原田左之助を慰め隊
葬儀は滞りなく行われた。
八木家の面々は悲しむ暇もなく、慌ただしく時間は過ぎていった。
壬生浪士組も何か手伝えることはないかと、葬儀の準備や受付を買って出た。しかもその受付を担当したのが芹沢と近藤の両局長だったものだから、参列に来た人々は揃って体を硬くしていた。
「よくあのお二人に受付を任せましたね」
「両人の希望だ。世話になっているのだから何かしたいってな」
帳簿をつけていた土方を見つけて言えば、土方は帳簿から目を離すことなく言う。
一通りの準備が終わり仕事がなくなった梓は、原田の様子が気になって原田を探していたところだったので、再び原田探しに戻ることにした。
しばらく探し回ると、原田は前川邸の縁側にいた。
「原田さん、こんな所に居たのですね」
「あぁ梓か。なんか用だったか?」
「いえ、別に用はないんですけど…」
言いながら隣に腰を下ろしチラリと原田を見れば、しっかりと目が合ってしまった。そしてニヤリと笑われる。
「俺が泣いていると思って見にきたか?」
「な!そんな悪趣味はないですよ!……ちょっと心配だっただけです」
後半小さな声で独言れば、原田は梓の頭をくしゃくしゃに撫でた。髪をボサボサにされ、梓はブツブツと結い直す。
「ありがとな。付き纏われてる時はあんだけうんざりしてたのに、いざ無くなると寂しいもんだなって考えてただけだ」
「……そうですか」
やっぱり原田さんは優しいですね。そう言おうとしたが飲み込んだ。
少しの間そうして座っていれば、原田はスッと立ち上がる。
「いつまでもボーッとしてても仕方ねぇな。線香でもあげてくるか」
「まだあげてなかったんですか?」
驚く梓にハハッと歯を見せて笑い、原田は後ろ手に手を振って前川邸から出ていった。
(原田さん、態度には出さないけど悲しいんだろうな。なにか元気付けられる事ってないかな?)
考えた結果ひとつしか思い浮かばず、梓は永倉を探すために立ち上がった。
葬儀も無事に終わり、永倉と共に原田を捕まえて向かった先は数日ぶりの島原だった。
「おい新八。さすがに葬儀の後に不謹慎じゃねぇか?」
「永倉さん。私、お酒が飲めるところとは言いましたけど、ここじゃないです」
2人してジト目で永倉を見れば、永倉は悪びれる事なくウキウキと揚屋を目指す。
「俺に場所探しを丸投げした梓が悪い」
そう言われてしまえば返す言葉もなく、梓は原田に「すみません」と謝るしかなかった。
原田は梓の魂胆をすぐに見抜き「ありがとな」とまた頭を撫でた。今度の撫で方は結い直さないようにと気を使ったのか、ポンポンと優しかった。
揚屋に入り座敷に案内されると、襖の向こうには芹沢が座っていた。
この前の島原以来、芹沢と話す機会がなかった梓は少し気まずい。なんで芹沢が居るのかと永倉に目で訴えれば「俺にそんな金がある訳ねぇだろ」と当たり前に返された。
要は島原でタダで遊ぶために芹沢を誘ったのだろう。
(それにしたって、この間の今日でよく誘えたわね。芹沢さんも断ってもよかったのに)
そんな事を思っていれば顔に出ていたのか、芹沢が鉄扇で自分の向かいの座布団を指す。
「今日はこの前ほど呑むつもりはない。そんなに気になるのなら前で見張っておけ」
「……絶対ですよ?呑みすぎてたらすぐに止めますからね」
「まったく。童は疑り深い」
フッと鼻で笑うと、永倉達にも座るように促す芹沢。それと同時に、梓に全員のお猪口に酒を注ぐように指示する。
永倉が芹沢の隣、原田が梓の隣に座ったところで酒の注がれたお猪口を持ち、上に掲げる。
「原田、お前は亡くなった婆婆と懇意だったらしいな。気を落とさず、今日は好きなだけ呑め」
芹沢の献杯の音頭で、梓達もお猪口を掲げて口をつける。
「ところで、今日はお前を酒と女で慰めようと開かれた会らしいが、同衾はするのか?」
芹沢の突然のぶっ込んだ質問に、梓はお酒をゴフッと鼻に逆流させ咳き込む。
酒が鼻にツンと響き、なかなか咳が治らないのを永倉と原田は呆れながら心配する。
芹沢に至っては梓のウブな反応にニヤニヤと笑っている。
「あー。今日は遠慮しとく。梓にも悪影響だしな」
