所で、涼しい風がスーッと抜ける。
「わ!急に涼しくなりましたね」
「おぉ、良い風が吹いたな」
「大坂に入ったな。海風が吹いたのだろう」
永倉と梓で騒いでいると、前の方を歩いていた芹沢が振り向いて言った。
実は押し借りの一件以来、梓は芹沢と必要以上に話をしていない。梓から避けていたのもあるが、芹沢からも避けられている気がしていたのだが、普通に話に入ってきた芹沢にどう返すべきかと一瞬思案する。
しかしそこは永倉、空気を読んで芹沢に話を振る。
「まだ海までは随分遠そうなのにな。京は何であんなに蒸し暑いんだ?」
「京は盆地だからな。山に囲まれて風が入らないし熱が抜けないのだろう」
芹沢の答えに「なるほどなぁ」と腕を組む永倉に釣られ梓も(そうだったのか)と内心納得する。
「せっかく大坂に行くんだ。仕事が片付いたら皆で舟涼みもいいな」
「「舟!?」」
芹沢の提案についつい反応してしまった梓だが、同時に沖田も声を出したので、自分の声は無かった事にして平静を装う梓。
「前回大坂に行った時に見つけてな。舟に乗って川を下るんだが夏は涼しくて人気なんだと言っておった」
「舟なんてなかなか乗る機会もないし、楽しそうですね!」
沖田に同意を求められ「そ、そうですね」と素っ気なく返す梓だが、内心は(舟なんて乗った事ないし、その上涼しいなんて最高じゃない!)というのが本音だ。
それを見透かしたように芹沢はニヤリと笑い、「童は乗り気ではないようだな。やめておくか?」とトドメを指してきた。
そう言われてしまえば梓はこれ以上意地を張ることもできず「行きます!行きたいです!」とやけくそに返した。
「舟涼みかぁ。良いなぁ。なぁ近藤さん!」
永倉が近藤に振れば、近藤も「良いじゃないか」と賛成する。
しかしそのあと間髪入れず山南に声をかけられ、ハッとした顔をする。
「そうだ。俺も行きたい所だが鴻池家へ寄らねばならないのだった。皆で楽しんできてくれ」
しょんぼりと言う近藤だが、鴻池家への用事というのなら梓も人事ではいられない。
「それって私も行った方がいいですか?」
鴻池家へは極力顔を出すように土方にも言われていたのを思い出し近藤に問えば、近藤は来なくていいと首を横に振る。
「今回は俺一人で良い。せっかくなのだから舟涼みを楽しんでくるといい」
「そ、そうですか?」
「ですが局長一人では不用心でしょう。俺がついて行きます」
断ってもらえて内心ほっとする梓に変わり、斎藤が名乗りをあげる。近藤はそれも断り舟を楽しむように斉藤にも告げれば、斎藤はそれでも食い下がろうとしたが渋々引いたようだった。
「さぁ、皮算用はこれくらいにして、本題は不逞浪士だからな。大坂に着いたらまず寝て昼から捜索だ!」
近藤が手綱を締めれば一同は少し歩く速度を上げて大坂を目指した。
大坂での宿泊先・京屋に着いたのは朝皆が活動を始める時間。
着いてすぐに眠りについた梓達が活動を始めたのは昼を回った頃だった。
京屋で朝食という名の昼食をいただきながら、今回の遠征の目的である不逞浪士について、京屋の主人に聞き込む事にした。
「あぁ、そりゃ天誅組ですわ。なんでも幕府の関係者を中心に狙っとるとかで、うちもいつやられるかと夜も寝れへんで……」
そう言う京屋の主人は確かに疲れた顔をしている。
京屋は壬生浪士組含め、幕府の関係者がよく利用する舟宿と言うだけあって不安も大きいのだろう。
「その天誅組とやら、寝ぐらは何処か分かるか?」
「いえ。ただ奴らはほぼ毎日街で悪さしとりますから、町を歩けばすぐ見つかるんやないかと…」
京屋を出た梓達は二人一組に分かれ、京屋の主人が言った通りに大坂の町を探す事にした。もちろん隊服を着て、幕府の関係者だと分かるように。
梓は斎藤と組んで捜索にあたることになった。
「なんだか前に来た時より街が静かな気がしませんか?」
「あぁ。皆天誅組を怖がって出歩かないのかもしれないな」
朝大坂に入った時は早朝だからと気にしなかったが、今は昼間だと言うのに出歩いている人が少なく感じる。京屋のある辺りは特に、船着場が近いのもあり前に来た時は活気にあふれていたのだが、今日は営業していない店も多いように見える。
(町が不逞浪士のせいでこんな事になるなんて、何としても天誅組を捕まえて町民の生活を元に戻してあげなくちゃ…!)
