基本創構魔法論1 魔法資源論
「マインちゃん、この間はありがとうねー。」
「いえいえ、グレイス先生ぇ。私もにわかには信じ難いことでしたから、ぜひ確かめて頂けたらと、念のためお伝えしただけですからぁ。」
ここは教授室。理学部棟の最上階に位置する一角で、主に各教員の個室が並ぶ造りをしている。自由奔放なグレイスは、マインの部屋に入り浸り、小話をしていた。
マインが、大きな樽状の“沸騰の魔道具”を持ち上げ、魔力を込める。次の瞬間、その手にかかる重みが急上昇する。
しかしながらマインは姿勢を崩さない。湯が内部に出現することによる重みを、前もって予測していたのだ。
「やっぱり、ありましたかぁ?」
「ああ。おそらく、いや間違いなくあの子は“持っている”。そう思うねー。」
コト、と音を立て、グレイスの前にコップが置かれる。ユノミと呼ばれるその器は、古くから伝わる伝統工芸品だ。微細な茶葉が戯れながら、器が満たされていく。
「なるほど。次の“柱“足りえますかぁ?」
「それはあの子次第かなー。少なくとも断定はできない。現状ではねー。」
一口、紅茶を含むグレイス。二人きりだというのに、不自然な隠語のみで話す彼女らの態度は、情報統制の意義を深く理解している事の裏返しだ。
「それと、もう一人の“彼女”についてはどうですぅ?」
「あまり具体的なことは話さないほうが良いかなー。いくら“防音魔法“がかけられているこの部屋も無敵ではないからねー。そもそもあれは完全な私の管轄だよー?」
「確かに、失礼しましたぁ。それに…」
直後、少し重さを喪ったユノミが机に置かれた。同時に、自分用の紅茶を淹れ終えたマインが、沸騰の魔道具を休ませる。
「現に、“聞かれている”わけですからぁ。」
「そうそー、だよねぇ?」
グレイスが目を緩やかに開く。焦点がない漆黒の瞳が顔を覗かせた。目を合わせるという事象そのものを否定したかのような瞳だ。
刹那、世界が揺らぐような感覚を、グレイスは確信を以て知覚した。それは、グレイスのみが知覚できる、世界との親和。
次に、一見どことも取れぬ方角へ頭を向ける。
「皆々様?」
その様子を、マインは静かに眺めていた。
ーーーー
「というわけでぇ、今日も基本創構魔法論1、始めていきますよぉ。」
俺は今週もマイン先生の授業を受けるべく教室へ足を運んでいた。
先週はエネルギー的な話であったが、今週はどのようなものだろうか。
ただ、今日は先週と異なる点があった。
「ユカちゃん!!やばいよ先週のレポート忘れてたぁ!!」
「えぇ、この間終わらせたって言ったよね?」
「それパンキョーの話だよぉ!!」
「静かにしないとまずいぞ、もう授業が始まっている。」
俺はユカとミコトを挟む形で、教室の中段に陣取っていた。つまり、ミコトを中心に3人が横並びになっている配置だ。
ミコトにあの”異常な言語”で、一緒に授業を受けるように頼まれたのだ。本人曰く、前回は煮え湯を飲まされたとのことで、勉強の手伝いをして欲しいらしい。
「はぁーい、課題を出してない人が少なくとも1人居ると判明したところでぇ、元気にやっていきましょうかぁ。レポートは正直私も忙しくて見てられないので、ひとまず書いていたら単位上げますから、安心してくださいねぇ。」
「なるほど!じゃあテキトーにチャチャッと書いてOKということかぁ!ミスったね!!」
先生の暴露発言はともかく、ミコトは放置で講義を受けよう。授業中に騒がないと良いが。
「今日はエーテリウムの性質について学びましょうかぁ。早速当てていきますよぉ。前回は後ろから行ったのでぇ、真ん中からいきましょう。」
おや、またもやすぐに当てられそうだ。
「では問題です!エーテリウムは、なぜ魔法陣に必要でしょうか。真ん中の茶髪の人!前回も当てましたけどねぇ。」
やはり俺か。だが、この質問の答えを俺は知っている。
「潮素との対話に必要だからです。」
「…!」
俺が話した瞬間、マイン先生の表情が一瞬固まる。教室に静寂が訪れる。それは意外な回答に驚いたことに加え、一種の焦りの表情にも見えた。
「…なるほど!詩的で良い発想ですねぇ。魔法陣と潮素の繋がりを、独自に表現できていたと思いますよぉ。では拍手!!」
パチパチパチパチ
「さすがリオンのアニキ!マジパネェぜッ!!」
「ちょっと、声落として。」
小声で発狂するミコトと、それを諫めるユカを横目に授業は続く。
「そこの彼が言ってくれたように、潮素に”エーテリウムでできた魔法陣”を通して働きかける、という意味で、エーテリウムは必須の物質ですぅ。」
マイン先生は前提を丁寧に説明してくれるから分かりやすい。
「というわけで、今日はエーテリウムの種類について勉強しましょうかぁ。」
え、種類?どういうことだ?
