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転生と追放

 俺の名前は山田太郎。どこにでもいる32歳の社畜だった。

 

 薄汚れたコンクリートの壁に囲まれたオフィス。青白い蛍光灯が絶えずチカチカと点滅し、頭痛の種となっていた。机の上には山積みの書類と、すでに冷え切ったコーヒーカップ。窓の外は午前2時の深い闇に包まれ、街灯だけがぽつりぽつりと寂しげに光っている。


 毎日終電で帰り、土日も出勤。家には寝に帰るだけの生活。結婚どころか、まともな恋愛をする時間すらなかった。人生という名の歯車は、ただ回り続けるだけで、何の意味も見出せずにいた。

 

 「山田! この資料、明日の朝一までに仕上げておいてくれ」

 

 バンッ! 机を叩く音と共に響く上司の無情な声が、今でも耳に残っている。同僚たちはとっくに帰宅し、フロアには俺一人だけが取り残されていた。キーボードを叩く「カタカタカタ」という音だけが、静寂を破っている。

 

 あの日も、いつものように深夜まで残業していた。ようやく仕事を終えて会社を出たのは、日付が変わって2時間後。疲労困憊の体を引きずりながら、駅への階段を降りていた時だった。

 

 ズキン! 急に心臓が締め付けられるような痛みが走った。

 

 「あ……」

 

 声を出そうとしたが、もう遅かった。ドクンドクンと不規則に脈打つ心臓の音が頭に響く。視界が暗転し、ガラガラガラ……と体が階段を転げ落ちていく感覚だけが残った。石段に体がぶつかるたびに「ゴツッ、ゴツッ」という鈍い音が響く。

 

 (これが、死か……)

 

 薄れゆく意識の中で、俺は自分の人生を振り返った。机の上の写真立て、母の笑顔、父の背中、学生時代の友人たち……すべてが走馬灯のように過ぎ去っていく。

 

 何も成し遂げられなかった。誰かの記憶に残ることもない。ただ会社の歯車として消耗しただけの32年間。喉の奥から血の味が広がり、体温がじわじわと失われていく。

 

 (もし生まれ変われるなら……今度は、自分の意志で生きたい)

 

 そんな願いを最後に、俺の意識は完全に途絶えた。

 

   ◆


「レイン! またサボってるの!?」


 甲高い女の声で、俺は飛び起きた。

 

 目の前には、金髪を縦ロールに巻いた美少女が仁王立ちしている。陽の光を受けて輝く金色の髪、サファイアのような青い瞳、白磁のような肌。まるで人形のような美しさだが、彼女の瞳には明らかな軽蔑の色が浮かんでいた。足元でコツコツと音を立てて床を叩くハイヒール。苛立ちを表すように腕を組む仕草。


(え? レイン? 誰だそれ……俺は山田太郎じゃ……)


(生きてる……のか?)

 

 体を起こそうとすると、驚くほど軽い。まるで10代の頃のような、若々しい感覚。関節は軋まず、筋肉に疲労感もない。そして気づいた。手が小さい。いや、若い。32歳の社畜の手ではない、少年の手だ。指先は滑らかで、働き慣れたタコもない。


 混乱する俺の脳裏に、まるで堤防が決壊したかのように大量の記憶が流れ込んできた。ザザァ……という水の音のような感覚と共に、まったく異なる人生の記憶が注ぎ込まれる。陽だまりのような暖かい母の笑顔、厳格だった父の背中、そして――この美少女との幼い頃の思い出。


 7歳の春、庭園で二人で魔法の練習をした日。ソフィアの小さな手から『聖光』が放たれ、「ふわぁ」という柔らかな光に包まれた時の感動。「レイン、私たち将来、一緒にお城で働こうね」と無邪気に笑った彼女の顔。


 10歳の誕生日パーティー。貴族の子弟たちが集まる華やかな宴で、ソフィアが「レインは私の婚約者よ」と誇らしげに宣言した時の、周囲のざわめき。


 12歳の魔法学園入学式。隣に座ったソフィアが、俺の手を握って「一緒に頑張ろうね」と囁いた時の、手のひらの温もり。


 だが、その記憶の奔流の中に、一つだけ重く苦しい記憶があった。

 

 ――昨夜のことだ。レインは学園の中庭で、一人夜空を見上げていた。

 

 噴水の水音だけがポチャポチャと響く静寂の中、月明かりが石畳を青白く照らしている。風にそよぐ薔薇の花びらが、ひらひらと舞い落ちる。

 