当てもなくただ歩くだけで本当に天誅組を見つけられるのかと不安に思っていた梓だったが、思いの外早く見つけることができた。
「我ら天誅組〜!腑抜けた幕府どもに天誅を下すものなり〜!」
昼間から酒を飲んでいたらしく、酒場から千鳥足で出てくる男とそれを支える男。さらにその周りを笑いながら3人の男たちが歩いている。
梓と斎藤はひとまず近くの横道に隠れる。
「すっごく分かりやすく居ましたね」
「あぁ。馬鹿そうで助かる。理想としてはここで3人始末して1人捕縛、1人は泳がせて潜伏先を探すのがいいか……」
ブツブツと考えている斎藤。道中聞いた話では、天誅組は強盗強姦人斬りとなんでもやる最悪な集団らしい。
そんな相手なら斬り捨てられても文句はないだろう。と梓も斎藤の策に同意する。
「捕縛する人と泳がせた相手を追う人がいる事を考えると、もう少しこちらも人数がいりますか?」
「そうだな。2人でもやれないことはないが…―」
「確か向こうの通りに近藤さん達がいたはずです!すぐに探してきますから、斎藤さんはあの人達を見張っててください!」
梓はそう言うと目立つ羽織を脱ぎ捨て、民家の間の道を通って二つ向こうの通りを目指した。前回大坂で道を覚えながら歩いたのが役に立ち、入り組んだ通りでも何となく方向だけは見失わずに済んだ。
近藤と沖田は難なく見つかり、斎藤の策を説明しながら斎藤の元に戻ってきた。
酔っ払いなだけあり歩みも遅かったようで、あっという間に追いつくことができ一安心だ。
「あれが天誅組か」
「自分で言っていたので間違いないかと」
「二手に分かれるんですよね。近藤さんと斎藤君は逃げたやつを追ってください。僕と梓さんで三人斬り捨てて一人捕縛しますよ」
「……沖田、お前はただ斬り合いがしたいだけだろう」
「えー、そんなことないですよぉ。嫌だなぁ斎藤君」
(いや、そんなことありそう…)
斎藤に同意する梓だが、沖田の気持ちもわかるためあえて傍観する。
そんな2人のやりとりを見て、近藤は「仕方がない」とため息をつく。
「俺と斎藤君で奴らを引きつけよう。総司と梓君で奴らの寝ぐらを見つけてくれ。見つけるだけで手出しはせず、必ず報告に帰ってくるように」
「必ず」と強めに言われてしまえば「2人いれば制圧できる」とも言えず、梓と沖田は了解する。
沖田も目立つ羽織を脱ぎ、尾行に備える。
「この羽織、目立っていいですけど尾行には本当に向きませんね」
沖田の言葉に梓は今度こそ「間違いないです」と同意した。
そうと決まれば。と近藤と斎藤は隠れていた場所から出て天誅組の5人に声をかける。
しばらくなにかやり取りをした後、向こうから刀を抜き、それに応戦する形で近藤達も刀を抜く。
「今回は近藤さん達に譲って正解かもしれませんね」
「なんでですか?」
沖田が睨み合う両者を見て言えば、梓は首を傾げて問う。そうこうしている間にも、先に動き出した天誅組に応戦する形で近藤と斎藤も動き出す。
「だって、どう見ても弱そうじゃないですか」
「……確かに。聞いた話でも、やってる事はタチの悪い弱いものいじめでしたしね」
「潜伏先には手応えのある人がいるといいんですけど……行きましょうか」
「はい!」
近藤と斎藤が1人また1人と斬り伏せていけば、予定通り1人が後ずさって逃げ出す。それを待ってましたと言わんばかりに梓と沖田が飛び出して追った。




