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芹沢の指南





 翌日。

 沖田の言った通り、表には梓と沖田の名前があり、二人で壬生寺の境内に立っていた。着物はもちろん黒の着物に袴だ。

 

「沖田さん、今日はどんな稽古にします?」

「そうですねぇ。昨日は近藤さん達がずっと素振りをしてましたからね」


(あれ、私は楽しかったけど永倉さんとか原田さんには不評だったのよね)


「素振り以外ってなると、打ち合いですか?」

「それより、僕は梓の二刀流が教わりたいですね」


(え!?それってあり?指南役が私だから有りなのか……?でもそれを言うなら…―)


「そんなこと言ったら、私は沖田さんの三段突きを教わりたいです!」

「そう来ますか。前も言いましたけど、僕教えるの向いてないんですよねぇ」

「そんなの私だってそうですよ。あ、二手に別れましょうか。二刀流と三段突き、習いたい方をみんなに選んでもらって教えるんです。私は二刀流を教えながら沖田さんの方を盗み見ますから、沖田さんも手が空いた時に私の方を見てください」


 我ながら明暗だと思う梓の提案に、沖田も「良いですね!」と乗った。

 方向性も決まったところで集まった隊士たちをみれば、20人近くが揃っていた。その中には近藤や土方、原田に山南に斎藤もいる。

 非番と夜勤と朝の巡察の人達を引けばこれくらいの人数になるのだろう。


「ではまず、皆さん素振りで体を温めましょう」


 沖田が言えば全員一斉に間隔をとって広がる。壬生浪士組の隊士は道場に通っていた人が大半なので、皆慣れているのだ。

 

 四半刻も素振りをすれば体も温まり、それと同時に昨日の近藤達の指南を経験している者達は「まさか今日も一日中素振りじゃないよな?」と顔をこわばらせ始める。


「そろそろですかね?」

「そうですね」


 頃合いを見て沖田が「止め!」と声を上げる。


「今からの稽古ですが、沖田さんは三段突きを指南します。私は二刀流を指南しますので、各々興味がある方に分かれてください」


 梓が言えば、皆一様にざわつき始める。


(悩むわよね。分かるよ。三段突きも二刀流もどっちもやりたいのよね)


 うんうん。と様子を見ていれば、スッと手が上がる。

 沖田と梓でその手の主を見れば、山南が苦笑いして立っていた。


「どちらも大変珍しいもので、見た事のない者も多いと思います。選ぶのではなく交互に教えていただけますか?」


 山南の提案に、沖田も梓も(それならゆっくり相手の技が見られる)と賛同した。

 話し合いの末、まずは沖田が前に出る。


「僕の三段突きは…まぁまずは見てください」


 そう言って構え、一呼吸置いた後前を見据える。いつもの飄々とした沖田は消え、まるで目の前に敵がいるかのような真剣な顔だ。


 そして体が前に傾いたかと思えば、目に止まらぬ速さであっという間に刀4本分ほど前に移動した。刀は前に突き出され、その後一拍遅れてパンッという音が3回鳴り砂埃が舞った。

 さらに一拍遅れて、周りからは歓声とどよめきが起こる。


(対峙してる時は必死だったから覚えてないけど、側から見ると本当に早い。どうやったらあんなに早く動けるんだろう)


「…とまぁこんな感じで、突きを3回早く繰り出すだけです。やってみてください」

「………え……?」


 にっこり笑って言う沖田に、梓含めて一同キョトンと沖田を見る。

 見て分かる。突きを3回早く打ったところで沖田のような三段突きにはならない。


「沖田さん、もう少し説明は…?」

「梓さんならできるでしょ?さぁどうぞ」


 沖田の無茶振りに、一同今度は梓を見る。

 梓は戸惑いながらも、見様見真似で構えてみる。皆の視線が痛いが今は集中だ。


(えっと、普通の突きを早く3回。……よし!)


