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初めて人を斬った日

⚠︎残酷な描写があります




「……まだですか?」

「……まだですね。その質問何回目ですか?」


 梓が見上げて聞けば、残念なモノを見るような目で見下ろされる。

 斎藤達と別れて既に一刻は経っている。いつ殿内が出てきても良いようにと気を張って待っているが、いい加減集中も切れるというものだ。


「いい加減出てきてくれませんかね?」

「僕に言われても……」

「大体、今の私達怪しすぎませんか?」


 酒場の暗がりに笠を被った男が2人、酒場を気にして待機している。側から見えていないつもりでいるが、もし気付かれてしまえば「今から闇討ちします」と言っているようなものだ。


「仕方ないじゃないですか。いつ相手が動くか分からない以上、ここを離れられませんし」

「それはそうですけど…。昼間なら団子でも食べながら待てたのに」

「生憎団子屋は閉まってますね」


(分かってますよ。分かってるから昼間って言ったんですー。……団子食べながら闇討ちする相手を待つのもどうかと思うけどさ)


「せめて笠を外しませんか?」

「顔を晒して待ち伏せする方が問題だと僕は思いますけど」

「でも、誰かに見つかったら岡っ引きを呼ばれてしまいそうで…」

「……そうですねぇ。そんなに気になるなら、流行りに乗ってみますか?」


 ずっと酒場の窓を見ていた沖田はニヤリと笑って梓に視線を向ける。

 

「流行り?」


 何のことか分からず聞き返せば、沖田は梓の両脇を持ち上げヒョイと立たせる。いきなりの事に驚く梓だったが、さらに驚く事に背と腰に腕を回されたかと思えば、沖田の顔が迫ってくる。


「え、ちょ、沖田さん!?なになになに!?」


 一応張り込み中だという自覚がある梓は、沖田にだけ聞こえる声で慌てて抵抗するが、沖田を押し返す両腕は有って無いようなもので、梓が引き寄せられているのか沖田が近付いているのか、近すぎる距離にギュッと目を瞑る。

 するとクスクスと笑う声が聞こえ、ポスッと顔が硬い板にぶつかった。

 何が起きたのかと目を開けるが、梓の視界は真っ暗。


「むぐッ!?」


 声を出したくても口まで板にぶつかっていては出すこともできず、右も左も真っ暗ときたら呼吸をするためにも上に逃げるしか無い。グリグリと首を動かし上を見上げれば、沖田の整った顔が真上にあった。いや、顔と言うより顎と言うべきだろうか。


「ちょっと沖田さん!急になんですか!」


 近すぎる距離に一瞬だけドキッとしたが、赤面するよりも苦情が先に出てしまうあたり心まで男になったんじゃないかと、良いような悪いような複雑な心境になる梓。


「なにって、流行りの男色ですよ。これなら暗がりにいても不思議じゃないし、梓が小さいおかげで問題なく窓の向こうも見えます」

「……小さいおかげでってのは余計です」


 抵抗しようと思った梓だったが、確かに理にかなってはいる。と動きを止める。

 流行っていると言うだけあって男色など珍しいものでは無いし、仮に誰かの目に止まっても男女ならともかく男同士の睦み合いなど皆見て見ぬふりだろう。

 近すぎて落ち着かないことを除けば、これ以上自然に見える張り込みもない。


(それにしても、沖田さんって本当に整った顔してるなぁ。まつ毛は長いし鼻は高いし、髭すら生えていない)


「沖田さんって髭は生えないんですか?」


 兄上は19の時にはもう手入れしていた気がする。と思い思ったままを口にすれば、沖田は珍しく慌てて梓から少し体を離す。


「ちょっと、そんなジロジロ見ないでくれますか?自分だって生えていないでしょう」


 言いながら沖田が梓の顎をさする。「私は女ですから生えません」とは言えず、顎を撫でる手がくすぐったくて首をすくめる梓。


「おっと、お遊びはここまでです。動くようですよ」


 沖田の声色が真剣なものになり、梓も笠をかぶり直し、いつでも動けるよう酒場の出入り口を覗く。


 少しすると殿内と家里が出てきた。

 2人は一言二言話したと思うと、殿内は東、家里は南へとバラバラに歩み出す。

 家里まで始末する不測の事態にならなかった事に少し安堵すると、梓と沖田はフラフラ歩く殿内を追って四条通を隠れながら進む。

 

「だいぶ酔っているようですね」

「ええ。出来れば宿に入る前に始末したいところですが、この時間なら人通りもないですし四条大橋のあたりがいいでしょうか」


 沖田の提案に、少し先にあるだろう四条大橋の方向に目を向ける。

 時刻は既に真夜九つを過ぎている。道ゆく人はほぼ無く、提灯がなければ歩くこともままならない。

 四条大橋の辺りに灯りがないと言う事は、通行人がいないと考えていいだろう。


「分かりました。先回りは…厳しそうですね」

「そうですね。いくら酔っているとは言え、殿内さんも浪士組の役付き。それなりに腕は立つでしょうからね」


 しばらく後をつけると、四条大橋の手前で殿内はくるりと向きを変える。


「誰だぁ!コソコソと後をつけていないで出てこぉい!」


 まさかバレているとは思わず、沖田と梓は顔を見合わせる。


「まずは私一人で出ます」

「それなら僕が…―」

「沖田さん一人で行ったら一人で斬り伏せてしまうでしょ?沖田さんは良きところで加勢してください」

「なるほど。経験を積むなら二人同時の方がお得ですかね」


 お得と言うのは不謹慎では?と思いながら、梓は物陰から通りに出て殿内の元に歩き出す。


「んんん?お前は…近藤のところにいたな?近藤め!こんな女子のようなやつ一人をよこすとは、私の事を舐め腐っておるな!?」


 一人で勝手に腹を立てているのを無視して、梓は歩きながら体の動きを確かめる。


(待ち時間が長かったのと、緊張かな?体が硬くなってる気がする。肩の回りも悪い。でも大丈夫。それが分かるのは自分で自分をよく見れている証拠。体の硬さは動けばほぐれる)


