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浪士組参戦




 文久三年(1863年)二月八日



 今日この日、江戸の町の一角にある小石川伝通院には、江戸中の腕自慢や荒くれ者が集まっていた。


 普段は静かで喧騒とは無縁のこの場所だが、そこら中で喧嘩や怒声が溢れかえり普段の様子は見る影もない。

 江戸幕府将軍“松平家茂”の上洛のため、将軍警護の先駆けとして京に向かう“浪士組”に参加を希望する浪士達が今や遅しと出立の合図を待っていたのだ。

 

 集まった人々は身分も見た目も様々で、身なりが良くいかにも武士な男もいれば、農民のような男も、はたまた野盗か物乞いかと言うような男までおり、皆一様に武器を持ってはいるが、その形状は刀だけに留まらず、槍や斧、農作業に使うようなカマを持った者まで様々だ。

 伝通院の敷地に収まることなく溢れかえる男達の最後尾、身なりよく綺麗な顔をした人物が石段に座っていた。


 彼、いや彼女も、浪士組参加者の1人。名前は梓。自分の腕を試すため、女であることを偽っての参加だった。


「君も浪士組志願者ですか?」

「おい総司やめろって」


 そんな彼女に2人の青年が話しかけた。背丈が高く人懐こそうにニコニコとした美丈夫と、それを止める並より少し身長の低いわんぱくさの残る顔の青年だ。


「……そうですが」


 素っ気なく梓が答えれば、後者の青年は見るからに怯むが、前者の青年は構う事なく顔を輝かせている。

 一方の梓は、関心がない素振りをし視線を外している。しかし外見と内面が同じだとは限らないもので……


(なんでこの2人話しかけてくるの!?ボロを出さないためにも誰とも連まず気配を消して上洛するつもりなのに!話しかけないでよ!)


 このように内心てんやわんやだった。


「僕達もなんですよ。いやね、パッと見同い年くらいかなと思いまして、せっかくですし仲良くなれないかなと思いまして…―」

「おい総司!空気読めって!話しかけて欲しくない人もいるんだって!」

「もー。萎縮してる平助のためでもあるんですよ?」

 

 聞いてもいないのにペラペラと話す総司と呼ばれる男とは裏腹に、平助と呼ばれた男は萎縮していると言われるだけあり怒声飛び交うこの場に怯えているのが誰の目から見ても明らかだった。

 その点、内心はともかく外見は涼しい顔をして座っている彼女はなかなか男らしいかもしれない。


「おーい。何やってんだお前らー」


 そう聞こえてチラリと声の方を梓が見れば、柄の悪そうな風体の男が2人、また歩いてきていた。さらにその後ろには何人も続いている気がして、彼女は視線をまた地面に向ける。


(くっ!なんでぞろぞろ増えるかな!?)


「新八さん良いところに来た!総司を止めてくれよ!空気読めって言ってやってよ!」

「お、別嬪さん発見!なんだ口説いてんのか?」


 平助と呼ばれた男が必死に助けを求めるが、無精髭を生やし酷く着崩れた風体の男は気にも止めずに梓を見る。着崩れた胸元から覗く筋肉が見事で、梓は羨ましさから少しだけ視線を向けてしまった。


「新八よく考えろ。可愛い顔しててもここにいるって事は男だろうが」


 無精髭の男の隣、キリッとした眉に通った鼻筋切長の目元と、歌舞伎役者のように整った顔をした男性がツッコミを入れる。無精髭の男ほどではないが着物を着崩しているものの、野蛮なはずのその姿からは色気すら感じる。初めて感じる男の色気というものに、梓は思わず赤面して顔を伏せる。


「なに!この子が男!?と言う事はお前ら男色か!」


 いきなりの男色発言に「いやいやいや」とツッコミを入れたい梓だが、それより先に平助が赤面して新八と呼ばれた男に抗議するため詰め寄る。

 4人の視線がアズサから逸れたのを感じ取り、コソコソと逃げようとした彼女だったが、総司と呼ばれる男に首に腕を回されてしまった。


「紹介しますね。僕は沖田総司。こっちの小さいのは藤堂平助。この筋肉自慢が永倉新八さんで、色男は原田左之助さんです。それから…―」


 聞いてもいないのに次々始まった紹介だが、逃げることもできない状況では無視をするのも気が引けて、一人一人に視線を合わせ頭を下げる彼女は、無愛想を装ってはいるがなかなか律儀な性格だ。


「お前、梓か?」


 名乗る前に名を呼ばれ、梓が驚いて声の主を見れば、永倉の後ろに見覚えのある男が立っていた。


「……薬売りの……」


 思わず言ってしまってハッとして口を閉じる。

 男装をしているため、着物も違えば髪型も違う。顔だって紅も白粉もしていない。まさか自分の正体を見破る人間が出てくるとは夢にも思っていなかったのだ。


(ッ!油断した!どうする?どう誤魔化す?)


