浅葱色にだんだら模様
春の日差しが心地よく、ツツジが八木邸の庭を彩り始めた頃、近藤と芹沢、土方・山南・新見が裃を着て、何処かから帰ってきた。
その後、前川邸に壬生浪士組の隊士全員が集められる。
前回の隊士募集以来、大規模な募集はしていなかったものの、地道な勧誘の甲斐あって前川邸には40人近い人数が集まっていた。
「皆のもの!先程我々は恐れ多くも会津藩藩主・松平容保公にお目通りかなった!松平容保公はその場にて、我等に任をお与えくださった!京に蔓延る不貞浪士の取り締まり及び市中の警護!容保公は我々の力を必要としておられる!我々はその期待に答えなくてはならない!」
声高らかに芹沢が言えば、前川邸は40人の歓声に包まれる。
それに続いて近藤が一歩前に出た。
「我々壬生浪士組は本日より、京の町を不逞の輩から守るため、昼夜の巡察を始める!組み分けは2人1組とし朝・昼・夜・深夜の4交代、巡察のないものは壬生寺にて副長助勤による剣術指南を行う!各自心して励むように!」
(巡察に剣術指南!今までは毎日やりたい事を各自やってただけだったのに、急に組織になったかんじじゃない?すごいすごい!……ん?)
「剣術指南って、副長助勤による。とか言ってなかったですか?」
「言ってたな」
隣にいる藤堂に確認すれば、藤堂も初耳だったようで首を傾げている。
「副長助勤って…」
「俺たちだな。なぁんにも聞いてねぇけど」
同感だと梓は首を縦にブンブン振る。
梓も一応副長助勤に入っていたと記憶している。副長助勤になったからと言って特に何をするでも無かったが、いきなり役目ができたらしい。
「金戒光明寺からの帰りに土方君と新見さんと私で話し合ってきましたから、後で紙に書いて貼り出すつもりです。副長助勤には当番表も作りますからね」
後ろから山南がコソッと口を挟む。副長を任されているだけありしっかりしている。と梓は感心する。
ザワザワとする皆を前に、芹沢はゴホンと咳払いをし、まだ話は終わっていないと暗に訴える。
「巡察を始めるにあたり、わしと近藤で隊服を作った。後日数が揃い次第、巡察に着ていくように。この羽織で『京の町に壬生浪士組有』と知らしめてやろうぞ!」
そう言う芹沢の隣で、平間が一枚の羽織を高々と広げて見せた。
青空と同じ浅葱色に袖が白のだんだら模様。背には大きく“誠“と書かれている。それを見て、また皆は歓声を上げる。
しかし梓は「……え、田舎くさ」と口走ってしまった。自分で失言だと思う前に、すかさず後ろから口を塞がれる。
「むごご!?」
慌てて後ろを見れば、そこに居たのは山南。いつも穏やかに笑う彼にしては珍しく、血相を変えてどこかを見ている。
梓の口を塞いでいるのにどこを見ているのかといえば、梓の隣にいる永倉の更に隣。
「……お前もそう思うか」
土方だった。
その背には何か見えないドス黒いものを背負っているように見える。
永倉とは反対側の隣にいた藤堂はそれを見て、触らぬ神に祟りなし。と言わんばかりに忽然と姿を消した。
「聞こえてしまいましたか…」
「……もしかして私、言っちゃいけないこと言いました?」
今度はコソッと山南に聞くと、山南と何故か永倉までもが、うん。と首を一度だけ縦に振った。
「何っなんだあの羽織はよぉ!!!」
前川邸での集会が終わり、早速巡察に向かうと言う土方に連れられて、何故か酒場に来ている。
巻き込まれた山南と永倉も一緒だ。山南など当番表を作ろうとしていただろうに、気の毒というほかない。
「あの、巡察はしなくていいのでしょうか?」
「いいんだよ!あんな隊服勝手に作りやがって!やってられっか!」
(土方さん、飲む前から荒れてるなぁ。と言うか、局長達の指示を副長が無視していいものなの?)
