獣化の脅威
半人半獣と化したガルムが、低い唸り声を上げる。
その姿は、まさに悪夢の具現化だった。
「恐ろしい姿でしょう?」
ガルムが自嘲的に笑う。
「これこそが、我ら『魔獣結社』が追求する究極の姿。人と魔物の境界を超えた、新たな生命体」
「それは……人として生きることを捨てたってことか」
俺が問いかける。
「捨てた? 違うな」
ガルムの目が、狂気に輝く。
「これは進化だ。弱き人の殻を破り、強き獣の力を得る」
次の瞬間、ガルムが消えた。
「速い!」
俺は本能的に横に飛ぶ。
直後、俺がいた場所の岩壁が、鋭い爪で切り裂かれた。
「反応できたか。さすがヴァイスを倒しただけはある」
ガルムが舌なめずりをする。
「だが、これからが本番だ」
◆
ガルムの攻撃は、まさに嵐のようだった。
人間離れしたスピードと、魔物の破壊力を併せ持つ。
「くっ!」
カイルが必死に剣で防御するが、押し負けて吹き飛ばされる。
「カイル!」
エミリアが回復魔法をかけようとするが、ガルムはそれを許さない。
「邪魔だ」
鋭い爪が、エミリアに迫る。
「させない!」
俺は『創造』で障壁を作り、攻撃を防ぐ。
しかし、障壁は一撃で砕かれた。
「ほう、面白い力だ」
ガルムが興味深そうに俺を見る。
「だが、所詮は付け焼き刃」
再び、ガルムが襲いかかってくる。
俺は『解析』で動きを読もうとするが、獣の本能的な動きは予測が困難だ。
「このままじゃ……」
リナが焦りの声を上げる。
「みんな、一旦引いて!」
ノアが煙幕を張り、視界を遮る。
その隙に、俺たちは距離を取った。
◆
「どうする、レイン」
カイルが肩で息をしている。
「あいつ、強すぎる」
「でも、諦めるわけにはいかない」
エミリアが杖を握り直す。
「人質が……」
ミラが鉄格子の向こうを心配そうに見る。
そうだ、時間をかけすぎれば、人質の命が危ない。
「みんな、聞いてくれ」
俺は決意を固めた。
「俺が奴の注意を引きつける。その間に、人質を」
「何言ってるの!」
エミリアが反対する。
「一人じゃ無理よ!」
「でも、このままじゃ全滅だ」
俺は冷静に状況を分析する。
「俺なら、まだ隠し玉がある」
「隠し玉?」
◆
その時、煙が晴れた。
「話し合いは終わったか?」
ガルムが余裕の表情で立っている。
「では、そろそろ本気を出すとしよう」
ガルムの体から、さらに濃密な魔力が溢れ出す。
その姿が、さらに変化していく。
体が一回り大きくなり、毛が逆立つ。
まるで、伝説の魔獣のような姿だ。
「第二形態……完全獣化」
ガルムの声も、もはや人のものではない。
「これで終わりだ」
圧倒的な殺気が、俺たちを襲う。
仲間たちが、恐怖で動けなくなる。
だが――
「やらせるか」
俺は前に出た。
「レイン!」
「信じてくれ」
俺は仲間たちに微笑む。
そして、ついに最後の切り札を解放する。
「『無限』『解析』『創造』――三位一体発動」
俺の三つの究極スキルが、同時に起動する。
◆
俺の体から、凄まじい魔力が溢れ出す。
それは、ガルムの魔力をも凌駕していた。
「な、なんだこの力は!?」
ガルムが初めて動揺を見せる。
「Dランクの小僧が、なぜこんな」
「俺は確かにDランクだ」
俺は静かに言う。
「でも、それは表向きの話」
『解析』が、ガルムの全てを読み取る。
弱点、行動パターン、そして獣化の仕組みまで。
『創造』が、その情報を元に対抗策を生み出す。
『無限』が、それを実現するための魔力を供給する。
「行くぞ」
俺の手に、白銀の剣が生まれる。
それは、獣化を無効化する特殊な力を持つ、対魔獣専用の武器。
「ありえない!」
ガルムが吠える。
