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前川邸と初仕事





 斎藤が仲間になって数日後、八木家は人でごった返していた。

 と言うのも、浪士組が江戸に戻るにあたり、京に残留を希望する人々が八木家の近藤芹沢の元に集まったためだった。


 まず始めに増えたのは芹沢一派。

 毎日ふらふら出かけていたかと思えば、芹沢含め5人だったはずが、いつの間にか7人になっていた。そもそも梓の記憶では、江戸からの旅の時点では付き人は3人だったはずなのだが。

 次に増えたのは、浪士組で目付という役をやっていた『殿内義雄』と『家里次郎』のふたり。この二人、浪士組の取締役である鵜殿鳩翁という人物から「京に残留する者たちを取りまとめるよう」と命を受けたと言い、とにかく横柄な態度でやってきた。

 最後に根岸友山という老人が6人の門人を引き連れての合流となった。


「なんか、凄いことになってんな」

「いくら八木さんの家が広いからと言って、ただでさえ手狭になってたところに今日7人も加わっちゃいましたからね」

「今近藤さんが、何とかならないか八木さんと掛け合ってるみたいですよ」


 藤堂と梓と沖田は、土間から人が鮨詰めになっている続き間を傍観していた。

 人数が多い上に、皆座ったり寝転んだりと自由に過ごすせいで畳も見えないほどに人人人。溢れた人が縁側や中庭にまで出てしまっている。


(八木さん、元々は続き間を二つ貸すだけの予定だったのにこんな事になっちゃって、いよいよ出てけって怒らないかな?)


「お前達。そんなところに立ってどうしたんだ?」


 居場所なく3人が突っ立っていると、近藤が玄関を開け帰ってきた。その後ろには一緒に交渉に行っていたらしい土方と山南もいる。


「近藤さん、土方さんも山南さんもお疲れ様です」

「俺たち突っ立ってたくて突っ立ってる訳じゃねぇよ」

「なんだか近藤さん、ご機嫌ですね?」


 心なしか遠い目をする梓と藤堂。沖田は相変わらずニコニコしているが、近藤はそれよりも更にニコニコと機嫌が良かった。


「総司、よくぞ気が付いた。なんと、八木さんが尽力してくれたおかげで向かいの前川邸を間借りさせてもらえる事になったぞ!」


 胸を張って言う近藤に、3人は驚いて門の外に駆け出す。


「お向かいって、このひたすら塀のこれですか?」


 梓が指さすのは八木家の門を出ると目の前にある木の壁だ。

 ひたすら塀というのは大袈裟かもしれないが、八木家に初めてきた時から武家屋敷か何かかと思っていた家だった。


「それだそれだ。見に行ってみるか?」


 近藤の誘いに3人は二つ返事で頷き、土方と山南はやれやれと笑いつつ付き合う事にしたようだった。

 八木家に面した通りには裏口があるものの、せっかくだから門から入ろうということになった。門は八木家を左に出て、曲がり角を曲がった先にある。


「こっち側は来た事なかったんですけど、こっちにもこんなに広がってるんですねぇ」


 沖田の感嘆に梓もうんうんと頷く。

 そんな二人を見て土方は「お前達は素振りばっかりしてねぇで、もう少し周りに興味を持て」ともっともな事を言い、藤堂と山南がうんうんと同意する。


 門をくぐるとまず、立派な松が出迎えた。左奥には庭が続いていて、右に建物の入り口があり、そこで草履を脱ぎ脱いだ草履を持って中に上がる。


「なんだか面白い作りですね」

「うわ、こっちにも庭があるぜ」


 中に上がってすぐに渡り廊下のような道があり、その先にいくつもに区切られた畳の部屋があった。


「これ、全部で何部屋あるんでしょう?」

「12部屋と聞いていますが、小さな部屋も入れたらもっとありそうですね」


 呆気に取られる梓に、山南が笑っていう。

 畳の部屋を左に抜けた先には、これまた広い台所があり、台所を横目に進めばまた、小さな庭があった。その庭で再び草履を履いたので、裏口があるのかと思いきや、竹垣の向こうには最初の庭より更に大きな庭が広がっていた。