「ねえユカちゃん!運動エネルギーって何?」
「なんで今になって先週の話を思い出しているの?」
「エーテリウムのこと調べようと思って教科書開いたら、運動エネルギーのところ出てきてさっ、先週よくわかんなかったなって!」
「昨日までに気づいていたら教えてあげられたのに。」
「今!イマお願い!」
「む、むりだよ。私も授業聞かないと。今話題広がるところだよ?」
「ぐわぁー!!」
知らぬ間にユカとミコトが仲良くなっている気がする。
「結論から言うと、エーテリウムは4種類ありますぅ。形式型・効果型・修飾型・絶縁型の4つですねぇ。この4つの分類をお伝えするには、呪文の基本構造を知らないといけませんが…ちょっと体育学部の人に聞いても良いですか?呪文の構造や組み立て方は習いましたかぁ?」
いや、それについては未だのはずだ。先週はあくまでも、魔法陣がエーテリウムで書いた結び目で、その結び目ごとに魔法の効果が対応している、というだけだ。
「じゃあそこの赤髪の子、お願いしますぅ。」
「私ですか!まだです!!」
「あぁ、聞く人を間違えたかもですねぇ,,,でもひとまず信じてあげますよぉ。」
「あざます!!」
ミコトが活き良く反応した。とはいえ、結果的には正解だ。
「呪文を組み立てるには、最低でも2つの”呪文要素”を決定しますぅ。つまり、発動形式と効果ですねぇ。たとえば、このような魔法構文を考えてみましょう。」
マイン先生が黒板に文字列を書いた。Output-Waterという文字だ。何かの記号だろうか。
「ええ~、魔法の効果を書くときは、この”魔法言語”で統一しますぅ。読み方は左側が”アニマ”、右側が”エクア”ですね。論文中で魔法構文を正確に表現するためにできた概念ですぅ。魔法言語は、この授業では覚えなくても良いですぅ。後期の専用の科目で習うと思いますよぉ。」
見たことの無い文字だ。魔物言語とはまた異なるようだ。
「よ、読めそうで読めないねぇ!何語なんだ!?」
戦慄するミコト。イングリッシュとやらとは別物らしい。さっき魔法言語って言っていただろうに。
「ひとまず、このOutputに注目しましょうかぁ。これは、”魔法を体外に放出する”という意味の呪文要素ですぅ。」
マイン先生が、Output-Waterの文字の下に、ヒトを書いた。さらに、心臓にあたる胸の中央部に〇を描く。丸い円から体の外側に向かって複数の矢印が付け足された。
「そして、Waterにより、水が生成されますぅ。」
先ほど書いたヒトの周りを、大きな円で囲む。これが水にあたるのだろう。だが、この構造は…
「このように、魔法を使用するためには、“魔法の形”と“魔法の効果”を決めないといけません~。こうして魔法の構文を考え、魔法陣を組み、初めて魔法ができますぅ。これこそ、皆さんが学ぶ魔法体系が“創構魔法”と呼ばれる所以ですねぇ。」
なるほど。言われてみれば、わざわざ”創構”の文字を冠する理由は不明だった。これで解決したな。
「それはさておき、このニンゲンの様子、何か変じゃありませんか?ではそこの、赤い髪の子!もう一度聞いちゃいますよぉ、何か気づきますか?」
「はえっ!また私ですか?」
何やら見覚えのある展開だ。この教室のおもちゃになるミコトは面白いが、なんとも可哀そうなので助け舟を出してやろう。
「あの絵を見ろ。窒息しそうだ。」
「はっ!!たしかに!!!」
「聞こえるぞ、もう少し静かに納得したらどうだ。」
「リオンのアニキ、恩にきるぜ…!!」
大げさな反応をした後、ミコトは元気に答えた。
「はい!!死にそっ…いや…苦しそうです!!」
「おお!今回はよく耐えましたね~、正解ですよぉ。拍手~」
おぉーパチパチパチ…
少し感嘆の混ざった拍手が聞こえる。これはミコトが認められた証のようだ。
「アリが十匹!!たすかったよッッ!!」
「1つ貸しだ。」
「うわっ!ケチだな~、そんな事言ってるとモテないぞ~?」
「…」
なんとも言えない返しをされた後、授業は再開された。
「このように、魔法の構文として成立していても、自分の魔法で溺れる、などという愉快な結果になりかねません〜」
