Fクラスの仲間たち
Fクラスに移って一週間が経った。
朝日が差し込む古びた教室。コツコツと響く足音、ザザァと吹く風の音、鳥たちの「チュンチュン」という鳴き声……壁の亀裂から漏れる光が、埃を舞い上がらせる。Sクラスの豪華な教室とは天と地の差だが、不思議と居心地は悪くない。
机の木材は年季が入り、「ミシミシ」と軋む音がする。椅子もガタガタと不安定だが、そこには温かい人の営みがあった。
俺は今、仲間たちと一緒に朝食を取っている。パンを頬張る音「もぐもぐ」、スープを飲む音「ずずっ」、そして楽しげな会話――これもSクラスではありえなかった光景だ。あそこでは皆、他人を蹴落とすことに必死で、こんな和やかな時間を過ごすことなどなかった。
(転生してから、初めて「生きている」実感がある)
社畜時代も、ただ流されるだけの日々だった。毎朝同じ満員電車に揺られ、同じデスクに座り、同じ作業を繰り返す。まるで機械のような毎日。でも今は違う。自分の意志で選んだ道を、仲間と共に歩んでいる。
「レイン、これ食べる?」
エミリアが手作りのサンドイッチを差し出してきた。彼女の指先には小さな火傷の跡があり、きっと朝早くから台所で頑張ったのだろう。
「ありがとう。でも、そんなに気を使わなくても……」
「いいのいいの! だって、レインのおかげで私の魔法、すごく強くなったんだから!」
エミリアは嬉しそうに『小火』を発動する。「パッ」という小気味よい音と共に、暖かい炎が踊る。
一週間前はマッチ程度だった炎が、今では松明くらいの大きさになっていた。「ゆらゆら」と炎が揺れ、教室を暖かく照らしている。
「俺もだ! 見てくれ、この筋肉!」
カイルが上着を脱いで、鍛え上げられた肉体を見せつける。「ムキッ」という筋肉の音が響く。
魔力を循環させる方法を覚えてから、彼の身体能力は飛躍的に向上していた。腕を曲げるたびに「ぐっ」という力強い音が聞こえる。
「二人とも、もともと才能があったんだよ。俺はちょっとアドバイスしただけ」
俺の言葉に、エミリアの頬が風船のように膨らんだ。
「そんな謙遜しないでよ!」
実際、Fクラスの生徒たちは皆、隠れた才能を持っていた。
ただ、間違った教育のせいでそれが開花していなかっただけだ。正しい知識と練習方法を教えれば、彼らは驚くほど成長する。これはプロジェクトマネージャーをしていた時の経験に似ていた。適材適所に配置し、正しい指導をすれば、チーム全体のパフォーマンスが向上する。
「おはよう、みんな」
教室に入ってきたのは、眼鏡をかけた小柄な少女だった。紫がかった黒髪を後ろで一つに結び、分厚い本を何冊も抱えている。コツコツと響く控えめな足音、本を抱える腕の震え。
リナ・アークライト。『記憶』というスキルを持つ、Fクラスの頭脳派だ。いつも図書館に入り浸っていて、朝早くから勉強している努力家でもある。彼女の眼鏡の奥の瞳には、知識への飽くなき探求心が宿っている。
「リナ、遅いぞー!」
カイルが手を振ると、リナは申し訳なさそうに頭を下げた。ペコリという音が聞こえてきそうなほど深いお辞儀だった。
「ごめんなさい。図書館で調べ物をしていて……」
リナの声は小さく、控えめだ。でもその声には、確固たる意志の強さが込められている。
「また魔法理論の本?」
エミリアが心配そうに聞く。彼女の表情には、友人を思いやる優しさが滲んでいる。
「うん。レインが言ってた通り、Fクラス用の教科書は間違いだらけだったから、正しい知識を探してるの」
リナの『記憶』スキルは、一度見たものを完璧に覚えられる能力だ。
戦闘では役に立たないが、学習においては最強クラスの才能だった。
