壬生浪士組、始動
翌日の夕方、6人は黒や紺の着物を着て、真剣な面持ちで八木家を出ていった。
「なんで僕達は外されたんでしょうね」
八木家に戻ったところで、沖田が唇を尖らせた。
不服そうなその顔には「自分も行きたかった」と書いてある。
「なんでって、単に年齢順だろう」
「「え?」」
何でもないように答える斎藤に、梓も藤堂も聞き流す事ができず沖田と三人声を揃えてしまった。
それに対して斎藤は、一体何なんだと言いたげな顔を返す。
「えっと、そういえばさ、斎藤君って何歳なの?」
藤堂が代表して聞けば、斎藤は何でもない顔をして「19だが」と答えた。そして間髪入れず「「同い年!?」」と三人に聞き返される。そして更に、沖田と藤堂が梓に向かって「「同い年!?」」と聞き返した。
「え!?私にも聞きますか?!」
今まで特に言ってなかったとはいえ、まさか自分まで確認されるとは思わず言い返せば、沖田と藤堂はなにやらヒソヒソと会話し、梓を斎藤の横に立たせる。
「いやいやいや!ふ、二人が同い年って……」
「な、ないですよ。ありえな…ぶふッ」
何がそんなに可笑しいのか、それでも何か馬鹿にされている事だけは分かり、梓と斎藤は顔を見合わせ藤堂と沖田を置いて奥の部屋に引っ込んだ。
「何なんですかねあの二人!人の年齢聞いて笑うなんて失礼ですよね!?」
頬を膨らませて愚痴を言えば、斎藤は梓に冷ややかな視線を向ける。
「俺からすればアンタも同類なんだがな」
そう言われて初めて、自分も斎藤の年齢を聞いて大袈裟に驚いた事を思い出す梓。そしてすぐにガバッと頭を下げる。
「すみません!私斎藤さんはもっと年上だと思っていたので驚いてしまって。斎藤さん落ち着いてるから、同い年なんてびっくりです!」
素直に思ったままを言えば、続き間から沖田と藤堂が「「抜け駆けずるい!」です!」と飛び込んできた。
「僕達も同じですよ?」
「笑ったのは梓が年下だと思ってて、並べてみたら10歳くらい離れてそうなのになって思っただけでさぁ!」
藤堂が余計なことまで言ったせいで再び場は凍り「僕はそこまで思ってませんよ」と沖田だけが抜け駆けをする。
「ちょっと平助さん!私のこと何歳だと思ってたんですか!?」
「えっと、……15とか?」
「言っときますけど、私だって平助さんのことそれくらいだと思ってましたからね!?」
「えぇ!?」
「あ、僕も最初平助は子供だと思ってた」
「はあ!?」
「俺は今でも疑っている」
「斎藤君!?」
そんなやりとりをしていれば、誰からとも無く「プッ」と吹き出し、気が付けば斎藤含む全員で笑っていた。
(はー、可笑しい。…でも斎藤さん、笑えばちゃんと年相応の男の子だ。機嫌を損ねたくないから言わないけど)
「まぁ全員同い年なら、全員置いていかれたのも納得だな」
頭の後ろに手を組む藤堂に「そうですね」と答えながら、近藤に見抜かれた訳じゃなかった事に安堵する梓。
「時に斎藤君。斎藤君は人を斬った事はありますか?」
沖田の突拍子もない、空気を読まない突然の質問に、和んでいた場の空気が再び凍る。
というのも、武士の間でその質問は暗黙の内にしてはいけないことになっているからだ。
武士は人を斬って一人前などと言われることもあるが、その一方で人を斬った事がない武士はとても多い。そんな、時代柄禁句とされている質問を、沖田は今サラッと言ったのだ。
「ちょ、沖田さん!」「おい総司!」
梓と藤堂で沖田を嗜めるが、沖田は悪びれる様子なくジッと斎藤を見つめる。斎藤も斎藤で気に留めた様子もなく「ある」と端的に答えた。
「やっぱりそうですか。実は僕まだないんですよ。いつでも出来るつもりではいるんですけど、機会がなくて。だから今回選ばれたかったんですけどね」
明け透けな沖田の物言いからは、自分の腕に対する絶対的な自信が伺える。
「梓さんも、行きたかったんじゃないですか?」
沖田に話を振られ、梓はビクッと内心身構える。行きたいか行きたくないかと聞かれれば、梓は後者だった。そんな弱音を言えば、ここにいる資格がないと思われかねない。
返事に迷っていれば、梓より先に斎藤が口を開いた。
「俺は行きたいとは思わない。命令なら従うが、寄ってたかって1人を斬るのは性に合わない」
「……実は俺も。暗殺ってなると人に見つかったらいけねぇんだろ?声も出させず仕留めるなんて器用な事、出来るかわかんねぇし」
斎藤に続いて藤堂も「行きたくなかった」と言った。弱音だと思っていたが、言っても良かったのか。と梓は内心ホッとする。
「実は私も、進んで行きたいとは思っていませんでした」
「え!?なんでです?梓さんは僕と同じだと思ってたんですけど…」
「同じじゃないですよ!自分のせいで逃したらどうしようとか、失敗したら最悪壬生浪士組が潰されるんじゃないかとか考えたら怖くって…」
そこまで言えば平助と沖田が「いやいやいや」と梓を止める。
「そうならないために6人で行ったんだろ?」
「梓さんの腕なら問題ないですよ。何のために毎日素振りしてるんですか。もっと自分に自信を持たないと、いざ人を斬るって時に返り討ちに遭いますよ」
二人にもっともな事を言われ、梓は自分が緊張から悪い方に考えすぎていた事を反省する。
「俺達は4人もいて、皆違う理由を考えていた訳だが、人を斬りたくないと考えていた奴は一人もいないんだな」
