基礎呪文構成論実習1 呪文構文論 / 放課後3
「前に片付けちょこっとしたし、ゆっくり出来そうだね!」
「そうだな、前回よりは綺麗になっている。」
「え?綺麗??照れる〜」
「お前ではない。」
やや秩序を取り戻した部室に、俺たちは集合していた。ちなみに4限のイオ先生の授業は、マイン先生と似た方向性の話で、エーテリウムによる魔法陣の分類を学んだ。だが、一つ異なっていたのは…
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「では、エーテリウムの結び目をどのように繋ぎ合わせるか。それこそ、”絡み目” です。」
イオ先生が3葉結び目と8の字結び目を繋げる。だが、単に線で結ぶのではなく、まるで取り込まれているように、絡ませながら組み込んだ。
つまり、1つの交差を作った上で取り付けたのだ。
「このように、複数の結び目を交差数を以て繋げた物を、絡み目と呼びます。この連結する数を絡み数と呼びましょう。」
絡み数、つまり呪文の大きさに直結する物だな。これが大きくなるほど、呪文の大きさも上昇するのだろう。
ちなみに、ミコトは横で授業を聞いているように見えたが、顔を上げた状態で寝るという奇行に及んでいた。
…さっきも寝ていなかったか?
「ではそこの、豪胆にも睡眠を取るあなた。素な結び目も絡み目の1つなのですが、絡み数で表現するとどの様に言えますか。」
寝ている人には直ちに目をつける先生らしい。それとなく突いて起こしてやる。
「ふがッ!エッおはようございます!!」
「はい、おはようございます。問題は聞いていましたか?」
「えぇっとぉ、…リオン助けて!」
「おそらく、”絡み数0の絡み目”だ。正解とは限らんがな。」
「ありがとう!!命拾いしたよッ!」
小声にしては先生にも聴こえていそうな声量で話すミコトは、すぐに向き直る。
「ええと、絡み数0の結び目です!!」
「ふむ、御友人に感謝を伝えておくように。それと、回答としては、絡み数0の絡み目、となります。惜しい所でした。」
「あれれ!?」
聞き間違えたか、勘違いしたか。…これは俺も間違えた事にならないか?
「このように、呪文の要素が”素な結び目”であり、これを繋げた物が絡み目、すなわち呪文構文になります。」
「では本日はここまで。来週からは具体的な呪文を紹介していきましょう。」
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詰まる所、散らかっていた魔法陣を組み合わせて、魔法が使えないか検証したい、というのが俺たちの目的だ。
この魔法陣は、先輩が置いていった教育用の魔法陣らしい。一つ一つが大きく丁寧に作られている。例えるなら、遊戯で使う札などに似ているだろう。
しかし、結び目としての立体構造を作るために、高さは5mmほどの分厚い板だ。
「ユカちゃんこれ、”形式型”かな??」
「8字結び目だね。色は緑だから、多分形式型だと思う。」
「意味はOutputだったか。」
「うん、体から魔法を出す”形式”だよね。」
「試しに、マイン先生がやってたお風呂に入れるやつ?やってみようよ!」
「やめてよ、この部屋、また掃除しないとダメになる。」
「光を出すのはどうだ?後で窓を閉めて確認してみるか。」
3人で雑談しつつ、魔法陣を机に並べていく。とはいえ、この魔法陣は教育用であるため、エーテリウムの型と結び目の種類は書いてある。これを参照し、部屋にある物を組み合わせたら呪文が完成するだろう。
「あ!絡み目ってどうやって作るんだろ?」
「ここの接続部を使うんじゃないかな。ほら、外して向きを変えられそうだよ?」
「本当だな。思ったよりも簡単に外れる。」
「ねえねえ!これって”前に動かすヤツ”じゃない?同じようなラベルが付いてる!」
