放課後2 部活動見学
「ミコトさんは、どうしてこの部活に?」
ユカが尋ねる。今、見学会と称した井戸端会議の真っ最中だ。そこに先生も含まれているのだから、少し緊張感はある。
「そりゃあ、楽しそうだもん!!あとはぁ、ちょうど部室でゆっくり出来そうだからね!」
「もしかして後半が本音なの?」
「ギクッそ、そんなことないもーん…!」
呆れたように宣うユカと、明後日の方角を向いているミコトが対照的だ。俺もこのミコトとの距離感を図りかねている。というよりも、、
「いやー、なかなか面白いことになっているねー」
先ほどからグレイス先生が意味深な目線を向けてくる。何か俺の顔に付いているのか。あと、いつのまにか単眼鏡を装備していた。行動原理の分からぬ人たちばかりだ。
「あ、あと聞きたかったんだけど!二人はピッピなの?」
「ピ?何?」
俺もつい敬語を忘れて答える。
「だからもぉ、言わせるなよぉん…!!コイビトなのかってこと!!」
「「はぁ?」」
こいつ、先程から聞き捨てならんな。段々と向っ腹が立ってきた。
「いやー、ミコトちゃんそれはヤボってもんだよー、あとゆっくり出来そうな方が本音ってほんとー?」
「ヒャイっそっそれはッッそのッ…!」
迫真の表情で怯えるミコトと、ぽん、と肩に手を置くグレイス。なんだろう、ミシミシという幻聴が聞こえた気がする。
「まあ良いやー。二人とも、根はいい子だから、部活抜きにしても仲良くしてあげてねー。」
「そ、そうですか。俺にはあまり良く分かりませんが…」
「ほらぁ嫌われちゃったよねー、あんまり人の心に踏み込み過ぎるのは良くないよー?」
「うっすボス…」
しんなり落ち込むミコトを見ていると、むしろ自分が悪者のような感覚になる。
まあ、別に危害を加えられた訳ではない。一風変わった隣人として、適度な距離感で付き合っていくべきだろう。
「ともあれ、よろしく頼む。先輩でないのなら、敬語をやめても構わないか?」
「うん!ノープロ•ノープロIII世っだよ!!」
「もう分からん。」
まともに対話が出来ると想像すると疲れてしまうな。こいつはこういうものとして扱うとしよう。
ーーーー
「そういえば、グレイス先生。少し勉強で気になることがあるのですが、お聞きしても?」
「おおー、熱心で何より。私に答えれることならなんでも答えるよー。」
俺はこの状況が、ある意味非常に貴重な瞬間なのではないかと感じていた。それは、こうして教員と面と向かって話せる機会そのものだ。今は奇妙にも、学生3人と先生1人。講義とは異なる、他にない場面だ。
「詰まるところ、魔法とはそもそも、大雑把に言うと一体何ですか?エネルギーや魔法陣の話は先程習ったのですが、今ひとつ理解しにくい部分もありまして。」
「ああー、確かに。創構魔法学概論って後期だったっけー?そもそも何学科なの?」
「俺は、戦闘魔法学科です。」
「私は物理化学科になります。」
「そして私がッッ、体育学部っ!魔法装具人間工学科!!」
「装具?もしや君は、さっき授業中に叫んでいた、生きますの人か?」
「なかなかユーモラスなッあだ名!涙がちょちょきれるね!!」
確か、さっきの授業中は帽子を被っていたはず。変に存在感があると思ったら、こいつだったか。どうりで、何か奇妙な感覚を覚えた訳だ。
「ああ、さっきの。でも、体育学部なら、4時間目も授業があったはずだよね?どうして勧誘出来てたの?」
「それはっ!トんだ!!」
「どう言うことだ?」
「魔法使うの苦手だから、魔導書を使い始めたあたりで教室から逃げ出したんだよね!やばそうだったから!!」
「えぇ、逃げる方が後々問題にならないか?」
「ノーマンタム!!こんな事もあろうかと、魔導書は家に置いてきたのさ!!」
言われてみれば、さっき魔導書を忘れて怒られているのを見かけたな。思い出した。
理解に苦しむのは置いておいて、きっとこいつなりに妥協できぬ何かがそうさせたのだろう。授業を投げ出すなど…今までは考えられなかった。
「あ、あのー、ミコトちゃん、私置いてけぼりなんだけどー?」
「ああ!アイムッソウリーマイマスター!!どうぞッおしゃべり下さい!!」
「ええー」
哀れグレイス先生。だが、そろそろ本題に入りたい。
「ゴホン、まずは魔法とはそもそも何か、という事だったねー。私も出身は体育学部だから、そっちに寄せて教えるべきかと思ったけど、敢えて本質を教えてみようかなー。」
「立場によってその捉え方は違うけれど、学生として捉えるべきは…”エーテリウムを通した、潮素へのお願い”、とでも言おうかなー。」
「お願い…」
「潮素とは違うのですか?」
「潮素とは、”魔法というお願い”を聞いてくれる神様みたいなものだよー。エーテリウムで書いた魔法陣は、言ってしまえば連絡手段みたいなものなんだ。」
なるほど、その魔法陣こそ結び目で、エーテリウムで描かれた結び目が、その言語というわけか。
