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十五分間の会議


 アダルセリスが、自身の机に向かい、書類を捌く。

 迷いのない手の動き。真剣な横顔。その姿をレーテがぼんやりと眺めているうちに、ノックが鳴った。


「クリストファーです。確認したいことがあり、参りました」


 来た。


「入れ」

「失礼致します」


 クリストファーは、アダルセリスによく似た見た目をしている。同じ銀髪と瑠璃色の瞳の美青年。二十歳以上歳の差があるが、外見上の年齢はそう変わらない。親子のはずだが、兄弟のように見える。

 ただ、アダルセリスには重厚な威厳があり、クリストファーは溌剌としたエネルギーに溢れている。表情も、アダルセリスは硬く、クリストファーは柔らかい。同じような容貌でも、雰囲気や表情、動作が違えば、ここまで大きな差が出るのだと、感心してしまう。


「おや、レーテ妃。お久しぶりです。ご体調は如何ですか?」


 クリストファーは、入室して初めてレーテの存在に気が付いたように、近寄って来る。ただの演技。レーテが参加することを、クリストファーは知っている。

 レーテも立ち上がって、彼を出迎えた。


「お久しぶりです、クリストファー殿下。最近はかなり体調が良いので、陛下が散歩ついでにこちらへ連れて来てくださいました」

「それでここに……。お元気そうで良かったです。ですが、ご無理はなさらないでください。どうぞ、お座りになってください」

「お気遣い、ありがとうございます。では、失礼させていただきますね」


 レーテはお言葉に甘えて、ソファーに座り直す。


「クリストファー、確認したいこととはなんだ?」

「こちらです。この――」


 政については、レーテにはいまいちわからない。わからないというか、覚えていない。一応、次期女伯爵として領地運営は学んだが、使わなければ忘れる。皇后ならばともかく、側妃の末端が政に介入する権利はない。

 レーテはテストの前日に全てを詰め込み、終わった瞬間に忘れるタイプだ。


 いや、現在の皇后であるルチアは平民出身であり、聖女としての役目がある為、そういった仕事は免除されているのだったか。二十年も前に聞いた話なので、正直、うろ覚え。


「陛下。わたし、クリストファー殿下に御礼を申し上げたいことがあるのだけど、少し、お時間をいただいてもよろしいかしら」


 皇帝と皇太子の会話が途切れたのを確認して、レーテは声をかける。


「御礼ですか?」


 クリストファーに問われる。

 御礼を言う立場なので、レーテは再度、立ち上がった。


「はい。モンスターインベンドの際、クリストファー殿下と皇后陛下、マリアーネ皇女殿下に治癒魔法をかけていただいてから、劇的に体調が良くなりましたので、その御礼を申し上げたいと思っていました。近いうちに皆様に、御礼の品を届けさせていただきますわ」

「それを命令したのは私だ」


 何故、この皇帝は張り合おうとしているのか。


「えぇ、わかっていますわ。陛下にも御礼を差し上げますからね」


 昨夜の話は忘れていない。

 正直、ルチアとマリアーネにはなにをあげればいいかわからないので、全員に馬肉を贈ることにした。貴族や皇族が、自身や家族が治める領地の特産品を、土産や謝礼品にすることはよくある。


 アダルセリスに視線を向けられた。その目は、さっさと言えと言っている。


「よろしければそろそろ、休憩に致しませんか? クリストファー殿下も、ご一緒に如何です?」


 レーテが提案する。これは、アダルセリスと事前に打ち合わせていた。

 ずっと影が薄かった側妃が出しゃばってるように見えないか、レーテが案じた中、アダルセリスが言った。クリストファーどころか、レーテ以外の妃も子供達も、誰一人として茶に誘ったことは一度もないと。

 秘書達はアダルセリスと付き合いも長いので、下手にアダルセリスが皇太子を誘うと、なにかの密談ではないかと察せられかねない。その点、引きこもって人に会うこともなかった為、レーテの性格や行動パターンを把握している者はいない。側妃の何気ない提案を皇帝と皇太子が呑んだ、という形が一番自然。


