名声と新たな依頼
冒険者ギルドに戻ると、大変な騒ぎになっていた。
「おい、あれが『絆の証』だ!」
「東の森の異変を解決したんだって!」
「Dランクなのに、あんな大事件を!」
冒険者たちのひそひそ話が聞こえてくる。
「有名になっちゃったみたいね」
エミリアが苦笑する。
「まあ、悪い気はしないけどな」
カイルは満更でもない様子だ。
受付に向かうと、受付嬢が目を輝かせて迎えてくれた。
「お帰りなさいませ! 東の森の件、見事に解決されたそうですね!」
「はい、なんとか」
俺は依頼完了の報告書を提出した。
「融合魔物……そんな恐ろしいものが」
受付嬢が報告書を読んで青ざめる。
「でも、全て元に戻せました」
「素晴らしいです! 実は、ギルドマスターがお会いしたいとのことで」
「ギルドマスターが?」
◆
ギルドマスター室に案内された俺たちは、そこで意外な人物と出会った。
「やあ、レイン君」
そこにいたのは、第一王子エドワード殿下だった。
「殿下!? なぜここに」
「実は私、このギルドの名誉顧問をしているんだ」
エドワード殿下が苦笑する。
「そして君は、ギルドマスターのバルドだ」
殿下の隣に座っていた、髭を蓄えた壮年の男性が立ち上がった。
「初めまして、『絆の証』の皆さん。噂は聞いていますよ」
バルドは豪快に笑った。
「学園対抗戦の英雄が、今度は冒険者として活躍とは」
「ありがとうございます」
「それで、今日呼んだのは他でもない」
バルドの表情が真剣になる。
「特別な依頼をお願いしたいのです」
「特別な依頼?」
「実は、王国で大きな問題が起きている」
エドワード殿下が説明を始めた。
「各地で、今回のような魔物の異常行動が報告されているんだ」
「まさか、あの魔術師が」
「おそらくね。しかも、単独犯ではないようだ」
バルドが資料を広げる。
「『魔獣結社』という組織が暗躍している。彼らの目的は、魔物を使った王国の転覆」
「王国の転覆!?」
エミリアが驚く。
「馬鹿な話だと思うだろう? だが、彼らは本気だ」
エドワード殿下の表情が曇る。
「すでに、辺境の村がいくつか襲われている」
「それで、俺たちに?」
「君たちには、『魔獣結社』の調査と、可能なら壊滅をお願いしたい」
バルドが真剣な眼差しで言う。
「もちろん、Dランクには荷が重い任務だ。だが、君たちなら」
「融合魔物を倒した実績もある」
エドワード殿下が付け加える。
「どうだろう? 引き受けてくれるか?」
俺は仲間たちを見回した。
皆、真剣な表情で頷いている。
「分かりました。引き受けます」
「ありがとう」
エドワード殿下が安堵の表情を見せる。
「報酬は、成功報酬として金貨1000枚。そして、ランクの特別昇格も約束しよう」
「そんなに!?」
カイルが目を丸くする。
通常のDランク依頼の20倍以上の報酬だ。
「それだけ重要な任務ということだ」
バルドが頷く。
「最初の手がかりは、北の山脈にある廃鉱山。そこに結社のアジトがあるという情報がある」
「北の山脈……」
リナが思案する。
「片道3日の距離ですね」
「準備が必要だな」
ノアが冷静に言う。
「そうだな。しっかり準備して、明日出発しよう」
俺たちは、新たな冒険への準備を始めた。
◆
その夜、俺たちは宿で作戦会議をしていた。
「『魔獣結社』か……」
カイルが腕を組む。
「東の森の魔術師も、その一員だったのかもな」
「可能性は高いわね」
エミリアが頷く。
「でも、組織となると話は別よ。もっと慎重に」
「データを集めました」
リナが資料を広げる。
「北の山脈は、魔物の生息数が多い危険地帯。特に、廃鉱山周辺は要注意です」
「どんな魔物が?」
「岩ゴーレム、地竜、そして……」
リナが言いよどむ。
「そして?」
「古い記録に、『山の主』と呼ばれる巨大な魔物の存在が」
「山の主……」
不穏な名前に、皆が緊張する。
「でも、それは伝説でしょ?」
ノアが楽観的に言う。
「どうかな。最近の異常を考えると」
俺は慎重に考えた。
「とにかく、万全の準備をしよう」
その時、宿のドアがノックされた。
「こんな時間に誰だ?」
カイルが警戒しながらドアを開ける。
そこには、フードを深く被った人物が立っていた。
「『絆の証』の方々ですね?」
女性の声だった。
「あなたは?」
「私は、ミラ。情報屋をしています」
フードを取ると、銀髪の美女が現れた。
「情報屋?」
「はい。『魔獣結社』について、お教えしたいことがあって」
ミラと名乗った女性は、真剣な表情で続けた。
「彼らは、あなた方が思っている以上に危険です」
