決勝戦
決勝戦の朝は、不思議なほど静かだった。
宿舎の窓から差し込む朝日が「キラキラ」と輝き、新しい一日の始まりを告げている。昨夜は興奮でなかなか寝付けなかったが、明け方にようやくうとうとした。夢の中で、元のレインが微笑んでいるのを見た気がする。彼の表情は安らかで、まるで「ありがとう」と言っているようだった。
(いよいよか……)
窓の外を見ると、朝靄の中から太陽が顔を出し始めている。「チュンチュン」と小鳥たちのさえずりが聞こえ、風が「サラサラ」と木々を揺らしている。今日という日が、俺たちにとって特別な一日になることを予感させた。
「コンコン」とドアをノックする音が聞こえた。
「レイン、起きてる?」
エミリアの声だ。いつもの明るさの中に、少しの緊張が混じっている。
「ああ、今開ける」
ドアを開けると、すでに制服を着たエミリアが立っていた。彼女の頬は少し紅潮しており、昨夜も興奮で眠れなかったのだろう。
控え室に集まると、仲間たちも同じような表情をしていた。緊張と期待、そして静かな決意が入り混じっている。木製のテーブルには朝食が並んでいたが、皆あまり箸が進んでいない。「カチャカチャ」と食器の音だけが響いている。
「みんな、調子はどう?」
俺が声をかけると、皆が頷いた。
「相手は帝都魔法学園。前回大会の優勝校よ」
リナが緊張した面持ちで資料を見つめる。「ペラペラ」と紙をめくる音が、静かな部屋に響く。
彼女は昨夜も遅くまで相手の分析をしていたようだ。目の下には薄いクマができているが、瞳は鋭く光っている。図書館で借りてきた過去10年分の大会記録、帝都魔法学園の歴史、主要メンバーの戦績…すべてを頭に叩き込んでいる。
「全員が上級魔法使いで、しかもチームワークも完璧。正直、今までで最強の相手だわ」
「でも、俺たちだってここまで来たんだ」
カイルが「グッ」と拳を握る。彼の手には、昨日の戦いでできた擦り傷がまだ残っている。
カイルにとって、この大会は人生を変える出来事だった。村では「ただの力自慢」と言われていた彼が、王子と戦い、そして仲間と共に決勝まで来た。その事実が、彼に揺るぎない自信を与えている。
「Sクラスにも勝った。もう怖いものなんてない」
「そうね。最後まで全力で戦うだけよ」
エミリアも決意を固めている。彼女の手には、母の形見のペンダントが握られていた。「キラリ」と光るそれは、彼女の心の支えだ。
「みんな、ありがとう」
俺は仲間たちを見回した。
「ここまで来れたのは、みんなのおかげだ」
「何言ってるのよ」
エミリアが苦笑する。
「レインがいなかったら、私たちはずっと『無能』のままだった」
「そうだ。お前が俺たちの可能性を信じてくれたから、ここまで来れたんだ」
カイルも同意する。
「データが証明しています。レインとの出会いから、私たちの成長率は飛躍的に向上しました」
リナも冷静に分析する。彼女の手帳には、細かい数字がびっしりと書き込まれている。
「僕も、自信が持てるようになった」
ノアが静かに微笑む。孤児院で育った彼は、常に自分を否定して生きてきた。でも今は違う。仲間がいて、認めてくれる人がいる。
「だから、恩返しの時だ」
仲間たちの言葉に、俺は胸が熱くなった。
(本当に、いい仲間を持った)
その時、ドアが「コンコン」とノックされた。
「入っていいかな?」
入ってきたのは、アレクサンダーだった。昨日の激闘の疲れは見えるが、その表情は清々しい。
「殿下?」
「堅苦しいのは無しだ。今日は応援に来た」
アレクサンダーの後ろから、ソフィアも顔を見せる。彼女の瞳には、昨日とは違う輝きがあった。
「私たちも、あなたたちを応援するわ」
「でも、いいんですか? 帝都魔法学園は王国の代表でもあるのに」
俺が聞くと、アレクサンダーは苦笑した。
「確かに政治的にはそうだが、俺個人としては、お前たちに勝って欲しい」
「なぜ?」
「お前たちが証明したことを、もっと多くの人に知って欲しいからだ」
アレクサンダーの目が真剣になる。
「スキルによる差別、階級社会の弊害……お前たちの勝利は、それらを変える第一歩になる」
彼の言葉には、王子としての責任感と、一人の若者としての理想が込められていた。
「殿下……」
「それに」