 沖田と同じように低く構え、前を向いて体を傾け3回突きを繰り出す。

 しかし音は遅れるどころか鳴りもしない。砂埃のみ少し遅れて立った。

 周りから小さな歓声は起こるが、沖田の突きとは比べ物にならない事は梓自身が一番わかっている。

 顔から火が出そうになりながら沖田を見れば、沖田はニコニコとしながら「そんなかんじです。それをもう少し早く」と励ましなのか分からない言葉をかける。


「これ以上早くなんて出来ません〜」


 泣きつく勢いの梓に、沖田も流石に困り顔を浮かべる。


「だから言ったでしょ?僕は教えるのが苦手なんですって」

「もっとこう、コツとか何かないですか?」

「え〜」


 そんなやりとりをしていれば、見かねた近藤が口を挟んだ。


「総司の突きは天性のものだからなぁ。梓君の突きだってそこらの者よりも格段にすごかったぞ」

「総司に教わろうってのが間違いなんだ。次、何をやるって言ってた?」


 近藤に続いて土方が言えば、沖田は「酷いなぁ」と口を尖らせながら、次は梓の二刀流だと場所を譲る。


「私ですか!私の二刀流は大刀と脇差を使います。今は脇差はないので木刀を二本使いましょう」


 本当は土方にもらった短い木刀があるが、今回は皆に合わせて普通の木刀を使う。


「聞き手に大刀、逆の手に脇差を持ち、脇差を正面に大刀は頭の上に構えます」


 説明しながら構えて見せると、皆見様見真似に構える。

 ここまでは父や兄の台詞をそのまま言っただけだから問題はなかった。問題はここから。梓も沖田に負けず劣らず、説明が下手なのだ。


「えっと、打ち込む時は相手を想像して、いや、実際に2人1組でやりましょう。打ち込む方は相手の動きを先読みしつつ、脇差でそれを払って上からこう。さらにこう来たらこう」


 実際に沖田を相手にやって見せるが、皆同じようには動いてくれない。梓なりにゆっくり打ち込んでいるが手数も身のこなしも一朝一夕でできるものではないのだ。


「こう来たらどうします?」

「そこはこうです。さらにこっちからこう」

「そこにこうなら?」

「こっちですかね」


 沖田と2人で会話しながら、打ち込み打ち込まれとゆっくりやって見せる。しかし段々と沖田の打ち込みが予想を上回り出して梓も楽しくなってきてしまう。

 そのうちに2人で高速で手合わせを始めてしまった。


「いい加減にしやがれ!」


 怒声が聞こえ、梓と沖田はピタリと動きを止める。

 恐る恐る皆の方を見れば、置き去りにされた皆はポカンと口を開け、土方は眉間に皺を寄せイライラと足の先を小刻みに動かしている。山南・近藤は苦笑い。原田は爆笑。斎藤はキラキラと目を輝かせる。


「お前らが常人離れしているのは、よーく分かった。山南さん、この2人はこれから指南役を組まないでくれ」

「それが良さそうですね」

「近藤さん。悪いが今日の指南役を変わってくれるか?」

「お安い御用だ」


 沖田と梓がお役御免となり隊士がホッとしたのも束の間、代わりにと名指しされた近藤を見て皆顔を青くする。


「ちょちょちょい待った!近藤さんは2日連続で大変だろ?ここは山南さんか土方さんで…―」

「私は2人の指南役の所を全て組み直さなければなりませんから…」

「俺は今からこの2人に説教だ!」

「「「そんな……」」」


 梓と沖田それから原田はがっくりと項垂れる。斎藤は少し残念に思いながらもフッと隠れて笑っていた。



「土方さん、なにもあんなに怒ることないと思いませんか?」

「同感です。私達だって一生懸命やりましたよね?指南役にだって向き不向きがありますよ」

「その通りです。はぁあ。今からどうしましょうか」


 土方の説教を半刻ほど聞き続けやっと解放された2人だったが、今日は1日指南の予定だったので隊務が入っていなかった。

 どうしようかと言われても、壬生寺は指南で使っているし八木邸は土方と山南が居て居づらい。


「あ!前川邸に行きましょう!芹沢さんに返り血の付かない斬り方を教わりましょう!」

「それいいですね!梓さん行きましょう!」


 そうと決まれば善は急げと、2人は玄関口から前川邸に向かう。その途中見覚えのある男とすれ違った。ブツブツと何かを言いながら青い顔をしていたのが目についた。


(…あれ誰だっけ?……あ、昨日の呉服屋の…確か菱屋さんだ。あんなに青ざめてどうしたんだろ?)