「……この家、庭はいくつあるんでしょう」


 梓が聞けば、近藤が庭の左奥を指差す。大きな蔵がある更に奥の方向だ。


「ここを抜けた先はここの敷地の横幅いっぱい分の庭もあったぞ」

「ありゃ下手したらそこの通りよりも広いかもな」


 近藤の言葉に土方が捕捉したので、梓達3人は走ってその庭を見に行く。


「これ、素振りどころか手合わせもできるんじゃないですか?」

「そのためにはこの辺の木々が邪魔ですねぇ」

「お、こっちには井戸と風呂もあるぜ」

「鍛錬して汗も流せるなんて凄い……」

「台所とも繋がってますからお腹が減ったら何かつまめそうなのもいいですねぇ」

「沖田さん!最高じゃないですか!」

「……お前らってほんと、鍛錬しか頭にねぇの?」


 一通りはしゃいで元の庭に戻り、待っていた近藤達と生垣の向かいにあった離れを見て裏口から通りに出た。


「あの最後の離。あそこだけで家って感じでしたね」

「そうですね。八木さんの家を追い出されたら試衛館組はあそこで生活しましょうか」

「沖田君。そんなこと言っていると言い当ててしまうからやめましょう」

「そうだそうだ。俺的には芹沢さん達もみんな前川邸に移ってもらって、試衛館組は前みたいに八木家で暮らしたいね」


 藤堂の願望に、その場にいる全員が同意した。

 それから早速八木家に帰り、斎藤以外の新しく加わった者達に前川邸に移るようにと近藤から伝えられた。

 そして離れには芹沢一派が、その他は母屋に寝泊まりする事になったらしい。

 


 翌日、広々とした八木家の続き間に、芹沢一派と試衛館の面々が集められ、近藤と芹沢から今後の方針が話された。

 実は先日、梓達が金戒光明寺で裃を着た近藤達と出会った日、会津公は留守だったようで、後日嘆願書を書いて会津公に出しに行った。


 その嘆願書というのは簡単に言えば「京都守護職を賜っている会津藩のお手伝いをさせていただきたい」というもので、近藤一派と芹沢一派の全員の署名もつけた。

 元々浪士組の目的は、将軍警護の先駆けとして京の治安を安定させ、安全な状態で将軍に入京してもらうことを目的としていた。

 なので、京の治安維持のためにと作られた『京都守護職』と目標としていることは一致していたのだ。


「この嘆願に対し、本日会津藩から書状が届き、晴れて我々は会津藩のお預かりと相成った」


 芹沢が声高らかに宣言すれば、広間に「おお!」とどよめきが起こる。


「これを機に我々は壬生浪士組と名乗り、京のため会津公のため、共に尽力しようではないか!」


 今度は近藤がそう宣言し、更に大きな歓声が広間に起こった。


「壬生浪士組…!かっこいい!」

「凄いですね。金戒光明寺が会津藩の本陣だったときは驚きましたが、まさか本当に後ろ盾になって貰えるとは」

「な!な!あのとき運命感じたもんな!」


 各々興奮していれば、それに水を差すようにゴホンッと大きな咳払いが縁側から聞こえた。

 全員が何だ?とそちらに視線を移せば、そこには浪士組の指示でこちらに来たと言う殿内が立っていた。その額には青筋が浮かんでいるように見える。


「何の騒ぎかと思って来てみれば、なぜ私に声をかけない!」


 どこから聞いていたのか、殿内はズカズカと広間に入って来て近藤と芹沢の隣に並ぶ。

 浪士組からこちらに合流した時からそうだったが、まるで自分がこの組の長であるかのような振る舞いに、誰からともなく舌打ちが漏れる。


「無礼者!誰だ今のは!これだから田舎者は……まぁいい。して、会津公へのお目通はいつ叶う?」


 近藤だけでなく芹沢にまで上から見下すような態度を取れば、芹沢は鉄扇をバッと広げて自身を煽いで殿内を無視する。

 殿内も殿内で、その仕草に慄いて「どうなんだ近藤」と近藤に話を持っていく。


「会津公へは明後日、ここにいる皆で御目通り願う予定です」


 近藤が答えるまでもない。と土方が代わりに答えれば、再び殿内は青筋を立て「私と家里も出席する。田舎侍共に粗相をされては困るからな!」と言い捨てドカドカと出ていった。