怒り狂う土方を一歩引いて見ていれば、隣に座る永倉に肘で突かれた。
「お前はなんで土方さんに油を注ぐんだよ!あの隊服を巡っては散々文句言ってたじゃねぇか!」
土方に聞かれぬよう小声で怒られたが、梓にはそんな記憶はなく「なんのことです?」と首を傾げる。
「カー!素振りばっかしてるから聞き逃してんだよ!馬鹿!剣道馬鹿!」
「あ、それ懐かしいですね」
「懐かしんでんじゃねえ!見ろ!俺たちよりも愚痴を聞かされ続けてる山南さんの、あの死んだ顔!数日かかってやっとなんとか収めたところだったんだぞ!」
そう言われて山南を見れば、山南は土方の愚痴に相槌を打ってはいるものの、目は虚だった。
「おい梓!新八!聞いてんのか!」
「は、はい!」「お、おう」
(この怒り爆発の土方さんが私が余計な事を言ったせいだとしたら、私が聞き役になるしかない。とことん愚痴を言ってもらってスッキリしてもらおう)
「永倉さん、あとは私に任せてください」
「はあ?」
「何なんだあの隊服はって話をしてんだ!忠臣蔵が好きだか何だか知らねぇが、2人して勝手に決めやがって!」
「あぁ、それであのだんだら模様」
納得してポンと手を打つと、土方からはチッと大きな舌打ちが返ってきた。
「だんだら模様は百歩譲っていいにしてやる。問題はあの色だ!」
「あぁ。あの浅葱色…。い、いいんじゃないですか?空と同じ色で」
笑顔で言うはずだった台詞だが、苦笑いな上口もヒクヒクと痙攣させる梓。それを見て土方は「正直に言え」とドスを効かせる。
「……私もあの色は無いと思います」
「だろ!?」
それと言うのも浅葱色は染め布の中でもかなり安価な方で、田舎者やお金のない武士などが裏地としてよく使う事で知られている。
特に江戸の町や花街である吉原では、貧乏侍のことを浅葱裏と揶揄することもあるくらい、浅葱色は田舎者や貧乏人の象徴のような色だった。
「確かに多摩ではよく見る色だったさ!だからって田舎から武士になりたいって出てきた奴が選んだら、丸出しじゃねぇか!」
なるほど。と梓は少し笑いそうになってしまった。
浅葱裏を知らない近藤さんにとっては故郷の色なのか。
「でも俺は、浅葱色は武士が切腹のときに着る色で、いつでも死ぬ覚悟を持っているって意味だって聞いたぜ?」
「え、そう聞くとかっこいいですね」
「それもあるんだろうが方便もあんだよ!少しでも安くて目立つ隊服!芹沢のやろう、上手い事近藤さんを乗せやがって」
最後に芹沢局長を呼び捨てで吐き捨てる土方に、梓は焦って周りを見渡す。
店に芹沢がいないことを確認し、ホッと胸を撫で下ろした。
「近藤さんが乗せられそうでも、土方さんが止めたらよかったじゃないですか」
「芹沢と近藤さん、2人でどんどん決めちまってたんだよ。皆んなを驚かせたいっつってな。俺が知ったのも呉服屋に注文つけた後だった…」
ガックリ項垂れる土方に、梓は返す言葉もない。
うーん。と唸り、何かいい助力になる言葉はないかと頭を回転させる。
「…もうこうなったら着るしかないですよ」
「ああ?」
「だって、もう作ってしまっているのですよ?江戸ほど京の町には浅葱色を揶揄する文化はないかもしれませんし、何より浅葱色を着てコソコソ恥ずかしそうに歩いていたら言われ放題です。堂々と歩いて京の町を守って、いつか浅葱色を見れば「壬生浪士組が来てくれた」って安心してもらえる、壬生浪士組の色にしてしまえばいいんですよ!」
力を込めて演説すれば、土方は眉間に皺を寄せて目を瞑る。
しばしの思案の後、「…たしかにな」と呟いた。
「コソコソ歩くのも性に合わねぇし、田舎者の色以上に俺たち壬生浪士組の色として認知させるのも悪くねぇな」
「でしょ?」
上手く土方を乗せられたところで、隣で普通に酒を楽しんでいた永倉を肘で突く。
「お、おう!そうだぜ!考え方を変えりゃ目立つし良いじゃねぇか!」
「そうですね。浅葱色は壬生浪士組の色として、皆に安心してもらえる働きをしましょう」
永倉も山南もそういえば土方もやっと落ち着いたようで、目の前に置かれた徳利の酒をお猪口に注ぐ。
(え、今まで飲んでなくてこんなに荒れてたの?)
「よし!今日は飲め!梓の分は俺が出してやる!」
そう言って徳利をズイッと出されれば、梓は断ることができずお猪口を差し出す。
(お酒ってあまり飲む機会が無かったから新鮮だわ。でも、飲みすぎて何かあっても困るし少しにしよう)
一口飲めばほんのり甘く、隣でガバガバ飲んでいる永倉が少し羨ましくなった。




