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05.ロシェの花

『…つまり閣下は、軍の解体を検討していると。』

「待ちたまえ、それはあくまで結果論だ。

 いずれ冷戦を終え、軍事に回す金を減らさなければ我が国は持たない。」

『……』

「どうする?プーティーン君。私を反逆者として粛清するかね?」

『…いえ、私は間近で見たいのです。』

「ははっ、秘密警察のエリートが何を言うのかね。」

『元、エリートです。』


 車を降りて、着いた場所は馴染みの酒場。


「よう、エフゲニー!久しいな!」

『来たな、天下の書記長様。』

「ははっ、毎日新聞やらで顔が拝めて嬉しいだろう?」


 酒場の店主、エフゲニーと軽い挨拶を交わし、

 私は地下にある、特別な部屋へと進み入る。


「やぁ待たせたな、ヤーヴィンスキー君。」

『いえ、閣下。お待ちしておりました。』

「ここは酒を飲む場所だ。閣下は止めて、ゴールとでも呼んでくれ。」

『か…いえ、ゴール殿。』

「もっとフランクで構わない。そして隣の君は…」


 部屋へ入ると既にヤーヴィンスキーと彼の知人は到着していた。

 少々不作法な、荒くれのような雰囲気を醸すこの人物は…、


「セミーオ・モガノヴィチ…。」

『おや、偉大な書記長様に知られてるなんて…俺は大物か?』


 思わず声を出してしまったこの男、セミーオ・モガノヴィチ。


 彼はこの国のマフィアの親玉で、

 私の知る未来では…A国の『10人の最重要指名手配逃亡者』になるまでに上り詰め、

 『悪魔の知能』と呼ばれるようになる、ロシェ社会の裏の顔。


 同じく入室したプーティーンも彼に気付き、

 咄嗟に手を懐に…、という所で手を出し制止する。


 それもそのはず、彼は現時点でも秘密警察に追われる身。


「意外だな、ヤーヴィンスキー君の知人が彼とは。」

『俺こそ意外だぜ、ゴール。

 秘密警察をここまで飼いならすとは。』

「ははっ、君とは気が合いそうな気がするな。」

『そうか、そりゃいい。俺もだ。』


 互いににやりと笑い、握手を交わした後、

 紫煙燻る薄暗い部屋で、この会合は始まった。


『えぇと…まず私がモガノヴィチ氏を引き入れようと思った理由が…。』


 ソジェート国内では、国家統制の圧力によって研究が制限されている。

 つまり、例え市場経済を導入するにしても、識者が足りない。


「なるほど、彼の仕事(シノギ)は、計画経済を知り尽くしていないと成り立たない。」

『はい、彼はその裏をかくことで、裏社会にのし上がりました。』

『バーで何度か会ってな、その度にヤーヴィンスキーとは議論が盛り上がったものさ。』


 …なるほど。

 ヤーヴィンスキーの研究は、この国にとって統制すべき内容で、

 それはつまり…、モガノヴィチの得意な、飯のタネということか。


『…確かにな、計画経済には致命的な問題が沢山ある。』

「ほう、では君はそれをどう解決すべきだと思うかね?」

『そうだなぁ…。まずは非効率な部分を削ぐしか…。』


 そして彼は、こうした知的な議論をする事が好きらしい。

 国家のトップ、経済学者、マフィアの首領。おまけに秘密警察の監視つき。


 決して表の世界では相いれないこの四者の会合は、思った以上に斬新で。


『だがヤーヴィンスキーよ、秘密警察はどうする?』

『ははっ、おめーらは二分化しちまえよ!

 秘密警察は秘密になりすぎた。潮時だろ?』


 遂にはプーティーンすら議論の場に入り、

 ソジェートの改革案は、細かなディテールを帯びていく。


『まだまだ足りねーな、俺の仲間も入れていいか?市場原理に詳しいんだ。』

『僕の知人も更に何人か入れたいですね。地政学などを研究しています。』


 具体的なビジョン、国家の新たな形を作る。

 このテーマはこの場に居る皆の知的好奇心に、火をつけた。


「知識を持つならだれでも良い。

 どうだ、新たな国家の形を作り上げるのは…面白いだろう?」

『あぁ!』『はい!』『…はい、閣下。』


 誰も作った事の無い形、世界のどこにもない理論。

 たった数時間、だがこの場で出た意見はどれもが斬新で、

 人が増え、意見が増え、そうして新たな形は築かれる。


「では…この会に名前を付けようか。」

『名前…ですか?か…いえ、ゴール殿。』

『良いな、お前が付けろよ、ゴール。』

「ふむ…。」


 そして思い浮かぶのは、ロシェの国花、カモミールとひまわり。

 その二つの花はソジェートが崩壊後、ロシェとして建国した時に決められたもの。


 カモミールは白く、小さくも花弁を沢山持ち、

 ロシェのイメージにピッタリだと思う一方で、

 私はひまわりという花がどうしても苦手だった。


 太陽、元気、活力。

 そんなイメージを思い起こさせるこの花は、

 まるで崩壊でバラバラになった祖国を立ち直らせるためのもので、

 再生を象徴するようなこの花は、私にとって少々ネガティブな物だった。


「…ロシェの花。」

『ふむ、カモミールの事か。詩的だな。』

『えぇ、素晴らしいと思います。』

『…良いと思います。』


 ロシェの花とは、カモミールの別称。

 白く小さく、たくましく。

 かつて栄華を極めた祖国に相応しいこの花を、私は選んだ。


「今日この日から我々は…秘密結社、『ロシェの花』だ。」


 この時代、結社…つまりこうした集まりは禁止されていた。

 だからこの集いは秘密結社となり、決して表沙汰には出来ない非合法の集い。


 こうして、秘密結社ロシェの花は、

 未来を変える、知の探究の場として、産声をあげたのだった。


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