「なんなんだアイツは!」

「芹沢さん追いますか!?」


 芹沢の付き人、其のニ、其の三の平山と平間が刀を持っていつでも追える体制を作る。

 しかし芹沢は一言「いらぬ」と言って静止する。

 納得できない様子を見せる二人を無視し、芹沢は鉄扇を開いたり閉じたりと手で遊ばせながら近藤を見る。


「今は好きに言わせておけば良いさ。なぁ近藤?」


 ニヤリと笑う芹沢に、近藤は厳しい顔をしたまま答えなかった。


「さて、わしから話しがある。おい、戸を閉めろ。また邪魔が入っては敵わん」


 そう言われ、平間と平山は玄関の戸と続き間の襖の戸を全て閉める。

 近藤は芹沢の話に心当たりがないようで、険しい顔のまま芹沢の話を聞く体制をとる。


「本日、幕府より浪士組を通し、我々に清川八郎暗殺の命が下った」


 単刀直入に告げられたその言葉に、近藤含む試衛館の面々の顔は驚き険しいものになる。


(清川を暗殺!?)


「何故その話しがアンタだけに行く?」

「さぁな。わしの方が話しやすかったんじゃないか?」


 フッと鼻で笑う芹沢に、土方は分かりやすく不機嫌になる。

 近藤を立てたい土方にしてみれば、芹沢の方が周りから認められている状況が面白くないのだろう。


「…分かりました。どう狙いますか」

「決行は明日だ。新見」

「はい」


 近藤が了承すれば、芹沢は頷き一番前に座る男に声をかける。芹沢に指名され前に出たのは、付き人其の一の新見錦。試衛館で言うところの土方や山南のような立ち位置の男で、目つきは悪いが頭が切れる。

 前に出た新見は、清川が明日の夜土佐藩の旅籠屋に出かける事を突き止めたと言う。


「狙うは帰り道。通る可能性が高いのは四条堀川と仏光寺堀川の二通りあるため、二手に分かれて張り込むのが良いかと思います」


 新見がそう報告すれば芹沢も近藤も頷く。


「わし等は四条堀川にしよう」

「では私達は仏光寺堀川で」

「奴がどっちに現れようと恨みっこ無しだぞ」


 ニヤリとそう言い残し、芹沢一派は前川邸に帰っていった。

 残された試衛館組はそのまま、明日の清川暗殺の計画を話し合う事になった。


(清川、幕府を裏切ったんだからそれなりの制裁があるんだと思ってたけど、まさか殺されるほどだったなんて…)


「待ち伏せということなら、大人数で行くのは得策ではありませんね」

「あぁ。清川がどんな目的で土佐藩邸に行くのかは知らねぇが、向こうもそうそう大人数で動きはしねぇだろ」

「隠れ場所は昼間に下見に行くとして、決行するのは5・6人が妥当でしょう」


 山南と土方で話を詰めていく間、他の面々は静かに話に耳を傾ける。皆の目からは、初めての幕府からの仕事にやる気や緊張が窺える。梓もそのうちの一人で、京に来て初めての仕事に手に汗をかく。

 

「近藤さんは外さねぇとして、人選はアンタに任せる。どうする?」


 土方が近藤に問えば、腕を組んでいた近藤が全員を見渡す。


(もし私が足を引っ張ったせいで打ち逃したらどうしよう。人を斬った事なんてないし、失敗したら?幕府からの仕事を失敗なんてしたら、壬生浪士組の取り潰しだって……)


「行くのは俺・歳・山南さん・永倉君・左之助・源さんだ。皆明日は準備を怠らないように」


 梓の迷いを見透かしたのか偶然なのか、梓が選ばれることは無く、選ばれた面々は各々返事をして解散となった。





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