「どういうことだ?」
「結社のリーダーは、かつて王国最強と呼ばれた魔導師」
ミラの言葉に、全員が息を呑む。
「名は、ザルディス。『魔獣王』の異名を持つ男です」
「魔獣王……」
「彼は10年前、禁忌の実験により王国を追放されました」
ミラは続ける。
「その恨みで、王国への復讐を企てているのです」
「なるほど、それで魔物を」
俺は納得した。
「でも、なぜあなたがそんなことを?」
エミリアが疑問を口にする。
「私には、結社に囚われた妹がいるのです」
ミラの表情が曇る。
「妹を助けるため、結社の情報を集めていました」
「妹さんが……」
「お願いです。妹を助けてください」
ミラが頭を下げる。
「もちろん、情報は全て提供します。報酬も」
「報酬はいらない」
俺は即答した。
「困っている人を助けるのが、冒険者の仕事だ」
「レイン……」
仲間たちも頷く。
「そうだな。妹さんも助けよう」
カイルが力強く言う。
「ありがとうございます」
ミラは涙を浮かべた。
「これが、廃鉱山の詳細な地図です」
ミラが地図を広げる。
「ここに、結社の幹部がいます。そして、この奥に……」
「妹さんが?」
「はい。他にも、実験用に囚われた人々が」
「なんてことを」
エミリアが怒りを露わにする。
「必ず助け出しましょう」
リナも決意を示す。
「みんなで力を合わせれば」
ノアも頷く。
「ありがとうございます。私も同行させてください」
「危険だぞ」
「覚悟の上です。妹のためなら」
ミラの決意は固かった。
「分かった。一緒に行こう」
こうして、俺たちのパーティーに臨時メンバーが加わった。
◆
翌朝、俺たちは北の山脈に向けて出発した。
ミラは弓の名手で、斥候としても優秀だった。
「この先に、山賊の縄張りがあります」
ミラが警告する。
「山賊か。面倒だな」
カイルがぼやく。
「迂回する?」
エミリアが提案する。
「いや、時間がもったいない」
俺は決断した。
「正面突破しよう。ただし、殺しはなしで」
「了解」
山道を進むと、案の定、山賊が現れた。
「おいおい、冒険者か?」
「ここは俺たちの縄張りだ。通行料を払え」
10人ほどの山賊が、武器を構えて道を塞ぐ。
「悪いが、急いでるんだ」
俺は警告した。
「大人しく道を開けてくれ」
「なめるな! たかが6人で」
山賊のリーダーが激昂する。
「やれ!」
山賊たちが一斉に襲いかかってきた。
「仕方ない」
俺は『解析』で、山賊たちの動きを読む。
「カイル、右の3人を。エミリア、後方支援」
「おう!」
「分かったわ!」
戦闘は、あっという間に終わった。
山賊たちは、地面に転がってうめいている。
「ば、化け物め……」
「Dランクのはずが……」
「警告したのに」
俺は肩をすくめる。
「もう悪さはするなよ」
山賊たちを放置して、先を急ぐ。
「強いですね、皆さん」
ミラが感心する。
「本当に頼もしいです」
◆
3日後、ついに廃鉱山が見えてきた。
「あれか」
カイルが険しい表情で見つめる。
廃鉱山の入口からは、不気味な魔力が漏れ出ていた。
「嫌な感じがするわ」
エミリアが身震いする。
「中に、かなりの数の魔物反応があります」
リナが魔力探知の結果を報告する。
「そして、人間も……10人以上」
「囚われた人たちか」
ノアが心配そうに言う。
「妹は……妹はいますか?」
ミラが必死に聞く。
「女性の反応が3つ。その中の一人かもしれません」
「絶対に助ける」
ミラが弓を握りしめる。
「作戦を立てよう」
俺は仲間たちを集めた。
「正面から行けば、人質が危険だ。まず、こっそり潜入して」
その時、廃鉱山から声が響いた。
「来たな、『絆の証』」
入口に、黒ローブの男が現れた。
東の森で会った、あの魔術師だ。
「やはりお前か」
「ふふ、再会できて嬉しいよ」
魔術師が不気味に笑う。
「我が名はヴァイス。『魔獣結社』の幹部だ」
「幹部……」
「君たちが来ることは分かっていた。だから、歓迎の準備をしておいた」
ヴァイスが指を鳴らすと、廃鉱山から大量の魔物が溢れ出てきた。
「また融合魔物か!」
しかし、今回は違った。
魔物たちは融合していないが、明らかに通常より凶暴化している。
「これは私の新作。『狂化』の術だ」
ヴァイスが得意げに説明する。
「魔物の理性を奪い、純粋な破壊衝動だけにする」
「そんなことをして何になる!」
エミリアが怒鳴る。
「力だよ、力」
ヴァイスの目が狂気に輝く。
「さあ、今度こそ君たちを倒し、最高の実験材料にしてやる」
狂化した魔物の大群が、咆哮を上げながら迫ってきた。
第二の戦いが、始まろうとしていた。