魔獣王ザルディス
ザルディスの紅い瞳が、俺を値踏みするように見つめる。
その視線だけで、全身が凍りつきそうになる。
これが、王国最強と呼ばれた男の威圧感か。
「興味深い」
ザルディスがゆっくりと歩み寄る。
一歩、また一歩。
歩くたびに、周囲の空気が重くなっていく。
「『解析』『創造』そして『無限』……まさか三つの究極スキルを持つ者がいるとは」
俺は驚愕した。
一目見ただけで、俺のスキルを見抜いたのか。
「どうして……」
「私の眼は特別でね」
ザルディスが薄く笑う。
「人の本質を見通すことができる。君は実に面白い存在だ」
◆
「仲間を連れて、今すぐ転移陣で逃げろ」
ガルムが必死に叫ぶ。
「ザルディス様と戦うなど、自殺行為だ!」
しかし、ザルディスは余裕の表情を崩さない。
「逃げる? それは賢明な判断だ」
彼が指を軽く振る。
すると、俺が作った転移陣に亀裂が走った。
「な!?」
次の瞬間、転移陣は音もなく崩壊した。
たった一振りで、俺が30分かけて作った術式を破壊したのだ。
「だが、私が逃がすと思うかね?」
ザルディスの口元が、残酷に歪む。
◆
「みんな、戦闘態勢!」
俺は仲間たちに指示を出す。
しかし、皆の顔は青ざめていた。
ザルディスの魔力は、ガルムとは比較にならない。
まるで、底なしの深淵を覗いているようだ。
「人質を守れ!」
カイルが勇敢にも前に出る。
「おお、勇ましい」
ザルディスが感心したように頷く。
「だが、勇気と無謀は違う」
彼が手を上げた瞬間、カイルの体が宙に浮いた。
「うわっ!」
「重力魔法か」
俺は即座に『解析』する。
しかし、術式が複雑すぎて、すぐには解除できない。
「カイル!」
エミリアが助けようとするが、ザルディスの魔力に阻まれる。
◆
「落ち着け」
俺は『創造』で対抗術式を組み上げる。
『無限』の魔力を注ぎ込み、カイルを解放した。
「ほう」
ザルディスが興味深そうに眉を上げる。
「やはり君は特別だ。私の術を破るとは」
「仲間は渡さない」
俺は決意を込めて言う。
「そうか。では、少し本気を出そうか」
ザルディスの背後の影が、形を成し始めた。
それは、巨大な三つ首の魔獣だった。
「ケルベロス!?」
リナが震え声を上げる。
「伝説級の魔獣を従えているなんて」
◆
「これは私のペットの一匹だ」
ザルディスが魔獣の頭を撫でる。
「可愛いだろう?」
ケルベロスが唸り声を上げる。
その声だけで、人質たちが恐怖で気を失いそうになる。
「大丈夫、皆を守る」
ミラが妹を抱きしめながら、必死に勇気を振り絞る。
「さて、君たちはどこまで耐えられるかな?」
ザルディスが指を鳴らす。
ケルベロスが、地を蹴って突進してきた。
◆
「散開!」
俺の指示で、全員が別方向に飛ぶ。
ケルベロスの牙が、地面を抉る。
その破壊力は、想像を絶するものだった。
「【氷結の槍】!」
エミリアが魔法を放つ。
しかし、氷の槍はケルベロスの皮膚に当たって砕け散った。
「効かない!?」
「当然だ」
ザルディスが説明する。
「この子は魔法耐性を持っている。並の魔法では傷一つつかない」
絶望的な状況。
だが、俺は諦めない。
『解析』でケルベロスの弱点を探る。
◆
――伝説級魔獣ケルベロス。弱点:なし。
『解析』の結果に、俺は愕然とした。
弱点が存在しない?
