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02.2回目


「やはり変わらぬ…か。」


 何か悪い夢であってくれと思ったが、

 一夜が明けて翌朝になっても、

 姿見に映る私はゴール・Bのままだった。


 日付を見れば間違いなく1985年3月で、外は雪が降っていた。

 ブラウン管を用いた箱のようなテレビやラジオ、

 およそ遥か彼方の未来では当たり前の、スマートフォンや携帯電話すら無かった時代。

 ソジェート連邦崩壊前の、懐かしき風景だ。

 

「何をすべきか…。」


 …端的に言えば。

 私の知るゴール・A・チョーフとは違う未来を描かなければ、

 祖国の崩壊を免れる事は出来ない。


 だがおよそ6年後に訪れるソジェートの崩壊は、突然起きたものでは無く。

 この時点に於いてでも既に破綻寸前の状態まで来ていた。


「そして最初の破綻が…原発か。」


 史実通りであれば来年、

 ソジェート連邦では人類史上、初めての原発事故が起きる。


 これは祖国ソジェートの社会的な信用を大きく低下させ、

 崩壊の致命的な主因となったはず。


「ひとまずこれを何とかするか…。」


 まだ具体的な策が示せない中ではあるが、

 訪れる事が分かっている原発事故は、防がなければならない。


「もしもし…私だ。人を集めてくれないか…」


 自身の記憶では無い、ゴール・Bの記憶を頼りに、

 黒く古い受話器を片手に、電話を掛ける。


「あぁ、そうだ。それと大至急、探して欲しい人がいるんだ。」


 いくらかの人物をピックアップし、

 最後にふと、頭に浮かんだ人物の名を口にした。


「あぁ、秘密警察所属の…、ウランデート・プーティーンだ。」


 かつての私、そして自身の愛国心は自分が一番よく知っている。

 未来を明かす事は考えていないが、きっと()は…良き協力者となってくれるだろう。


……


『初めまして、閣下。この度は書記長への就任、おめでとうございます。』

「そんな堅苦しい呼び方はやめたまえ、プーティーン君。」

『しかし、閣下は閣下ですから。』


 呼び出したのはかつての自分、ウランデート・プーティーン。

 ソジェートの秘密警察、いわゆるTGBに属する一員。


 秘密警察とは、間諜(スパイ)や偵察、

 ソジェートの一党支配体勢を維持するための機関。


 クーデターやテロ、そうした政権転覆を狙う市民を監視し、

 果ては国外のスパイ活動までを一手に引き受ける組織、TGB。


『ですが閣下、私は何故呼ばれたのでしょうか?』


 当然浮かぶ疑問。

 私は彼を知らないし、彼は(ゴール・B)を知らない。


 なんのつながりもない中でこうして二人きりの場を設けられたことに、

 かつての私は困惑している様子。


「君の優秀さは聞き及んでいる。」

『…恐縮です。』

「だからこそ、私は重要な任務を君に託したいと思った。」


 …これは嘘だ。


 ゴール・Bとして彼の優秀さを聞いた事は無いし、

 本人が当惑するように、この会合は不自然なもの。


 だけどロシェの崩壊を目の当たりにした、

 ウランデート・プーティーン。


 かつて、その当人だった私は、

 彼の愛国心、そして献身をよく理解している。


 ロシェ崩壊に至るまで、私財を投げ打ってでも尽くした祖国。

 その祖国が滅びるのを直視できず、自害した過去。


 私の事は、私がよく承知している。

 つまり、今目の前に居るこのウランデート・プーティーンという青年は、

 野心に溢れ、他を蹴り落としてでも出世を目指す一方で、

 (2周目)と同じ、愛国心と思考を持っているのだ。


 だからこそ、(2周目)は、(1周目)の運命を変える決断をした。


「ウランデート君、実は折り入って君に頼みがあってね。」

『頼み…ですか?』

「あぁ…実は。」


 そうして口にするのは、原子力発電所の話。

 致命的な欠陥がある点、そしてそれが今後、重大な事故を引き起こす可能性。


『…閣下は、何故その情報をお知りに?』

「数年前、この原子炉を輸出した国で、事故未遂の報告があった。」


 …これは嘘。

 この報告は実際には軍部に握りつぶされ、

 その事実が露見するのは原発事故の後の話。


 だが未来を知っている私は、

 その事実を彼に伝える事にした。


『…!!では、改修は急務ではないですか!!』

「落ち着き給え、ウランデート君。」

『ですが…!』

「この国は汚職と不正に塗れた国。

 何かを正そうとしても、公にそれを為すことは出来ないのは、

 君だって理解しているだろう?」

『で、ですが…!!』

「だからこういう時は…、これを使うのさ。」