ソフィアが微笑んだ。
「友人を応援するのは、当然でしょう?」
「友人……」
エミリアが嬉しそうに呟く。その言葉の重みが、皆の心に響いた。
「ありがとうございます」
俺は深く頭を下げた。
「必ず、勝ってみせます」
「期待している」
アレクサンダーとソフィアが去った後、俺たちの士気は最高潮に達していた。
「よし、行こう!」
「おお!」
◆
決勝戦の舞台に立った時、相手チームの圧倒的な存在感に息を呑んだ。
帝都魔法学園の5人は、全員が洗練された立ち振る舞いで、隙がない。彼らの制服は純白で、胸元には金糸で刺繍された校章が「キラキラ」と輝いている。「カツカツ」という規則正しい足音で入場してくる姿は、まさに王者の風格だった。
「ほう、君たちがFクラスか」
相手チームのリーダー、シルヴァンが興味深そうに俺たちを見る。
銀髪に紫の瞳。その瞳には知的な輝きと、底知れぬ魔力を感じさせる深みがあった。帝都でも有名な天才魔法使いだ。身長は俺より少し高く、細身だが鍛えられた体躯をしている。
シルヴァンは帝都の名門貴族の出身だが、身分に驕ることなく、純粋に魔法の研究に打ち込んできたという。12歳で上級魔法をマスターし、15歳で独自の魔法理論を確立。その才能は、歴代の大魔法使いに匹敵すると言われている。
「面白い戦いを見せてもらった。特に準決勝は見事だった」
彼の声は落ち着いていて、嫌味な響きは一切ない。純粋に俺たちの実力を認めているようだった。
「ありがとうございます」
「だが」
シルヴァンの目が「キリッ」と鋭くなる。
「遊びはここまでだ。我々は本気で行く」
「望むところです」
俺も真剣な眼差しで返した。
「俺たちも、全力で戦います」
「良い心構えだ」
シルヴァンが満足そうに頷く。
「では、正々堂々と戦おう」
両チームが定位置につく。
観客席は満員で、「ザワザワ」というざわめきが会場全体を包んでいる。王族や貴族たちも「ゴクリ」と唾を飲み込んで注目している。
「決勝戦、開始!」
審判の合図と同時に、帝都魔法学園が動いた。
「『天地創造』」
シルヴァンが放った魔法は、俺の知る魔法とは次元が違った。
「ゴゴゴゴ」という地響きと共に、フィールド全体が作り変えられ、俺たちに不利な地形へと変化する。平らだった地面が「グニャリ」と歪み、山や谷が現れる。
「地形操作魔法か!」
リナが驚く。彼女の分析でも、この規模の魔法は想定外だった。
「気をつけろ! 足場が!」
俺の警告と同時に、地面が「ドロドロ」と液状化した。
「うわっ!」
カイルが「ズルッ」とバランスを崩す。彼の足が沼のような地面に沈んでいく。
その隙を、相手チームは見逃さなかった。
「『絶対零度』」
「『灼熱地獄』」
「『重力崩壊』」
3つの極大魔法が同時に放たれる。「ヒュゴゴゴ」という凄まじい音と共に、氷と炎と重力の波が襲いかかる。
「まずい!」
俺は即座に反応した。体が勝手に動く。
「『多重防御結界』!」
(また、知らない魔法が……でも今は考えている暇はない)
「シュンシュンシュン」と幾重もの障壁が展開され、なんとか攻撃を防ぐ。しかし、その衝撃で障壁に「ピキピキ」とひびが入る。
しかし、防戦一方では勝ち目がない。
「レイン、どうする!?」
エミリアが焦りの声を上げる。汗が「タラリ」と頬を伝っている。
「落ち着いて。相手の連携を崩す」
俺は意識を集中させ、あの不思議な感覚で相手チームの動きを読み取る。
(なるほど、5人が完璧に役割分担している。なぜか手に取るように分かる)
シルヴァンが司令塔。
2人が攻撃役。
1人が防御役。
1人が補助役。
まるでプログラムのように、無駄なく効率的に動いている。
「ノア、相手の司令塔を撹乱して!」
「分かった!」
ノアが「シュッシュッ」と無数の分身を作り、シルヴァンの視界を遮る。
「小賢しい」
しかし、シルヴァンは冷静だった。
「『真実の瞳』」
彼の瞳が「ピカッ」と紫色に光り、幻影が全て見破られてしまう。
「そんな……」
ノアが愕然とする。彼の得意技があっさりと破られた。
「だが、一瞬の隙は作れた!」
俺の体から、またあの圧倒的な魔力が「ドォォォ」と溢れ出した。
「『因果律操作』!」
(なんだこの魔法は!? 因果を……歪める?)