「何か収穫はあった?」
俺が聞くと、リナは興奮した様子で頷いた。普段は控えめな彼女の瞳が、まるで宝石のように輝いている。
「あったわ! 上級クラス用の教科書を見つけたの。やっぱり内容が全然違う!」
リナが取り出した本を見て、俺は手に取ってパラパラとめくった。
不思議な感覚が訪れる。ただページを見ているだけなのに、書かれている理論の正誤が直感的に分かってしまう。そして確信した――これこそが本物の知識だと。まるでプログラムコードを読み解く時のように、情報の構造が頭の中で立体的に展開される。
「でも、これって勝手に持ち出していいの?」
エミリアが不安そうに言う。彼女の声には、規則を破ることへの心配が滲んでいる。
「大丈夫。正式に借りてきたから」
「え? でもFクラスの生徒は上級書を借りられないはず……」
「ふふ、実は司書のおばあさんと仲良くなっちゃって」
リナがいたずらっぽく笑う。その笑顔は普段の控えめな表情とは打って変わって、悪戯好きの少女の顔だった。
どうやら彼女なりに人脈を広げているらしい。『記憶』スキルの持ち主らしく、人の好みや興味も正確に覚えて、適切にアプローチしているのだろう。
「さすがリナだな!」
カイルが感心していると、教室のドアが開いた。
「おい、お前ら。ちょっといいか?」
入ってきたのは、見知らぬ上級生だった。コツコツと響く革靴の音、威圧的な雰囲気。
胸には「A」の文字。Aクラスの生徒だ。身長は俺よりも高く、肩幅も広い。その表情には明らかな優越感と、Fクラスを見下すような冷たさがあった。
「何か用ですか?」
俺が代表して聞くと、上級生はニヤリと笑った。その笑みには、獲物を見つけた肉食動物のような危険さが宿っている。
「お前がレイン・エヴァンスか。Sクラスから落ちてきた『無能』」
「それが?」
俺は冷静に返した。理不尽な上司に慣れていたおかげで、この程度の挑発では動揺しない。
「いや、ちょっと興味があってな。本当に『鑑定』しか使えないのか?」
上級生の目が、値踏みするように俺を見つめる。まるで商品を査定する商人のような、冷たい視線だった。
「ええ、その通りです」
「ふーん。じゃあ、これを『鑑定』してみろ」
上級生が取り出したのは、青く光る宝石だった。「キラキラ」と美しく輝く石だが、その光には何か不自然なものを感じる。
「いいですけど……」
俺は宝石を受け取り、『鑑定』を発動した。「ジーン」という微かな振動と共に、情報が脳内に流れ込む。
瞬間、またあの不思議な感覚が訪れる。宝石の情報が立体的に展開され、隠された仕組みまで理解できてしまう。
(これは……魔力測定石か。しかも測定結果を記録する魔法陣が仕込まれている)
どうやら、俺の本当の魔力量を探ろうとしているらしい。システムエンジニアとしての知識が警告する。これはトラップだ。隠された機能があるプログラムを見抜くのと同じ感覚だった。
(慎重にいこう。まだ隠された力を見せる時じゃない)
「『鑑定』」
俺は意図的に魔力を抑えながら、スキルを発動した。体の奥底で眠る巨大な力を、できるだけ小さく見せるように調整する。
「これは魔力測定石ですね。純度は85%。産地は北の鉱山でしょうか」
「……それだけか?」
上級生が拍子抜けしたように言う。期待していた反応が得られず、明らかに失望している。
「はい。『鑑定』では物の情報しか分かりませんから」
俺は何食わぬ顔で宝石を返した。
実際には、この宝石に仕込まれた魔法陣の構造まで把握していたが、それを言う必要はない。
「チッ、つまらねえな」
上級生は舌打ちすると、踵を返した。「チッ」という苛立ちの音が教室に響く。