原田まで梓を揶揄うように笑い出し、梓は居心地の悪さを感じ咳き込むのが治ったところで話題を変える。
「そ、そういえば今日、芹沢さんは近藤さんと受付をしてましたよね?どうでした?」
何がどうなのか分からない雑な質問だったが、芹沢は何か浮かんだことがあるようで「そういえばな」と口を開く。
「途中暇を持て余して絵を描いたんだがな」
その語り始めに永倉・原田・梓は、葬儀の受付で何してんだ。と同じツッコミを心の中で呟いた。
「近藤のやつ絵が下手でなぁ。唯一ドクロだけは上手かったが他はからっきしだったわ」
愉快そうに鉄扇を広げる芹沢。
暇だからと何で絵を描こうとなったのか、2人でどんな絵を描いたのか、なんで近藤はドクロだけ上手いのか。情報が多すぎて思い浮かべるとじわじわ面白くなり、梓もニヤニヤと笑ってしまった。
(近藤さんが絵が下手なのはなんか納得かも。でも唯一上手いのがドクロって…)
そんな話をしていれば襖の向こうから声がかかり、遊女が2人やってきた。やはりと言うべきか、2人とも美人だ。
2人は順々にお酌に回るが、芹沢と遊女の横並びに数日前のことを思い出し不安がよぎる梓。
それが顔に出ていたのか、芹沢が梓をチラリと見て遊女に何か耳打ちする。
すると遊女は梓と原田を交互に見て顔を赤らめながら、キラキラと目を輝かす。
(な、なんだ?)
流石に梓も視線の可笑しさに気が付くが、何を言われているのか見当もつかない。
もう1人の遊女も永倉にお酌に入るが、そこにまたしても芹沢は何かを吹き込み、それが聞こえたらしい永倉までニヤニヤと何か耳打ちしている。
もう1人の遊女も先ほどの遊女とほぼ同じ反応をした後、口元を抑えてなにか喜んでいる。
「原田さん」
「ん?」
向かいに座る4人の視線が気になりすぎ、隣に座る原田にコソッと耳打ちすれば、原田は気付いていなかったのかお酒を煽りながら呑気に返事する。
「あれ、何だと思います?遊女達まで巻き込んで何か言われてるんですけど」
「ん〜?まぁ放っとけよ。遊女と近くで話したいだけだろ?」
(それもあるかもだけど、それだけじゃ無さそうなんだけどなぁ)
そうは思いつつ直接聞くのも悔しくて、無視しようと料理に目を向ける。
その時、隣の原田のお猪口が空になっているのに気が付き、遊女は向こうにいるし。と原田にお酌しようと徳利を差し出す。
「おぉ、悪いな」
梓が言う前にお猪口を出す原田。お酒を注いでいると向いからキャーっと小さく声が上がる。
まさか助平な事をしていないよな?と梓が向かいを向くと、4人からの視線が注がれている。
「やっぱりなんか変なんですけど」
「放っとけ放っとけ」
原田は全く気にした様子なく、注いだばかりの酒をグイッと飲み干し再びお猪口を出す。
そこにお酒を注ごうとすると、また向いから声が上がる。
原田には放っておけと言われるがやはり気になり、チラリと向かいに目を向けると手元が狂いお酒がお猪口から溢れる。
「おわ?!」
「わ、すみません!」
急いでお手拭きで原田の着物についた酒をトントンと拭き取るが、途中でその手がパシッと掴まれた。
「梓、ちょい待て。自分でできる」
「でも急がないとシミに…―」
「そこは流石に自分でやる」
酒が染みにならないうちにと夢中だったが、掴まれた梓の手は原田の股の辺りに向かっており、他意はないとはいえ自分のやろうとした事に今更ながらに梓は赤面し後ずさって原田から離れる。
「す、すみません!悪気は全く…―」
「分かってる。分かってるから落ち着け」
梓を宥めつつ酒を拭いとり、原田はチラッと向かいを見た後咳払いをすると、手酌をしてまた酒を煽る。
原田の罰の悪そうな顔が気になり、赤くなった頬を押さえながら向かいを見れば、耳まで真っ赤な顔をした遊女2人とヒーヒー笑う永倉と芹沢。
一部始終を見られたことに気が付き、梓は「違うんです!」と言い訳する。
「分かった分かった。わしらの事は気にせず続けてくれ」
「なにをですか!」
「ナニをだろうな?女の子達も期待してるぜ?」
怒る梓は気にも止めず、更に遊女達に「言った通りであろう?」と語りかける芹沢。
会話にならない2人を前に、梓にもう突っ込む気力はない。
(こんな赤っ恥、もう呑むしかない!)