斎藤に言われ、初めてそう言う考えもあったのかと3人はハッとする。
「……やばいな俺ら」
「はい。道を踏み外したら辻斬りになりかねません」
「え、だ、大丈夫ですよ!みんなでみんなを見張れば良いんですから!」
「フッ。近藤さんが聞いたら命を敬えと泣きそうだな」
斎藤さんは笑いながら言ったが、近藤さんのみならず、一般常識の人に知られる訳にはいかない本性を晒してしまった4人は、この事を誰にも話さず仕舞っておこうと固く誓ったのだった。
ちなみに、今回の清川暗殺は結果的には失敗に終わった。
夜もふけた頃、芹沢達が待ち受ける四条堀川に仲間と二人で現れた清川だったが、その仲間の胸には御朱印があり、そこに刀を向けるのは将軍家に敵対する事と同じ意味を持つことから、清川を斬ることができなかったらしい。
翌々日、朝から八木源之丞は壬生中を走り回っていた。会津公に会うにあたり、裃を19着集めるためだ。
もっと早く言って欲しかったとぐちぐち言われつつ、梓と沖田と藤堂は八木の後を着いて回り、なんとか19着持ち帰ることができた。
初めて裃を着る梓だったが、影で土方に着方を教わりながら何とか着ることができた。
そんなこんながありながら、芹沢一派・近藤一派・殿内・家里の19人で、金戒光明寺に辿り着いた。
「二度目ですけど、やっぱり広いですね」
「前回は入口までだったけど、入らなくて正解だったな」
藤堂がそう言うのも無理はなく、寺だと言うのに一般の参拝客はほとんどおらず、会津の関係者だろう絵に描いたような侍姿の人が出入りしているだけだった。
「あのまま入ってたら摘み出されていたかもしれませんね」
沖田が笑いながら言うが、冗談になっていないと梓は思う。
「おらお前ら!遅れるんじゃねぇぞ!」
少し離れたところから土方さんが大声で呼ぶが、その喋り方すら厳格なこの場所では浮いているようで、殿内が何かガミガミと土方に言っているのが見てとれた。梓は土方がキレる前にと沖田と藤堂を連れて急いで土方達の元に走るのだった。
最初の門から階段をいくつも登りどれくらい歩いたのか、やっと建物の中に入ることができた。
半分向こうが幕に閉ざされた雅な雰囲気の広間に通され、しばらく待つように言われ、その間に皆でコソコソと作法の確認をする。
そんな梓達を見て芹沢は笑い一言「面をあげよ。と言われるまで伏しておれば良い」と助言する。
そんな助言ですら、殿内は気に入らなかったらしく「田舎者めが」とボソッと言っているのが耳に入った。
(悪かったですね田舎者で。間違えるよりも良いでしょうよ)
待ち時間こそ長かったがそこからは早いもので、わざわざ気合を入れて裃まで集めたのに会津公は忙しいらしく、代理の人との少しのやり取りで終わってしまった。
それから数日後、浪士組は江戸に帰っていった。
それを機に、いよいよ壬生浪士組も動き出す。
まずは人を増やそうと言う事になり、隊士募集の張り紙を瓦版や八木家の入り口、前川邸の塀など至る所に貼り付けた。
募集をかけてすぐ、その日の昼過ぎには募集場所である前川邸の前に長蛇の列ができる。
「え、これ全部入隊希望者ですか?」
外が騒がしいので出てみれば、そんな状況に梓は唖然とする。
土方や近藤から隊士募集の話は聞いていたが、そんな大規模な募集だとは聞いていなかったのだ。
「おぉ童。驚いておるな」
「あれ?芹沢さん中にいなくて良いのですか?」
前川邸の裏口から芹沢が出てきて梓に声をかけた。
近藤・土方・山南は入隊希望者の対応をするため八木邸を出ていたので、てっきり芹沢もそっちに行っているのだと思っていた。
「……さっきまでは居たのだがな、話にならないから出てきたのだ」
「どう言う事です?」
聞けば芹沢は梓の肩に腕を回し、並んでいる応募者を指さす。
「あれを見ろ。杖をついておる。あっちは見るからに宿無しだ」
そう言われて改めて応募者をよく見れば、ヨボヨボの老人や路上で生活しているような痩せこけた男など様々で、住むところや食べ物を目当てに来ているような人が多い。
半分近くは腰に刀を差していないのも気になる。
「隊士を募集しているのですよね?」
「そのはずなのだがな。尊王攘夷の志あるものとだけ書いたのがいかんかったな」
(……なるほど)
前川邸の塀に貼られた募集要項を見てみれば、身分不問。年齢不問。住居保証。食事あり。尊王攘夷の志があるもの。と書かれており、家も食べ物も用意してもらえるとあれば志など取り繕ってでも人はくるだろう。
「まさか全員入隊するわけではないですよね?」
「アホを言うな。入隊しても弱ければ死ぬだけだ。今中で童其のニと三と野口達が腕試しをしておるわ」
野口と言うのはいつの間にか増えていた芹沢一派の男だ。
(沖田さん達、いないと思ったら駆り出されてたのか。それにしても腕試し。強い人とかいるなら私もやりたいなぁ)
「おい童。お前暇ならこの辺一体の募集要項を全て剥がしておけ」
そう言って芹沢は前川邸の入り口とは反対側に歩いていく。
「芹沢さんはどこに行くんですか?」
「わしは町の瓦版に貼り付けたやつを取ってくる」
そう言うと後ろ手に手を振って行ってしまった。
最初こそ怖くてとっつきにくかった芹沢だが、慣れてしまえば割と普通に話せるようになっていた。
補足
裃とは時代劇などで家臣がよく着ている、肩の部分が尖ったベストのような着物です。