「おい、待てよ!」
カイルが立ち上がる。「ガタッ」という椅子の音と共に、彼の怒りが爆発した。
「いきなり来て、失礼なことを言うな!」
「あ? Fクラスの分際で、俺に意見するのか?」
上級生が振り返り、威圧的な魔力を放った。「ゴォッ」という重圧と共に、空気が震える。
Aクラスだけあって、なかなかの実力者のようだ。
「分際とか関係ない! 仲間を馬鹿にされて黙ってられるか!」
カイルも『身体強化』を発動し、対抗する。「ピカッ」という光と共に、彼の体が金色に輝いた。
「ほう、やる気か?」
一触即発の雰囲気になった時、俺は二人の間に割って入った。「ストップ」という手の動きと共に、場の空気を制した。
「やめてください。学園内での私闘は禁止のはずです」
「……フン」
上級生は不満そうだったが、これ以上の騒ぎは避けたいようだった。規則違反で処罰されるリスクを考えたのだろう。
「覚えておけよ、Fクラスの落ちこぼれども」
捨て台詞を残して、上級生は去っていった。「ドンドン」という乱暴な足音が廊下に響く。
「クソッ! なんだあいつ!」
カイルが悔しそうに拳を握る。「ギュッ」という手を握る音が聞こえる。
「仕方ないよ。これが学園のヒエラルキーだから」
俺は肩をすくめた。
実際、この一週間で嫌というほど思い知らされた。Fクラスは学園の最底辺。他のクラスからは見下され、時には嫌がらせも受ける。廊下で肩をぶつけられたり、わざと大きな声で悪口を言われたり、食堂で席を確保できなかったり……数え上げればキリがない。
(でも、それも今のうちだ)
俺は内心で決意を固める。いずれ、この歪んだヒエラルキーを破壊してやる。
「でも、レインの言う通りよ」
エミリアが前向きに言った。彼女の瞳には、希望の光が宿っている。
「私たちは確実に強くなってる。いつか見返してやりましょう!」
「そうだな!」
カイルも気を取り直したようだ。拳を突き上げる音「シュッ」が響く。
その時、教室に一人の教師が入ってきた。「コツコツ」という足音と共に現れたのは……
Fクラスの担任、ガルシア先生だ。40代の男性で、いつも疲れた顔をしている。髪は薄くなり始め、スーツにはシワが寄っている。目の下にはクマがあり、まるで人生に疲れ果てたような表情をしていた。
「おはよう、諸君。今日は重要な発表がある」
ガルシア先生の表情が、いつもより深刻だった。「ゴクリ」と唾を飲む音が教室のあちこちから聞こえる。
「来月、学園対抗戦が開催される」
教室が一瞬静まり返り、次の瞬間ざわめきに包まれた。「えーっ」「マジで?」「学園対抗戦って」
学園対抗戦――それは王国内の魔法学園が威信をかけて競い合う一大イベントだ。優勝チームには王国からの褒賞が与えられ、そのメンバーは将来を約束されたも同然となる。
だが、Fクラスにとっては無縁の話のはずだった。
「各クラスから代表チームを選出することになった。Fクラスからも……」
ガルシア先生が言いにくそうに続ける。「うーん」という悩む声が漏れる。
「一応、出場することになる。学園の規則で、全クラスから代表を出さなければならないからな」
「一応」という言葉に、ガルシア先生の本音が透けて見えた。
どうせFクラスなんて、と思っているのだろう。その表情には、諦めと同情が入り混じっている。
「代表は5人。希望者はいるか?」
誰も手を挙げない。「シーン」という静寂が教室を支配する。
当然だ。他校のエリートたちと戦って、恥をかくだけだと皆が思っている。
「……いないなら、くじ引きで」
「待ってください」
俺は手を挙げた。「シュッ」という手の動きが静寂を破る。