口から出た言葉の意味を、俺自身が理解できなかった。でも、魔法は発動し、「グニャリ」と一瞬だけ世界の理が歪む。
相手の攻撃が、なぜか自分たちに向かって跳ね返った。
「なんだと!?」
初めて、シルヴァンが驚きの表情を見せた。彼の計算を超える現象が起きている。
「今だ! 総攻撃!」
仲間たちが一斉に動く。
「『極大火炎球』!」
エミリアが、「ゴォォォォ」と今までで最大の炎を放つ。その炎は紅蓮の鳥のような形を成していた。彼女の母から受け継いだ炎の才能が、ついに開花した瞬間だった。
「『音速拳』!」
カイルが、「ドガァァン」と音を超える速度で突撃する。拳の軌跡が空気を裂き、「ビリビリ」と衝撃波を生み出した。
「『五大元素融合・エレメンタルストーム』!」
リナが、火水風土光の5つの属性を同時に操る。「シュワワワワ」という音と共に、虹色の嵐が巻き起こる。教科書にない魔法理論を、彼女は独自に編み出していた。
「『千幻影軍』!」
ノアが、「ポンポンポン」と1000体もの分身を作り出す。それぞれが別々の動きをし、まるで本物の軍隊のようだった。
そして俺は――
「『天地統一・森羅万象』!」
(また新しい魔法が……でも、この力なら!)
準決勝で覚醒した力が、さらに洗練された形で発動する。俺の体から「キラキラキラ」と虹色の光が溢れ出す。
5人の攻撃が、完璧なタイミングで帝都魔法学園に襲いかかった。
「くっ! 『絶対防御陣』!」
相手チームも必死に防御を固める。「ガキィィン」という金属音と共に、巨大な魔法陣が展開される。
凄まじい魔力のぶつかり合いで、闘技場全体が「グラグラグラ」と揺れた。観客席の人々が「キャー」と悲鳴を上げる。
煙が晴れると、両チームとも大きなダメージを受けていた。
「はあ、はあ……」
エミリアが「ドサッ」と膝をつく。
魔力を使い果たしたようだ。顔色が真っ青になっている。
「大丈夫か!?」
「うん……でも、もう魔法は……」
彼女の声は震えていた。限界を超えて魔力を使った反動だ。
相手チームも、3人が戦闘不能になっていた。地面に倒れ、「ハァハァ」と苦しそうに息をしている。
残るは、シルヴァンともう1人。
「見事だ」
シルヴァンが、初めて笑みを見せた。その笑みには、敬意が込められていた。
「まさかここまでやるとは」
「まだ……終わってない」
俺は「ヨロッ」と震える足で立ち上がる。体中が悲鳴を上げているが、まだ立っていられる。
「確かに。では、最後の勝負といこう」
シルヴァンが真の力を解放した。
彼の魔力は、「ゴゴゴゴゴ」と今までの比ではなかった。空気が重くなり、息をするのも苦しくなる。
「これが、帝都最強の名を持つ俺の力だ」
圧倒的な魔力に、俺は押し潰されそうになる。「ズシィィ」という重圧が全身にのしかかる。
(強い……でも)
俺は仲間たちを見た。
皆、限界まで戦ってくれた。最後まで信じてついてきてくれた。エミリアは苦しそうにしながらも、俺を見つめている。カイルは拳を握りしめ、まだ戦おうとしている。リナとノアも、最後の力を振り絞ろうとしている。
(なら、俺も応えなければ)
「シルヴァン」
俺は真っ直ぐ相手を見据えた。
「あんたは確かに強い。個人の力では、俺たちの誰も敵わない」
「だが?」
「だが、俺たちには仲間がいる」
