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いざ、島原へ





「うおーい芹沢さん。梓が居ねぇんだがそろそろ日が暮れ…ーうお!?」


 離れからすぐの裏口から大声で入ってきたのは永倉で、入ってすぐの地面で寝ている沖田と梓を踏みそうになって更に大きな声を出す。

 それを聞いて、何事かと後ろにいた原田も顔を出し「なんだぁ?」と間の抜けた声を出した。


「…ん?なんですか……?」

「……うるさいですねぇ」


 むくりと起き上がり目を擦る梓と沖田。時間にしては僅かだが、いつの間にか寝ていたらしい。

 同じく寝ていた芹沢も、のっそりと縁側から起き上がる。


「おぉ…。永倉と原田か。もうそんな時間か……」


 大きなあくびと共にボリボリと着崩した襟元から腹を掻く芹沢は、まだ眠気が残っているらしい。

 梓と沖田も疲れ果てていたのか、いまだに眠気で立ち上がらない。


「お前ら、いねぇと思ったらこんなとこで何してんだ?」

「いくら暖かくなってきたからって、地べたに寝てたら風邪引くぞ?」


 永倉と原田に呆れられ、梓は眠いながらもなんとか起き上がる。

 そうしていれば離れの襖が開き、中から新見が顔を出す。その奥には平間に平山もいるらしい。


「芹沢先生起きましたか。随分お疲れでしたね」

「おぉ。この童共に稽古をつけておったらこっちが疲れたわ」

「よく言いますよ。あっという間に寝てたくせに」

「シッ!沖田さん、新見さんに怒られますよ」


 呆れる沖田を嗜めていると、芹沢が「おぉそうだ」と手を打つ。


「お前達、出かけるから着替えてこい。そんなドロドロでは煙たがられる。淡い色の着物ももう着れるであろう」


 煙たがられるとは何のことかと思った梓だが、早くしろと急かされたため急いで八木邸に戻った。

 幸い、時間的にまだ皆稽古やら巡察に行っているらしく、沖田が厠に行くと部屋を出た隙にバッと脱いでサッと着て着替えることができた。

 

少し鼠色がかった白の単衣を着てみると、改めて久しぶりの明るい色の着物に心が躍る。帯の綺麗な青もよく映えている。


(いつもは袴だけど、今日は気分を変えて着流しで行こうかな)


 新しい着物にウキウキとしていれば沖田も厠から戻り、柄の入った白い着物に着替える。

 2人揃って淡い色の着物を着ているのがなんだかおかしくなり、顔を見合わせて笑ってしまった。



「やはり似合うな童。其のニもよく似合っているぞ」

「なんだなんだ?お前らいつも以上にキラキラしやがって。左之と3人で持ち帰られても知らねぇぞ?」


 八木邸を出ると、すでに芹沢・永倉・原田が通りで待っていた。

 沖田と梓の姿を見て素直に褒めてくれた芹沢とは違い、永倉は沖田と梓を見るなりやさぐれたように口を尖らせる。

 何のことかと首を傾げる梓と沖田だったが、その前に芹沢は歩き出す。着いてこいということだろう。

 原田は何か知っているようで、やれやれと呆れていた。


 それよりも梓が気になるのは、芹沢のお付きが1人もいないことだ。キョロキョロと辺りを見回したがやはり着いてきてはいない。


「今日は芹沢さん1人なんですね」


 隣にいた原田にコソッと聞けば、原田は「あぁ」と苦笑いする。

 なんでも原田が言うには、先ほど梓達が八木邸に向かった後、前川邸で一悶着あったらしい。先日買ってもらった着物が手元に来なかったのが理由なんだとか。


(そう言えば、届いた着物全部八木邸で配りきってた気が……)


「それで怒って来なかったんですか?」

「いんや、怒ったのは芹沢さん。遠回しに文句ぐちぐち言われて、今日はお前らは来るな!ってさ。最後は腰巾着どもが謝ってたけどな」


(なるほど。あの短時間でそんなことがあったのか)


