鴻池善右衛門
そして21日。
壬生浪士組一同は揃いの羽織を着、意気揚々と大坂までの道を歩いていた。
「歳!俺達が将軍様の警護だぞ!?ほら見ろ!皆この羽織に釘付けだ!」
「楽しそうだな近藤さん」
ルンルンと飛び跳ねそうな勢いの近藤と、そんな近藤を見て嬉しいやら、羽織が注目されているのが恥ずかしいやら、複雑な心境の土方。
そんな2人の少し後ろで、2人には聞こえないようにボヤくのは永倉だ。
「将軍様の護衛っつーから将軍様の駕籠を守るのかと思ったらよぉ、守るどころか駕籠すら見えねぇじゃねぇか!」
「痛い痛い!」
ボヤきつつ隣を歩く藤堂の肩を鷲掴んで揺らす。
永倉のボヤきも無理もないもので、家茂公の駕籠の周りは当たり前だが家来が囲みその後ろに会津藩。その末端に壬生浪士組がいる形だ。
「居てもいなくても変わらない感じですね」
「ちょっと沖田さん!それを言っちゃおしまいですよ」
梓の心の声が漏れたのかと思う沖田の呟きに、梓は自分のことを棚に上げて嗜めた。
大坂に着くと家茂公はそのまま大坂城に入り、お役目を果たした壬生浪士組は割り当てられた宿泊先、八軒屋浜という舟宿が8軒並んだわうちの一つ、京屋に待機することになった。
「うわぁ!入り口は普通の宿みたいだったのに、後ろは海なんですね!」
「梓さんほら。隣なんて下の階に船が入ってますよ」
「何だあれ!すげー!」
初めての舟宿に大興奮の梓と沖田と藤堂は、窓から身を乗り出して下を見ている。
そんな3人を冷めた目で見る斎藤と、それをニヤニヤと見る永倉と原田。
「何だ斎藤。あそこに混ざらねぇのか?」
「若者は若者らしく騒いでいいんだぜ?」
明らかにおちょくりにかかる永倉と原田にも冷たい視線を向ける斎藤。暇つぶしにされないように、斎藤は努めて平然と言葉を返す。
「アレは若者らしいのではなく、ただの餓鬼だ」
「「ちげぇねぇ」」
大坂に来たからと言って特にやることなどなく、翌日になっても各自与えられた自由時間を過ごしていた。
近藤・土方・山南は奥の部屋で隊士募集の事について話し合いをしており、芹沢一派と井上・藤堂はそれぞれ大坂の街に繰り出している。斎藤は1人刀の手入れ、梓と沖田は素振りをやる場所もないので部屋でゴロゴロと寝転がっていた。
永倉と原田も暇を持て余し、せっかく海が近いのだから釣りでもするか。と京屋の主人に釣竿を借りようと部屋を出る。
玄関前を通りかかったところで、戸口が開き「ごめんください」と声がかかった。
永倉と原田が歩みを止めて2人で玄関の方を見ると、商人風の男が2人玄関先に立っていた。
「こちらに浅葱色の羽織を着た一団がいると聞いたんやけど」
「俺たちのことか?」
浅葱色の羽織の一団などそういないが念の為尋ねる永倉に、商人風の男の1人が懐から紙を一枚取り出す。
「こん人を探しとるんやけど、おりますやろか?」
見せてきた紙には人の顔が描かれている。まるで手配書のようなその人相書きを永倉と原田はマジマジと覗き込み、2人顔を見合わせた後宿屋の奥に向かってドタドタと走り出した。
梓・沖田・斎藤がいる部屋に飛び込んだ2人は、何事かと起き上がった梓の前にしゃがみ込みその顔をジッと並んで見る。
「やっぱアレ、梓だよな?」
「だろ。あんな綺麗な顔そう居ねぇ。それか総司」
「あー!背丈まで聞いてくればよかったぜ!」
頭を抱える原田と、沖田の前に行き顔を覗き込む永倉。
梓と沖田は居心地悪く2人で顔を見合わせる。
「ど、どうかしたんですか?」
梓が恐る恐る聞けば、永倉が沖田の元から梓の前に戻ってきて肩を掴む。「お前に手配書が出てんだよ!」と。
一方玄関先では、永倉・原田と入れ違いに山南が客人の相手をしていた。
「騒がしい者達ですみません。代わりにお話伺っても?」
物腰の柔らかい山南に、商人風の2人はホッとした顔をして事情を話し始める。
浅葱色の団体にいるこんな顔の人物を探している。恩人だから是非会ってお礼がしたい。と。
「恩人、ですか?」
「そうなんどす。ウチの店に強盗が入ったとき、斬りかかってきた男から守ってもろたんどす」