居心地の悪さから酒に逃げる事にした。
しかし、梓が酔い切る前に正体をなくしたのは、原田だった。
「……原田さん、私も人のこと言えないですけど、飲み過ぎじゃないです?」
床に散らばった徳利の数に気が付き声をかけると、原田はいつもより3倍増の色気を放ちながら、トロンとした目で梓を見る。
「……俺?酔ってねぇよ?」
すこし瞼を落として小首を傾げて微笑み、何だか声まで色っぽい。
梓は直視できず、苦し紛れに料理に目を向ける。
(な、なにこれ、よく分からないけど鼻血出そう……)
「よ、酔ってる人は大体そう言うんです!」
「梓ぁ。俺が酔ってるって言うのか?」
もたれ掛かるように肩を組まれ、耳元で甘く囁かれれば、何故か耳ではなく腰が砕けそうになる。
原田の色気に目眩を覚え向かいに助けを求めれば、再び永倉と芹沢は爆笑していて、遊女2人は揃って耳まで赤くして口元を隠している。
耳まで赤いのは梓も同じだが、誰も助けてくれそうにない。
「あーずさー?聞いてるか?俺は酔ってねぇだろ?」
「酔ってる!絶対酔ってる!酔っ払いはみんなそう言うんです!」
「んだとぉ?そんなこと言うのはこの口か?」
原田は梓にもたれ掛かったまま、俯く梓の顎に手をかけるとクイッと持ち上げ目線を無理矢理合わせさせる。
至近距離で見つめられればいよいよ梓も限界で、酔いが回ったのと恥ずかしさと他にも色々ごちゃごちゃになって涙目になる。
「……お前、可愛いな」
「ひぃ、さ、左之ぉ、誘惑してんのか?」
爆笑しすぎて涙を拭いながら永倉が声をかけるが、原田は「見て分かんねぇのか邪魔すんな」と横目でニヤリと笑うだけ。
その顔を見て遊女の1人がクラクラ倒れる。
さらにそれを見て、芹沢は笑いながら感心する。
「おぉ失神しおった。お前達2人、男色もほどほどにせぬと死人が出るぞ」
「梓相手なら男色も有りかもなぁ」
「うぉ!マジか左之!」
「あずさぁ、このままシケ込むか?俺は問題ないぜ?」
耳元で再び囁かれ、おまけにフッと息を吹きかけられる。
「ひゃッ」
(だ、だめだ!このままじゃ気がおかしくなる!)
背筋がゾクゾクとし頭が沸騰しそうになり、正気を保つことが困難になった梓は、滲む視界で徳利を掴むとそのままゴクゴクと煽り、今度こそ酒に逃げた。
翌日、屯所で目覚めた梓は断片的な記憶の中の原田と二日酔いの頭痛に悩まされ、同じく二日酔いなうえに記憶をすっかり飛ばした原田と共に、しばらくの間芹沢と永倉の話のタネにされるのだった。
メモ
男色とは男同士の同性愛者の事です。
この時代は多かったのだとか。




