王都への帰還
三日後、俺たちは王都に到着した。
救出した人質たちは、それぞれの家族の元へと帰っていった。
涙の再会を見守りながら、俺たちも安堵の息をついた。
「本当に、ありがとうございました」
ミラが深々と頭を下げる。
彼女の隣では、妹のユリが恥ずかしそうに俺たちを見ていた。
「妹を助けてくださって……この恩は一生忘れません」
「気にしないでください」
俺は微笑んだ。
「困っている人を助けるのが、冒険者の仕事ですから」
◆
冒険者ギルドに報告に向かうと、ギルドマスターのバルドとエドワード殿下が待っていた。
「無事に戻ったか」
バルドが安堵の表情を見せる。
「人質も全員救出したと聞いた。見事だ」
「ありがとうございます」
しかし、俺の表情は暗かった。
「ただ、問題が」
「ザルディスと会ったのだね」
エドワード殿下が察したように言う。
「報告を聞こう」
◆
俺は、廃鉱山での出来事を詳細に報告した。
ヴァイスとガルムとの戦い。
そして、ザルディスとの遭遇。
三ヶ月後の宣告まで、すべてを。
「共存か、滅亡か……」
バルドが重い表情で呟く。
「ザルディスらしい、傲慢な要求だ」
「しかし、彼の力は本物でした」
俺は正直に告げる。
「王国軍で勝てる相手ではありません」
◆
「分かっている」
エドワード殿下が頷く。
「ザルディスは、かつて王国最強と呼ばれた男。その実力は、誰よりも知っている」
「では、どうするのですか?」
エミリアが心配そうに尋ねる。
「父上に報告し、対策を協議する」
エドワード殿下の表情が険しくなる。
「だが、おそらく強硬派が主張するだろう。全面戦争を、と」
◆
その予想は的中した。
翌日、王城で開かれた緊急会議。
俺たちも参考人として召喚された。
「魔獣どもと共存など、ありえない!」
軍務大臣が机を叩く。
「奴らは人類の敵だ! 徹底的に殲滅すべし!」
「そうだ! 王国の威信にかけて!」
他の大臣たちも同調する。
会議室は、戦争一色に染まっていた。
◆
「待ってください」
俺は思わず立ち上がった。
「ザルディスの力を、甘く見ないでください」
「黙れ、小僧!」
軍務大臣が怒鳴る。
「たかがDランクの冒険者が、何を知っている!」
「俺は、実際に戦いました」
俺は臆さずに続ける。
「彼は、伝説級の魔獣を複数従えている。王国軍では」
「それは君の力不足だろう」
別の大臣が嘲笑する。
「我が王国軍なら、必ず勝てる」
◆
議論は平行線をたどった。
誰も、ザルディスの脅威を真剣に受け止めていない。
いや、受け止めたくないのだろう。
認めれば、自分たちの無力を認めることになるから。
「陛下」
エドワード殿下が、玉座の父王に進言する。
「一度、冷静に考えるべきです。共存の道も」
「共存だと!?」
王が初めて口を開いた。
「魔獣どもと? 馬鹿を言うな」
◆
「しかし、父上」
「黙れ!」
王の一喝で、エドワード殿下も黙り込む。
「王国は、千年の歴史を持つ。魔獣ごときに屈するものか」
王の言葉で、方針は決定した。
全面戦争。
三ヶ月後、王国軍はザルディスを迎え撃つ。
「愚かな……」
俺は小さく呟いた。
このままでは、王国は滅びる。
◆
会議が終わり、俺たちは城を後にした。
「どうする?」
カイルが不安そうに言う。
「このままじゃ、マジでヤバいぞ」
「分かってる」
俺は拳を握りしめる。
「だから、俺たちが強くなるしかない」
「強くなる?」
「三ヶ月ある」
俺は仲間たちを見回す。
「その間に、少しでも力をつける。そして、何か別の解決策を見つける」
◆
「でも、どうやって?」
リナが疑問を口にする。
「三ヶ月で、あのザルディスに対抗できるほど強くなれるの?」
「分からない」
俺は正直に答える。
「でも、やるしかない」
「そうね」
エミリアが頷く。
「座して滅びを待つよりは、ずっといいわ」
「決まりだな」
ノアも同意する。
「で、具体的にはどうする?」
◆
「まず、情報収集だ」
俺は計画を説明する。
「ザルディスのこと、魔獣結社のこと、そして共存の可能性について」
「共存の可能性?」
「ザルディスは、それを求めている」
俺は考えを述べる。
「なら、実現可能なはずだ。前例を探してみよう」
「なるほど」
リナが理解を示す。
「過去に、人間と魔獣が共存した例があれば」
「それを王国に示せる」