 いよいよ殿内に近づいたところで、梓は脇差を右側に差し替えた。それを見て殿内は眉をひそめ捲し立てる。


「おい!武士なら刀は左に差すものだろう!お前のところは斎藤とか言うやつも右に差していたな!これだから田舎者は!」


(殿内さんの言う通りだ。私も刀は左に差すものだと思っていた)


 梓の父が二刀流を道場で教えなかったのは、二刀流を邪道とする人が多いからだった。だから父も兄も、二刀流の稽古をするときはいつも夜だった。

 梓は一刀流より二刀流の方が性に合っていたが、言われる事はなくとも二刀流は隠した方がいいものだと思っていた。

 だから刀を差す時も大小揃えて左に差す。それが常識だからだ。


(それでも、土方さんは、試衛館のみんなは、二刀流の私を認めてくれた。褒めてくれた。斎藤さんだっていつも堂々と右腰に刀を差している。…私も、好きな事を堂々としていたい)


「貴方に何と言われようと、私は私の戦い方をします」


 キッパリと殿内の目を見て言い切り、両の手を交差させ、スラッと両腰から刀を抜く。大刀を上段、脇差を中段に構えれば、それに対抗するように殿内も刀を抜いて構える。


 お互いにジリジリと距離を詰め、あと一歩で間合いに入るというところで、先に仕掛けたのは梓だった。


 中段に構えた脇差で飛びかかるように一気に間合いを詰め、殿内の刀を左へ弾き喉元を突きに行く。しかし殿内はすんでのところでそれを弾き、弾かれた梓は体をくるりと反転させ反対の大刀で更に首元を狙う。それも受け止められたところで、飛び上がり体を正面に向けて上から叩き込むように脇差で殿内の刀に向かって打ち込む。

 殿内が体制を崩したところで、橋の欄干に飛び乗りそこから更に飛び、殿内の背後に降りる。お互いにくるりと反転し、刀を合わせて鍔迫り合いの形を作る。


 鍔迫り合いを何度か組み替え、下から2本を交差させ殿内の刀を押し上げる形を作る梓。そこから殿内の刀を弾き、左腕を肩からぐるりと回し殿内の空いている右脇腹を狙う。それに対し、頭の上に上がった手首を返して刀で守りに入る殿内。


(今!)


 頭の上から右脇へ意識が行ったところで、梓は少し後ろに飛びつつ右手の大刀を殿内の頭上に目掛けて振り下ろす。


ザシュッ


 振り降ろした刀の刃が殿内の頭の上にあった右手首に当たった。

 薄っすらと感じた肉を斬る感触。そして次に、骨に当たる感触がして、斬り落とすつもりで振り抜けば、右腕が刀から離れ皮一枚繋がったまま小さく半円を描く。

 血がピュッと梓の頬に飛びながら、殿内の顔にもボタボタと鮮血を落とす。


「うぎゃぁぁあ!?」


 耳をつんざくような、聞いたことのないけたたましい悲鳴。

 殿内は刀を構えるのも忘れて、斬り落とせなかった手首を押さえている。

 

 梓は震える右手を誤魔化すように、ギュッと刀の柄に力を入れる。


「最後まで気を抜かない!せーの!」


 いつの間にそこに居たのか、殿内の背後に立った沖田がそう掛け声をかける。

 梓は反射的に刀を殿内に突き立てた。


「ウグッ…―!」


 前後から刀を刺され、殿内は先程とは違う小さな声をあげ口から血を流し膝をついた。

 沖田が刀を引き抜いたあと梓も引き抜けば、殿内はそのまま橋の上に倒れ動かなかった。


(……これが、肉を…人を斬る感触……)


 先程よりも強く両手が震え、刀を鞘に戻すこともままならない。


「僕も聞き齧りですが、血の付いた刀はそのまま鞘に戻してはいけないようですよ」


 沖田は何事もなかったようにそう言って、刀をブンッと振って血を地面に飛ばす。

 梓も沖田を見習い大刀を振る。一度振るだけで刀にべっとりと付いていた血はピピッと地面に飛んでいく。

 

「ほら、脇差貸してください」


 沖田は言うが早いか梓から脇差を取り上げ、血の付いていない事を確認して代わりに鞘に収める。


「そっちの大刀は走りながら仕舞って下さいね。長居は無用ですよ」


 そう言って沖田は走り出す。いくらこの時間帯人がいないからと言って、あれだけ騒げばいつ誰が来ても不思議じゃない。

 梓も沖田の後を追って走りつつ、なんとか大刀を鞘に収めた。




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