いや、そんなはずはない。
もっと深く、もっと詳細に解析する。
すると、わずかな情報が得られた。
――唯一の弱点:主人への絶対服従。
なるほど、ケルベロス自体に弱点はない。
だが、ザルディスへの服従が弱点になり得る。
◆
「どうした? もう終わりか?」
ザルディスが失望したように言う。
「つまらないな。もっと楽しませてくれると思ったのだが」
その瞬間、俺は賭けに出た。
「『創造』――幻影術式!」
俺はザルディスの幻影を作り出した。
そして、その幻影にケルベロスへの命令を出させる。
「止まれ」
幻影のザルディスが命じる。
ケルベロスが一瞬、動きを止めた。
主人の命令に、混乱しているのだ。
◆
「なるほど、面白い発想だ」
本物のザルディスが拍手する。
「だが、甘い」
彼が魔力を放出すると、幻影は一瞬で消滅した。
「私の魔獣は、魔力の違いで本物を見分ける」
ケルベロスが再び動き出す。
しかし、わずかな時間稼ぎにはなった。
「今だ! 人質を安全な場所へ!」
ノアとリナが、人質たちを廃鉱山の奥へ誘導する。
◆
「逃がすと思うか?」
ザルディスが新たな魔獣を召喚する。
今度は、巨大な翼を持つ竜だった。
「ワイバーンまで!?」
カイルが絶句する。
「お前、どれだけの魔獣を」
「数えるのも面倒なくらいさ」
ザルディスが肩をすくめる。
「私は『魔獣王』。あらゆる魔獣を支配する者だ」
ワイバーンが空から炎を吐く。
その炎は、通常の火炎魔法とは比較にならない威力だった。
◆
「くそっ!」
俺は『創造』で巨大な障壁を作る。
『無限』の魔力を全開にして、炎を防ぐ。
しかし、消耗が激しい。
このままでは、長くは持たない。
(どうする……このままじゃ全滅だ)
その時、意外な人物が口を開いた。
「ザルディス様」
ガルムが、痛む体を押して立ち上がった。
「どうか、お慈悲を」
◆
「ほう、ガルム」
ザルディスが振り返る。
「裏切り者が、今更何を言う」
「裏切りではありません」
ガルムが必死に訴える。
「私は……ただ、負けただけです」
「負けた? それが言い訳か」
ザルディスの目が、冷たく光る。
「いえ、違います」
ガルムが俺を見る。
「この少年は……本物です。いずれ、ザルディス様をも超える可能性を秘めている」
◆
「私を超える?」
ザルディスが、初めて真剣な表情を見せた。
「面白い冗談だ」
「冗談ではありません」
ガルムが首を振る。
「この少年の成長速度は異常です。今はまだ未熟でも、いずれ……」
「ふむ」
ザルディスが、改めて俺を見つめる。
その視線が、さらに深く、俺の本質を探るようだった。
◆
長い沈黙の後、ザルディスが口を開いた。
「確かに、興味深い」
彼が手を振ると、魔獣たちが下がった。
「今日のところは、見逃してやろう」
「え?」
仲間たちが、信じられないという顔をする。
「だが、条件がある」
ザルディスが俺に向かって言う。
「いずれ、君は私と戦うことになる。その時を楽しみにしている」
「……分かった」
俺は頷いた。
今は、この申し出を受けるしかない。
◆
「それと、もう一つ」
ザルディスが付け加える。
「王国には伝えるがいい。『魔獣結社』は、近いうちに動く」
「動く?」
「王国の腐敗した支配を終わらせ、新たな秩序を作る」
ザルディスの言葉に、不穏な響きがあった。
「魔獣と人間が共存する、真の王国をな」
「それは……」
「今の王国に、それができるか?」
ザルディスが皮肉な笑みを浮かべる。
「魔獣を恐れ、排除することしか考えない愚か者どもに」
◆
ザルディスは踵を返した。
「三ヶ月だ」
去り際に、彼が言った。
「三ヶ月後、我々は王都に現れる。それまでに、答えを用意しておけ」
「答え?」
「共存か、滅亡か」
ザルディスの姿が、闇に消えていく。
「選ぶのは、君たちだ」
そして、彼は完全に姿を消した。
魔獣たちも、主人の後を追うように去っていく。
◆
廃鉱山に、静寂が戻った。
「た、助かった……」
カイルが、へたり込む。
「あんな化け物相手に、よく生き残れたな」
「レインのおかげよ」
エミリアが、疲れた顔で微笑む。
「本当に、ありがとう」
「いや、俺は何も」
正直、ザルディスが本気なら、俺たちは瞬殺されていた。
生き残れたのは、彼の気まぐれのおかげだ。
◆
「とにかく、人質を街に連れて帰ろう」
俺は気を取り直す。
「転移陣は壊されたから、歩いて戻るしかない」
「私が、道案内します」
ミラが妹を支えながら言う。
「最短ルートを知っています」
「助かる」
俺たちは、人質を連れて廃鉱山を後にした。
ガルムも、大人しくついてきた。
もはや、戦う意志は失われているようだった。
◆
帰路の途中、俺は考え続けていた。
ザルディスの言葉。
三ヶ月後の宣告。
そして、共存か滅亡かという選択。
(王国は、どう動く?)
おそらく、全面戦争を選ぶだろう。
だが、今日の戦いで分かった。
ザルディスの力は、規格外だ。
王国軍で勝てるとは思えない。
(何か、別の方法があるはずだ)
俺は、必死に考えを巡らせた。
三ヶ月。
それまでに、答えを見つけなければならない。