「梓って、名前まで女みたいだな」


 ボソッと無精髭の永倉が呟いたのを聞き、梓は活路を見出す。


「よく言われますが、梓は姓です。名は鈴之助と申します」


 梓が「宜しく」と自己紹介をすれば、薬売りの男は「…鈴之助」と腑に落ちない顔をして呟いた。


「土方さんと鈴之助君は知り合いですか?薬売りって事は石田散薬ですか?」


 早速鈴之助と呼ばれ、呼ばれた梓自身が聞きなれない感覚に内心戸惑ってしまった。


「そうです。私が通っていた道場に何度か商いに来られていて。でもお名前は存じませんでした。土方さんと言うのですね」

「土方歳三さんですよ」


 名前を知らなかったのは事実だし、道場に来ていたのも本当だ。正確には通っていた道場ではなく実家の道場だが。

 土方歳三と言われた男も整った顔をしているが、その中身は女好きの軟派者だという事を梓は知っている。薬を売っている傍ら女をはべらせ歩いているのも見たことがあった。



 一通り自己紹介が終わったところで、梓は土方を少し離れた場所に連れ出した。「石田散薬の事で聞きたいことがある」と無理矢理な誘い文句だったが、土方は素直についてきた。


「お願いします。私が女だと黙っていてください」


 呼び出してすぐ頭を下げる梓に、土方は大きなため息を返す。


「本気で浪士組に参加するつもりか?女だって隠し通せると思ってんのか?」

「思ってます。現に地元を歩いても気づかれませんでした。むしろ2、3回会っただけのあなたに気付かれたのが不思議なほどです」

「俺は一度気に入った女の顔は忘れねぇ」


 明け透けにそう言われ、ゾワゾワと土方と最後に会った夜を思い出した。


 夜と言うより夜中だろうか。部屋で1人寝ていると、襖が開く音がして目が覚めた。母が来たのかと目を開けると、目の前には土方の顔。土方が覆い被さるように、自分に跨っていたのだ。

 俗に言う夜這いだ。まさか自分がされるとは思わなかったが、素直に手篭めにされる事はなく、見事に撃退してやったのだ。

 当時は中々の恐怖体験だったが、今となっては笑い話だろう。


「股を蹴り上げた女の顔は忘れられませんか」

「言うな。あそこまで持って行ってモノにできなかったのはお前くらいのもんだ」


 あの夜、大切なモノを押さえながら背を丸めて帰る土方を思い出し、梓がつい思い出し笑いをすれば土方の舌打ちが飛んできた。


「ゴホンッ。…で、お前はどうしてまた浪士組に参加しようとしてんだ?」

「私、なかなか強いんですよ。この腕がどこまで通用するのか、腕試しです。それで……出来ることなら、京で一旗あげたいです」


 梓が胸を張って言えば、土方は盛大に笑った。笑われるのは心外だと梓が不満を漏らす前に、土方は「すまんすまん」と笑いながらも謝罪する。


「お前の目標を笑ったんじゃねぇよ。俺の気に入った人間はこんな奴ばかりかと思ってな」


 説明されたが益々よく分からず、梓は首を傾げる。


「分かった。俺ができる範囲でだが、お前が女だってバレないように手伝ってやる」

「は?なんでそこまで。必要ないです」


(笑い飛ばしたくせに、何を考えてるの?まさか……)


「体狙いですか?」


 ジトっとした目で睨むと、土方は心底ゲンナリした顔をする。


「俺は俺になびかねぇ女には興味はねぇ」

「それなら……同情ですか?」


 そう聞けば、土方は否定をしなかった。


 梓の本名は梓鈴之助ではない。鈴野木梓という。江戸の片隅にある鈴野木道場の娘だ。いや、だった。

 1ヶ月前、梓が奉公に出ている間に賊に入られ、母も跡取りの兄も道場主の父も、皆殺されてしまった。父と兄は最後まで戦ったようで、道場には賊5人の亡骸も横たわっていた。


「お前の親父と兄貴は強かった。手合わせした俺が言うんだ。誇っていい」

「……そんなこと、1番近くで見ていた私が1番知ってます」

「違いねぇ」


 梓はスゥッと息を吸う。


(涙はもう流しきった。家族が死んでしまって、仇打つ相手もいなくて、私は孤独だけど自由なんだ。家のために結婚する必要もない。女の幸せより、自分の力を試したい。自分の力で生きてみたい。そのためなら、同情だろうがなんだろうが利用できるものは利用しよう)



 土方との話をつけ、元いた場所に戻れば更に人数が増えていた。


「あ、戻ってきましたね。さっきまで近藤さんもいたんですよ。我らが試衛館道場の道場主。会わせたかったです」

「彼が梓君ですか。はじめまして。山南敬助といいます。先程、京へ上る隊編成が発表されましてね。梓君も同じ班ですよ」


 出迎えた沖田に続いて話す、山南と言う人は、物腰柔らかでメガネをかけた、落ち着いた大人の男性だった。見たところ唯一の常識人というところだろう。

 それよりも聞き捨てならないのが、皆同じ隊だということだ。

 まさかと思い伝通院に張り出された隊組を見に走った梓だったが、山南の言う通り“梓鈴之助”と言う名前が、道場主だという近藤をはじめ土方山南永倉と並んだ三番隊の中に書き込まれていた。


(まさか京まで一緒になるとは……)


 誰とも連まず話さず、黙々と京まで歩こうと思っていた梓だったが、どう頑張ってもそうは行かなそうな面々の顔を思い出し項垂れたい気持ちになった。






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