「俺が出ます」
その瞬間、教室中の視線が俺に集中した。驚きの表情、心配そうな顔、そして期待の眼差し。
「レイン君……」
ガルシア先生が驚いたように俺を見る。まさかFクラスの生徒が自分から手を挙げるとは思っていなかったのだろう。
「俺も出る!」
カイルが勢いよく立ち上がった。「ガタン」という音と共に、彼の熱い思いが伝わってくる。
「私も!」
エミリアも手を挙げる。「はいっ」という元気な声が響く。
「じゃあ、私も……」
リナも控えめに手を挙げた。その小さな手に、大きな決意が込められている。
「4人か……あと1人」
その時、教室の隅で大人しくしていた生徒が、震える手をゆっくりと挙げた。
「僕も、出ていいですか?」
か細い声の主は、銀髪の美少年だった。灰色の瞳には不安と、それでも前に進もうとする決意が宿っている。
ノア・ウィンターズ。『幻影』という、これまた戦闘向きではないスキルの持ち主だ。いつも本の陰に隠れるようにして過ごしている、影の薄い少年。彼の声はいつも小さく、まるで風に吹かれそうなほど儚い。
「ノアも!?」
カイルが驚く。その声には、純粋な驚きが込められている。
ノアは普段ほとんど喋らない、クラスで最も内気な存在だった。入学以来、誰かと積極的に関わろうとしたことは一度もない。
「みんなが頑張ってるのを見て、僕も何かしたくなって……」
ノアが恥ずかしそうに言う。その頬には、ほんのりと赤みが差している。
(この子も、変わろうとしているんだな)
俺は心の中で微笑んだ。一週間前の彼は、こんなことを言い出すタイプではなかった。でも今は違う。仲間たちの成長を見て、自分も変わりたいと思っているのだろう。
「よし、これで5人だな!」
カイルが嬉しそうに言った。「パンパン」と手を叩く音が響く。
「ちょっと待て」
ガルシア先生が困惑した表情を浮かべる。
「君たち、本気か? 相手は他校のエリートだぞ。Sクラスレベルの」
「分かってます」
俺は真っ直ぐにガルシア先生を見た。その瞳に、揺るぎない決意を込めて。
「でも、挑戦しなければ何も変わらない」
俺の言葉に、ガルシア先生の表情が少し変わった。そこには驚きと、わずかな感動が宿っている。きっと長年Fクラスの担任をしていて、こんな積極的な生徒は初めて見るのだろう。
「……」
ガルシア先生は深いため息をついた。「はぁ」という音と共に、肩が下がる。
「分かった。君たちをFクラス代表として登録しよう。ただし、無理はするなよ」
「はい!」
5人で声を揃えて返事をした。「はいっ!」という元気な声が教室に響く。
◆
放課後、俺たちは学園の訓練場に集まっていた。「ザッザッ」という砂地を踏む音が響く。
訓練場は学園の一角にある広いスペースで、様々な訓練器具が置かれている。的となる藁人形、重量の異なるダンベル、剣を練習するための木剣、そして魔法の練習用の魔法陣が描かれたエリア。夕日が差し込み、訓練場全体を金色に染めている。
「さて、まずは各自の実力を確認しよう」
俺の提案で、それぞれが現在の力を披露することになった。
「じゃあ、俺から!」
カイルが前に出る。「ザッ」という足音と共に、砂埃が舞い上がる。
「『身体強化』!」
全身が光り輝き、「ピカッ」という音と共にカイルの筋力が増幅される。
彼は助走をつけて跳躍し、5メートル近い高さまで飛び上がった。「ヒュゥ」という風を切る音が響く。
「すげー!」
皆が歓声を上げる。「わあああ」「すごい」という驚きの声。
「これくらい、まだまだだ!」
カイルは着地すると、今度は訓練用の巨大な岩に向かって拳を振るった。
ゴッ!