 ――「どうして、僕はこんなに弱いんだろう」

 

 ――涙をこらえながら、震える声で呟いた。今日もまた、模擬戦で惨敗。クラスメイトからの嘲笑。そして、幼馴染のソフィアからも見放されてしまった。

 

 ――「強くなりたい……誰かの役に立てる人間になりたい」

 

 ――その時、夜空に大きな流れ星が横切った。「シュゥゥゥ」と音もなく流れる光の帯。まるで少年の切実な願いに応えるかのように、長い尾を引いて流れていく。

 

 ――「もし叶うなら……」

 

 記憶はそこで霧のように曖昧になっていた。その後のことは、はっきりしない。ただ、深い絶望と、かすかな希望が入り混じった感情だけが残っている。

 

(まさか……元のレインは……)

 

 胸が締め付けられる。そして理解した。深い絶望の中で、強くなりたいと願ったレインの魂と、新しい人生を望んだ俺の魂。二つの似通った願いが、運命の糸で結ばれたのだろう。


 (レイン……お前の願い、俺が叶えてやる。この体で、この人生で、必ず強くなってみせる)

 

 心の奥で、もう一つの魂が安らかに微笑んでいるのを感じた。

 

 ――レイン・エヴァンス。16歳。王立魔法学園の生徒。

 

 ――最低ランクの「鑑定」スキルしか持たない落ちこぼれ。

 

 ――そして、目の前の少女は幼馴染で婚約者のソフィア・ローゼンベルク公爵令嬢。


(なるほど、俺は異世界に転生したのか……それも、この体の元の持ち主の記憶と、最期の願いまで受け継いで……)

 

 心の奥で、元のレインの魂がそっと微笑んでいるのを感じた。まるで「頼んだぞ」と言っているかのように、温かく、そして切ない感覚が胸を満たす。


 状況を整理した俺は、とりあえず大人しくしていることにした。この世界のことをもっと詳しく知る必要がある。


「聞いてるの!? 今日の模擬戦でまた最下位だったそうね」


 ソフィアの言葉に、周囲の生徒たちがクスクスと笑い声を上げた。「くすくす」「あはは」という嘲笑が、教室中に響いている。

 

 ここは王立魔法学園のエリートクラス――通称「Sクラス」の教室。王国でも最高峰の才能を持つ者だけが所属を許される特別なクラスだ。高い天井には魔法で作られたシャンデリアが輝き、壁には名だたる偉人たちの肖像画が並んでいる。一つ一つの机も最高級の木材で作られ、魔力を増幅する魔石がはめ込まれている。


「すまない、ソフィア。体調が……」


 俺の声は、元のレインよりも少し低く、どこか落ち着いている。前世の経験が、自然と言葉に重みを与えているのかもしれない。


「言い訳はもう聞き飽きたわ」


 ソフィアは冷たく言い放つと、ため息をついた。その表情には、諦めと失望が混じっている。だが、よく見ると瞳の奥に、わずかな迷いのようなものも見える。


 (この子も、苦しんでいるのかもしれない)


 サラリーマン時代に培った人を見る目が、ソフィアの本当の気持ちを読み取ろうとする。


「レイン、私たち……話があるの」


 記憶の片隅に、幼い頃のソフィアとの思い出が蘇る。昔は一緒に魔法の練習をしたり、将来の夢を語り合ったりしたものだ。「レイン、将来は一緒にお城で働こうね」「僕も頑張るよ、ソフィア」そんな他愛もない約束を交わした、春の午後。いつから、こんなに距離ができてしまったのだろう。

 

 ソフィアの隣に、銀髪の美青年が歩み寄ってきた。第二王子アレクサンダー。この学園の生徒会長にして、Sクラスの実質的なリーダーだ。コツコツと響く革靴の音、真っ直ぐに伸びた背筋、王族特有の品格ある立ち振る舞い。全てが完璧に計算されたような美青年だった。


「レイン・エヴァンス。君について重要な発表がある」


 アレクサンダーが厳粛な表情で口を開くと、教室内がざわめいた。「ざわざわ」「まさか」「ついに」という囁き声が飛び交う。


「昨日の学園運営会議で、君のSクラス在籍について審議が行われた。その結果……」


 アレクサンダーが言葉を区切る。その間の重い沈黙が、教室の空気を張り詰めさせる。ソフィアが申し訳なさそうな表情で、一枚の書類を取り出した。彼女の手が、わずかに震えているのが見える。


