06.甘言
『マルクス主義では…』
『その考えは主義に反する。』
『ですが…。』
『反すると言ったら、反するのだ!!』
目の前で繰り広げられるのは、政府お抱えの学者たちの討論会。
私の使命、ソジェートの経済を持ち直すためのこの会は、
保守派の官僚を中心として、マルクス主義に傾倒しすぎて、何も決まらない。
およそ半日、腰も疲れた頃に議論は終わり、
自宅へと帰ったところで、ついぼやく。
「ロシェの花とは大違いだな。」
『はい、閣下。仰る通りです。』
正しいか、正しくないか。
そんな論点で繰り広げられた先ほどの不毛な議論は、
何一つ成果をあげられなかった。
そしてその思いは、プーティーンも同じらしい。
「何故君は、ロシェの花を粛清しないのかね。」
頭に浮かんだ率直な疑問。
秘密警察の一員である彼は、秘密結社を粛清する義務がある。
『私は祖国ロシェを誇りに思い、愛しています。』
「ふむ…。」
『だからこそ、私は閣下を信じるのです。』
「なるほど。」
先ほど繰り広げられた不毛な議論では、
いずれ祖国は立ち行かなくなる。
きっと彼はロシェの花の可能性に、希望を見出したのだろう。
「さぁ、今夜はロシェの花の会合だ。」
『準備は整っております、閣下はしばし休まれるのが良いかと思います。』
「ははっ、君はまるで私の秘書だな。」
軽口を叩きながらも、私は今夜行われる、ロシェの花の会合を待ち遠しく感じるのだった。
……
「やあ、諸君。」
『お待ちしておりました、ゴール殿。』
「うむ、では今日の議論を始めよう。
前回課題となった…、国家ファイナンスの件だ。」
『はい、これについては私が。
国家がファイナンスを主導することで国債や…。』
政府お抱えの学者達とは、議論のレベルが違う。
当初四人で始めたこの集いは、およそ半年の時を経て、徐々にその規模を増し、
経済、治政、統計学をはじめとした、総勢30名以上の知能を結集した、結社と化した。
そしてその議論も大詰め、今日この場でおおよそのプランが決まり、
後は四か月後に行われる、ソジェート大会という公式の場でこの案を出し、承認させる。
「他に…案は無いかね?」
『『『『……』』』』
互いに意見を出し尽くし、もうこれ以上の問答は無用、と皆が視線で語るなか。
「では、私はこの全く新しい国家モデルを…『ゴール・B・プラン』として、採用する。
諸君、ご苦労だった。」
―パチパチパチパチ…
1985年10月。
知的探求の果て、互いに知を出し尽くし、
ソジェート崩壊を防ぎ、再び世界の覇権を握るためのプラン、
ゴール・B・プランはこうして生まれたのだった。
「あとは任せたまえ、諸君。」
『『『『おう!』』』』
そんな返事で終えたロシェの花の会合。
これは、おおよその計画がまとまった今、私が為すべき、政治の始まりだった。
最初に始めたのは、ゴール・B・プランの前準備、冷戦の終結への打診。
西側諸国と長年続いた冷戦は、我が国の経済を疲弊させるものだった。
およそ国家予算の3割以上を占める軍事予算の殆どは、この冷戦絡みの物。
「エドワルナゼ、頼んだよ。」
『それは良いが…、なぜ急に冷戦の終結を打診するんだ?』
「今はまだ明かせない。
だが、西側諸国は喜んで受け入れるはずだ。」
『そうか、では私は君の言葉に従うとしよう。』
私が外務大臣に起用したエドワルナゼ。
冷戦の早期終結に向けて、彼を使者としてA国に遣わした。
その内容は、国家主導のファイナンス、|ロシェ国家ファイナンス《R.N.F.》の設立と、
国際金融市場にソジェートが参入するというもの。
金融市場に於いて、流通する通貨は、多ければ多いほど良い。
そして国家規模の通貨が市場に出回るという事は、西側諸国にとってとても魅力的で。
流通貨幣が増えることによって、
冷戦を続けるメリットは無いと判断る事を見越したこの打診。
西側諸国は冷戦締結を、早期に内諾するだろう。そして次の行動が…、
「やぁ、メドベージェ君。」
『あぁ、閣下。どうも。』
「実は、軍部将校である君に、折り入って相談があるんだ。」
『…あ、あはは…。そういう話は…。』
「お金の話だ、分かるかね?」
『…少し興味が出てきたかもしれません。』
「そうかそうか、まぁ聞いてみる価値はあると思うよ。」
軍縮を計画する以上、軍部の反発は避けられない。
だが、殆どの将校にとって、この反発はあくまで、
『既得権益から放り出される事に依る抵抗』でしかない。
「実は今私は、抜本的な経済改革を推し進めようとしているのだ。」
『あー…それは反発が大きそうですね。』
「左様。だがメドベージェ君は聡明で、
私の話を聞き入れるだけの器があると確信している。」
『…つまり、何か恩恵があると…?』
「しっ…!うかつな事を口にしてはいけないよ。」
汚職は汚職。
口利きや取り計らうことは、本来やってはいけない類のもの。
「私が時期に推し進める計画、ゴール・B・プラン。
これはね、君たちの生活を向上させるためのものなんだ。」
『向上…ですか?』
「左様。このプランが成った暁には…。」
ごくり、と唾をのみ、食い入るように私の話を聞くメドベージェ君。
「毎年の昇給を、約束しよう。」
『毎年…ですか!?』
社会主義国家は、役職によって給料は変わるものの、
この額は変わることなく、だからこそ彼らはより上のポストを目指す。
「そうだ。少々役職は変わるが、年に3%上がる事を約束しよう。」
『…3%ですか?』
少々不満顔の彼だが、私は言葉を続ける。
「足りないか?だが考えてみたまえ。
翌年も、その翌年も。10年経てばおよそ、34%の昇給があるのだよ。」
『…!!!!』
「それに業績が良くなれば、賞与も考えよう。」
『失礼ながら、賞与とは?』
「毎月の給料とは別に、年に二度、業績に応じて払われる金銭さ。
具体的には給与の5%が年二回。
10年後の君の年収は、今のおよそ47%増だ。」
『…!!!!』
賞与の概念が無い彼にとって、これは衝撃的だった様子。
「今の軍のままで、果たして君の出世は何年後になるだろうなぁ…。」
『(ごくり…。)』
今までのポジションでも、給与が上がり賞与を得る算段がある。
出世する事でしか昇給できない、従来の仕組みに歯噛みしている、
中堅将校にはその提案は魅力的な甘言で。
『…私は、何をすればよろしいのですか?』
「なぁに、簡単な事さ。私の推し進める改革案を、後押ししてくれれば良い。」
『…あぁ閣下、私はあなたを支持すべきと常々考えておりました。』
改革案に乗れば、もっと良い未来がある。
そんな囁きに、彼は屈した。
『悪党ですな、閣下は。』
「ははっ、そうさ、悪党さ。
だから頼んだぞ、プーティーン君。」
『はっ。』
彼には彼の仕事がある。
ロシェの花で決まった、担うべき仕事を達すべく、
今のやり取りを報告すべく、プーティーンは秘密警察の司令部へと向かうのだった。




