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局中法度





 その日のうちに、近藤と土方から隊規という規則が発表された。

 局中法度と名付けられたそれは、翌日の朝前川邸にデカデカと貼り出された。


 前川邸で寝起きしている隊士達は、朝早くからなんだなんだと集まり群がっている。

 その中に新見の姿もあり、局中法度を遠目から少し眺めた後すぐに離れに戻った。


「芹沢先生、局中法度なるものが貼り出されておりました」

「ほう?」


 離れの一室、襖に向かって新見が話しかければ中から声が返ってくる。それを合図に新見は「失礼」と声をかけて襖を開き中に入る。


 頬杖をついて横になる芹沢は、入って来た新見に話を続けるように促す。


「貼り出された法度には、一つ、士道に背きまじき事。一つ、局を脱することを許さず。一つ、勝手に金策致するべからず。一つ、勝手に訴訟を取り扱うべからず。一つ、私事の闘争を許さず。いずれかに背きし者には切腹を言い渡す。とありました」


 新見がまるでここで読んでいるかのように一言一句違えずに報告すれば、芹沢は起き上がり大笑いを始める。


「近藤め、そうきたか」


 この状況を楽しんでいる芹沢に、新見は隠れてため息をつく。

 三つ目の『勝手に金策するべからず』これは明らかに芹沢達に向けた脅しだった。現に芹沢達が鴻池家という両替商に押し借りに入った翌日に張り出されており、押し借りも金策に含まれるのは明白だった。


「どうしますか?」

「ひとまずはお前に任せよう」

「分かりました」


 新見は芹沢に会釈して退室し、平間・平山・野口・佐伯にしばらく派手に動かないようにと釘を刺しに回った。

 


 一方の梓はと言えば、朝から土方の部屋に押しかけていた。

 土方の部屋と言っても、奥の続き間は近藤・土方・山南の局長と副長で衝立を立ててそれぞれの部屋としており、そのうちの土方の空間のことだ。


「土方さん!昨日の局中法度考え直してくれましたか!?」


 梓の要件は、昨日の夜発表された局中法度についてだ。

 発表されてすぐに反対だと抗議したのだが聞き入れてもらえず、朝早くから再度抗議に来ていた。


「まだ言ってんのか?あれならもう前川邸にも張り出して来た」


 ボリボリと頭を掻いてウンザリした表情の土方。

 梓は土方の行動の速さに「はあ!?」と語気を強める。

 

 梓がここまで局中法度に抗議するのには理由がある。

 いつか見た夢、壬生浪士組の面々が次々と死んでいく思い出すのもはばかれる悪夢。

 梓は皆を助けたいと思った時、一人一人の死に際をよく記憶しようと思い返した。その中で気になったのが山南の切腹の場面。

 場所は間違いなく前川邸。しかも何人もの浅葱色の羽織を着る隊士に看取られていたのだ。

 そこに違和感を持っていた梓だったが、その違和感の正体が昨日発表された局中法度にあると直観したのだ。


(法度を破ったら切腹。山南さんも、法度を破ったから切腹させられたんじゃない?)


 根拠はない。山南が法度を破るとも思えない。しかし梓の直感が法度の危うさを訴えていた。


「土方さん!やっぱり切腹は罰が重すぎます!何も殺さなくてもいいじゃないですか!」

「お前は……。芹沢さんを庇いてぇだけじゃねぇのか?」

「芹沢さんじゃなくて!例えば…例えばここにいる誰かが法度を破ってしまったら、それでも切腹させるんですか?!」


 山南が、とは言えない。それでも、今ならまだ間に合う。そう思い問いかける梓だったが、土方は大きなため息を梓に返す。


「あの法度は昨日、近藤さんと山南さんと俺でしっかり話し合って決めたものだ。お前がなんと言おうが変えるつもりはねぇ。仮にここにいる誰かが法度を破ったとしても、俺たちは切腹を言い渡す」