「で、今からどこに行くんですか?」


 気を取り直して前を歩く芹沢に問いかければ、芹沢だけでなく永倉もニヤリと振り返る。


「「島原だ」」



 夜の町島原。そこは男が女を買う妖艶の街。

 昨日の昼間は開いていなかった大門は大きく開け放たれ、中からは煌々と灯りが漏れ、男女の笑い声が響く。

 女の身では縁もなかった場所にいざ踏み込むとなると、なんだか超えてはいけない一線を感じ梓は大門の前で立ち止まる。


「どうしたんですか?」


 立ち止まった梓を不審に思い沖田が問いかけると、皆も歩みを止める。


「大丈夫か?やめとくか?」

「おい左之!男ならいつかは通る道だろうが!」

「こういう奴が案外化けるものだ」


 梓を気遣う原田に、永倉と芹沢が待ったをかける。

 梓が今から起こることを想像し顔を真っ赤にして俯いていれば、前の方の人だかりから歓声が起こる。


「おいおいマジかよ。急げ!」

「ほう。いい時に来たな」


 永倉は歓声に反応し、梓の戸惑いなど無かったことにして手を引いて走り出す。その後に芹沢も続けば、沖田と原田も梓を案じつつ後を追った。


「ちょ、ちょっと永倉さん!」

「見ろ梓!太夫道中だ!相手はどこのお代官様だろうな?」


 永倉に連れられて人混みに入れば、見たこともない華やかな光景に一瞬で目を奪われた。

 10代前半位の華やかな振袖を着た整った顔の女の子が2人、横並びに先頭を歩き、その後ろに赤い着物を着た髪を結い上げていないおカッパ頭の小さな女の子が2人並ぶ。 そしてその更に後ろを、手のひらほどの高さがあろうかという下駄を八の字に滑らせしゃなりしゃなりと目を伏せて歩く一際輝く女性。


 その装いは着物を幾重にも色とりどりに重ね、前で結ばれた帯は大きく華やか。高く結い上げた髪には簪が何本も差さっている。

 一目で高位の遊女だと分かる装いと、白塗りの化粧からでも分かる整った顔立ち。後ろの男が綺麗な装飾の傘を差し、その美しさを引き立てる。

 女の梓ですら惚けて見惚れてしまうのだ。男達が群がるのも無理はない。


 しばらく後ろ姿を見送っていると、となりでニヤニヤと永倉が見ている事に気が付いた。


「なんだなんだ?日和ってたくせにもう夢の中か?」

「な!そんなじゃありませんよ!」


 顔を真っ赤にして否定する梓だが説得力は無く、芹沢達と合流してからも揶揄われたのだった。



「まさか太夫と同じ揚屋がとれるとは、さすが芹沢さんだぜ」


 揚屋の一室に通され、キョロキョロと隣の部屋と繋がる左右の襖や廊下に繋がる襖を気にする永倉。


「同じ店だと会えることもあるんですか?」

「滅多にないだろうな。簡単に会えねぇからみんな金を払うんだよ」


 太夫含む遊女は、置屋と呼ばれる自分の家のような場所から、こうして呼ばれた揚屋という部屋割りされた飲み食いする店にやってくる。

 先ほど見た太夫道中も、太夫が置屋から揚屋に向かう道中だったのだ。

 永倉・沖田・原田の会話に、そう言うものなのかと梓は学ぶ。


「沖田さんも遊郭には来たことがあるんですか?」

「そうですね。土方さんの付き添いで何度か」 

「土方も好き者だったか。次は土方も連れてくるとしよう。お前達と土方が揃えば、太夫の方から来るやもしれぬぞ」


 梓・沖田・原田を見て楽しそうにクックックと笑う芹沢に、いち早く永倉が「俺の色気でイチコロよ」と割り込む。

 どう考えても数に入っていないが、いつもは突っ込む原田も流石に呆れて聞き流す。

 

