01.潮時
202X年 ロシェ連邦首都モスコヴァ
『民衆に自由をー!』
『『『『自由をー!!!』』』』
『共産政権は、塵と化せー!』
『『『『塵と化せー!』』』』
大統領官邸の目の前で行われている、民主化運動。
その官邸も暴徒により占拠され、そこから逃げ出した私の運命は決した。
ロシェ連邦国永世大統領、ウランデート・プーティーン。
それが私の名で…、この戦後最大の戦犯となるだろう。
今からおよそ35年前。
この国の前進となったソジェート連邦が崩壊した時、
きっとこの国の終わりは、決まっていたのだ。
思えば私の役割は、国の寿命を少しでも延ばす事だけだった。
当時、世界の覇権を握らんとするA国との冷戦が続いており、
40年余りにもなるその冷戦は、我が国に致命傷を与えた。
冷戦…、血の流れない戦争とは言え、その内情は戦争状態。
軍備や軍隊の常備は不可欠で、兵器開発や核開発、
それらを怠れば、すぐさまA国が攻めてくる。
そうした軍事的緊張から、我が国は豊かになる間もなく、
軍事にひたすら金を費やした。
我が祖国ロシェを中心として、
かつて15の国をまとめ上げていたソジェート連邦。
祖国ロシェを中核としたソジェート連邦の崩壊は、
民主化を叫ぶ西側諸国の甘い言葉に扇動される形で、
あっという間にバラバラとなった。
自由な民主主義、そして自由な競争社会。
そんな言葉に惑わされた加盟国らを、
繋ぎとめるだけのメリットはソジェートには無く。
加盟国が減り続けたことで金も尽き…、崩壊した。
そうしてソジェートが崩壊し、
その後釜となって出来たロシェ連邦は、
崩壊以前と変わらぬ強国主義を前面に押し出し、
ひたすら軍事国家として世界中に喧嘩を売り続けた結果。
四方八方に敵を作り、経済制裁を受け、
明日食う物すら自国で賄えない程のダメージを受けた。
そんな綱渡りのような政治が数十年続き、
今に至るまで我が国の状況は一向に良くならず、
むしろ悪くなる一方だった。
民主化、そして資本主義を拒んだロシェ連邦は、世界の敵で。
長引く元加盟国、U国との戦争に業を煮やしたMATOは、軍を派遣した。
事実上の第三次世界大戦。
MATO軍を相手取ったこの戦争は、我が国への進攻を止める事もできず、
最早、首都モスコヴァは目と鼻の先。
もうここまで占領されたなら、
戦後は戦勝国によって祖国は分かたれ、
1000年以上続いたロシェの歴史は幕を閉じる事となろう。
「…潮時か。」
思わずつぶやく独り言。
だが、ソジェート連邦が崩壊し、金が無かった以上。
私には延命しかできなかったのも事実だった。
晒しものになるよりも、潔く散ろう。
民主化を叫ぶ国民を前に、私はそう、去就を決めた。
腰に納まる銃に手を掛け、自決を決意したところで…、
『どうか…お恵みを…。』
ふと横を見れば、見知らぬ老婆が居た。
ロシェの国花、ひまわりとカモミールを誂えながらも、
色は褪せ、ボロボロの布切れのようになったローブを被った老婆。
着るものに国花を誂えるのは、愛国者の証。
だが彼女はどうやら…乞食らしい。
「すまぬ、我が愛すべき同志よ。
私にはもうこのコイン一枚しか無いのだ。」
政争、僅かでもロシェの窮地を脱しようと、
賄賂や裏金、私財を持ち出し政策を打ち出したものの。
その結果は微々たるもので、何も変わらなかった。
そうして全ての財を投げ出し、私に残ったのは一枚のコインだけ。
その一枚も今この乞食に施し、もう私には何もない。
老婆の元を去った私は、
銃を顎に構え、脳天に向けて私は…自害した。
即死に近いもののはずだったのに、
死の間際に浮かぶのは、不甲斐なさとやるせなさ。
そしてその一瞬、聞こえたのは誰かの声だった。
『たすけて…』
薄れゆく意識、そして自身の人生の走馬灯。
どうする事も出来なかった無力、
そんな無念を抱きながら、私はその生を終えたのだった。
……
『同志ゴール・B・チョーフを、ソジェート連邦、中央委員会書記長に任命します。』
「…っ!?」
死の間際はきちんと覚えている。
薄れゆく意識、身体が徐々に冷たくなる感覚。
だけど永久に目を閉じたはずの私が目覚めたのは、
大衆が集う、政治的な集まりの最中だった。
「これは…。」
耳に入るのは大きな拍手。
咄嗟の事に驚いて思考が上手く働かなかったが、
徐々に頭に浮かぶのは、自分の知る記憶ではない他人の記憶。
政治家、ゴール・B・チョーフとして生まれた自分。
貧しい家庭に生まれ、必死にもがき、
ソジェート連邦の最高権力者となるまでの記憶。
この人と成りは、この何十年か先。
ロシェ連邦が滅びるまでの歴史を知る私が知る、
ゴール・A・チョーフそっくりの経歴に姿。
つまるところ…、今私が宿るこのゴール・A・チョーフは…、
後にソジェート崩壊を招くことになる、
ソジェート連邦最後の指導者。
「…何故?」
ついそんな言葉が零れ、頭の中は困惑するも、
私の思考は、一筋の可能性を見出した。
…ソジェート崩壊を、防げるかもしれない。
何の因果か、私が過去にさかのぼった先は、
ロシェが破滅に至るまでの直接的な原因となったソジェート崩壊の直前。
果たして天は、私に何をさせようとしたのだろうか。
その真意を計ろうとするが、すぐにその思考を振り払い、
私が宿った人物、ソジェート崩壊を防げる可能性。
そんな一筋の希望を見出し、己を奮い立たせる。
…二度と、祖国を荒らせはしない!
愛すべき我が祖国、愛すべき我が国民、あの絶望に満ちた未来を…私が変えて見せる!!