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基礎呪文構成論実習1 魔法陣基礎論

トポロジーがメインの回です。専門用語のうち、人名が含まれるものは少しもじってあります。ご了承下さい。

「君、勉強は得意か」


「はい?好きではありますよ。あなたは、さっき先生に色々言われていた人ですね。」


さっき前で炎球放射魔法の消費manaを答えていた人に話しかけてみた。話しかけるタイミングなど一々考慮していたらうまく会話できないからな。思い切って対話を試みた。


大分緊張の色が強い。さすがに急に話しかけるのはマナー違反か。


「突然話しかけてすまない。俺は、戦闘魔法学科のリオンという。君の名前は?」


「あ、丁寧にどうも、創構魔法理学部 魔法物理化学科のユカといいます。」


「理学部?この授業は基本的に体育学部専用のはずだが。他学部履修か?」


「違いますよ、この授業は体育学部の人は必修で、理学部は選択科目です。人数は少なそうなので、マイン先生も冒険者になる人という前提で講義されていたんだと思います。」


なるほど、これは履修要綱を把握していない俺の勘違いか。とはいえ単位的に問題はなさそうだ。


「この講義は総論として、早く魔法を学べそうだと思ったので履修しました。リオンさんは必修だから、選択肢はなかったとおもいますけど。」


「そうだな。だが魔法とはもっと精神的なものだと思っていた。想像と違ったな。」


「学問っていざ学んでみると、現実と違う部分がありますよね」


自然と会話が進むな。意外と、話してみると一定の交友関係は築けるのかもしれない。それとも、それとなく波長が合うのか。


「髪、長いですね。切らないんですか?」


「これか?やはり目立ってしまうか。」


「いえ、目立つというほどでは。ただ、少し気になりまして。」


茶色の長髪だが、これは昔の首の傷を隠したものだ。なかなかうまくは誤魔化せないか。


「頻繁に切るのが面倒でな。少し伸びてから切ることにしている。」


「そうですか。そういう事でしたら、もう少し切ってみても良いと思いますよ。」


初対面なのにずいぶんな事を言う。とはいえ


「すみません、次は理学部の必修があるので、これで失礼します。」


「そうか、じゃあまた。」


教室が学部で異なるのだから、すぐに移動しないといけないだろう。俺は引き続き同じ教室だから問題ないはず。次こそ、確か学部専用の必修科目だったはずだ。始まるまで走りこんで休憩でもしよう。


ゴーン…ゴーン…


4時間目のチャイムが鳴る。次は確か


「はいっ、それでは、授業を始めます。起立。」


呪文構成論だ。確か実習も踏まえた授業で、魔法を積極的に使っていくと聞く。楽しみでもあるが、やはり魔力的に不安はある。


「礼、着席」


体育会系の挨拶だな。先生によってずいぶんスタイルが異なるらしい。


銀髪の男性の先生で、年は中年といったところか。だが肉体が引き締まっている。ただ者ではないな。


加えて、手に長物を持っている。木製の長い棒状のものだ。指導に用いるのだろうか。


「本日から週に1回、基礎呪文構成論実習1を担当するイオと言います、よろしく。」


語尾が伸びやすいマイン先生と異なり、イオ先生ははっきりした口調だ。実に体育学部らしい。


「授業の構成ですが、はじめの7週間で座学を、後半の7週で実技を行います。出席の取り方は知っていますね?入口の出席簿に手をかざしてください。」


何だ、実技ではないのか。だが、先ほどの授業を考えれば、結構面白い可能性もあるな。


「この授業では、基本的に魔法の組み方やその理論、魔法の使用方法について議論します。ではまず、簡単に魔法陣についてお話しましょう。」


ふむ、定番というか、一番なじみやすい話題だ。それと覇気のある先生だからか、周りが静かだな。


「魔法陣とは、固体エーテリウム構造体で描かれた、結び目様構造の幾何体のことを指します。すなわち、基本的に専用の製造過程を経なければ、魔法陣を組む、というプロセスはできません。」


かみ砕かず定義で説明するタイプだ。まったく理解できない。


エーテリウムについてはいくつか分かっていることがある。初等学校で習ったが、世界はエーテリウムという、魔法の基盤になる物質が存在しているらしい。


地中奥深くから、水の中、地面にも幅広く存在しているという話だ。人類領域に魔物が入ってきづらいのは、このエーテリウムが地下に大量にあり、奇妙な力場を作っているからだと聞いたことがある。


しかしだめだ、結び目が何かよくわからない。靴紐のことか?というより何の分野になる?


「ここで結び目というものを初めて知る人もいるでしょう。結び目とは、位相幾何学の一分野で、学問体系的には数学にあたります。」


無理だな。あきらめるか?


