試練の森での修行
試練の森は、その名の通り、過酷な場所だった。
一歩足を踏み入れただけで、濃密な魔力が肌を刺す。
ここに生息する魔物は、通常の森とは比較にならない強さを持つ。
「うわっ!」
カイルが、突然現れた巨大蜘蛛の攻撃を辛うじて避ける。
Aランク魔物、アラクネ。
その糸は鋼鉄より硬く、毒を持つ。
「【火炎球】!」
エミリアの魔法が炸裂するが、アラクネは素早く回避する。
「速い!」
◆
「落ち着け!」
俺は『解析』でアラクネの動きを読む。
「次は右から来る!」
俺の予測通り、アラクネは右から糸を放った。
「今だ!」
ノアが背後から短剣で急所を突く。
アラクネが苦悶の声を上げて倒れる。
「ふう……」
リナが額の汗を拭う。
「さすがAランクの魔物ね」
◆
それから一ヶ月。
俺たちは毎日、試練の森で限界に挑戦し続けた。
最初は一体倒すのも苦労したが、徐々に連携が取れるようになってきた。
「カイル、左!」
「分かってる!」
カイルの剣が、魔物の攻撃を受け流す。
その隙を、エミリアが突く。
「【雷撃の槍】!」
新たに習得した雷属性の魔法が、魔物を貫いた。
◆
「みんな、強くなったな」
夜、焚き火を囲みながら俺は言った。
「でも、まだ足りない」
カイルが悔しそうに拳を握る。
「ザルディスには、遠く及ばない」
「分かってる」
俺も現実を認識していた。
確かに強くなった。
だが、あの圧倒的な力の前では、まだ無力に等しい。
◆
「レイン」
エミリアが心配そうに俺を見る。
「あなた、最近無理してない?」
「大丈夫だ」
俺は微笑む。
しかし実際は、かなり無理をしていた。
『無限』の魔力を使い続けることで、体に負担がかかっている。
(でも、時間がない)
残り二ヶ月。
焦りが、俺を駆り立てていた。
◆
ある日、森の奥深くで、俺たちは予想外の存在と遭遇した。
「人間か」
木の上から、声が降ってきた。
見上げると、そこには一人の女性がいた。
長い緑の髪に、エルフのような尖った耳。
しかし、その瞳は獣のように鋭い。
「あなたは……」
「私は、森の守護者」
女性が軽やかに地面に降り立つ。
「名は、シルヴィア」
◆
「森の守護者?」
リナが警戒しながら尋ねる。
「聞いたことがないわ」
「当然だ」
シルヴィアが微笑む。
「私は、人間でも魔獣でもない。その中間の存在」
「中間?」
「半人半獣、とでも言えばいいか」
その言葉に、俺たちは驚いた。
ガルムのような、人工的なものではない。
自然に生まれた、人と魔獣の混血。
◆
「なぜ、俺たちに姿を?」
俺が質問する。
「君たちを、一ヶ月見ていた」
シルヴィアが答える。
「必死に修行する姿を。そして、魔獣を無意味に殺さない心を」
「それで?」
「力を貸そうと思って」
シルヴィアの申し出に、皆が驚く。
「なぜ?」
「ザルディスのことは知っている」
彼女の表情が真剣になる。
「そして、君たちが何を目指しているかも」
◆
「共存、だろう?」
シルヴィアの言葉に、俺は頷いた。
「ああ。人と魔獣が共に生きる道を」
「なら、私の存在が証明になる」
シルヴィアが自分を指す。
「私の母は人間、父は魔獣だった」
「本当に?」
エミリアが信じられないという顔をする。
「この森で、二人は出会い、愛し合った」
シルヴィアが昔を懐かしむように語る。
「そして、私が生まれた」
◆
「でも、どうやって」
リナが疑問を口にする。
「人と魔獣では、種が違いすぎる」
「愛があれば、奇跡は起きる」
シルヴィアが優しく微笑む。
「それに、古い時代には、もっと多くの混血がいた」
「調和の里のことか?」
俺の問いに、シルヴィアは驚いた。
「知っているのか」
「文献で見つけた」
◆
「そう……あの村のことを」
シルヴィアの顔が曇る。
「私の祖父母も、あそこにいた」
「本当か!?」
「王国軍に滅ぼされる前に、逃げ出したと聞いている」
シルヴィアが悲しそうに続ける。