「私が代理で受け取ったの。本当は担任の先生が渡すはずだったけど……」


 ソフィアは躊躇いがちに書類を俺に差し出した。紙の端が小刻みに震えている。


「これは?」


「Sクラスからの……追放通知よ。正式には『クラス適性再評価に基づく配置変更命令書』」


 ペラリ、という紙をめくる音が妙に大きく響く。教室がざわつく。まさか本当に追放するとは、誰も思っていなかったようだ。「ざわざわ」「嘘でしょ」「本当に追放?」


「君の『鑑定』スキルは、確かに希少価値はある。しかし戦闘能力が皆無に等しく、Sクラスの水準に達していない」


 アレクサンダーが事務的に説明を続ける。その声には感情の波がない。まるで機械的に処理されているかのような冷たさだった。


「加えて、昨日の模擬戦で10戦連続最下位という記録を更新した。これ以上Sクラスに在籍することは、君にとっても、クラス全体にとっても有益ではないと判断された」


 記憶が戻ってきた。確かに元のレインは、ここ数ヶ月間まともに戦えたことがなかった。魔法は不発、剣技は三流、戦術眼も皆無。まさに「落ちこぼれ」の烙印を押されるに相応しい成績だった。


「ちょっと待て、それは……」


 俺が言いかけた時、予想外の感覚が訪れた。まるで電流が走ったかのような、ビリッという感覚。体の奥底から、何か未知の力が蠢いているのを感じる。


(なんだ、この感覚は……)


「レイン・エヴァンス。あなたのような……」


 ソフィアが言いかけて、口を噤んだ。きっと「無能」と言おうとしたのだろうが、さすがに幼馴染を前にして言い切れなかったのだ。その瞬間、彼女の瞳に涙が滲んでいるのが見えた。


「あなたが悪いわけじゃない。でも、Sクラスにいること自体が……間違いだったの」


 ソフィアの声には、わずかに震えが混じっていた。その震え声の中に、罪悪感と諦めが入り混じっている。


 Sクラスの他の生徒たちが、アレクサンダーの言葉に同調する。


「そうだそうだ!」

「無能は出て行け!」

「Fクラスがお似合いだ!」


 Fクラス――それは落ちこぼれが集まる最下位クラスのことだ。


(ふーん、そういうことか)


 苛立ちを抑えながら、俺は冷静に状況を整理し、今後の振る舞いについて考えた。

 

 この体の元の持ち主であるレインは、確かに「鑑定」という地味なスキルしか持っていない。しかし、転生した俺には前世の記憶がある。そして……


(この世界では、どうやって自分のステータスを確認するんだ?)


 記憶を探ると、この世界の人々は「ステータス開示」という言葉で自分の能力を確認できることが分かった。


『ステータス開示』


 心の中で唱えると、自分のステータスが脳内に浮かび上がった。


【名前】レイン・エヴァンス

【年齢】16歳

【職業】魔法学園生徒


【表示スキル】

・鑑定Lv.1


【隠しスキル】

・解析Lv.MAX(全ての魔法・スキルを瞬時に理解)

・創造Lv.MAX(新たな魔法・スキルを生み出す)

・無限Lv.MAX(魔力が無限に湧き出る)


(やっぱりな。転生特典ってやつか)


 どうやら俺は、とんでもないチートスキルを持って転生したらしい。ただし、これらのスキルは「隠し」扱いになっていて、他人からは見えないようだ。


「聞いてるの!? さっさと荷物をまとめて出て行きなさい!」


 ソフィアの怒声で、俺は現実に引き戻された。だが、その表情をよく見ると、怒りよりも困惑の方が強いようだった。


「分かった」


 俺はあっさりと頷いた。


「え?」


 予想外の反応に、ソフィアが目を丸くする。もっと抵抗したり、泣いて謝ったりすると思っていたのだろう。


「Sクラスから出て行けばいいんだろ? 了解した」


 俺は立ち上がり、教室に置いていた数少ない私物を鞄に詰め始めた。


「ちょ、ちょっと……本当にいいの?」


 さすがに罪悪感を覚えたのか、ソフィアが戸惑ったように聞いてくる。


「ああ。俺みたいな無能が、君たちエリートと一緒にいるのは確かに場違いだったな」


 皮肉を込めて言ったつもりだったが、ソフィアたちには伝わらなかったようだ。


「そ、そうよ! 分かってるならさっさと出て行きなさい!」


 強がるソフィアだったが、その表情にはわずかな動揺が見えた。

 

