新たな旅立ち
学園対抗戦から二年後。
俺たちは、王立魔法学園の卒業式を迎えていた。
「卒業生代表、レイン・エヴァンス」
学園長の呼び声に、俺は壇上へと上がった。
講堂には、多くの生徒と保護者が集まっている。
「二年前、私は『無能』と呼ばれていました」
俺は静かに語り始めた。
「しかし、仲間と出会い、共に成長し、不可能を可能にすることができました」
聴衆が真剣な眼差しで俺を見つめる。
「これから社会に出る皆さんに伝えたい。スキルの優劣に囚われず、自分の可能性を信じてください」
俺は仲間たちを見た。
エミリア、カイル、リナ、ノア。皆、誇らしげに俺を見守っている。
「そして何より、仲間を大切にしてください。一人では成し遂げられないことも、仲間と共になら乗り越えられます」
スピーチを終えると、大きな拍手が沸き起こった。
◆
卒業式後、俺たちは学園の中庭に集まっていた。
「ついに卒業か……」
カイルが感慨深げに呟く。
「長いようで短い三年間だったわね」
エミリアも頷く。
「データによると、私たちの成長率は通常の生徒の5.7倍でした」
リナが相変わらずの分析をする。
「数字じゃ表せない思い出もたくさんあるけどね」
ノアが微笑む。
「それで、これからどうする?」
俺が聞くと、皆それぞれの進路を語り始めた。
「俺は王国騎士団に入る」
カイルが胸を張る。
「Fクラス出身でも立派にやれることを証明してやる」
「私は宮廷魔導師の見習いになるわ」
エミリアが言う。
「もっと魔法を極めて、人の役に立ちたいの」
「私は王立図書館の司書になります」
リナが眼鏡を直しながら言う。
「知識を正しく伝える仕事がしたくて」
「僕は……まだ決めてないんだ」
ノアが苦笑する。
「でも、きっと自分に合った道を見つけるよ」
「レインは?」
エミリアが俺を見る。
「俺は……冒険者になろうと思う」
皆が驚いた顔をする。
「冒険者?」
「ああ。この国だけじゃなく、世界中を旅して、まだ見ぬ可能性を探したい」
俺は続けた。
「それに、世界にはまだ『無能』と呼ばれて苦しんでいる人たちがいるはずだ。そんな人たちの力になりたい」
「レインらしいね」
ノアが優しく微笑む。
「じゃあ、一緒に行こうか」
「え?」
「僕も冒険者になる。一人より二人の方が楽しいでしょ?」
ノアの申し出に、俺は嬉しくなった。
「ありがとう、ノア」
「ずるい!」
エミリアが声を上げた。
「私も行く! 宮廷魔導師なんて後回しよ!」
「おいおい、それじゃ俺も行くぞ!」
カイルも名乗りを上げる。
「騎士団なんて、冒険で名を上げてからでも遅くない!」
「皆さん……」
リナが困ったような顔をする。
「私も……行きたいです。図書館の仕事は、冒険から帰ってからでも」
結局、全員が冒険者になることになった。
「本当にいいの? みんな」
俺が確認すると、皆は力強く頷いた。
「Fクラスの絆は永遠だって言ったでしょ?」
エミリアが笑う。
「それに、お前一人じゃ心配だしな」
カイルも茶化す。
「5人なら、どんな冒険も乗り越えられます」
リナが冷静に分析する。
「運命共同体ってやつだね」
ノアがまとめた。
俺は感動で胸がいっぱいになった。
「みんな……ありがとう」
◆
一週間後。
俺たちは冒険者ギルドの前に立っていた。
「ここが冒険者ギルドか」
カイルが建物を見上げる。
王都の冒険者ギルドは、大陸でも最大規模を誇る。
多くの冒険者たちが出入りしている。
「緊張するわね」
エミリアが深呼吸をする。
「大丈夫。学園対抗戦を乗り越えた俺たちなら」
俺が励ますと、皆も気を取り直した。
ギルドの中に入ると、受付嬢が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。冒険者登録ですか?」
「はい、5人でお願いします」
「5人でパーティー登録ですね。それでは、こちらの書類に必要事項を」
書類を記入していると、周りの冒険者たちがひそひそと話し始めた。
「おい、あいつら……」