確かに馬鹿げた話だ。潮素とやらは、思ったより図々しい存在なのかもしれない。
「こういった事故を回避するのに大事なのが、”修飾”ですぅ。」
Output-Waterの横に、”CoordinateForward2”という文字を加える。そして、黒板のヒトを包み込んでいた円を消した。
「この修飾は非常に発展的なので説明は省きますがぁ、簡単に言うと、“自分の位置を前にずらす”、という意味になりますぅ。これが加わるとどうなるかですがぁ…」
ヒトの前方に丸い円を書いた。おそらく、それが水なのだろう。
「このように、前方という、“実用的な場所”に水を出すことができますぅ。これが使えたら便利ですねぇ、お風呂を冒険中に入れますからぁ。」
確かにそれは便利だ。洗い物や家事にも使える。
「ねえねえ、あの文字なんて読むの?」
「先生が説明は省くって言ってたよ。説明されてないし。」
「さすがユカの姉御!!」
「お、同い年よね?」
「偉い人を表現するのにッ年齢は関係なーい!!」
「そ、そう…」
ミコトの疑問は俺も気になるところだが、ここで重要なのは、”修飾”が魔法の制御に不可欠ということだ。
「では、ここで問題がありますぅ。同じ結び目を使っても、エーテリウムの種類によって、魔法構文の中での役割が変わるんですよねぇ。」
「例えば3葉結び目では、エーテリウムの種類によって、“炭を出す“ものになったり、単に“着弾地点で効果を発揮する”という形式になったり、“魔法弾の速さを倍増する“という修飾になったりもしますぅ。どのエーテリウムでどの魔法が発揮されるかはっきりさせないと、魔法を組むことができませんからね~。」
なるほど、それでエーテリウムの種類が重要になるのか。
「ここで、エーテリウムの種類を、発揮される効果の違いなどから分析して、とうとう4種類まで性質を分類できましたぁ。これが、冒頭で言った形式型・効果型・修飾型・絶縁型の4つですぅ。」
なるほど。エーテリウムの種類を変えれば、それぞれ任意の呪文の要素として扱えるようになるのか。だが絶縁型とはなんだ?
「絶縁型は、どれか2種類のエーテリウムを液体の時に混ぜ、固めた後にできるものですぅ。マナを流す事ができない、不思議な物質ですねぇ。」
「この絶縁エーテリウムの内部に、単体のエーテリウムを結び目の形にして組み込めば、魔法陣の完成ですぅ。」
驚異的だ。まさか、魔法陣の組み方まで講義されるとは。もしや、これをウィーク部で試せるのではないか?
「今日はこれくらいにしますぅ。まとめると、エーテリウムは呪文の要素と対応していて、同様に3種類あります。さらにそれを安定化させるために絶縁型がある、ということですねぇ。みなさん、今日のこと復習して、今後に備えてくださいねぇ。」
先生が今日の内容を簡単にまとめて、授業は終了した。
ユカもウィーク部に行きたいと思っているだろうか。
「ユカ、4時間目の終わりにウィーク部に行ってみないか?試してみたいことがある。」
「いいね、行ってみようか。ミコト、もう授業終わったよ?」
「はえっ!?私としたことがっ!!」
「おいおい…」
今日も面白かった。後ほど、ウィーク部で魔法陣を触ってみたい。運が良ければグレイス先生も居るだろう。
「でもでもっ!二人とも助けてくれてありがとう!!おかげでいい感じに乗り切れたよ!!」
「そうか。良かったな。」
「私はそんなに何もしてあげてないと思うけど...」
「お礼に、後でウィーク部に来てよ!!見せたい物があるんだ!!」
「お礼はともかく、俺もぜひウィーク部に立ち寄りたいと思っていた。構わないか?」
「もっちろん!入部する??」
「それはまだだ。」
ミコトの見せたい物は、恐らくまた変なものだろうが、、とにかく後で集まるとしよう。
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「いやはや、肝を冷やしましたねぇ、グレイス先生もお人が悪い…予め教えて欲しかったですよぉ」