着物の新調
「は〜。京のお蕎麦、ハマりそうです。ご馳走様でした!」
「いえいえ。喜んでもらえたようで何よりだ」
「江戸の奴はみんな京の蕎麦は気に入らねぇだろうと思ったが、気に入るやつもいるんだなぁ」
美味しいものでお腹が満たされ大満足の梓と、それを見て連れてきてよかったと癒された原田、一人だけ首を傾げる永倉と、いよいよ巡察を始めた。
巡察と言っても隊服も着ていないので、梓にとっては京観光も含めたただの散歩に近い。
「ところで、巡察って基本的に何をやるんですか?」
「何をって、不貞浪士を取り締まるんだろ?」
「あれだあれ、怪しい奴を見つけて声をかけるとか、暴れてる奴が居たら止めるとかだろ?」
原田の説明に永倉が補足するが、果たして普通に歩いていてそんな不貞浪士を見つけられるのだろうか。そう思って歩いていると、道の真ん中に大きな門が現れた。
「かー!やっぱ閉じてるかぁ」
「わ!大きな門ですね。どこの大名のお屋敷でしょう?」
額を抑える永倉の隣で、梓が門の前に立ちまじまじと見ていると、永倉の「はあ?」と言う声と後ろからは「ブフッ」と吹き出す原田だろう音が同時に聞こえた。
「お前まじか!?こりゃ花街の大門だろうが!島原は行った事ないだろうとは思ってたが、まさか吉原も行った事ないのか?」
「よよよよ吉原!?そんな、行ったことあるわけ無いじゃないですか!近づいた事すらないですよ!」
なぜ急に江戸の遊郭である吉原の名前が出てきたのかは分からないが、ついつい心が女に戻り過剰に反応してしまった。
しまった!と我に帰り二人の様子を窺うが二人にさほど気にした様子はなく、原田は笑い永倉は憐れみのこもった視線を梓に送る。
「お前…もしかしてとは思っていたが……。剣道馬鹿すぎて遊びを教えてくれる友達もいなかったのか…?」
「まぁまぁ。梓らしくていいじゃねぇか」
「よくねぇ!こうなったら俺らが教えてやる!なぁ左之!」
「あ?俺はいつもお前の付き合いで行ってるだけで…―」
「おぉ、騒がしいと思えばお前達か」
突然割り込んできた声に誰だと振り向けば、付き人を5人ほど連れて芹沢が手を上げていた。
(芹沢さんのあの感じ、巡察中ではなさそうね。朝の稽古にもいなかったけど、2日目にして非番?そんなことある?)
梓が不審に思っていれば芹沢も梓に目を向ける。
「なんだ童。花街に用でもあったのか?」
「な!ないですよ!巡察で通りかかっただけです!」
花街と言う言葉にまたもや過剰に反応してしまえば「聞いてくれよ芹沢さん!」と永倉が芹沢に要らないことを吹き込む。
今までの話の流れを事細かに説明する永倉を止めようとする梓だったが、芹沢に背を向けられて話に入ることができない。
「なるほど。童だとは思っていたが、そっちまで童だったとはな」
そう言う芹沢の視線は梓の股に向かっていて、梓は居た堪れず側にいた原田の背に隠れる。
「そうとなればわしの出番か。……しかしお前達、そのナリでは連れて行けんな。よし、着いてこい」
芹沢は梓達の返事も聞かず、肩にかけた羽織を翻して歩き出す。
何が何だか理解できない三人だったが、着いてこいと言われた以上断ることもできず、三人で顔を見合わせ芹沢の後を追った。
付いた先は四条堀川にある呉服屋・菱屋だった。
当然京の呉服屋に入るのも初めてな梓だが、呉服屋自体は江戸と大差ないようで安心する。
「主人。ここにいる全員に単衣と薄物を頼む」
店に入るなり店主らしき男性に向かって言う芹沢に、梓・永倉・原田はギョッと視線を向ける。
対して、慣れているとでも言うように、芹沢のお付き5人は何の反応も無く店を物色して回りだす。
「ちょ、芹沢さん!私そんなお金ありません!」
「自慢じゃないが俺もだぜ?」
「同じく」
梓をはじめ永倉原田も口を揃えれば、芹沢は「気にするな」と鉄扇を広げる。
単衣とは春や秋などに着る着物の事で、薄物とは夏に着る着物の事。冬に江戸から出て来た梓達は袷と呼ばれる冬用の着物しか持ってきておらず、確かに4月になった今も冬用の袷を着ていた。それと言うのも、浪士組に入ったままなら給金が出るはずだったので、それで買えばいいと思っていたのだ。
しかし、だからと言って芹沢に買ってもらうのは申し訳なく、気にするなと言う芹沢に「それでも…-」と訴えれば、芹沢は少し眉間に皺を寄せる。
「分かった。それなら単衣と薄物3着ずつだ」
「な!なんでそうなるんですか!?」
「お前達が聞かぬが悪い」
「分かりました!ありがたくお言葉に甘えますから1着ずつで結構です!」
「よし。ならば間をとって2着ずつだな。さぁ選べ」
(なんでそうなるの!?)
