運命の対決
朝霧が立ち込める王都の平原。
そこに、二つの軍勢が対峙していた。
一方は、王国軍一万。
重装備の騎士団を中心に、魔法部隊、弓兵部隊が整然と並ぶ。
もう一方は、魔獣の群れ。
その数は三千ほどだが、一体一体が強大な力を持つ。
そして、その中央に――
「来たか」
ザルディスが、静かに佇んでいた。
◆
「魔獣王ザルディス!」
王国軍の将軍が叫ぶ。
「王国への反逆、その罪を償え!」
「反逆?」
ザルディスが冷笑する。
「私はただ、正当な権利を主張しているだけだ」
「魔獣風情が、何を言う!」
「その傲慢さが、お前たちの限界だ」
ザルディスの魔力が高まる。
それに呼応して、魔獣たちが唸り声を上げた。
◆
一触即発の状況。
今にも、血みどろの戦いが始まろうとしていた。
その時――
「待て!」
両軍の間に、一つの影が降り立った。
俺だ。
「レイン・エヴァンス……」
ザルディスが目を細める。
「約束通り、来たな」
「ああ。そして、答えも持ってきた」
◆
「何者だ!」
王国軍の将軍が怒鳴る。
「戦場に割り込むとは」
「俺は、調停者だ」
俺は両軍に向かって宣言する。
「この無意味な戦いを、止めに来た」
「無意味だと!?」
将軍が激怒する。
「王国の威信を守る聖なる戦いを」
「どこが聖なる戦いだ」
俺は冷静に反論する。
「ただの恐怖と偏見に基づいた、愚かな殺し合いじゃないか」
◆
「小僧、貴様!」
将軍が剣を抜こうとする。
しかし――
「やめなさい」
王国軍の後方から、声が響いた。
エドワード殿下だ。
「殿下! なぜここに」
「私も、この戦いに疑問を持っている」
エドワード殿下が前に出る。
「レイン君の話を、聞こうじゃないか」
◆
「ほう」
ザルディスが興味深そうに言う。
「王子自ら出てきたか」
「ザルディス」
俺は魔獣王に向き直る。
「あなたの望みは、共存だと言った。なら、証拠を見せよう」
俺が合図すると、シルヴィアが姿を現した。
その美しくも野性的な姿に、両軍がざわめく。
「彼女は、人と魔獣の混血。共存の生きた証だ」
◆
「なんと……」
エドワード殿下が驚く。
「本当に、そのような存在が」
「私の両親は、愛し合っていました」
シルヴィアが静かに語る。
「人間の母と、魔獣の父。種族の違いを超えて」
「馬鹿な!」
将軍が否定する。
「そんなことがあるはずが」
「現に、私がここにいる」
シルヴィアが毅然と言う。
「これが、真実です」
◆
「さらに」
俺は続ける。
「過去には、調和の里という場所があった。人と魔獣が共に暮らしていた」
「それは……」
王国軍の中から、動揺の声が上がる。
その歴史を知る者もいるのだろう。
「確かに、王国が滅ぼした」
エドワード殿下が認める。
「五百年前の、暗い歴史だ」
「その過ちを、繰り返すのか?」
俺は両軍に問いかける。
◆
「では、どうしろと言うのだ」
ザルディスが問う。
「王国は、我々を認めない。だから、力で」
「違う」
俺は『調和』の力を解放する。
温かい光が、俺の全身から溢れ出す。
「理解し合えば、道は開ける」
光が、ゆっくりと広がっていく。
それに触れた者たちの表情が、変わり始めた。
◆
不思議な感覚だった。
『調和』の力が、人々の心に触れていく。
恐怖、憎しみ、偏見。
それらの負の感情が、少しずつ溶けていく。
代わりに、好奇心、理解、そして共感が芽生える。
「これは……」
王国軍の兵士たちが、困惑している。
今まで恐れていた魔獣が、急に恐ろしくなくなった。
むしろ、同じ生命として感じられる。
◆
魔獣たちも、同様だった。
人間への敵意が薄れ、興味を持ち始める。
中には、恐る恐る人間に近づく魔獣もいた。
「すごい……」
エミリアが感嘆の声を上げる。
「本当に、心が通じ合ってる」
「これが、調停者の力か」
ザルディスが、複雑な表情を見せる。
「千年ぶりに、現れたというわけか」
◆
「ザルディス」
俺は魔獣王に歩み寄る。
「あなたの怒りは理解できる。不当に扱われ、追放された」
「……」
「でも、憎しみの連鎖は何も生まない」
俺は手を差し伸べる。
「新しい時代を、共に作ろう」
長い沈黙。
ザルディスは、俺の手を見つめていた。
そして――
◆
「面白い提案だ」
ザルディスが、ゆっくりと手を伸ばす。
「だが、王国が認めるか?」
「認めさせる」
エドワード殿下が進み出る。
「私が、父上を説得する」
「殿下!」
将軍が止めようとするが、エドワード殿下は首を振る。
「もう充分だ。憎しみ合うのは、終わりにしよう」
◆
その時、奇跡が起きた。
一人の若い兵士が、槍を捨てた。
そして、恐る恐る魔獣に近づいていく。
小さな魔獣も、警戒しながら兵士に近づく。
そして、お互いの手と前足が、そっと触れ合った。
「温かい……」
兵士が呟く。
その光景を見て、次々と武器を下ろす者が現れた。
◆
「これが、答えか」
ザルディスが、深い息をつく。
「千年の憎しみを、こんな形で」
「憎しみは、理解で癒せる」
俺は確信を持って言う。
「時間はかかるだろう。でも、不可能じゃない」
「ふっ」
ザルディスが、初めて穏やかな笑みを見せた。
「若造に、教えられるとはな」
◆
「では、条件を出そう」
ザルディスが提案する。
「魔獣にも、市民権を。差別のない、平等な扱いを」
「当然です」
エドワード殿下が頷く。
「新しい法を作りましょう」
「そして、共存特区の設立を」
俺が付け加える。
「人と魔獣が、共に暮らせる場所を」
「いいだろう」
ザルディスが同意する。
◆
こうして、歴史的な合意が成立した。
戦争は回避され、新たな時代の幕開けとなった。
「やったな、レイン」
カイルが肩を叩く。
「本当に、止めやがった」
「みんなのおかげだ」
俺は仲間たちを見回す。
「一人じゃ、何もできなかった」
「謙遜することないわ」
エミリアが微笑む。
「あなたが、奇跡を起こしたのよ」
◆
その後、正式な調印式が行われた。
渋る王を、エドワード殿下が必死に説得した。
そして、ついに『人魔共存条約』が締結された。
「新しい時代の始まりだ」
調印を見守りながら、ザルディスが呟く。
「君のおかげだ、レイン・エヴァンス」
「いえ、皆の勇気のおかげです」
俺は首を振る。
「一歩を踏み出す勇気が、世界を変えた」
◆
夕日が、王都を黄金色に染めている。
平原では、人間と魔獣が共に語らっていた。
まだぎこちないが、確かな一歩だ。
「感動的ね」
シルヴィアが涙を浮かべる。
「やっと、この日が来た」
「ああ」
俺も感慨深い。
「でも、これからが本番だ」
共存は、始まったばかり。
課題は山積みだ。
だが、希望はある。
今日、それを証明した。