03.弊害
『誰がこんな情報を漏らした!!』
『許せぬ!』『粛清だ!』『必ず見つけ出せ!!』
我が国の政治主導部、党のトップが一堂に会する、
政治局会議は…怒号の嵐だった。
それもそのはず、
突然L国が『原発の改修を求める』と内々に通達してきたのだから。
そのきっかけはもちろん、先日エドワルナゼに託した親書。
原発の設計上の欠陥、運用の厳守、
いずれ事故が起きる可能性を記したその親書は、
その不備をひた隠しにしてきた軍部の中で、
犯人捜しが始まろうとしているところ。
だが、そもそも情報は漏れておらず、
後の歴史を知る私が伝えただけのこと。
そしてエドワルナゼは親書の内容を知らない。
彼にその目が及ぶ事は無く、
この不可解な事件の犯人は見つかる事は無いだろう。
不毛な争い、
互いに互いを疑う疑心暗鬼に包まれたこの中で、私は口を開いた。
「諸君、犯人捜しも結構だが、この場は議論の場。
どう対応する必要があるかも検討するべきでは無いのかね。」
途端、ヒステリックな空気がシンと静まり、
ヒソヒソと副官や派閥同士のやり取りが始まる。
「それで…ヤージョフ君、L国の主張は?」
『彼奴らは我が国が納品した原発の欠陥の改修を求め、
これが是正されなければ、事を公にするのも辞さないと伝えよった。』
「なるほど。つまり改修は急務であると。」
私の知る歴史では、
後に軍部最高司令官となるドゥミトリー・ヤージョフはそう答えた。
典型的な軍人体質、軍部右派の急先鋒。
「だが…、そんな改修、すぐに可能なのかね?」
『可能だ。』
事が公となれば、ソジェートの信用問題にも関わる。
しかし私の問いに、ヤージョフは即答した。
つまり自体を分かっていて隠蔽し、
秘密裏に改修の案は出していたらしい。
だが我が国では正攻法でこの問題を指摘したとしても、
軍部の腐敗は凄まじく、あっという間に指摘した者が粛清されてしまうだろう。
「では、すぐに取り掛かりたまえ。」
『…承知。』
だがこうして、外的要因から圧力を掛ければ、
認めざる負えないし、仕方なしに改修を進めるきっかけとなる。
責任問題には敢えて追及せず、
端的な指示を出すことで、物事は円滑に進む。
「では次の話を進めよう。」
忌々し気な視線を向けながらも、
軍の面子を重んじるヤージョフは、
少々荒々しく扉を開け、逃げるようにこの部屋を後にした。
……
「それで、ウランデート君。
あちらの様子はどうだったかね?」
『私が訪れた当初は、酷い有様でした。』
「では今は違うと?」
『はい、賄賂が功を奏したのか、
日々真面目に運用をしているようです。』
「原発の改修計画も始まった。
遠からず、原発事故の危険性は無くなるだろう。」
『見事な手腕です、閣下。』
チェルノーブ原発の運用改善の任を負ったプーティーン。
どうやら所長はその責を全うしているらしい。
「御苦労だった。ウランデート君。
ついては君に、何かお礼をしないといけないな。」
政治の世界は飴と鞭。
何かをしてもらったら、何かを返す。
だがかつての私のキャリアは自身が良く知っており、
現在国内諜報、TGBの第二局に属している彼は、
既に数か月の後、夏の頃に第一局への移局、
海外の諜報活動という、将来の出世は約束されたキャリアを辿る。
果たして、そんな彼に何か礼を…と思うものの、
なかなかに欲しがりそうな飴を見出せないところで、彼は口を開いた。
「でしたら、私を閣下のお側に付けさせて頂きたく。」
『君は…正気かね?』
「はい、閣下が私に託した任務、
そして原発の改修計画は、我が祖国を想っての事。」
『だからと言って君は…既に内定している第一局を棄て、
第九局になるというのかね!?』
「…はい。閣下の為政に、私は忠誠を誓いたく。」
私の行動原理は、国家への忠誠と、愛国心。
同じ私、目の前のプーティーンが第九局を望むということは、
出世を捨ててでも、よりよく国家へ尽くせると考えた証左で。
…なんてことだ!!
原発問題というとんでもない問題を、内々に解決したことで、
私は彼が仕えるに値すると判断するだけの、器量を見せてしまったらしい。
「君の意思は尊重しよう。
TGBに掛け合って、君を私の専属護衛とする。」
『はい、光栄です。閣下。』
仰々しい礼をして感謝を告げるプーティーン。
あまり史実とかけ離れた事をしたくない、と思う一方で、
彼の持つ愛国心は本物。
よりよい国家、そしていずれ訪れる破滅の未来を防ぐための、
有用な駒を、私は手に入れたのだった。
……
『ひどいものですな。』
「あぁ、まったく同感だ。」
プーティーンがTGBの第九局、用心護衛となってから、
彼は私に付きっきりで、終ぞ秘書の真似事までをするに至っていた。
ゴール・B・チョーフとして書記長、
つまりソジェート連邦の最高位となった私がすべき仕事は、
長引く冷戦、戦費がかさむことで経済は停滞し、
そんな先行く経済不安へのカンフル剤、経済刺激策を作ることだった。
そうして今日、私が訪れたのは靴の生産工場。
帳簿上2000足の靴が作られたはずの、その工場。
しかし、私の目の前に並ぶ靴は、『片足用』…つまり片方だけの靴が、2000足。
実際の生産は1000足で、それを片足だけで1足とすることで…まぁ、
要は実際の生産数の誤魔化をしているのを、目の当たりにした訳だ。
「まさに…計画経済産の弊害か。」
『はい。』
計画経済の弊害。
我が国では国内で作る日用品の具体的な数に至るまで、
全てを中央で集権的に作る仕組みがあり、これを計画経済と呼ぶ。
だがこの仕組みが…、雑なのだ。
今年作った物を、来年は少々増産することで、
経済成長を促す、という合理的な仕組みのはずが、
実際に立てる計画は、例えば前年比の倍。
そしてそんな無茶な目標を達成できない企業は皆、
目の前にある片足だけの2000足のように、
懲罰を免れる為の、ウソやごまかしによって、
大きな乖離を産み出していた。
懲罰とは、すなわち死。
資本主義国家に於いて例えれば、
『来年の自身の年収は倍とする。達成出来なければ、死あるのみ』。
そんな無茶な計画を平然と民に押し付けるこの仕組みは、
強いて言えば、根性論に基づいた、時代遅れのシステムとなっていた。
「ウランデート君、この国は…、立て直せるかね?」
『…私は、閣下のご采配を信じております。』
史実通りでは来年の2月、あと半年余り程先ではあるが、
これまでに有効な経済政策を発表しなければ、
ソジェートは崩壊し、1周目の私が見届けたロシェの崩壊は、必ず訪れる。
「はぁ…。」
思わず漏れるため息。
未来を知るとは言え、
国家の運営に必要な知識はひとえに収まらず。
地政学、政治経済に社会学。
咄嗟に浮かぶ学問だけでも数知れず、
果たして私はそれらを理解し、新たな国の方向性を作る事が出来るのか。
そんな不安と、見通すことの出来ない未来を憂い、
「はぁ…。」
私は一人、ただ現状を嘆くばかりだった。