覚醒
魔力の滝に打たれながら、俺は自分の魂の最深部と向き合っていた。
そこにあったのは、巨大な扉。
黄金に輝く扉には、複雑な紋様が刻まれている。
(これを開ければ……)
俺は精神体の手を伸ばし、扉に触れた。
瞬間、凄まじい衝撃が全身を貫く。
記憶が、走馬灯のように流れ込んでくる。
いや、これは俺の記憶じゃない。
もっと古い、もっと深い記憶――
◆
見えたのは、遥か昔の光景だった。
人と魔獣が、当たり前のように共に暮らしている世界。
子供たちが魔獣と遊び、大人たちが協力して畑を耕している。
そこには、憎しみも恐れもない。
ただ、平和な日常があった。
(これが、本来の姿……)
そして、一人の男が見えた。
人でありながら、魔獣の力も持つ者。
彼こそが、最初の調停者だった。
◆
『お前は、私の生まれ変わり』
声が、直接魂に響いてくる。
『千年の時を経て、再び調停者が必要とされている』
「調停者?」
『人と魔獣を繋ぐ者。理解と共感を生み出す者』
扉がゆっくりと開いていく。
そこから溢れ出す光は、温かく、優しい。
『これが、お前の第四の力――『調和』』
光が俺の全身を包み込む。
そして、新たな力が覚醒した。
◆
気がつくと、俺は滝の前で倒れていた。
「レイン!」
心配そうなエミリアの顔が見える。
「大丈夫か!? 三日も意識がなくて」
「三日……」
そんなに時間が経っていたのか。
「成功したようだな」
シルヴィアが満足そうに頷く。
「お前の魔力が、以前とは全く違う」
確かに、体の中を流れる力が変わっていた。
より深く、より調和の取れた力。
◆
「『調和』か……」
俺は自分の手を見つめる。
この力の使い方が、本能的に理解できた。
相手の心に触れ、理解を深める力。
対立を解消し、協調を生み出す力。
まさに、今必要とされている力だ。
「どんな力なの?」
リナが興味深そうに尋ねる。
「説明より、実演の方が早い」
俺は近くにいた小さな魔獣に手を伸ばした。
◆
普通なら逃げるはずの魔獣が、大人しく近づいてくる。
俺が『調和』を発動すると、魔獣との間に不思議な繋がりが生まれた。
言葉は通じない。
だが、心が通じ合う。
魔獣の恐れ、好奇心、そして親愛の情が伝わってくる。
「すごい……」
エミリアが息を呑む。
「魔獣と心を通わせてる」
「これが、調停者の力」
シルヴィアが説明する。
「かつて、この力で人と魔獣は共存していた」
◆
「でも、なぜ俺に」
「運命だ」
シルヴィアが真剣な表情で言う。
「千年に一度、調停者は生まれる。世界が必要とする時に」
「今がその時ってことか」
「ザルディスの出現も、お前の覚醒も、すべて必然」
シルヴィアが空を見上げる。
「世界が、変革を求めている」
重い使命感が、俺の肩にのしかかる。
だが、逃げるつもりはない。
◆
残りの時間、俺たちは最後の準備に取り掛かった。
俺は『調和』の力を磨き、使いこなせるように訓練する。
仲間たちも、それぞれが新たな境地に達していた。
「見てくれ!」
カイルが新技を披露する。
剣に魔力を纏わせ、一振りで大木を両断した。
「魔剣術を完成させた」
「私も!」
エミリアが複数の属性を同時に操る。
「複合魔法の極致よ」
◆
リナは、広範囲の情報を瞬時に解析できるようになった。
ノアは、完全に気配を消す技を身につけた。
皆、見違えるほど強くなっている。
「これなら、戦えるかもしれない」
カイルが自信を見せる。
「いや、戦いは最後の手段だ」
俺は首を振る。
「まずは、対話を試みる」
「でも、相手が聞く耳を持たなかったら?」
ノアが現実的な疑問を投げかける。
◆
「その時は……」
俺は拳を握る。
「力ずくでも、止める」
王国が戦争を選んでも。
ザルディスが破壊を選んでも。
俺たちが、両方を止める。
それが、調停者としての使命だ。
「無茶よ」
エミリアが心配そうに言う。
「両方を敵に回すなんて」
「でも、それしか道はない」
俺は決意を込めて言う。
「共存への道を、俺たちが切り開く」
◆
約束の日まで、あと一週間。
王都では、軍の準備が着々と進んでいた。
「愚かな……」
城壁の上から、軍の様子を見ていたエドワード殿下が呟く。
「レイン君、本当に止められるのか?」
「やってみせます」
俺は断言した。
「必ず、戦争を回避します」
「期待している」
エドワード殿下が俺の肩に手を置く。
「私も、できる限りの協力をしよう」
◆
その夜、ガルムが再び訪ねてきた。
「明後日、ザルディス様が動く」
彼の表情は緊迫していた。
「予定より早い」
「なぜ?」
「王国軍の動きを察知したらしい」
ガルムが苦い顔をする。
「先手を打つつもりだ」
時間がない。
急いで、最終的な作戦を立てる必要がある。
◆
「シルヴィア、協力してくれるか?」
俺は森の守護者に頼んだ。
「共存の生きた証として」
「もちろんだ」
シルヴィアが頷く。
「私の存在が、少しでも役に立つなら」
「ミラさんも」
俺は情報屋に声をかける。
「妹さんと一緒に、証人になってください」
「分かりました」
ミラが決意を込めて頷く。
◆
作戦は決まった。
まず、俺がザルディスと対話を試みる。
『調和』の力を使い、相互理解の可能性を示す。
同時に、シルヴィアたちが王国側に共存の実例を示す。
両方を説得し、戦争を回避する。
それが、俺たちの計画だった。
「上手くいくかな」
カイルが不安そうに呟く。
「いかせる」
俺は力強く言った。
「必ず、成功させる」
◆
そして、運命の日の前夜。
俺たちは最後の夜を共に過ごした。
「なあ、レイン」
カイルが切り出す。
「もし、明日で全てが終わったら」
「終わらせない」
俺は即答する。
「これは、終わりじゃない。新しい始まりだ」
「そうね」
エミリアが微笑む。
「人と魔獣が共に生きる、新しい時代の」
◆
「データ分析の結果」
リナが報告する。
「成功率は、23.7%」
「低いな」
ノアが苦笑する。
「でも、ゼロじゃない」
俺は前向きに捉える。
「可能性がある限り、諦めない」
「そうだな」
カイルが立ち上がる。
「最後まで、一緒に戦おう」
皆が頷き、手を重ね合わせた。
「『絆の証』、永遠に」
◆
夜明け前、俺は一人で瞑想していた。
『調和』の力を、体に馴染ませる。
この力が、鍵となる。
人と魔獣を繋ぐ、架け橋となる。
(父さん、母さん)
転生前の記憶が、微かに蘇る。
(見ていてくれ。俺は、この世界を守る)
東の空が、白み始めた。
決戦の日が、始まろうとしていた。