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04.危機感


『必要性を、感じません。』

「…君は、何を言っているのかね。」

『ですから閣下、私は計画生産の仕組みを変える必要性を、感じていません。』

「…本気かね?」

『はい、かのマルクスが提唱した理論を崩す程の知性を、

 私は持ち合わせていません。』


 これからの政策を話し合う為に呼んだ、

 目の前に居る官僚から出た言葉は、驚くべきものだった。


 計画生産や富の再分配。

 それらに代表される『共産主義』の思想は、

 国民を労働力として管理し、

 全ての民が貧富の差が無く、等しく平等に暮らせるための仕組み。


 今からおよそ100年程前、

 1900年前後にカール・マルクスが『資本論』という著書で提唱したこの理論は、

 『資本主義はいずれ滅び、社会主義を経て、共産主義へと移行する。』

 つまり、必然的に世界は共産主義に移行する、という趣旨の内容だった。


 だがそれから100年、

 マルクスの生きていた時代と世界の情勢は違い、

 資本主義は未だ健在。


 そしてかつての私が生きていた、

 この時代から30年以上先の未来でも、健在だった。


 一方、史実を知る私には、ソジェート連邦が崩壊する事実、

 後の歴史家達の語る、数々の問題点に対する知見から、

 今現在の計画生産に、テコ入れが必要な事を十分に理解していた。


 …つまり、私の知る未来では、共産主義は…負けたのだ。


「このまま今の状態を続ければ、ソジェートは滅びるぞ?」

『あはは、閣下、ありえません。

 ソジェートは不滅、如何に苦しかろうと、崩壊の道はありません。』

「……」


 国を妄信するあまり、現実が見えていない。

 きっと彼にとっては、ソジェートの崩壊はあり得ない未来なのだろう。


「御苦労だった、もう帰って良いぞ。」

『…っ!?閣下、それはどういう意味ですか?』

「…?」

『私の考えを聞きたくて、ここに呼んだのでは?』

「あぁ、確かにそうだ。」

『ではなぜ、ロクに議論もせずに、帰すのですか!?』


 …いやいや、ちょっと待て。


「君は何も変える必要が無いと言っただろう?」

『はい。』

「ではなぜ、これ以上の問答が必要なのかね?」

『えっ…?』

「私はこの国を変えたい。

 だが君が変える必要は無いと君が断じた時点で、これ以上の議論は無い。」

『……』

「君は今までのように、国を信じ、マルクス主義を信じ、

 いずれ訪れる、滅びる未来を思慮すらせずに、

 せいぜい毎日を堕落して過ごしたまえ。』


 己が信条を貫き、考える事を辞めたこの官僚。

 きっと私に呼ばれたことで出世できると踏んで、

 勇み足でこの場に来たのだろう。


「はぁ…。」


 項垂れるように残念そうに部屋を後にする彼を見届け、

 自身が為すべき…崩壊を防ぐハードルが、如何に高いかを実感する。


 国家の中枢ですらこの有様なのだから、

 凝り固まった思想の中から具体的な案を出せないは困難で。


 果たしてこの課題をどう解決しようかと思ったところで、

 ふと、かつての史実で記憶に残る、経済学者に私は連絡を取る事にした。



………


「…と言う訳で、ヤーヴィンスキー君。

 私はソジェートの問題を抜本的に解決する為の、

 新たな政策を考えたいと思っているわけだ。」

『確かに必要ですね。

 このままではいずれ破綻するのは、目に見えてますからね。』

「ほう…どうやら君は今までの官僚とは違う視点を持っているようだ。」


 グリゴール・ヤーヴィンスキー。

 後の歴史で彼は、『501日計画』という経済施策を提案したものの、

 今から数年後、完全に行き詰った環境下では、

 終ぞ実行する事の敵わなかったその改革。


 その施策の評価は非常に高く、彼を天才と称する声も多く、