「あの、大事なことなのですが、その、遊女と夜を共にすることは絶対なのでしょうか……?」


 聞き辛い事だったが大切な事なので、梓は勇気を出して話題にする。青ざめているのか恥じているのか分からない緊張した様子に、その場にいた一同は大笑いする。


「大丈夫だぜ梓。もちろん同衾もできるが飯食って呑んで遊んで終わりってのも普通にある」


 原田の言葉に、梓はホッと胸を撫で下ろす。

 さすがにそんなアレやコレやの事態になったら女である事を隠し通せないと、知識がないながらも心配していたのだ。


「童はそんな事を心配しておったのか。遊女は皆芸達者なのだ。いらん心配はせず、呑んで食って歌や踊りを楽しめば良い」


 そう言って芹沢は酒を飲みだし、永倉と原田もそれに続いて手酌で飲み始める。



 しばらく飲み食いしていると、襖の向こうから声がかかった。

 芹沢が入るように促すと、ゆっくりと襖が開き華やかな装いをした遊女が3人、三つ指をついていた。

 それぞれに自己紹介をすると、スススッとお酌に回り始める。

 3人が3人とも、綺麗な着物に負けないくらい綺麗な人だった。化粧もよく映えていて、先ほど見た太夫と言いこの人達と言い、遊女は綺麗な人しか居ないのかと梓は呆気にとられる。


 支払いが全て芹沢だと知っているのかお金の匂いを嗅ぎ取ったのか、3人のうちの1人は芹沢の隣で楽しそうに話し始める。

 残りの2人はお酌に回りながら器用に一人一人と楽しそうに会話している。

 梓はといえば、女である以上お酌の仕方も一通り心得てはいるが、お酌をされる側になるのは初めて。

 どう待っていればいいのか、何を話せば良いのかと頭を働かせるが答えが出ない。


「お待ちどぉさんどす」


 いよいよ梓の番になり、徳利を差し出されるのでお猪口を持ってそれに応える。問題はここから。何を話そうか。と内心焦っていれば、相手は流石の玄人で向こうから話を振ってくる。


「旦那はん、もしかして花街は初めてなん?」

「は、はい。不慣れですみません」


 見破られた事で何か粗相をしたのかと、顔を赤くして謝れば、遊女はフフフと口元を着物の袖で隠して控えめに笑う。

 久しぶりに見る女性らしい仕草に、なんだか余計に落ち着かない。


「謝る事あらへんよ。うぶでかぁいらしい思て。ウチこそズケズケと聞いてしもて、堪忍ね」


(なんて可愛らしい…。私は女を捨ててきたけど、捨てる前からこんな可愛らしさは持っていなかったな…)


 自分の捨てたものを磨き続けている女性を前に、可愛いや凄いなどの感想の他に、羨ましいと思う気持ちが小さく浮かんで梓は戸惑う。

 別にこの人のように女らしくなりたかった訳ではない。女よりも剣の道を選んだ事を後悔もしていない。

 それでも、同じ女として、世間の女性にどちらが正解かと問えば皆が皆着飾って可愛らしく話をする目の前の彼女のような人が正解だと答えるだろうと思ったのだ。


(母様も、いつも女らしくしなさいと言っていたけど、こんな娘が欲しかったのかな……。ちがう!両親がいて特に不自由なく育った自分と、目の前の彼女を比べること自体傲慢で間違ってる。私はやりたい事をやれているんだから、今更女らしくない事に引け目に感じちゃダメ!)


 考えても仕方が無いとは思いつつ、自分の中の消えない葛藤を振り払うように梓はお猪口に注がれた酒を一気に煽る。


「旦那はん良い飲みっぷりやぁ」


 嬉しそうに笑う彼女に、女らしく居られないのならせめて、ここでは男らしく振る舞おうと決めた。





メモ

島原の遊女は舞や音楽、教養に優れていたそうです。

遊女には階級があり、遊女の中でも一握りの人が太夫と呼ばれていました。

太夫ともなればお客を選ぶこともできたのだとか。



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