右差しの男
翌日、朝餉を頂いてからせめてもの御礼にと梓は玄関先を掃除することにした。
因みに芹沢一派は昨日からここに住むと言いながら、夜出たきりで帰ってこなかった。
(八木家にはかなり迷惑をかけてるんだもの、このくらいね)
ザッザッと箒で石畳の小石や落ち葉を避けていれば、縁側に原田が寝転がっているのを見つけた。しかも何故か上半身裸になっている。
世間の女性がアレを見たら赤面して逃げ出すところだろうが、実家が道場だった梓からしたらアレは見慣れた風景だった。
「原田さん、なにしてるんですか?」
呆れた顔で話しかければ、原田は片目を開けて梓を確認する。
「腹の傷をお天道様に晒してんだよ。時々やらねぇとグジグジ痛むんだよなぁ」
「新しい傷なのですか?」
「いんや?伊予の国を出るときの傷だから結構経つぜ。ほらよく見とけ。切腹傷なんて滅多に見れねぇぞ」
あっさり言ってのけた言葉に、梓は聞き間違いかと聞き返す。
「ん?何傷っていいましたか?」
「切腹傷」
「切腹!?生きてるじゃないですか!」
梓が驚いて反応すれば原田はワハハと笑う。
「良い反応だなぁ。切腹から生き延びた、金物の味を知った傷だ。縁起いいだろ?触っとくか?」
縁起が良いかはともかく、切腹傷なんて滅多にお目にかかれるものではない。梓はまじまじと傷口を見つめる。
(傷ってこんなにぷっくり浮き上がるものなの?)
思わず手を伸ばして傷口に触れると、「うひゃ」と原田が可笑しな声を出す。
(お?)
ツツツッと傷口を指でなぞれば、更に「うひゃひゃ」と声を出す原田。
(これ、面白いかも)
更に何回も続ける梓だったが、これ以上はさせないと原田が梓の手を押さえて止めた。
「……お前、調子に乗るなよ?」
「あはは。だって原田さんが……」
面白い声を出すから。と笑って言おうと原田を見たが、その顔を見て思わず固まってしまった。
くすぐったさからなのは分かるが、顔を赤らめ息を荒くする原田の色っぽさは、梓を黙らせるには十分な破壊力を持っていた。
「俺がなんだって?」
「う、いや…」
「聞こえねぇなぁ」
ただの確認なのに何かイケナイことをしているようで、梓は逃げ出したい衝動に駆られながらも、掴まれた腕をグイッと引かれてしまえば逃げ場はない。
「失礼。こちらに試衛館道場の……邪魔をした」
間が良いのか悪いのか、客人が門の前で声をかけてきたが、縁側で密着する梓と原田を見て引っ込んでしまった。
「ちょ!原田さん離してください!」
「お、おう」
梓は赤面しながらも、急いで原田を押し除け客人を追いかける。
「待ってください!お客様ですか?」
門の外に出てみれば、客人は帰ることなく腕を組んで門にもたれかかっていた。
「いや、俺のことは気にせず。ここで待たせていただく故、続けていただいて結構」
「つ、続けるって何をですか!誤解です!」
梓が真っ赤になって否定すれば、客人は門から先程まで梓と原田がいた縁側を覗く。今はバツが悪そうに頭をガシガシと掻いた後、再びゴロリと縁側に寝転ぶ。相変わらず裸で腹の切腹傷を陽に晒す続きを始めたらしい。
(お客様が来たんだから、せめて着物を羽織って欲しいわ…)
「すみません。あの人は気にしないでください。誰にご用ですか?」
聞きながら客人の風貌を見ると、客人の腰には刀が大小二本差さっており、武士か浪人だろうと言う事がわかる。
それより梓が気になったのは、刀が右に差さっていることだ。
(右差し?初めて見たわ。右に刀があるってことは、もしかして利き手が左なのかしら。左利きの剣士には会った事ないなぁ。……手合わせしてみたい…)
「―…ているか?…おい、聞いているか?」
「あ、はい!すみません!」
ジッと刀を見ていたせいで客人の言葉が耳に入っていなかったらしい。首を傾げる客人に梓がパッと視線を戻す。
「こちらに試衛館道場の近藤勇殿が居ると思うのだが、会わせていただけるだろうか」
(近藤さんにお客様?)