「多くの同胞が、あの日失われた」
沈黙が流れる。
過去の悲劇が、今も影を落としている。
◆
「だからこそ、君たちに期待している」
シルヴィアが顔を上げる。
「もう一度、共存の道を開いてくれることを」
「でも、俺たちにそんな力が」
カイルが弱気になる。
「力はある」
シルヴィアが俺を見る。
「特に、君には特別な力を感じる」
「俺に?」
「三つの究極スキル。そして、まだ覚醒していない何か」
◆
「覚醒していない?」
「君の中には、もう一つの力が眠っている」
シルヴィアが真剣な眼差しで言う。
「それを引き出せれば、ザルディスとも対等に話せるかもしれない」
「どうすれば」
「修行だ」
シルヴィアが立ち上がる。
「私が、特別な修行をつけてやろう」
こうして、俺たちに新たな師匠ができた。
◆
シルヴィアの修行は、今までとは次元が違った。
「魔力を使うな」
彼女の最初の指示に、皆が困惑する。
「純粋な身体能力と、精神力だけで戦え」
「そんな無茶な」
エミリアが抗議する。
「魔法使いの私に、魔法なしで戦えと?」
「だからこそ、意味がある」
シルヴィアが厳しい表情で言う。
「魔力に頼りすぎれば、本質を見失う」
◆
最初は、散々だった。
魔法なしでは、低級の魔物にすら苦戦する。
特に、魔法使いのエミリアとリナは苦労した。
「くっ……」
エミリアが魔物に追い詰められる。
魔法を使えば一瞬なのに。
「諦めるな!」
シルヴィアが叱咤する。
「己の限界を超えろ!」
◆
しかし、一週間もすると、変化が現れ始めた。
魔力を使わないことで、別の感覚が研ぎ澄まされていく。
「来る!」
エミリアが、魔物の攻撃を予測して避ける。
魔力探知ではない。
純粋な直感と、相手の動きを読む力。
「いいぞ」
シルヴィアが頷く。
「それが、真の強さへの第一歩だ」
◆
俺も、新たな感覚を掴み始めていた。
『解析』を使わずとも、相手の動きが読める。
『創造』を使わずとも、戦術が浮かぶ。
『無限』を使わずとも、力が湧いてくる。
(これは……)
今まで、スキルに頼りすぎていた。
本当の力は、もっと深いところにある。
◆
「よし」
二週間後、シルヴィアが満足げに言った。
「基礎はできた。次は、応用だ」
「応用?」
「魔力と身体能力の融合」
シルヴィアが説明する。
「今まで別々だったものを、一つにする」
そして、彼女は実演して見せた。
一瞬で姿が消え、次の瞬間には魔物の背後にいた。
魔法ではない。
純粋な身体能力に、魔力を完全に融合させた動き。
◆
「すごい……」
ノアが感嘆の声を上げる。
「まるで瞬間移動みたい」
「これが、人と魔獣の力を併せ持つ者の技」
シルヴィアが微笑む。
「君たちも、できるようになる」
特訓は、さらに厳しさを増した。
だが、確実に成果は出ていた。
皆、以前とは比べ物にならない動きを見せ始めている。
◆
そんなある日、シルヴィアが俺を呼んだ。
「レイン、君だけ特別な修行をする」
「特別な?」
「君の中の、第四の力を覚醒させる」
シルヴィアが真剣な表情で言う。
「時間はない。荒療治になるが」
「構わない」
俺は即答した。
強くなるためなら、どんな修行でも受ける。
◆
シルヴィアに連れられて、森の最深部へ。
そこには、巨大な滝があった。
しかし、普通の滝ではない。
水ではなく、純粋な魔力が流れ落ちている。
「魔力の滝……」
「ここで、瞑想する」
シルヴィアが指示する。
「滝に打たれながら、自分の内面と向き合え」
「それで、力が覚醒する?」
「君次第だ」
◆
俺は滝に入った。
瞬間、凄まじい魔力の奔流が襲いかかる。
意識が、一瞬で持っていかれそうになる。
(耐えろ……)
必死に意識を保ち、瞑想に入る。
自分の内面へ、深く、深く潜っていく。
そして――
見えた。
俺の魂の最深部に、封印された何かが。
それは、今までのスキルとは違う、もっと根源的な力。
(これが、第四の力……)