「梓さん?どうかしましたか?」

「いえ、今の…―」


 再び後ろを振り返ると、菱屋の主人はもう居なくなっていた。

 何かあったのだろうか、と気にはなったが沖田に急かされてそのまま前川邸に入った。


「芹沢さーん、居ますか?」


 離れの前で梓が声をかければ、少し後になって「おらぬなぁ」と声が返ってきた。

 その返事に沖田と顔を見合わせ、草履を脱いで離れに上がり込む。


「「芹沢さん!剣術を教えてください!」」


 2人で声を合わせて襖を開けば、気だるげに寝転がり頬杖をつく芹沢が梓と沖田を見上げる。

 いつもは小うるさく「無礼だぞ!」などと言ってくる取り巻きも、今はいないらしい。


「なんだ騒々しい。童其の二も一緒か」


 起き上がる気配のない芹沢に言われ、沖田は嬉しそうに「やっぱり平助が其の三でしたね」とコソッと梓に言う。

 梓はそれに関しては苦笑いだ。


「芹沢さん、昨日の約束覚えてますか?」

「それより着物はどうした。わしは黒ではなく白が似合うと言ったはずだが?」

「ですから、白の着物を着るには返り血が付かない斬り方を教えて貰わなければならないんですよ」

「……なんだその理屈は」


 芹沢は呆れながらもノロノロと起き上がる。

 目をキラキラさせた2人を前に「はぁ」とため息を吐き、そのまま離れを出て行った。

 残された2人は顔を見合わせたが、外から「早く来い」と声がかかり急いで芹沢の後を追う。


「「芹沢先生お願いします!」」


 2人で声を揃え頭を下げれば芹沢は呆れながらも笑顔を漏らす。

 そして梓の持っていた木刀を取り上げ、その腕を掴んでぐるりと捻り梓の背に持って行く。突然のことに戸惑う梓を気にもせず、その隙に反対の手に持った木刀を梓の首元に後ろから斜めに突きつけた。

 その流れるような動作に、梓はただされるがままに流されていた。


(……凄い。気を抜いていたとはいえ反応しきれなかった。やっぱりこの人強いんだ)


「こうして後ろから首を斬れば返り血は前に飛ぶ」


 一部始終を見ていた沖田は頭の中で芹沢の動きを自分に置き換え模倣する。


「しかしこれは相手が油断していなければならないな」


 梓はパッと解放され、少し痛む右肩をさする。

 芹沢はフムと腕を組み少し思案したのちニヤリと口を開く。


「お前達、確か身が軽いのだったな。それならこう言うのはどうだ」


 芹沢は今度は実践するのではなく口で説明をする。

 それは簡単なことで、相手の左右どちらかの首筋に刀を押し付け、自身の体を正面から刀とは反対の側面に移動させる。その時に同時に刀を引いて斬るというものだった。


「芹沢さん、簡単そうに言いましたけど、斬り合いの中斬り捨てず相手の首筋に刀をつけるだけで止めるって結構難しくないですか?」

「それを一連の動作にすれば斬りつけたと同時に反対に飛ぶだけだろう。


 不満を漏らす梓に芹沢は呆れた顔で言う。そう言われればそうだと、沖田も梓も「なるほど」と手を打った。


「それなら首筋じゃなくても腕でもどこでも使えますね。いつもヒラヒラしている梓さんには特にうってつけですよ」

「ヒラヒラって…。でも確かに斬りつける方と反対に飛ぶだけなら出来そうです」


 そうとなれば練習あるのみ。

 実戦と同じように打ち合おうと提案する沖田だが、それではお互いになかなか相手に届かず練習にならない。と、まずは動かない相手に斬りつける練習をした。

 交代で何度かやった後、ゆっくりと斬り合いながらの練習。最後に防御のみの相手に斬りつける練習をする。


 最初の方は指導しつつ見ていた芹沢だったが、途中から飽きて縁側で寝ていた。



「はぁ。はぁ。なんとか、形に、なったんじゃ、ないですか…」

「…ですね。はぁ、疲れたー」


 どれだけ斬り合っていたのか、お互い息を切らし中庭に倒れ込む。

 気が付けば見上げる空は橙色に染まっていた。






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