「俗に言う魔力、つまりManaは、その連絡そのものに使う力。本当はもっと細かく色々あるけど、1年生としてはこれで十分かな。」
「なるほど、概ね魔法の仕組みは分かりました。今日授業で習ったのですが、あまり理解できず…」
「へぇー、そうなんだ。ちなみにどの先生なの?」
「イオ先生という方で。」
「ああー、イオ君ね。彼まだ講師だから、教え慣れて無いのかなー?」
先生を君付けとは。大学教員の序列など皆目分からんが、そういうものか。
「あの、ちなみにグレイス先生は教授なんですか?」
「そうだよー、まあ、研究そのものはあんまりだけどねー。」
教授とは研究者界隈の代名詞だが、様々な立場の人が居るらしい。
「マスターは冒険者としても有名なんだよッ!世界最高峰の銀級って噂だよ!!」
「本人の前でそれ言うー?まあいいけどねー。」
銀級冒険者か。常人が到達できる最高峰として有名だ。世界に数十人いる金級を除けば、人の到達できる極地に立った者と言える。
ただならぬ強者の出立ちといい、やはり歴戦の冒険者なのだろう。
「ユカは4時間目は何をしていたんだ?」
「私は一般教養を受けてたよ。普通の数学かな。線形代数学ってやつ。」
もはや聞いたことのない学問だ。入学式以来、まだ1週間ほどだが、こうも生活が異なるとは。
「ちょっと!私も聞いてよー!同じ学部でしょ!?」
「同じ学部なら聞かなくても良いだろう。」
「けッ!ノリわるいなぁあもー!」
段々とミコトの扱いに慣れてきた。頭の中でこいつ呼びすると、現実でもボロが出かねないからな。脳内でも一応名前で呼んでみる。
「グレイス先生、ミコトさんが使える魔装具が無いって言ってるんですけど、何か使えませんか?」
「そっかー、確かに使い方はミコトにも伝えてなかったし、しょうがないかなー。よし!じゃあ特別に課外授業と洒落込もうか!」
ユカが良い方向に話を持っていってくれた。やっと目的を果たせそうだ。
ーーーー
「私の記憶が確かなら、この辺に…」
グレイス先生が棚を漁る。初めて見る正式な魔装具だ。胸が躍る。
「あった!これこれ、手袋型のやつだね。ミコトは使えないから置いといて、ユカちゃんだっけ、使ってみる?」
「わっ私で良いのですか?私は理学部なので、体育学部では無いのですが…。」
「大丈夫だよー、別に魔法そのものは体育学部ではなく、私たち魔法使いの特権さ。魔法大学に居る時点で、その資格はあるんだよ?」
「そうですか…、じゃあ私やってみます!」
「ショボーンっぬっ!」
自然とミコトが戦力外通告されるのを横目に、ユカが装着を始める。一般的な革で作った、手背部に四角い箱が付いた形状だ。おそらく、この手背部に魔法陣が組み込まれているのだろう。
「じゃあ、Manaを手のひらに流してみようか。机の上に向けてごらん?」
「はっはい!緊張します!」
「緊張しなくて良いよー。手のひらに力を”置きにいく”感覚。落ち着いてやってみようかー。」
「はいっ!」
突然のことでユカは驚いただろう。俺も本当は自分でやってみたかったが、、先生が言う以上致し方あるまい。
刹那、手背が僅かに光ったように見える。さっき授業でもみた、エーテリウムの発光だ。無事にManaが流れているらしい。
次の瞬間
ボトボトボト…
「ひぇっ」
「おおー出た出た。」
ユカが生理的嫌悪感を孕んだ声で慄く。それをグレイス先生は満足気に見届けた。
「これはもしや、またもや炭か?」
「そうそー、旅先の燃料供給に良いよね。防御にも使えるし目眩しにも使える。なかなか面白い道具だよねー。」
淡々と解説するグレイス先生に対して、ユカは恐怖したままだ。
「きっ汚い…」
「ユカちゃんも適性検査で炭出したでしょー?せっかくあんまり怖がらないのを選んだつもりなのにー。」
「下から出てくるのとボトボト落ちるのは違いますっ!」
「そんなに慌てないのー、でもまあごめんねー?」
見た目はともかく、実際に冒険では重宝しそうだ。
「こういう魔装具は、普段使う道具に機能性を与えるのを目的にしてるからねー、魔導書みたいな丁寧な魔法は使いにくいのが欠点かな。でも普段使う手袋から炭出せるの、面白いでしょー?」
確かに、こういうのも悪くない。ミコトという存在に惑わされたものの、魔装具とはとても興味深いものだ。
入部するかはともかくとして、定期的に訪問するのも良いかもしれない。
「ミコト、良い先生に巡り会えたな。」
「それな!!グレイスマスターァマジパネェッスヮァア!」
「はっはっ、まあ君たち、ウチではこんな感じでまったり魔装具を使ったりして勉強していこうと思うから、また気になる事があればおいでー。私も定期的に顔出すからさ。」
「グレイス先生、ありがとうございます。また来ます。」
「私も、勉強になりました!ありがとうございます。」
「はいはーい、気をつけて帰ってねー。」
俺は想像よりも良い出会いをした。明日からも頑張っていこう。