「学園対抗戦で優勝したFクラスの」
「マジかよ! あの伝説の」
どうやら、俺たちのことは冒険者の間でも有名になっているらしい。
「はい、確認しました」
受付嬢が書類を確認する。
「レイン様、エミリア様、カイル様、リナ様、ノア様。パーティー名は……『絆の証』でよろしいですか?」
「はい」
これは皆で決めたパーティー名だ。
俺たちの絆を表す、大切な名前。
「それでは、冒険者ランクはFから始まりますが……」
受付嬢が言いかけて、手を止めた。
「あの、特例として、Dランクから始めさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「特例?」
「はい。学園対抗戦での実績を考慮しまして、ギルドマスターからの指示です」
通常、新人冒険者は最低ランクのFから始まる。
Dランクスタートは、かなりの優遇だった。
「ありがとうございます」
俺たちは冒険者カードを受け取った。
これで正式に、冒険者としての第一歩を踏み出したことになる。
「さっそく依頼を見てみようぜ!」
カイルが依頼掲示板に向かう。
Dランクの依頼は、魔物討伐や護衛任務など、それなりに危険なものが多い。
「これなんてどう?」
エミリアが一枚の依頼書を指差す。
【森の異変調査】
内容:東の森で魔物が異常発生している。原因を調査し、可能なら解決せよ。
報酬:金貨50枚
推奨ランク:D
「初任務にしては丁度いいんじゃないか?」
ノアが言う。
「データ的にも、成功率は高いと思います」
リナも同意する。
「よし、これに決めよう」
俺たちは依頼を受付に持っていった。
「東の森の調査ですね。気をつけてくださいね」
受付嬢が心配そうに言う。
「最近、あの森では奇妙なことが起きているそうです」
「奇妙なこと?」
「詳しくは分かりませんが、魔物の行動がおかしいとか……」
不穏な情報だが、俺たちは逆に興味を持った。
「面白そうじゃないか」
カイルが不敵に笑う。
「謎解きは得意分野よ」
リナも自信を見せる。
「それじゃ、行ってきます」
俺たちは冒険者ギルドを後にした。
◆
東の森に到着した俺たちは、すぐに異変を感じ取った。
「静かすぎる……」
エミリアが警戒しながら呟く。
確かに、森なのに鳥の鳴き声一つしない。
まるで、生き物が全ていなくなってしまったかのようだ。
「『解析』」
俺はスキルを発動し、周囲の状況を探る。
(これは……魔力の流れがおかしい)
森全体を、異質な魔力が覆っている。
しかも、その魔力には見覚えがあった。
「みんな、警戒して。これは自然現象じゃない」
「人為的なものか?」
ノアが聞く。
「おそらく。誰かが意図的に、この森に何かをしている」
更に奥へ進むと、異様な光景が広がっていた。
「なんだこれは……」
カイルが息を呑む。
木々が枯れ、地面には無数の魔法陣が描かれている。
そして、その中心には――
「人?」
黒いローブを着た人物が、魔法陣の中心で呪文を唱えていた。
「おい、あんた! 何をしている!」
カイルが声をかけると、ローブの人物がゆっくりと振り返った。
「ほう……冒険者か」
フードの下から見えた顔は、若い男だった。
だが、その瞳には狂気が宿っている。
「邪魔をするな。もうすぐ実験が完成するのだ」
「実験?」
「魔物を進化させる実験さ。この森の魔物たちを、より強力な存在へと」
男が指を鳴らすと、周囲から異形の魔物たちが現れた。
「うわっ! なんだこいつら!」
それは、通常の魔物とは明らかに違う姿をしていた。
複数の魔物が融合したような、グロテスクな姿。
「私の最高傑作だ。さあ、実験台になってもらおう」
魔物たちが一斉に襲いかかってきた。
「散開!」
俺の指示で、皆が戦闘態勢を取る。
新たな冒険の始まりは、いきなり危機的状況から始まった。
だが、俺たちには恐れはなかった。
なぜなら、信頼できる仲間がいるから。
「行くぞ、みんな!」
「おお!」
『絆の証』の、記念すべき初陣が始まった。