エミリアが続ける。
「戦争を避ける道が見つかるかもしれない」
◆
「俺は古い文献を調べる」
リナが申し出る。
「王立図書館に、何か手がかりがあるかも」
「俺は冒険者ギルドで情報を集める」
カイルが言う。
「ベテラン冒険者なら、何か知ってるかもしれない」
「私は、魔法学院の先生に聞いてみる」
エミリアも協力を申し出る。
「私も手伝います」
ノアが頷く。
「盗賊ギルドのネットワークを使って、裏の情報を」
◆
「それと、修行も忘れずに」
俺は付け加える。
「情報収集と並行して、実力も上げていく」
「修行か……」
カイルが腕を組む。
「どこでする?」
「ちょうどいい場所がある」
俺は思い出していた。
「王都の北にある『試練の森』」
「試練の森!?」
エミリアが驚く。
「あそこは、Aランク以上じゃないと」
「だからこそ、修行になる」
俺は決意を込めて言う。
「限界に挑戦しなければ、成長はない」
◆
その日の夜、俺は一人で考えていた。
三ヶ月。
果たして、それだけの時間で何ができるのか。
(でも、やるしかない)
俺は自分の手を見つめる。
『解析』『創造』『無限』。
三つの究極スキルがある。
まだ、その真の力を引き出せていない。
(もっと強くなれる。必ず)
◆
翌日から、俺たちの新たな日々が始まった。
午前中は情報収集。
午後は試練の森での修行。
夜は、集めた情報の共有と分析。
ハードなスケジュールだったが、皆、真剣に取り組んだ。
「見つけた!」
一週間後、リナが興奮した様子で古い本を持ってきた。
「五百年前の記録。『調和の里』という場所があったらしい」
◆
「調和の里?」
「人間と魔獣が、共に暮らしていた村だって」
リナが本を開く。
「詳しい場所は不明だけど、確かに存在していたみたい」
「本当に共存していたのか?」
カイルが懐疑的に言う。
「ここに証言が」
リナが該当箇所を示す。
「『魔獣と人が、互いを家族のように思い、平和に暮らしていた』」
「すごい……」
エミリアが感嘆する。
「でも、なぜ今はないの?」
◆
「それが……」
リナの表情が曇る。
「王国軍に、滅ぼされたらしい」
「なんだと!?」
「当時の王が、共存を許さなかった」
リナが悲しそうに続ける。
「魔獣と交わる者は、人にあらず、と」
重い沈黙が流れる。
結局、王国が共存を拒んだのだ。
五百年前も、そして今も。
◆
「でも、これは証拠になる」
俺は前向きに捉える。
「共存は可能だった。一度は成功していた」
「そうね」
エミリアが頷く。
「問題は、王国の意識を変えることか」
「難しいな」
ノアが現実的な意見を述べる。
「特に、今の王様は頑固だし」
「だからこそ、俺たちが示す必要がある」
俺は決意を新たにする。
「共存が、戦争より良い選択だと」
◆
修行の方も、着実に成果を上げていた。
試練の森の魔物は強力だったが、それが良い鍛錬になった。
「はあああ!」
カイルの剣技が、日に日に鋭さを増していく。
「【爆炎の渦】!」
エミリアの魔法も、威力と精度が向上していた。
リナは新たな解析魔法を開発し、ノアは暗殺技術を磨いた。
そして俺は――
◆
「『創造』の応用か……」
俺は新たな可能性を模索していた。
物を作るだけでなく、概念を創造する。
例えば、『理解』という概念を創り出せば……
(人と魔獣の相互理解を、強制的に生み出せるかもしれない)
まだ理論段階だが、可能性は感じる。
ザルディスとの対話。
それが、戦争を避ける鍵になるかもしれない。
◆
そんな中、予想外の訪問者があった。
「よう、元気にしてるか?」
宿を訪ねてきたのは、なんとガルムだった。
「ガルム!? なぜここに」
「王国に、情報提供で協力している」
ガルムが苦笑する。
「罪滅ぼしのつもりだ」
「それで、何の用だ?」
「警告しに来た」
ガルムの表情が真剣になる。
「ザルディス様は、本気だ。王国が戦争を選ぶなら、容赦はしない」
◆
「分かってる」
俺は頷く。
「だから、別の道を探している」
「別の道?」
「共存だ」
俺の言葉に、ガルムは驚いた。
「本気で、そんなことが可能だと?」
「可能だと信じている」
俺は真っ直ぐにガルムを見る。
「お前だって、元は人間だろう? なら、分かるはずだ」
「……」
ガルムは黙り込んだ。
しかし、その目には、かすかな希望の光が宿っていた。