 そうして彼に差し出したのは、現金。

 この国では日常茶飯事、そして自分の意思を貫くための最短解、賄賂。


「この金をチェルノーブ発電所の所長に渡し、

 ただ『運用マニュアルを遵守せよ』と言うだけで済む話だ。」

『ですが閣下、賄賂は…!』

「考えてみたまえ、ウランデート君。

 こんな簡単な命令を実行するに至るまで、

 正攻法のやり方では、年単位の時が必要なのだ。」

『そっ…、それは確かに。』


 当時の事故調査委員会による報告では、

 チェルノーブ発電所の事故原因は主に2つ。

 設計の不備と、運用の不備。


 そして運用の不備を是正すれば、

 設計の不備を改修するまでの時を稼ぐことが出来る。


「良いか?これは必要悪だ。

 君は秘密警察として隠密に動き、私の助けとなる事を願っている。』

『……』


 この時、ゴール・B(2周目の私)は54歳、プーティーン32歳。

 まだ若く、政争するには少々未熟な彼は、

 賄賂を使うという事に抵抗がある様子。


 だが例え汚職に手を染め、

 いつの日かそれが裁かれる日が来たとしても…、


『…賜りました。』

「…あぁ、頼む。」


 彼の愛国心は、私の愛国心と同一で。

 深く考えた後、私が考えた通り、プーティーンは私の提案、

 清濁併せ呑む事を決めたらしい。


『では閣下、必ずやご期待に沿える結果を。』

「あぁ。賄賂を受け取れば、

 きっと発電所長は職務を果たしてくれるはずだ。

 頼んだよ、ウランデート君。」


 そうして退出するプーティーンを見送ったところで、

 次の来客が私の元を訪れた。


『やぁ、久しぶりだな、ゴール・B!』

「あぁ、3年ぶりくらいか?エドワルナゼ。変わりは無いようだな。」

『そうだな。だが君は随分と雰囲気が変わったようだが…。』

「…!!」


 訪れたのはソジェートの優秀な外交官、エドワルナゼ。

 ゴール・B本人(そのもの)で無い事に気付かれたのだろうか。


 ゴール・Bの記憶は正しく私に引き継がれ、

 側近や親しい友人にはおよそバレなかったものの、

 彼はその違和感に気付いたのだろうか。


 一瞬身構え緊張したところで、

 じっとこちらを見た後に、彼は口を開いた。


『あぁ…!分かった、またおでこが広がったんだな!』

「…ははっ、しょうがないだろう?

 ソジェート男児の宿命だ。』

「『はははっ!!』」


 どうやら心配は杞憂に終わったらしい。

 彼は私の知る史実の中で、最もゴール・A政権に近しい人物の一人で、

 外務大臣として起用することで、政権の

 外交をひとえに任せるに足る人物。


 だが、ただその未来を踏襲するだけでは、

 きっとロシェの崩壊のような未来が訪れる。


「今日来てもらったのは、内密の話でね。」

『ほう…。』


 書記長に任命されたゴール・B。

 新任早々呼ばれた理由は窺い知れる。


「実は私は、君に外交担当として、

 近しい存在であって欲しいと願っている。だが…。」

『だが…?」


 やはり呼んだ意図を理解していたらしい。

 新政権の外交担当、つまりこれは大出世に他ならず。

 少々食い気味に詰め寄るエドワルナゼ。


「まずは、この外交文書をL国首脳部に届けてほしい。」

『…中身は?』

「すまない、伝えられない。」

『ただ私に使いをせよ、と?』


 ソジェート連邦加盟国の一つ、L国。

 かの国が持つイグアナ原発は、私の知る史実で原発事故を起こす、

 チェルノーブ発電所と同じタイプの原子炉を利用している。


 そしてその規模はチェルノーブ原発よりも大きい発電所。

 ここがもし事故となれば、チェルノーブ原発以上の被害も有り得る訳で…、


「あぁ、もしこの中身を知れば、君もただではすまぬ。

 内容は告げられない。だが…、」

『だが…?』

「この使命を無事円滑に進められたら、

 私は君を、外務大臣として迎え入れる用意がある。」

『…!!』


 目を見開き驚くエドワルナゼ。

 具体的なポスト、外務大臣の椅子に座る姿を想像しているのか、

 少々欲に眩んだ笑みを浮かべている。


「だがもし、君がその秘密を知れば…。」

『分かってる分かってる、まぁそう怖い顔をするな。』


 待つのは(粛清)だけ、と暗に伝える。

 途端愛想笑いを浮かべ、必死でその意思は無いとアピールする小心者。


 ゴール・Bとしての記憶の中で彼はお調子者で気が良く、

 朝まで飲んだ事も数知れず。


 そんな友人を手に掛ける愚を、どうかさせないでほしい。


 そう、私は願うのだった。



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