隊士募集と役職決め
言われた通り、募集要項を剥がし前川邸に戻ると、応募者もだいぶ捌けてきていた。
前川邸の門のところには山南と土方が立ち、一人一人の応募者を見ているようだった。
(山南さんと土方さんが受付なんて豪華だなぁ)
集めてきた募集要項をどうすれば良いか聞こうと近寄ると、応募者が途切れたところで二人の会話が聞こえてきた。
「あぁ。やっと終わりましたね」
「……今の所ふざけた野郎しかいねぇがな…」
「こらこら土方君。そんな顔をしていては良い人材を取り逃しますよ」
「アンタはいつでも笑顔だな」
「はい。笑顔を使っていないと、色々と斬り伏せたい衝動に駆られますから」
(斬り?!)
山南の口から出たとは思えない言葉に、持っていた募集要項の束を落としてしまった。
「おや梓君。お手伝いですか?」
「あ、は、はい。これを集めてきたのでどうすれば良いか聞こうと思って…」
仏のような顔で笑う山南が、今日はとても威圧的に見える。
コレと言って持っている紙を一枚見せれば、山南の額に薄っすら筋が浮かび、土方はチッ!と大きく舌打ちした。
「……それ、誰が集めてくるように言った?」
「あ、えっと、芹沢さんが…―」
「あのオヤジ!居ねぇと思ったら抜け出してやがったか!」
「この騒動の張本人が、良いご身分ですねぇ」
ブチギレる二人に内心悲鳴を上げながら、梓は逃げるように中に入る。
(お、思わず入ってきちゃったけど、コレを置いたらすぐに帰ろう)
そう思って畳の部屋に入ると、奥の襖から近藤の声が聞こえる。
「…ふむ。それは気の毒な。して、その後ご子息はどうした」
(ん?誰と話してるんだろ?)
興味本位にそーっと襖を開けて中を覗くと、先程応募者の列に並んでいたご老人と近藤が茶を飲みながら世間話をしている。ただ話しているだけでなく、近藤は時々目元の涙を手拭いで拭っている。
(え、なに事?)
状況が理解しきれないが、理解したところで関わりたくはないので梓はそのまま他の襖から台所に出る。
(ここに置いとけば、後で誰か処分するなり再利用するなりしてくれるわよね)
台所の作業台に紙束を置くと、裏庭と繋がる戸がドンッと叩かれる。
ビクッとして梓が身構えれば台所の戸が乱暴に開き、男が一人悲鳴をあげながら駆け込んできて、土足のまま襖を開けて畳の部屋を駆け抜けて逃げていった。
(今度は何?)
男を見送ったあと中庭に続く戸を見れば、沖田が竹刀を肩に担いで覗き込む。
「あれ?梓も来たんですか?残念ですがもうみんな帰ってしまいましたよ?」
にっこり笑う沖田は、白い袴に土ひとつ付けず涼しい顔をしている。
(確か沖田さんは応募者の腕試しをしてるって芹沢さんが言ってたけど、あれだけの応募者がいて何でそんなに綺麗なの?)
恐る恐る台所の戸から中庭に出てみれば、藤堂と野口、それから井上がそれぞれ等間隔で座り込んでいた。
「え、3人ともどうしたんですか!?」
驚いて駆け寄れば、3人は揃って疲弊し切った顔をあげる。
「わ、わしは疲れた。もう無理だ」
「…俺も」
「……僕も」
井上に続いて藤堂も野口もゼイゼイと肩で息をしている。
沖田と同じ腕試しをしていたはずなのに、どうしてこうも疲労の度合いが違うのか。
「皆さん鍛え方が足りませんねぇ」
「おい総司!調子に飲んじゃねぇぞ!お前はただただ相手を斬り伏せてただけだろうが!」
「そうだぞ!わしらはちゃんと手加減して指南しながら力量を見ていたんだ!」
「…そ、そうだそうだ…」
いつもより言葉悪く食ってかかる藤堂と、いつもは温和ながら珍しく言葉を強める井上、野口は沖田が怖いのか強く言えないようで、小さく文句を言っている。
「おい!お前ら止めだ!新見、何人残った?!」
ドスドスと土方が出てきて、野口よりもさらに奥、蔵の前で敷物を敷いて座っていた新見に声をかける。
「ざっと18人ですかね」
蔵の向こうの中庭を顎で指しながら新見は答える。その顔はいつも通り何を考えているかは分からないものの、見ようによっては呆れているようにも見える。
「……あれだけ……あれだけ居て残ったのが……18?」
ぷるぷると震える土方に、沖田をはじめその場にいる全員が前川邸の離れ、あるいは裏口を目指す。
梓が裏口に手をかけたところで、奥から襖をスパァンッと開く音が聞こえ、「おいかっちゃん!いつまでやってる!終いだ終い!!!」と怒鳴り声が聞こえたのだった。
「そういえば、知ってたか?根岸のおっさん達、脱退してたらしいぞ」
「「え!?」」