なおも食い下がろうとする梓だったが、永倉と原田が止めに入る。
「梓、その辺にしとけ」
「そうだぜ。あのおっさんはこれ以上言っても聞かねぇよ。現に袷じゃそろそろ限界だったし、ここは甘えとこうぜ」
二人に言われてしまえばそれ以上反論することもできず、梓も遠慮するのをやめて芹沢に改めてお礼を言ってから、できるだけ安い着物を選ぶことにした。
「なんだ?お前はそんな暗い色ばかりを選ぶのか?」
「はい。いつ斬りあいになるか分かりませんから」
「お前には淡い色の方が似合うだろう。返り血を気にするなら返り血の飛ばない斬り方を工夫しろ」
そういう芹沢は梓の選んだ単衣を白の着物と交換する。
買ってもらう立場の梓は文句も言えず、それを黙って見届ける。
「返り血が飛ばない斬り方なんてあるんですか?」
「ある。今度わしの指南の時間に教えてやろう」
「!本当ですか!?約束ですよ!」
梓が目を輝かせれば「今日一良い顔をしおって」と苦笑いが返ってきた。
全員が思い思いの着物を選び終えたところで、それを八木邸の屯所に届けるように言いつける芹沢。
そろばんを弾いてニコニコしていた店主は二つ返事で了承し、すぐに店の奥にいた女性に手配させる。
その後、改めて着物の代金を告げる店主に芹沢は「今は手持ちがない故、後日屯所に取りに来い」と告げて店を出る。金額も金額なため店主も黙って見送りに出た。
「芹沢さん、今日は本当にありがとうございました」
店を出て少し歩いたところで改めて頭を下げる梓に、芹沢はフッと笑う。
「童、おぬしは何度頭を下げるつもりだ。礼ならいらぬわ。それより、今夜あたり着物が届いたら呼びに来い」
そう言い残し、芹沢はお付き達を従えて歩いて行ってしまった。
後に残された三人は、巡察の続きをしようと誰となく歩き出す。
「あんなに沢山着物を買えるなんて、芹沢さんってお金持ちなんでしょうか」
「さぁな。新八なら知ってるんじゃねぇか?同門だろ?」
「知らねぇな。……ただ、変わっていればいいとは思うがな」
永倉の意味深な呟きに、梓と原田は顔を見合わせて首を傾げた。
初めての巡察は、途中寄り道もあったものの特に何事もなく終わった。ひったくりを一人捕まえて奉行所に差し出したくらいだろうか。
夕方に屯所に戻り、その旨を近藤と土方に報告すると「ご苦労」と労われた。
「そういや、菱屋からやたらデカい荷が届いてるぞ。芹沢さん宛だって呼びに行ったら『童が帰ったら呼びに来い』だとよ」
「早かったですね!早速呼んできます!」
駆け足で出ていく梓に土方が首を傾げると、残された永倉が菱屋での事を土方に説明する。
原田はその説明が終わる前に梓の後を追ったが、案の定、永倉は巡察をサボったとして土方から雷を落とされるのだった。
「童、そう急ぐな」
「急ぎますよ!原田さんも早く!」
新しい着物と言うのは、男物であっても袖を通すのが楽しみなもので、梓はうきうきと芹沢を呼んで八木邸に帰ってきた。
「戻りましたー!」と勢いよく玄関をくぐれば、なぜか土方の前で永倉が小さくなっていたが、梓は気にすることなく届いていた荷をズルズルと芹沢の前に運ぶ。
「なんだ。自分で開ければよいではないか」
「そうはいきません。お金を出してくれたのは芹沢さんですから、芹沢さんが開けてください」
梓の強情さは呉服屋で見ている芹沢は、今回は折れてやるか。と籠の蓋を開ける。
そしてその中身を次々と取り出し、配り始める。
