道中談義
道場主である近藤勇という人物は、先番宿割という役目を仰せつかり、先に出発し宿の確保に奔走しているらしい。
残された三番隊の試衛館の面々は、土方、山南、永倉、原田、沖田、藤堂、それから別隊になったはずが三番隊と行動を共にする井上源三郎という試衛館では最年長らしい男性がいた。
井上源三郎は皆から源さんと呼ばれ、山南同様、優しく常識人な人間性が滲み出ていた。何故そんな人が隊組を無視して三番隊にいるのか、恐らくは誰かに一緒に行動するように唆されたのだろう。
しかし梓としては、常識人は一人でも多い方が道中穏やかに過ごせるだろう。と深くは突っ込まなかった。
京までは中山道を通って行くことになった。
実のところ、梓は江戸から出るのも初めて。なかなか歩くことのない山の中の道が新鮮で、いろいろな草木やまばらに咲き始めた梅の花にキョロキョロと目を奪われた。
「梓は江戸を出るのは初めてか?」
そう話しかけてきたのは、後ろを歩いていた藤堂平助。彼は最初こそオドオドしていたが、伝通院を出てすぐに緊張がほぐれてきたのか、沖田に負けず劣らず人懐こい本性を出すようになった。
身長も、女としては高い方の梓と同じくらいで、青年というよりはやはり少年という印象を持ってしまう。
「初めてです。藤堂さんは…―」
「平助」
「へ、平助さんは出た事ありますか?」
「俺もねぇよ。いろいろゆっくり見て歩きてぇよな」
「わかります」
そんなやりとりをする程には、平助同様梓も打ち解けていた。一匹狼が無理となった以上、女だとバレない程度に道中を楽しもうと切り替えたのだ。
「そう言えばよ、梓は流派はどこだ?」
振り返って聞いてきたのは永倉で、興味があるのか無いのかその隣を歩く原田も頭の後ろで手を組みながら振り返る。
刀を武器として扱う人達なだけあって、他の試衛館の面々も気になるようで全員から目を向けられてしまった。
「えっとですね。私のところの道場主は色々な流派を渡り歩いたそうで、自分なりのやり方を指導してました。なので流派なんて大層なものはないのだと思います」
(かく言う私も、お父様に教えてもらえなくなってからは他の道場に男の格好で覗きに行ったりして、自分なりにやってたから似たもの親子よね)
梓が今、無理なく男のフリが出来ているのは、男の格好を日常的にしていた経験があったからだろう。
「面白い道場ですね。どこの道場です?」
「えっと……鈴野木道場…です」
言っていいのか分からず言い淀んだ梓だが、隠すのも不自然だろうと正直に答えた。
寂れた道場だったが門下生は多少いたので何とかなるだろうとも思ったのだ。
「鈴野木って確か…」
「あぁあの…」
梓に釣られるように、皆が言い淀んだのも無理はない反応だ。道場主が跡取り諸共に殺されてしまった道場など、一時でも話の種になったのだろう。
「私の話はそこまでで、皆さんの流派はどこですか?試衛館と言えば、天然理心流でしょうか?」
切り替えるためにも、梓は明るい声を出す。剣術を嗜む身としては、相手の流派が気になるのは共通の本音だ。
「天然理心流はこの中では、僕と源さんと土方さんですかね。あとここには居ないけど近藤さんはもちろんです」
「俺は天然理心流に数えていいのか?ごちゃ混ぜだぞ?」
土方がそう言えば、沖田は「いいんじゃないですか?」と軽く答える。
ごちゃ混ぜというのは、薬を売りながら色々な道場で手合わせしてきたからだろう。梓の鈴野木道場でも門下生に混じって何度か汗を流していた。
「総司はあぁ見えて、天然理心流でも一二を争う使い手だぜ」
平助に耳打ちされ、梓はまじまじと沖田を見る。
(若いし飄々としてるけど、人は見かけによらないなぁ。あの身長からどんな剣技が出るのか、是非手合わせしてみたいなぁ)
「因みに俺は北辰一刀流。山南さんも同じでしかも免許皆伝」
誇らしそうに言う平助に、当の本人である山南は謙遜の混じった笑顔で返す。
(北辰一刀流は確か間合いをとった時に剣先を上下に揺するんだっけ。やりにくいのかな?大きな道場で免許皆伝、しかも頭も良くて優しいなんて、山南さんって凄いんだな)
「俺は神道無念流の免許皆伝だ」
そう胸を張るのは永倉で、胸を張るついでに着物の袖をまくり上げ腕の筋肉をこれ見よがしに見せつける。
「そういえば、この隊の先頭を歩く芹沢さんって方も神道無念流なのですよね?」
「あぁ芹沢さん達な。俺もまさか同じ班になると思わなかったぜ」
山南の言葉に、永倉は先を歩く芹沢という人物の背中を背伸びして探す。梓も名前だけでまだ見たことがなかったので見ようとするが、ずいぶん先を歩いているのか人ごみでどれが芹沢という人物かは分からなかった。
(神道無念流かぁ。聞いたことあるけど見たことはないのよね。しかも免許皆伝でしょ?こっちも手合わせお願いしなくちゃ)
梓はこの先の道中を思い浮かべ、どこでなら手合わせできるだろうかと頭の中で算段を始める。しかし、はたと目の前で手を組んでいる男が何も話していないことに気がつく。そしてその男が背中に背負っている長い槍を見上げて目を輝かせた。
「原田さんは槍使いですよね?」
「おうよ」
「私、槍使いとは手合わせしたことないんです。間合いとか難しいのでしょうか?槍の利点はどこですか?」
「お、おう?」
皆の流派や手合わせの算段に気持ちが高ぶっていたのもあり、詰め寄るように質問をぶつけてしまった。
少しのけ反る姿勢を見せた原田に、「……あ」と我に帰る梓だったが、そこに間髪入れず沖田が加わる。
「梓さんは槍と手合わせした事がないのですね。やっぱり間合いが独特ですよ。いかに上手く懐に入るかを考えながら戦わなくちゃいけません」
「そ、そうですよね?払いのけるにも重さもありそうですし、でも懐に入ってしまえば逆にこっちが優勢ですか?」
「それが原田さんの場合そうでもなくてですね…―」
対槍戦を想像しながら話すのはとても楽しく、しばらく盛り上がっていれば梓と沖田だけ歩みも遅くなっていたようで、前の方から平助が「おーい!剣道バカー!」と呼ぶ声で二人焦って走ることになるのだった。