 後世の歴史家からは『歴史に埋もれた天才学者』と呼ばれていた。


「…なるほど。つまり君は計画経済を止め、市場経済に移行する必要があると。」

『はい、計画経済はあまりにも問題点が多すぎると、

 そう…私は常々思っていたのです。』


 確かに彼の言う事は最もだ。

 プーティーン君と見た靴の生産現場のように、

 計画経済は全てをコントロールする性質上、誤差や歪が生まれるのは必然。


 そして彼が掲げる理念は、未来のロシェの経済モデルに近く、

 全てが合理的…とは言えないまでも、

 延命策としては非常に有用であるのは間違いなかった。


 だが一方で、

 その方向性は死の間際に見た、あのロシェの崩壊が訪れる可能性が大いにある訳で。


「君の意見は良く分かった。

 だが…、まったく別の方向性を見出してみるのはどうだろうか。」

『別の方向性…ですか?』

「そうだ、君の意見は『計画生産は非効率だから、市場経済に脱却すべき』だろう?」

『はい、そうです。』

「だが、保守派の官僚が答えたのは、『計画経済をこれ以上効率的には出来ません』だった。」

『……』


 私の趣旨が理解できたのだろう、

 下を向きひたすらに何かを考えているヤーヴィンスキー。


 計画経済を否定し、市場経済に移行するのは比較的楽な道だが、

 社会主義国家として、どう困難を乗り切るのか。


 そう考えれば、目は必然と計画経済の刷新に向く。


『ですが閣下、計画経済の在り方を変えるというのは…』

「あぁ、我が国に於いては、許されざる思想だ。」


 扉の方へ眼を向け、小さな声でそう訪ねてくるヤーヴィンスキー。

 この扉の外で控える、秘密警察所属の、プーティーンを警戒しているのだろう。


「良いかね、ヤーヴィンスキー君。

 私はこの国を…この国らしく変えたいのだ。」

『この国らしく…ですか?』

「そうだ。君も言った通り、今ソジェートは長く停滞し、危機にある。」

『……』

「だからこそ私は抜本的な改革を求められ、書記長を任されたのだ。」

『…なるほど。つまり、()()を含めて、検討する必要がある…と。』

「あぁ、そうだ。

 扉の外の彼も、この中の話までは聞いちゃいない。安心すると良い。」


 ソレとはつまり、計画経済を含めた、現体制の大きな改革。

 軍部が主導となり、既得権益と汚職に塗れた、

 この国の腐敗した政治をも変える、手段の検討。


「さぁ、話に戻ろうか。」

『…ではまず、計画経済について、私が考える問題点を…。』


 目指すのは付け焼刃では無く、

 未来永劫に至るまで、1000年以上のロシェの歴史を続けるだけの、

 未だ理論にすらなっていない政策の話。


「なるほど。そして大きな障壁となるのは軍部の保守派か。」

『はい。いくら改革が優れていたとしても、彼らは決して改革を是としないでしょう。』


 計画経済について、富の再分布、

 軍部や秘密警察の在り方。

 様々なワードが飛び出すものの、彼と私の知識は近しいらしく、

 互いの知恵を持ちあうも、問題点を指摘するだけで、なかなか議論は前には進まない。


 そうして2時間程、互いに現状の問題点を挙げ終えた頃…、


『あの…閣下。よろしければ…。』

「どうしたのかね?」

『次回はその…私の知る、西側社会に最も詳しい人間を連れてきても…構いませんでしょうか。』

「なるほど、それは有り難い。では場所と時間は、追って連絡するようにしよう。」

『はい、ありがとうございます。』


 そうして部屋を後にする彼を見送りながら、私はポツンとつぶやいた。


「まぁ…すぐに上手くはいかないものだな。」


 私の知る限りの後の世も含め、社会主義国家に完全な正解は無く、

 私が目指す国家の形も、まだ定まらぬまま。


「果たして…私はあの未来を…救えるのだろうか。」


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