ある日、皆で素振りをしていると永倉が思い出したように言った。
知っていたかと聞かれれば、梓は全く気付いていなかった。それは沖田も藤堂も原田も斎藤も皆知らなかったようで、みんなで声を合わせて驚いた。
(根岸さん達って、元からそんなに喋ったことなかったんだけど、前川邸に行ってからは会うことすらなかったのよね)
「なんだ、皆知らなかったのか?」
前に出て素振りをしていた近藤も、皆が知らなかったことに驚いているようだ。
「知らなかったのか、って、そういうのは、知らせてくれなきゃ、知らねぇよ」
素振りを続けつつ原田さんが言うのももっともだが、永倉が知っていて原田が知らないのもおかしな話だと梓は思う。
(永倉さんと原田さんって、いつも一緒にいる気がしてたけど、案外そうでもないのね。あ、根岸さん達と言えば、この前隊士を募集してた時も部屋にいなかったか)
特に思い入れがあったわけでもないが、隊士募集で隊士が少し増えたと思ったらその前に減っていたなんて寝耳に水だ。
「で、土方さんは、あんなにカリカリして、何してるんです、か?」
「俺も、思った」
素振りをしながら、沖田と藤堂が正面を向き聞く。
視線の先では文机に向かって、土方が頭をクシャクシャと掻き乱しながら何かを書いているのが見えるのだ。
さっきから何回も「ダー!」と奇声をあげて、何か書いた紙をグシャグシャと丸めて投げているのを目にしている。
「歳の奴、は、壬生浪士組の、役職を、考えている、らしい」
ブンッブンッと木刀を振りながら、近藤は苦笑いで言う。
「歳三は、昔から、何か書くのが、好きだなぁ」
井上も懐かしんでいるが、あれはどう見ても好きでやっているようには見えない。
「あとで、芹沢さん達を、呼んで、話し合う、らしいですよ」
山南さんが苦笑いしている。
何故苦笑いなのか、それは後からわかることになった。
芹沢と新見が八木邸に訪れ、土方が大きな紙を畳に広げる。
続き間には近藤と山南の他、梓達も気になってしまって結局全員が集まっている。
「ほう。役職か」
広げられた紙を覗き込み、芹沢は顎をさする。
「いずれ大所帯になる事を考えれば、指揮を執る人が必要だと思いまして」
掴みは上々。と土方が芹沢を見れば、隣に座る新見が待ったをかけた。
「これを見るに、局長は近藤殿と芹沢先生の2人ですが、意見が割れた場合2人では決め手にかけるのでは?」
それを聞いて、土方の眉がピクリと動く。山南はやれやれと言う顔で小さくため息を吐く。
先程の山南の苦笑いの意味が分かった気がする。
新見は頭がキレるが偏屈なところがある男だ。これまでも、色々なところで土方とぶつかってきたのだろう。
「新見の言うことも一理ある。よし新見。お前も局長になれ」
「え」
梓は思わず声に出してしまい慌てて口を押さえる。
(だって1つの組織に長が2人って言うのもなかなか見ないのに、3人になるなんて思わないじゃない!)
「拝命します」
「……分かった。では局長は3人。公平にするために副長はこちらから2人、俺と、山南さん、アンタで行く」
「引き受けましょう」
突然振られても動じない山南は流石だと、梓は感心する。
土方は話しながらも、次々と名前を書き加えたり消したりしていく。あれだけ頭を抱えて考えていたのに、少し気の毒だ。
「副長の補佐役として副長助勤も設ける。俺たちの補佐をするのだから、こちらから永倉を入れる」
突然名前を呼ばれた永倉は「ん?俺か?」と自分を指さすが、それが土方の耳に入る前に新見が被せる。
「それではうちからも、平山と平間を入れましょう」
「それだと釣り合いが悪い。原田と井上を入れよう」
「ではこちらからも野口と佐伯を…―」
畳に置かれた役職の紙には、次々と名前が書き込まれていく。
「あれ?佐伯さんって誰でしたっけ?」
隣にいた原田に聞けば、最近芹沢が連れてきた腰巾着だと言う。なんでも京の人間らしく、京の町に詳しくて便利だからと連れ回しているらしい。
そんな話をしていれば、いつの間にか役職の紙の副長助勤の欄にはビッシリと名が埋まり、ここにいる全員の名前が書き込まれていた。
(え、私まで入ってる。副長助勤かぁ。……副長助勤って何をするんだろう)
「……これで全部か」
「えぇ。異論ありません」
ブチギレ寸前といった表情で新見を睨みつける土方に、新見は涼しい顔で細い目をさらに細めて笑う。
そのやりとりを見て、近藤と山南はため息を吐き、芹沢は「愉快愉快」と笑っていた。