俺は倒れた仲間たちに手を伸ばした。
「力を貸してくれ」
すると、不思議なことが起きた。
仲間たちの体から、「フワッ」と光が俺へと流れ込んでくる。温かく、優しい光。
「これは……」
「絆の力よ」
エミリアが微笑む。疲れているはずなのに、その笑顔は輝いていた。
「私たちの思いを、レインに託すわ」
「俺の力も持っていけ」
カイルも「ニカッ」と親指を立てる。
「データは全て頭の中にあります。活用してください」
リナが告げる。彼女の瞳には、絶対の信頼があった。
「僕たちは、いつも一緒だ」
ノアも頷く。
4人の力が、俺の中で一つになる。「ドクンドクン」と心臓が力強く脈打つ。
「『究極融合・五位一体』」
俺の姿が、虹色の光に包まれた。「シャララララ」という美しい音が響き渡る。
これは、仲間との絆が生み出した、新たな形態。皆の思いが、力となって俺の中で輝いている。
「なるほど、それが君たちの答えか」
シルヴァンが感心したように言う。
「なら、俺も全力で応えよう」
シルヴァンが最強の魔法を放つ。
「『創世記・始まりの光』!」
世界を作り変えるほどの光が、「ゴォォォォォ」と俺に迫る。
「『絆の奇跡・永遠の誓い』!」
俺も、仲間たちとの絆を力に変えて放つ。
二つの究極魔法がぶつかり合い、世界が白く染まった。
「ドガァァァァァン」という爆音が響き、光が弾ける。音が消える。時間が止まったかのような、永遠にも思える一瞬。
そして――
光が収まった時、そこには信じられない光景が広がっていた。
俺とシルヴァン、両者とも立っていた。だが、どちらも膝をついていた。
「はあ……はあ……」
息が荒い。全身から力が抜けていく。でも、まだ意識はある。
「見事だ……レイン・エヴァンス」
シルヴァンが、苦しそうに、しかし満足そうに微笑んだ。
「君たちの絆の力……確かに、受け取った」
そして、シルヴァンはゆっくりと前に倒れた。
「しょ、勝者! 王立魔法学園、Fクラス!」
審判の声が、静まり返った闘技場に響いた。
一瞬の静寂。
そして――
「うおおおおおおお!」
爆発的な歓声が、闘技場を包んだ。「ワァァァァァ」という声が天まで届きそうなほど大きく響く。
「やった……やったぞ!」
カイルが「ガッツポーズ」をしながら叫ぶ。
「優勝よ! 私たち、優勝したのよ!」
エミリアが「ポロポロ」と涙を流しながら笑っている。
「データにない結果です。でも、これが現実」
リナも、珍しく感情を露わにしている。彼女の頬にも、一筋の涙が光っていた。
「みんなで、掴んだ勝利だ」
ノアが静かに、しかし確かな声で言った。
俺は倒れそうになりながらも、なんとか立ち上がった。仲間たちが「ダッ」と駆け寄ってきて、俺を支えてくれる。
「レイン! 大丈夫!?」
「ああ……なんとか」
観客席を見上げると、アレクサンダー殿下が立ち上がって「パチパチパチ」と拍手を送っていた。ソフィアも、涙を拭いながら手を叩いている。
そして驚いたことに、Sクラスの生徒たちまでもが、俺たちに拍手を送っていた。
(これが、俺たちが掴んだ未来か)
Fクラスの落ちこぼれたちが、王国最強の座を手に入れた瞬間だった。
でも、何よりも嬉しかったのは――
「みんな、ありがとう」
俺の言葉に、仲間たちが笑顔で応えてくれたことだった。
これこそが、本当の勝利なのかもしれない。