「……そんな…」

「大きな組織を束ねるには、厳格な規則が必要なんだ。特に俺たちみてぇな腕を頼りにここまで来たような連中は、規則で縛り付けねぇと不貞浪士と変わらなくなっちまう」


 土方のことばに、梓はそれ以上抗議することができなくなった。

 現に規則がなかったから、芹沢は好き勝手押し借りをしていたのだ。


「おら。分かったなら早く朝稽古行ってこい。もう始まってんだろ」


 抗議はできないし納得もしたのだが、目の前の可能性が諦めきれなくて「あい」と不貞腐れた返事をしたら土方に拳骨をくらったのだった。




「お前ら昨日喧嘩したんだって?」


 朝稽古が終わると、永倉・原田・藤堂がにやにやと梓の元にやってきた。一緒にいた梓と沖田は、何のことだと首を捻る。


「喧嘩なんかしてないですよ?」

「もう忘れたのか?あんなに言い合いしておいて」


 井上までやってきた事で、皆が言うのが昨日の言葉の応酬だと気がつく2人。


「あれは喧嘩だったんですか?」

「いや、私に聞かれても…」

「あれは喧嘩だった。間に挟まれたわしは、いつお前達が刀を持ち出すかとヒヤヒヤしたもんだ」


 うんうん。と語る井上に、当人である梓と沖田は首をすぼめる。


「お前ら、喧嘩したのが昨日でよかったな。法度が出来てからだったら切腹だろ?」


 藤堂が笑いながら言う言葉に、梓はギョッとする。


「あぁ、私事の闘争を許さず。だったか?」

「え、でも本当に、ちょっと言い合いしただけですよ?」

「それでも闘争だよな?」

「な?」


(え、そうなの?やばい!山南さんの心配をする前に、自分が切腹になっちゃう!?)


 やっとビビり始めた梓に、永倉・原田・藤堂はしてやったりと笑い始める。


「ま、言い合い程度なら実際問題はないだろうけどよ」

「え、ないんですか?」

「あの法度、細かく決められてねぇから分やりにきぃよなぁ」


 永倉は頭の後ろで手を組んで口を尖らす。梓達は永倉の言う意味がわからず顔を見合わせる。


「分かりにくいか?武士らしくいろ。脱走するな。押し借りするな。訴訟に関わるな。喧嘩するな。どれも簡単じゃねえか」


 原田が全てを簡潔に訳せば、梓もそう言うことかと納得する。昨日法度は読み上げられたが、いまいち内容を覚えきれていなかった。

 特に訴訟を取り扱うべからず。というのがよく分かっていなかったのだ。関わるなと言うのは分かりやすくて良いと思う。

 しかし永倉は、お前は単純でいいなぁ。と原田の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「僕たちにとっては簡単でも、芹沢さん達はヒヤヒヤするんじゃないですか?特に押し借りするな。なんて書かれると」


 沖田がフフッと笑いながら言うが、笑い事ではない。

 梓も押し借りは芹沢達に向けたものなのではないかと思っていたが、そう思っているのは自分だけじゃなかったのだと再確認する。


(切腹は行き過ぎだけど、これを機に芹沢さん達を止められるんだから良い面もあるのか)


「押し借りだけじゃねぇけどな。この法度、細かく書かれてねぇ分なかなか曲者だぜ。特に最初の士道に背きまじきことってのがなぁ」

「それはよくわかんねぇけど、脱走するなってのはギクッとするやつ多いだろうな」


 永倉は何かブツブツ言っているが、藤堂が隊服を着て巡察に向かう平隊士たちを眺めて言った。


「あぁ。最近は脱走者が多いからなぁ」

「そうなんですか?」


 藤堂に同調する井上に、梓は初耳だと聞き返す。

 するとまたいつものように「馬鹿。剣道馬鹿」と周りからヤジが飛ぶ。


「脱走者が多すぎて隊士が減っちまったから、今度大坂でまた募集をかけるらしいぜ」

「え!?大坂?行くんですか?」


 新しい土地に目をキラキラ輝かせる梓に一同笑うが、永倉だけは考え込んだまま「芹沢さんたちはどうすんだろうな」と独りごちた。




「来る四月二十一日、家茂公が下坂される。会津公の命により、我ら壬生浪士組も護衛に加わることとなった」

「江戸から京に出てきたのも、元はと言えば家茂公の御為。皆気を引き締めて行こう!」


 朝稽古の時間、前川邸に集められた壬生浪士組一同は、芹沢と近藤からの言葉に「おおおお!」と気合の入った雄叫びをあげる。

 梓もその中の1人で前に並ぶ両局長を見ていたのだが、芹沢の変わりのなさにホッとしたような憤りたいような複雑な心境を持つ。

 局中法度が発表されてから芹沢と会う機会がなく、やっと見たと思えばいつも通りの姿で、まるで先日の押し借りは無かったことのようだ


(仮にも局長だし法度ができる前だし、罰せないのは分かるけど…。もうちょっとしおらしくなってもいいんじゃない?)


 梓が反感を持つのも無理はないことで、皆から聞いた話では、芹沢の押し借りは先日だけではなかった。

 何度も色々な店でやっていたようで、驚くことに隊服を作るための金子すら大坂で押し借りをして賄ったものだったと言う。

 それからさらに言えば、以前梓達に着物を買ってくれた菱屋の支払いもまだ済ませていないらしい。菱屋の主人も何度も前川邸に足を運んで催促しているようだが芹沢に払う気はないという。


 今まで梓が見ていた芹沢は何だったのか。とため息をつかずにはいられなかった。





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