「”修飾”の魔法陣もあったか。付けてみよう。」
魔法陣は、およそ10cmほどの大きさの札のようになっている。各辺縁には取り外し可能な部位があり、エーテリウムの円環がそこに入り込んでいる構造だ。
つまり、この取り外し可能な部位を付け替えたりすれば、絡み数を増やした上で魔法陣を接続し、呪文として組み立てる事ができる。
Outputを起点に、Illuminateの効果を繋げ、さらに”前に動かすヤツ”ことCoordinateForward1と接続する。
この修飾、授業での名称とやや異なるように思えるが…気にせずにやってみよう。
カチカチと魔法陣を繋げていき、3つの呪文要素を繋げた構造が完成する。
「じゃあ、今日は俺が魔法を使ってみても良いか?」
「良いよ。何か気づいた事があったら教えて。」
「ワクワク!」
実習科目での経験に加えて、グレイス先生が言っていた、”魔力を置きに行く感覚”というのを意識してみる。次の瞬間、Manaが通った証拠に、魔法陣が発光を開始した。
そして、俺の体の目の前が強く発光する。
「…!眩しィっ!!」
「こんなに光るんだ…」
「ピカーン」
想像以上に至近距離で発光したため、目が開かない。思わずミコトのように取り乱してしまった。
「…魔法って何だか愚直だよね。」
「わっユカちゃん、世界への冒涜だー!」
「そんな大袈裟な…びっくりしただけだよ。」
なかなか興味深い結果であったが、都合よく手のひらを発光させたり、松明のように一点を光らせることは、まだ難しいらしい。
ここで、我に返ったミコトが、思い出したように訴える。
「そうだ!約束通り、2人に面白い物を見せてあげるよ!」
「ああ、さっきそんな事言ってたね。別にお礼とかはいいよ。」
「いやいやァ、お納め下さいよぉ!」
大袈裟で滑らかに奇怪な動きをしながら、ミコトは鞄から本を取り出す。表紙の文字は、古代文字に見える。しかしながら、所々如何なる種類の文字か判別出来ない物もある。
「驚いたな。これは相当な年代物に見えるが、不気味なほど状態が良い。」
「何これ、本当にミコトの私物なの?」
「うん!気付いたら持ってたんだ!」
やや引っかかる言い草だが、中身が気になるな。
「ミコト、これは読めるか?」
「読めるよ!これこそがイングリッシュってやつさ!!」
「本当か!?」
ミコトの悪ふざけとばかり思っていたが、実在する文書に記された言語だったとは。
「では、表紙は何と書いてある?」
「だいがくにゅうしぃ、ごぉーるどえいたんごぉ、にせん、これひとぉつでぇ、きょうつうてすとよゆぅ…」
「だめだ、分からん。」
「イングリッシュの説明は、どうなってるの?」
「おっけ!中身読むよぉ、..まず一つ目、Ask:尋ねるぅ。」
「アッ…って何だ?鳴き声か?」
「リラーックス!リピートアフター、ミー、真似してね!”Ask”、尋ねる!!」
「「As..」」
ミコトの勢いに乗せられ、イングリッシュなるものを読み上げようとした時、ふと声が出なくなっている事に気付く。
理由は明白。口に何者かの手が当てがわれていた。
「ミコトちゃーん、言ったよねー。それ、家から持ち出すなって。それでさー」
横を見ると、ユカも同様に口を塞がれていた。同時に、飄々とした喋り口から、下手人が誰か理解した。
「あまつさえ、人に見せたらダメだって。」
体の違和感に気付く。感覚がない。力の入れ方そのものを忘れたかのように硬直していた。
目の前のミコトは、顔を青くして震えていた。今までふざけていた態度とは異なる、生物としての”本能的な怯え”に見える。
少なくとも背後に立つ存在は、それほどの威圧感を放っているという事だろう。俺の今の視点からでは、その表情を伺い知る事はできない。
その存在、グレイス教授は、間をおいて厳かに発言した。
「それが私との契約のはずだよ?コモレビ•ミコト。」