重い音と共に、岩に亀裂が入る。「バキバキ」という石が割れる音が響いた。
「一週間前なら、手が折れてたのに……」
カイル本人も、自分の成長に驚いていた。拳を見つめる彼の瞳には、自信の光が宿っている。
「次は私ね」
エミリアが前に出る。「パタパタ」という軽やかな足音。
「『小火』……いえ、今は『火球』って呼んでもいいかな?」
彼女が魔力を集中させると、手のひらにバスケットボール大の火球が現れた。「ゴォッ」という炎の音が響く。
「えい!」
火球を放つと、それは的確に標的の藁人形に命中し、一瞬で燃え尽きた。「ボンッ」という爆発音と「バチバチ」という燃える音。
「エミリア、すごい!」
リナが拍手する。「パチパチ」という音が響く。
「でも、まだ一発しか撃てないの。魔力が足りなくて……」
エミリアが少し不満そうに言う。でもその表情には、確実な成長への手応えが感じられる。
「それでも十分だよ。一週間でここまで成長したんだから」
俺が励ますと、エミリアは嬉しそうに微笑んだ。
「私は……戦闘向きじゃないけど」
リナが遠慮がちに言う。「えーっと」という迷いの声。
「『記憶』を使って、皆の動きを分析できるわ」
彼女は先ほどのカイルとエミリアの動きを、完璧に説明し始めた。
筋肉の使い方、魔力の流れ、改善点まで的確に指摘する。まるで映像を再生しているかのような、詳細で正確な分析だった。
「リナ、それってすごく重要だよ!」
俺は感心した。
戦闘において、分析役の存在は欠かせない。プロジェクトマネージャーをしていた時も、データ分析担当のメンバーは常にチームの要だった。
「最後は、ノアか」
皆の視線が銀髪の少年に集まる。ノアは少し緊張しているようで、「ゴクリ」と唾を飲む音が聞こえた。
「僕の『幻影』は、こんな感じです」
ノアが魔力を発動すると、彼の姿がぼやけた。「ぼやーん」という不思議な音と共に、輪郭が曖昧になる。
次の瞬間、ノアが3人に増えていた。「シュン、シュン」という分身が現れる音。
「おお!」
「でも、これだけじゃ……」
ノアが申し訳なさそうに言う。
「実体はないから、攻撃もできないし……」
「いや、使い方次第だよ」
ノアの幻影を見つめながら、俺の脳内であの不思議な感覚が働き始めた。『鑑定』が示すのは表面的な情報だけのはずなのに、なぜか応用方法まで理解できてしまう。
(この『幻影』、単なる視覚的な分身じゃない。わずかだが魔力の痕跡を残している。ということは……)
「例えば、こんな風に動いてみて」
俺の指示通りに3人のノアが動き回ると、どれが本物か分からなくなった。「ひょこひょこ」という軽やかな移動音。
「これは……かく乱戦術に使える!」
カイルが興奮して言う。
「そういうこと。ノアの『幻影』は、チーム戦でこそ真価を発揮する」
ノアの顔が、パッと明るくなった。いつも俯きがちだった彼の表情に、初めて希望の光が宿る。
今まで自分の能力を否定されてきた彼にとって、初めての評価だったのだろう。
「さて、最後は俺か」
皆が期待の眼差しで俺を見つめる。
「でも、俺は『鑑定』しかできないからなあ」
「えー! レインも何か見せてよ!」
エミリアが不満そうに言う。その声には、子供のような可愛らしさがある。
「うーん、じゃあ……」
俺は辺りを見回し、訓練場の隅に転がっていた古い剣を手に取った。錆びついて、誰も見向きもしない代物だ。「ガチャ」という金属音が響く。
「『鑑定』」
スキルを発動すると、剣の情報が脳内に流れ込んでくる。そして、またあの不思議な感覚が……。
(この剣の金属組成、結晶構造……なるほど、打ち直しのポイントが見える)