「そん店はウチの暖簾分けした店なんや。ウチの店は大坂にあるんやけど、恩人はんが大坂に来た言う噂を聞いて、是非ご挨拶させてもらわな思て来させてもろたんや」
どうやら大坂の何処かの店の大旦那と、暖簾分けした京の店の店員らしい。と山南は瞬時に理解し、くるりと後ろを振り返る。
「だそうですが、梓さん心当たりはありますか?」
隠れて様子を伺っていた梓は気付かれていたことにビクリと反応し、スゴスゴと玄関まで歩いてきた。梓が元いた場所には永倉・原田、それに沖田と斎藤も隠れて様子を窺っている。
手配書にビクビクしていた梓だったが、事情を聞いて2人の商人の顔を交互に見る。
「あ、あなたは…―」
「せやせや、あんたはんや。その節はほんま、おおきに」
2人の商人のうち1人の男性に、梓は見覚えがあった。
以前巡察中に芹沢の押し借り現場に乗り込んだ時、店員を庇っていた番頭だった。
梓の手を取りブンブンと振りながらお礼を言う番頭だが、梓は居心地の悪さを覚える。
(わざわざお礼を言いにきてもらうなんて、悪いのはこっちなのに……)
「これ銀次。うちを紹介せんか」
銀次と呼ばれた番頭は、隣で口を尖らす男にハッとして梓の手を離す。
そして咳払いを一度すると、隣の男性を手のひらで指して紹介する。
「申し遅れました。私は銀次、こちらうちの大旦那、鴻池善右衛門どす」
「どうもはじめまして。その節は銀次を助けてもろたようで、ほんまにありがとさんでした」
銀次と呼ばれる番頭より少し年上らしく、目尻に皺をつくった優しげな50代くらいの男性は、深々と梓に頭を下げる。
梓が恐縮して両の手のひらをブンブン振ると、成り行きを見ていた山南が梓と客人2人に「立ち話もなんですから」と声をかけた。
奥の部屋に移動するとすぐ、山南が土方を連れて部屋に入ってきた。
「鴻池家の御当主自らお越しいただくとは。私は壬生浪士組副長・土方と申す」
「同じく、副長の山南です。生憎局長の近藤は外に出てまして、我々が同席させていただきます」
挨拶を済ませて梓の後ろに座る2人。部屋に鴻池家の2人と梓のみの気まずい空気が少し和らぎ、梓はホッと息を吐く。
近藤は別室に居るのだが、ここで出ていくと梓への謝辞が自分に向いてしまうとのことで居留守を決め込む事にした。
「改めて、鴻池家当主・鴻池善右衛門と申します」
「あ、私は梓鈴之助と申します」
まだ名乗っていなかったことを思い出し、梓は鴻池当主に続いて手をついて頭を下げる。
「梓はん。先日うちの店のもんを助けてもろて、ほんまにありがとうございました。先触れも出さんと来てもうて、堪忍してくださいね」
頭を下げた後目尻の皺を深くして微笑む当主は、物腰も柔らかく優しげな印象だ。
お礼の品だろう風呂敷包みをスッと差し出されたが梓は受け取ることができず、代わりに座布団から降りて手をついて頭を下げる。
「お礼なんてやめてください。悪いのはこちらなんです。先日の押し借り、あれはうちの…―」
「分かっとります」
梓が芹沢の事を言おうとすると、鴻池の当主は良く通る声でそれを遮る。
「うちは金を動かすのが商売なんやけどな、金と一緒に色んな話も入ってくるんや。せやから京の店に入った押し借りが何処の誰かも、とうに知っとります」
思いもよらない鴻池当主の言葉に、梓は下げていた頭を思わず上げる。
芹沢と梓が同じ壬生浪士組だと分かっていて、何故わざわざ謝礼に来たのか。と梓が窺うように鴻池の2人を見ると、2人は似たような優しい笑顔で微笑む。
「こん銀次は、昔っからうちに住み込みで働いとってなぁ。ウチにとっては弟のようなもんや。そん命を救ってくれたんや。相手の事情がどうであれ、礼を尽くさなバチが当たるわ」
「ほんまに、あんたはんは命の恩人や。おおきに」
両手で梓の手を握る番頭に、梓はどうするべきかとオドオドしながらも謝罪と感謝を返した。
「ほんま、聞いとった通り何処までもええ子やなぁ」
鴻池当主は目を細め優しく独りごちると、後ろに控える土方と山南に目を向ける。