「はい。中におりますので、どうぞお入りください」
客人を玄関の続き間に通し、奥の部屋にいる近藤に客人が来たことを伝える梓。近藤にどんな人かと聞かれ、顔はしっかり見ていなかったので「刀を右に差していた」と伝えれば心当たりがあるようで、走って続き間に向かって行った。
「来たか、斎藤」
近藤の出ていった襖をポカンと見ていれば、一緒にいた土方もニヤリと笑い立ち上がって近藤の後を追った。
(斎藤さん?京に知り合いがいたのかな?)
土方を見送っていると、さらに奥の部屋にいた試衛館の面々が誰が来たのかとゾロゾロ顔を出した。斎藤と言う人が来たと伝えれば、沖田と井上のみ反応し続き間に向かい、残された面々も気になるのか後をついて行ってしまった。
(え、みんな行っちゃうの?お客様の邪魔にならない?)
そうは思いつつ、皆が行ってしまえば自分も行きたくなるもので、お茶出しを口実に梓も続き間に向かうことにした。
「おぉ梓君、梓君も聞いてくれ。新しい仲間の斎藤君だ。試衛館の仲間なんだが訳あって先に京に来ていたんだ」
「斎藤一だ。宜しく頼む」
「梓鈴之助です。宜しくお願いします」
お互い畳に手をついて挨拶をすれば、それを見ていた永倉が「かてぇなぁ」と笑った。
「先程の男がいないようだが、彼はここの一員ではないのか?」
斎藤がキョロキョロと辺りを見回して誰かを探す。
「先程のって、コイツじゃねぇのか?」
土方が斎藤を案内した梓を指さして聞けば、斎藤は首を振る。
「この人と相引きしていた男だ。てっきりここの一員だと思ったんだが」
突然斎藤がとんでもないことを言い出し、梓はギョッと目を見開いて斎藤を見る。周りはもちろん驚いて梓を見ている。
「おまッ!男を連れ込んだのか!?」
「いやいや土方さん、梓は男なんだから連れ込むなら女だろ?」
「でも斎藤君は男を見たんですよね?と言うことは……」
「え!?梓って男色なの!?」
「こらこら平助君。人の好みはそれぞれですよ」
「そ、そうだぞ平助。男色だって珍しいことじゃないだろ?」
土方永倉沖田藤堂山南井上と次々に驚きが連鎖していく。梓はその都度否定しようと口を挟もうとするが皆の勢いに押されて声が通らない。
ザワザワとする室内で、近藤だけが腕を組み成り行きをみている。
「皆、少し落ち着け」
近藤がそう言えばザワザワとしていた室内は一気にシンッと静かになる。
「ち、違うんです近藤さん!」
「梓君」
今の隙にと声を出す梓だが、近藤の威厳なのか怒気なのか、力強い声に呼ばれ「…はい」と小さく返事する。
勘違いとは言え男を連れ込むなんてと怒られるのだろうと、梓はギュッと身構える。
「俺は君が例え男色であろうと応援する。コソコソする必要はない!」
力強いが見当違いの激励に、梓はガクッと崩れ「違うんですって!」と全力で否定した。
「皆さんよく見てください!原田さんが居ないでしょ!?斎藤さんが見た男は原田さんです!裸で縁側にいた原田さんと話してるところを斎藤さんが勘違いしただけです!」
一気に捲し立てると皆一斉にキョロキョロと辺りを見回し、藤堂が一番に部屋を出て縁側を目指す。
「あ!左之さん何寝てんだよ!?ちょっとこっち来て!早く!」
そんな声が縁側の方から聞こえ、平助が上半身裸で腹を掻いて欠伸をする原田を連れて帰ってきた。
「斎藤君が見たのはこの男か?」
近藤さんが斎藤に向き直って聞けば、斎藤はコクリと頷く。
それを見て一同は「ハァ〜」と一斉にため息をつき、斎藤は「すまない」と梓に謝り、原田は訳もわからず二度寝するため縁側に帰って行った。