「とはいえ、数式を発展的に応用する微分積分と異なり、思考実験的な概念を含み、構造理解の重み付けが大きいです。この結び目構造を理解できないと、呪文を理解、使用することはできないので注意してください。」


まずいな。そもそも魔法陣が魔法発動に不可欠なものだと聞くし、この結び目とやらは是が非でも理解しなくては。


「まず結び目理論とは、ヒモを結んだ時の構造を数学的に解析する学問です。つまり、今皆さんが思い描いているように、靴紐の結び目や裁縫の結び目など、様々なヒモに関する理論と呼んで差支えありません。」


ああ、直観は正しかったわけか。というかこの先生も眼鏡をかけているな。デザインもマイン先生と同じで、黒縁に金の印章が彫られたものだ。制服の一部なのか?


「そして結び目とは、三次元空間上での閉じた曲線のことを指します。つまり、広義の“輪“だと言えるでしょう。例えば、靴紐を結ぶ時、その”交差部分”が複雑な構造になりますね?あのようなものです。」


次元についてはさっき習ったからな。この辺は大丈夫だ。つまり結び目を厳密に定義しようとしているだけで、単にひもの結んだ部分そのものの解析、ということか。


「結び目には、いくつかの性質をもとに定義できます。つまり、交差数、結び目群、アレクス多項式による定義です。初めに、交差数について議論しましょう。」


これは交差数とやらだけ考えれば良いのか?


「これはただの円です。とはいえ、交差数0の結び目であると言えます。これを、自明な結び目と呼びましょう。」


先生が単なる円を書いた。円も結び目と呼んで良いらしい。


「次に、3葉結び目です。非自明な結び目の中では、最も簡単な構造をしており、この交差数は3です。つまり、これ以上ほどいて”単なる円”にはできません。」


次に描かれたのは、3つ交差点がある、ねじれた円だ。たしかに、トリベナ草のような、3つの丸い葉が開いた構造をしている。


たしかに、結んで作った雰囲気がする。


「では問題です。この二つの結び目、どれが自明な結び目で、どちらが3葉結び目か分かりますか。」


イオ先生が、黒板に幾何体を書き始めた。だが、どちらも一見複雑な結び目に見える。到底どちらがどちらかは分からない。


ただし、あくまで完成形をいきなり見せられたら、だが。答えは右だな。


「では一番前の君、答えてみて下さい。」


「あっ私ですか!?右側です!!」


「自身がおありですね。根拠は言えますか。」


「ないです!」


「元気なのは大変結構ですが、それだけでは冒険者になれませんよ。」


「すみません」


さっきあてられていた、“生きます“の人か。当てられたくないがために後ろの方から前に移動したようだが、裏目に出たらしいな。


先生は目が据わっている。あれは相当な修羅場をくぐってきた目だな。そもそも怒っているのかもしれない。


「というわけで左です。惜しかったですね。」


2択を外したか。運がないと見える。ついでに俺も予想を外した事になる。少し残念だな。


「この段階でどのように考えるかを聞いてみたかっただけなので、気に病まないで下さい。大学の学問では、しばしば考察の方が知識の収集より重要なことがあります。皆さんもこの国を導く者として、強い意志を持って思考できるようになりましょう。」


強い意志、か。いつか見つけられるだろうか。


「根拠を説明できていれば、もはや結び目を理解していたといっても良いのです。その方法は2つ、交差数の解析とレイドミスター移動です。」


「金級冒険者のレイドミスターが50年ほど前に提唱した理論です。このレイドミスター移動には根拠こそありませんが、自明な原理として広く指示されています。結び目は、このレイドミスター移動が実際に可能なものとして扱うことで、その根本的な交差数を観測できます。」


金級冒険者か。現在、世界に40名ほどしかいないとされる、人類の支柱的存在だ。たしかこの大学にも1人在籍していたはず。その圧倒的な魔力で、魔物の群れすら押しのける極大魔法を操るという。


イオ先生が具体的なレイドミスター移動を5つ記述していく。それは確かに、納得の自明さをもつ操作だった。


黒板には、ヒモのねじる前とねじった後の絵や、引き伸ばされた後の絵が描かれていた。


「仮にこのように紐をそのまま伸ばしても、ねじっても、重ねても、折り曲げても、結び目としての交差数は変化しません。つまり、結び目の分類を考えるにあたり、この移動を使って最も簡単な結び目に変換しなければならないのです。」


確かに、一ひねりする位では、ひもはすぐに元に戻せそうだ。


「そして結び目の正体を照合する操作、それが交差数の決定です。これは指を使い、ヒモの進行方向を示指に、下側のヒモの向きを中指に合わせることができれば、それが+1,できなければ-1とします。ちょうど、皆さんが子供の時に遊んでいたような、フレミの手を作ってください。」


なるほど、フレミの手遊びを使うのか。母子、示指、中指を、座標軸みたいにする遊びだ。"親"が決めた方向に、決まった指を素早く向ける遊びとして浸透している。あれがこのように繋がるとは。


「詳しい説明はひとまず省きますが、これで合計値を計算することで、その結び目の性質を値で示すことができます。例えば、この3葉結び目であれば3になります。」


理解できた。このフレミの手で計算する+1や-1, その値の合計こそ、その結び目の呼び名になるわけだ。


「では、なぜ結び目を考察することが魔法陣の作成に繋がるか。そして、なぜこのような操作をしても良いということになっているか。それこそ、Tidaliumの性質です。」


「驚くべきことに、Tidaliumがこの結び目軌道に従ってエーテリウム上を移動する時、決まった魔法現象を引き起こします。残念ながら、この原因は不明です。」


そんなことある?なら、諦めて受け入れるしかないか...