「そんな武器、この世に存在しない!」
「今、創った」
俺は剣を構える。
「お前の獣化、終わらせてやる」
◆
戦いは一瞬だった。
ガルムが突進してくる。
その速度は、先ほどより更に速い。
だが、俺の『解析』は、その動きを完全に見切っていた。
最小限の動きで攻撃を躱し、カウンターを放つ。
白銀の剣が、ガルムの体を切り裂く。
「ぐあああ!」
ガルムが苦悶の声を上げる。
剣の力が、獣化を解除していく。
「馬鹿な! 私の完全獣化が!」
ガルムの体が、人の姿に戻っていく。
同時に、全身の魔法陣も消えていった。
「これで終わりだ」
俺は剣を振り下ろす。
しかし、トドメは刺さない。
「なぜ……殺さない」
ガルムが地面に倒れながら問う。
「殺す必要がないからだ」
俺は剣を消した。
「お前も、ただ力を求めただけなんだろう?」
「……」
ガルムは何も言わない。
だが、その目には後悔の色が浮かんでいた。
◆
「すごい……」
ミラが呆然と呟く。
「レイン、あんた一体」
カイルも言葉を失っている。
「説明は後」
俺は人質の方を向く。
「今は、皆を助けよう」
鉄格子を破壊し、囚われた人々を解放する。
「ユリ!」
ミラが妹を抱きしめる。
「お姉ちゃん……怖かった」
「もう大丈夫よ。助けに来たから」
姉妹の再会に、皆が安堵の表情を見せる。
他の人質たちも、次々と意識を取り戻していく。
「た、助かった……」
「ありがとうございます」
人々が口々に感謝を述べる。
「リナ、皆の状態は?」
「衰弱していますが、命に別状はありません」
リナが診断結果を報告する。
「回復魔法で、ある程度は」
「頼む」
エミリアとリナが、人質たちの治療を始める。
◆
その時、ガルムが口を開いた。
「団長が……来る」
倒れたまま、苦しそうに言う。
「なに?」
「ザルディス様は……すでにこの異変を察知している」
ガルムの顔が青ざめる。
「逃げろ……今すぐに」
「ザルディス……魔獣王か」
俺は険しい表情になる。
王国最強と呼ばれた魔導師。
その実力は、ガルムの比ではないだろう。
「どのくらいで来る?」
「分からない……だが、そう遠くない」
ガルムが咳き込む。
「奴は……本物の化け物だ」
その言葉に、重い沈黙が流れる。
◆
「とにかく、ここを離れよう」
俺が決断する。
「人質を連れて、一旦街に戻る」
「でも、この人数じゃ」
ノアが心配そうに言う。
確かに、衰弱した人質を連れての移動は困難だ。
「大丈夫」
俺は『創造』を発動する。
「転移陣を作る」
「転移陣!?」
エミリアが驚く。
「そんな高等魔法を」
「時間はかかるが、不可能じゃない」
俺は地面に魔法陣を描き始める。
『無限』の魔力を注ぎ込み、空間を繋ぐ術式を構築する。
◆
30分後、転移陣が完成した。
「これで、街まで一瞬だ」
しかし、その時――
廃鉱山全体が、震え始めた。
「なんだ!?」
カイルが警戒する。
次の瞬間、凄まじい魔力の波動が襲ってきた。
それは、今まで感じたことのない、圧倒的な力。
「来た……」
ガルムが恐怖に震える。
「ザルディス様が……来てしまった」
廃鉱山の入口から、一人の男が姿を現した。
白髪に紅い瞳。
黒いマントを纏った、威厳ある姿。
そして、その背後には――
巨大な魔獣の影が、幾つも蠢いていた。
「ほう」
男が――ザルディスが口を開く。
「ガルムを倒したか。大したものだ」
その声は、静かでありながら、底知れぬ威圧感を持っていた。
「君が、噂の『絆の証』のリーダーか」
ザルディスの視線が、俺を捉える。
「面白い。実に面白い力を持っている」
魔獣王との対峙。
それは、今までとは次元の違う脅威だった。