驚いたのは、梓と原田と永倉の分だけではなく、近藤や土方ら全員の着物が出てきたことだ。何事かと集まっていた面々も目を丸くする。
「童と原田と永倉は…これだったか。近藤と土方・山南はこれだ。あとは好きに分けろ」
そう言って出された着物はひとり2着は優にあり、皆梓同様に袷しか持っていなかったのでとても喜んだ。
梓も改めて自分に渡された着物を見ると、なんだか枚数が多い。
黒に柄の入ったものと少し鼠色がかった白の単衣で2枚。薄物は梓の選んだ黒は無く、鼠色と真っ白いもので2枚。更に綺麗な青に白い線の入った帯と濃い紫の袴まで入っていた
薄物に黒がないのもそうだが、それよりも…ー
「芹沢さん、私こんなに沢山買ってもらっていません」
「わしが見繕った。お前はいつも袴姿だから替えがあっても困りはしないだろう」
「こんなにしてもらっては逆に困ります!」
「そう言うな。わしの気まぐれだ、滅多にある事ではないぞ」
「でも…―」
「そうだ永倉!明日の夜空けておけ。童お前もだ」
梓の話には耳を傾けず、豪快に笑いながら芹沢は八木邸を出ていった。
梓は残された着物や袴を見てどうしたものかと考えたが、良くしてくれているのにこれ以上どうこう言うのも申し訳ないと思い、返り血のつかない斬り方を意地でも芹沢に教えてもらわなければと切り替える。
「ありゃ本当に芹沢さんか?やけに機嫌がいいじゃねえか」
「土方さんもそう思うか?昼間っからあぁなんだよなぁ」
そんな梓の後ろで、芹沢が出ていった戸を見つめたまま、土方と永倉がヒソヒソと珍しいものを見たと話している。
「梓にも妙に優しいんじゃないか?」
「梓は反応が可愛いからな。構ってやりたいんだろ?」
井上と原田も加わり芹沢の事でざわついている隣で、近藤は早速着物に袖を通す。
「ほら見ろ!藍染の着物だ。芹沢さんは趣味が良いな。羽織まで合わせてくれたようだ」
「近藤さんと土方さんと山南さんは名指しでしたからね」
「局長と副長らしく豪華なんじゃね?いいなぁ」
近藤が嬉しそうに羽織を羽織る周りで、藤堂も籠から選んだ着物を同じように羽織っていた。羨ましそうにしてはいるが、自分の着物も気に入っているらしく顔はご機嫌だ。斎藤も沖田も近藤に賞賛を送りつつ思い思いに籠を物色している。
皆が賑やかに過ごす中、梓はもらった淡い単衣を広げて帯と合わせ、襟も帯と同じ色を付けようか。とニヤニヤ考えていた。そこに沖田がひょこっと顔を出す。
「梓さん、沢山貢がれましたね」
「沖田さん!貢がれたって言い方が悪いですよ!」
「あはは。梓さん最近暗い色ばかり着ていたから、淡い色は新鮮ですね」
「これ、芹沢さんが無理やり持たせたんです。綺麗ですよね。淡い色は返り血が心配だったんですけど…」
そう言って着物に視線を戻す。綺麗故に汚してしまうのが怖くしばらく着られそうにないな。と。
「そうだ!沖田さん返り血が飛ばない斬り方って知ってますか?」
「何ですかそれは。斬る以上返り血は飛ぶでしょう」
「それが飛ばない斬り方があるらしくて、芹沢さんが今度指南してくれるそうです」
梓が目を輝かせれば、沖田も同じように目を輝かせる。
「それはずるい!僕も着物は淡い色の方が好きなんです。そんな斬り方があるなら是非教わらなければなりませんね!」
「ですよね!明日にでも芹沢さんに聞きにいきましょう!」
「あれ?明日は梓、僕と指南役ですよ?」
「……え?」