 元々のレインとソフィアは、政略結婚とはいえ婚約者同士。多少の情はあったのかもしれない。


「じゃあな、ソフィア。今まで……ありがとう」


 最後にそう言い残して、俺は教室を出た。

 

 廊下に出ると、しばらくして年配の女性教師が歩いてきた。


「レイン君? どうしたの、荷物を持って」


 ミランダ先生――確か学生課の先生だった。


「Sクラスから追放されたので、新しいクラスへの移動命令を待っています」


「あら……」


 ミランダ先生は困ったような表情を浮かべた。


「実は、さっき学園長から連絡があったの。君の新しいクラスはFクラス。私が案内するように言われたのよ」


 ああ、だから廊下で会ったのか。納得した。


「はい、お願いします」


 素直に従う俺を見て、ミランダ先生は意外そうな顔をした。


「君、随分あっさりしているのね」


「もともと、Sクラスは俺には不相応でしたから」


「……そう」


 ミランダ先生は複雑な表情を浮かべたが、それ以上は何も言わなかった。

 

 学園の中を歩きながら、俺は改めてこの世界のことを考えた。

 

 王立魔法学園は、王都にある最高峰の教育機関。ここで優秀な成績を収めれば、将来は宮廷魔導師や騎士団の幹部になることも夢ではない。

 

 生徒は入学時のスキルや魔力量によって、S〜Fの6つのクラスに分けられる。Sクラスは各学年20人程度の超エリート集団だ。

 

 一方、Fクラスは「不適格者」の集まり。卒業できるかも怪しい落ちこぼればかりだという。


(でも、それがいい)


 俺は内心でほくそ笑んだ。

 

 目立つSクラスより、目立たないFクラスの方が都合がいい。隠しスキルを少しずつ解放して、自分のペースで成長できる。


「着いたわ。ここがFクラスの教室よ」


 ミランダ先生が立ち止まった場所は、学園の端にある古い校舎だった。

 

 Sクラスの豪華な教室とは大違いで、壁には亀裂が入り、窓ガラスも一部割れている。


「……ひどい場所ね」


 さすがのミランダ先生も、同情的な視線を向けてきた。


「大丈夫です。慣れますよ」


 俺がそう答えると、教室のドアが勢いよく開いた。


「新入りか!?」


 赤髪の少年が、興味深そうに俺を見つめていた。その隣には、金髪の美少女もいる。


「あら、Sクラスから落ちてきた子?」


 美少女――エミリアが驚いたように言った。


「ああ。今日からよろしく」


 俺が挨拶すると、教室にいた10人ほどの生徒が一斉にこちらを向いた。

 

 彼らの目には、好奇心と……少しの同情が混じっていた。


「Sクラスから落ちるなんて、よっぽどのことがあったんだな」


 赤髪の少年――カイルが同情的に言う。


「まあね。『鑑定』しかできない無能だから」


 自嘲的に言うと、意外なことに教室中から笑い声が上がった。


「なんだ、俺たちと同じじゃないか!」

「ここにいるのは全員『無能』さ!」

「ようこそ、落ちこぼれクラスへ!」


 彼らの反応は、Sクラスとは正反対だった。馬鹿にするでもなく、見下すでもなく、仲間として受け入れてくれる雰囲気。


(……悪くない)


 俺は初めて、この世界で心から笑顔になれた気がした。


「俺はカイル。『身体強化』しかできない脳筋野郎さ」


「私はエミリア。『小火』っていう、マッチ程度の火しか出せない魔法使いよ」


 二人が自己紹介をしてくれる。他の生徒たちも次々と名乗り出た。

 

 『怪力』『暗視』『動物会話』……確かに、戦闘では役に立たなそうなスキルばかりだ。


「ところで、君の『鑑定』ってどの程度のレベルなの?」


 エミリアが興味深そうに聞いてきた。


「えっと……」


 俺は少し考えてから、手近にあった教科書を手に取った。


「『鑑定』」


 スキルを発動すると、教科書の情報が脳内に流れ込んでくる。

 

 ――と同時に、隠しスキル『解析』も自動的に発動した。


(なるほど、この教科書に書かれている魔法理論、全部デタラメじゃないか)