「そして、引き起こす現象は、交差数に従属します。すなわち、Manaを流すエーテリウムの結び目的交差数が重要なのです。例えば、この3葉結び目は、炭素生成の効果を持ちます。」


炭!?では、入試に使った魔法陣もこれになるのか。


「この結び目、形は似通ったまま、このように交差数を入れ替えてしまうと、自明な結び目になります。」


先生が3葉結び目の交差点を1つ消去し、つなぎ方を変えた。たしかに、単なる輪に戻せそうな形になった。


「これでは、単にManaを消耗するだけで、炭は現れません。つまり、単なる自明な結び目として、Taidaliumは反応する、と言えるでしょう。」


驚いた、自由に形を変えることが前提であるからこそ、交差数そのものが大切なのか...


「ゆえに、どのような結び目を使うかが、呪文の性質を決定づけるのです。」


「ここで、エーテリウムの話をしましょう。エーテリウムとは非常に特異的な物質で、電荷・質量・潮素のすべてを含む元素的物質です。主に魔物の魔石から取れます。」


これは聞いたことがある。ゆえに、魔物を狩猟し、魔石を取ることに需要があるのだという。冒険者が重宝されるわけだ。


「Tidalium, すなわち魔法の源となるエネルギーは5次元空間を移動します。よって、そのままでは地球に潮素を留めておくことはできません。」


「すなわち、これをW=0の物質空間に固定するには、その媒介的な物質の存在が不可欠です。これがエーテリウムにあたります。」


うまくカリキュラムを組んでいるらしい。Tidaliumについてさっき習わなければ、これは理解できない。


W=0の世界とは、この地球で差し支えないだろう。


「このエーテリウムに人体Tidalium, すなわちManaを流すことができます。これができる人たちこそ、皆さんというわけですね。量に限らず、皆さんは魔法陣にManaを流す才能をお持ちです。」


なるほど、適性検査はこの魔法陣にManaを通せるか否かを見ていたのか。納得だ。


「では、具体的な結び目との対応方法を学びましょう。まず、自明な結び目ですが、これにmanaを流しても何の効果もありません。ただし、manaを流す練習をする、という点では有効です。すなわち、魔法回路自体は少なくともこれ1つで完成します。」


衝撃の事実だ。続きを傾聴しよう。


「魔導書はお持ちですね?忘れた人は挙手を。…手前のあなた、机にノートしかありませんね。魔導書は?」


「すみません!重くて家に置いてきました。」


「なるほど。少なくとも、あまり褒められた動機ではなさそうです。」


声が少し低くなった。先生が長物を握る手に力を込めたように見える。


その刹那、先生の体から白い光が見え始める。これは、一種の覇気なのか?


教室に緊張が走る。さっきの生徒は震えて下を向いている。


「すみません、怖がらせてしまいましたね。これこそ、具体的な呪文の行使です。光魔法にあたります。」


イオ先生が、こちらに向かって柄側を生徒に向かって見せる。


「この物差しの取っ手には、エーテリウムの刺繍が施されています。よってManaを流すことで、この中に組み込まれている魔法陣にTaidaliumが流れ、魔法効果を発揮するのです。」


よかった、演出のようだ。


「このように、どのような手段であれ、エーテリウムによる結び目さえ組んであれば、Manaを流すだけで魔法を使えます。」


「はて、眠気の多い学生もちらほらいますね。では、せっかく一人を除いて魔導書を持ってきてもらっているので、実技にしましょう。3ページ目を開いてください。」


これはありがたい、理論だけではどうしてもつらい上に、体を動かさないと意識が飛びそうだ。


しかし眠気はないように取り繕っていたのに、なぜ気付かれた?


「平らな緑の円環がありますね。これが先ほどの自明な結び目です。そこにManaを流してみましょう。ページの右下に溜まったManaの量が見えるはずです。値が赤字になったものは中止し、こちらへ来てください。Manaの廃棄を行いますので。」


魔導書は入学手続き後に郵送されてきたものだ。基本的な魔法を描いた、1枚当たり厚み5ミリに及ぶページが10枚含まれている。


魔法陣や魔法回路を含んでいるからだとすれば、1ページに厚みがあるのも納得できる。本というより、魔法を使う触媒、と表現した方が適切だな。


下付きの4桁の0の数値、おそらく最大は9999だが、これが最大まで蓄えられるManaなのだろうか。きっと定値に達したら変色するのだろう。


まずい、これって成績に関係あるのではないか?やはり修了は厳しいか。


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