前世でシステムの欠陥を見つけては修正していた経験が、こんなところで役に立つとは。バグを見つけて修正するのと同じ感覚で、剣の問題点が理解できる。
「この剣、刃こぼれしてるけど、金属の結晶を整えれば……」
俺は近くの石で、剣の特定の箇所を軽く叩いた。金属工学の知識と、『鑑定』で得た情報を組み合わせて、正確にポイントを狙う。
カンカンカン……
リズミカルな音と共に、刃こぼれしていた部分が少しずつ形を取り戻していく。
「えええ!? 刃が……元に戻ってる!?」
全員が驚きの声を上げる。「きゃー」「うそでしょ」「すげー」
「『鑑定』で素材の特性を理解して、適切な処置をしただけさ。まあ、前世で……じゃなくて、独学で勉強した知識も役立ったけどね」
危うく前世のことを口にしそうになって、慌てて言い直した。
「レイン、やっぱりすごい!」
「『鑑定』ってそんな使い方もあるのか!」
仲間たちの称賛を受けながら、俺は内心で次の計画を立てていた。
(学園対抗戦まで、あと一ヶ月)
その間に、皆をどこまで成長させられるか。
そして、俺自身もどこまで力を解放するか。体の奥底で、まだ眠っている巨大な力を感じる。でも今はまだその時ではない。
「よし、今日から特訓だ!」
カイルが気合を入れる。「グッ」という力こぶを作る音。
「そうね。Fクラスの意地を見せてやりましょう!」
エミリアも同意する。「ええ!」という力強い声。
「データを集めて、効率的な訓練メニューを作るわ」
リナが早速メモを取り始める。「カリカリ」というペンの音が響く。
「僕も、もっと『幻影』を使いこなせるように頑張ります」
ノアも決意を新たにする。普段の弱々しい声とは違う、確固たる意志が込められた声だった。
(いいチームになりそうだ)
俺は仲間たちを見回して、心から思った。
Sクラスにいた時は感じられなかった、本当の絆。
互いに助け合い、共に成長していく仲間の存在。それは前世では決して手に入れることができなかった、かけがえのない宝物だった。
エミリアの屈託のない笑顔、カイルの熱い友情、リナの冷静な知性、ノアの純粋な心……一人一人が輝いて見える。
「レイン、どうしたの?」
エミリアが不思議そうに俺を見る。
「いや、なんでもない」
俺は微笑んだ。
「さあ、特訓を始めよう。一ヶ月後、皆を驚かせてやるんだ」
「おお!」
夕日に照らされた訓練場に、俺たちの気合の入った声が響いた。「わああああ」という力強い声が、空に向かって響く。
鳥たちが「ピーピー」と鳴き、まるで俺たちの決意に応えているかのようだった。
Fクラスの挑戦は、まだ始まったばかりだ。
でも俺には確信がある。この仲間たちとなら、どんな困難も乗り越えられる。そして必ず、このクラス制度の歪みを正してやる。
夕風が「ヒューッ」と吹き、俺たちの髪を優しく撫でていく。その風に乗って、新しい物語の始まりが告げられているかのようだった。
後に、仲間たちの背景を知ることになる。
カイルは北の農村で、病弱な妹と年老いた両親と暮らしていた。「強くなって、家族を守りたい」それが彼の原動力だった。
エミリアの母は、原因不明の病に侵されていた。高額な治療費を稼ぐため、彼女は必死に魔法を磨いていた。
リナは貴族の末席に生まれたが、戦闘向きでないスキルのせいで家族から疎まれていた。「せめて知識で貢献したい」それが彼女の願いだった。
ノアは孤児院で「嘘つき」と呼ばれ続けた過去を持つ。誰も信じてくれない『幻影』の力を、初めて認めてくれたのが俺たちだった。
それぞれが背負う重荷、それぞれが抱える夢。Fクラスに集まった俺たちは、単なる落ちこぼれの集まりではなかった。必死に生きようとする、人間たちの集まりだったのだ。