「ここからは局長の近藤はんも同席してほしいんやけど、呼んでもらえへんかな?」
突然の近藤指名に、土方は眉間に皺を寄せる。それもそのはず。はじめに近藤は居ないと言ってあるのだから、呼んできても何も居ない事になっているのだ。
「さっき山南も言いましたが、近藤は今外に…―」
「うちの情報網なめたらあかんで?芹沢局長が留守なんも、近藤局長がここにおるんも全部知っとって今日来たんや」
さっきまでの優しい顔ではなく、ニヤリと少し黒い顔で笑う鴻池当主に、土方は『そういうことか』と小さくため息をついて立ち上がり、近藤を呼びに部屋から出ていった。
「す、すごいですね。鴻池さんはなんでもお見通しなんですね」
「そうやで。あんさんも、なんかあったら頼って来ぃ。あんさんならいつでも大歓迎や」
「あ、ありがとうございます」
底知れない鴻池家の力に、梓は少し引き気味に返事した。
すぐに土方は近藤を連れて帰って来た。
そこからは鴻池当主は商人の目になり、近藤にいくつか質問を投げかける。
京に何をしに来たのか。壬生浪士組の目指すところはなんなのか。近藤個人として、今の日本をどう思っているのか。
そんな堅い話が続き、内容は梓には理解できなかったが、鴻池当主と近藤さんが段々と打ち解けていくのが見て取れた。
「決めました。近藤はん、いんや壬生浪士組局長はん、うちはあんさんらを支援させてもらいます」
突然、鴻池当主は膝を叩いて嬉しそうにそう言った。
話の内容を理解できずにボーッと見ていた梓は、突然の発言に「なんて?」と内心聞き返す。
「ほんとうですか!?それは有難い!……いやしかし、我々には返せるものが……」
葛藤する近藤の後ろで、土方と山南が「貰えるものは貰っとけ」と近藤に伝えようと何やらもがいている。しかし近藤には伝わらず、代わりに鴻池当主が後押しする。
「ほんに、あんさんも梓はんも正直で真っ直ぐな人やなぁ。うちはそんなあんさんらが気に入ったんや」
「いやしかし、それではそちらに何の得もない」
「得ならあるで。うちはこの先、堂々と壬生浪士組と繋がりがあると謳っていくつもりや。それだけで不逞浪士への牽制になるやろ。このご時世、いつ賊に入られるかいつ命がのぉなるか、落ち着いて商売もできへんわ」
「ほんまたまらんで」とため息をつく鴻池当主。その表情が、本当に困っているのだと言っている。
鴻池当主の気持ちを汲み取り、剣しか出来ることがない自分でも鴻池家の役に立てるのではないか。と思う梓。そう思ったのと同時に、隣に座る土方から小声で呼ばれる。
何かと見てみれば、近藤の方に顎をクイクイと動かされる。
(これは、近藤さんを説得しろってことか?)
私が?と言う意味を込めて自分を指差せば、土方は大きく頷く。更にその隣の山南まで覗き込んで頷いている。
「えっと、近藤さん。鴻池家のお役に立てるのなら、私は役に立ちたいです。不逞浪士への牽制というのなら、名前だけじゃなく巡察の順路に鴻池家の周りを加えましょう。今の壬生浪士組じゃ大した牽制にならないと言うならもっと活躍して名前を轟かせましょう」
「お!梓はんええこと言うなぁ!うちかて大坂まで巡察に来いとは言わへんよ。せやけど京の店の周りを周ってくれるんならそれは頼もしいわ」
梓の思いつきの提案に、鴻池当主は両の手を打って喜んでいる。自分の提案が間違っていなくてホッとする梓。隣でも土方と山南が頷いている。
(あとは近藤さんがどう出るか……)
「……そうだな。俺も鴻池さんにここまで言って貰えて、正直嬉しいし有難い。京の店舗への巡察順路拡大。加えて大坂に来た時は、必ず鴻池家に顔を出す。壬生浪士組の名も国中に轟くくらい良い働きをすると誓おう。鴻池さん、是非とも援助のほど宜しく頼みたい!」
頭を下げる近藤に合わせ、梓も土方・山南も揃って頭を下げる。
それを見て鴻池当主もにっこりと笑う。
「こちらこそ、宜しゅうお願いします」
鴻池当主も頭を下げ、番頭もそれに倣う。
こうして鴻池家と壬生浪士組に繋がりが出来たのだった。