 『解析』の力で、教科書の内容の誤りが手に取るように分かった。おそらく、わざと間違った理論を教えて、Fクラスの生徒が成長しないようにしているのだろう。


「これは『初級魔法理論』の教科書。ただ……内容の3割くらいは間違ってるね」


 さらりと言った俺の言葉に、教室中が静まり返った。


「え? 間違ってるって……どういうこと?」


「例えばこのページ」


 俺は教科書を開いて見せた。


「火属性魔法の基本として『熱量は魔力量に比例する』って書いてあるけど、実際は『熱量は魔力密度の二乗に比例する』が正しい」


「!?」


 エミリアが目を見開いた。


「じゃあ、私の『小火』が弱いのは……」


「魔力量じゃなくて、魔力の圧縮が足りないからだろうね」


 俺の言葉に、エミリアは震える手で『小火』を発動した。

 

 いつも通り、マッチ程度の小さな火が現れる。


「魔力を圧縮して……」


 エミリアが意識を集中すると、小さかった火が少しずつ大きくなっていく。


「すごい! 今までより3倍は大きい!」


 歓声を上げるエミリアを見て、他の生徒たちもざわつき始めた。


「おい、まさか俺たちが弱いのは……」


「教えられてることが間違ってるから!?」


 その通りだ、と俺は心の中で頷いた。

 

 おそらく、Fクラスの生徒には意図的に間違った知識を教え、成長を阻害している。階級社会を維持するための、醜い策略だろう。


「なあ、レイン! 俺の『身体強化』も何か間違ってるのか!?」


 カイルが食い気味に聞いてくる。


「ちょっと見せてもらっていい?」


 カイルが『身体強化』を発動すると、彼の体がうっすらと光った。

 

 俺の『解析』が、即座に問題点を見抜く。


「魔力の流れが一方通行になってる。本来は循環させないと」


「循環?」


「こんな感じで……」


 俺は手でジェスチャーをしながら、魔力の正しい流し方を説明した。もちろん、自分でやって見せるわけにはいかない。『無限』の魔力がバレてしまう。


「なるほど! こうか!」


 カイルが新しい方法を試すと、今度は全身が強く輝いた。


「うおおお! 力が湧いてくる!」


 興奮したカイルが、教室の机を片手で持ち上げた。今までの3倍以上の筋力が出ているようだ。


「レイン……君は一体……」


 エミリアが、畏敬の眼差しで俺を見つめた。


「ただの『鑑定』使いさ。でも、物事を正しく見る目は持ってるつもり」


 俺は肩をすくめて見せた。

 

 この程度なら、『鑑定』スキルの応用で説明がつく。まだ正体を明かす時じゃない。


「すげえ! レイン、お前最高だ!」


「Sクラスの連中の方が、よっぽど無能じゃないか!」


「俺たちを見捨てた奴らなんて、もうどうでもいい!」


 Fクラスの面々が、口々に俺を褒め称える。

 

 その様子を見ていたミランダ先生が、複雑な表情を浮かべていた。


「レイン君……君は本当に『鑑定』しか使えないの?」


「はい。でも、『鑑定』を極めれば、色んなことが分かるようになります」


 半分本当で、半分嘘の答え。

 

 ミランダ先生はしばらく俺を見つめていたが、やがて小さくため息をついた。


「……分かったわ。とにかく、Fクラスでも真面目に勉強しなさい」


「はい、もちろんです」


 ミランダ先生が去った後、Fクラスは祭りのような騒ぎになった。

 

 今まで「無能」と呼ばれ続けた彼らにとって、自分たちにも可能性があると分かったことは、何よりの希望だったのだろう。


「なあレイン! 俺たち、本当は強くなれるのか!?」


「ああ。正しい知識と練習があれば、必ず」


 俺の言葉に、皆が目を輝かせた。


(さて、これからが本番だ)


 俺は内心で、今後の計画を立て始めた。

 

 まずはFクラスの仲間たちを鍛え上げる。彼らの本当の才能を開花させれば、きっと良い戦力になるだろう。

 

 そして、少しずつ自分の力も解放していく。最初は『鑑定』の応用として、徐々に『解析』の力を使い、最終的には……。


「レイン? どうしたの?」


 エミリアの声で、俺は考え事から引き戻された。


「いや、何でもない。それより、みんなで一緒に強くなろう」


「うん!」


 エミリアが満面の笑みで頷いた。その笑顔は、ソフィアの作り物めいた笑顔とは違い、心からの喜びに満ちていた。


(前世では、仕事に追われて何も成し遂げられなかった)


 でも、この世界では違う。

 

 チートスキルを持って転生した俺には、無限の可能性がある。そして今、信頼できる仲間もできた。


(見てろよ、Sクラスの連中)


 俺を追放したことを、必ず後悔させてやる。

 

 ――『無能と呼ばれた俺が、実は世界最強の賢者だった件』

 

 その物語は、ここから始まる。

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