「私もよろしいのですか?」


 クリストファーが父帝を見る。


「あぁ。レーテがそう言うのなら」

「ありがとうございます」


 レーテは微笑んで、アダルセリスを見上げた。必要だから誘っただけだが、外的には思いついて誘ったのはレーテ、というように見せる。


 アダルセリスが秘書達の方に向く。


「お前達も休憩していい。部屋には十五分、戻って来るな」

「えっ、どうしてですか?」

「異性に慣れていないレーテが、こんな男ばかりの空間で落ち着けるわけがないだろう」


 誰もが納得するであろう理由を挙げる。皇帝の妃が、元貴族令嬢が男慣れしていたら、それだけで大問題だ。

 それ以前に、第五側妃レーテが、女神の敬虔な信者であることはわりと知られている。神女云々以前に、妃達にあまり関心がないアダルセリスが、病の為に教会へ行けなくなったレーテの為に、宮殿内に小さいながら教会を建てたことは割と有名。それから長年、アダルセリスが一度も渡っていない、特別な関心がなかったように見えた妃が相手なら、尚更、印象に残る。

 女神の信者の女性、と言うと、貞淑で慎ましい性格だと勝手に思ってくれる。恐らく、修道女のイメージが強いのだろう。


 秘書達は疑う素振りもなく、執務室を出て行く。

 それを見送り、廊下側のドアの前にルドルフを置いた。これで室内には、レーテ、アダルセリス、クリストファーしかいなくなる。


「では、クリストファー。報告を聞こうか」


 レーテとアダルセリスが同じソファーに並んで座り、その向かいのソファーにクリストファーが一人で座った。


「モンスターインベンドの後、私が解呪したレーテ妃への呪詛ですが、術師が誰か判明しました」


 クリストファーが、持って来た封筒の中から一枚の紙を取り出す。紙には、一人の人物の写真が貼られ、名前と経歴が綴られている。


 写真は、三十年ほど前に開発された魔導具で、精巧な絵のように人や物を映す。

 この時に開発された写真機に魔法はかからないので、変身魔法で姿を変えていても真の姿がわかると、重宝されている。昔は、変身魔法で関係者に化けられて、通してはいけない人を通してしまったとか、逃亡犯が見つけられないということがよくあった。

 ただ、お洒落や容姿のコンプレックスを隠す為に変身魔法を使っている人達の要望を受け、十年以上前に、変身魔法込みで映る写真も開発された。


「スージェンナ・タルディ。第三側妃、ラドミア殿下の侍女です」

「ラドミア妃の?」


 第三側妃、ラドミア。グランツ帝国と隣接する国の一つ、ベルカ公国の元公女。皇子二人の母でもある。


 レーテはラドミアと話したことはあまりない。顔もうろ覚えなぐらい。美しい黒髪を持つ美女だった気はする。レーテの癖っ毛とは違い、真っ直ぐで綺麗だと思ったような。


「私は解呪の際、軽い呪詛返しもしました。返した分の呪詛が、このスージェンナというラドミア妃の侍女の元へ行ったことを確認しています。スージェンナがその後、一ヶ月以上寝込んで人前に姿を現さないことも調査済みです」


 レーテは、アダルセリスが持つ資料を覗き込む。


 スージェンナ・タルディ。四十二歳。ラドミアが祖国から連れて来た侍女。元はベルカ公国の子爵令嬢。


「異端審問官を連れて、乗り込むか」


 異端審問官。彼らは教会に属する神官の中でも、光の女神に背いた背信者を摘発する集団。その主な相手は、魔物と契約した魔法使いや魔女だ。訓練された異端審問官達は一目で魔法使いや魔女を見抜くので、彼らにとっては天敵となる。


「異端審問官ですか?」


 そうだ。クリストファーは神託のことを知らない。

 アダルセリスが簡単に説明する。魔女がレーテを呪い殺す可能性が高いと。

 情報源が女神の神託であることは一応伏せて、あくまでアダルセリスが抱えている諜報員が掴んだということにした。


「なんと……。では、その魔女がこのスージェンナの可能性もありますね。呪詛返しされ、レーテ妃は元気になって、陛下のお渡りも多い。初めから魔物と契約していたのか、そうでないのかはわかりませんが、更なる強硬手段に出てもおかしくはありません」

「その通りだ。そのスージェンナなる侍女が術師ならば、裏にいるのは十中八九、ラドミアだろう」


 これからの方針は決まった。


「異端審問官はこちらで手配しておく。それまでは、レーテ、ちゃんと、呪詛の気配に気を配れ」

「うん」


 十五分が経った。本日の臨時会議は解散。

 クリストファーは自身の執務室に、レーテもラピスラズリ宮に戻る。いつまでも居座っていても、秘書達の気が散るだけだろう。目的は果たした。








 レーテはラピスラズリ宮に帰った後、宮殿内の警備を見直す。物理的なものではなく、魔法的に。


「ウラナ。結界のことについて話があるんだけど」


 ラピスラズリ宮とレーテの周辺を魔法的に守護しているのは、侍女のウラナ。彼女は光魔法の使い手であり、同時に、他属性の魔法にも深い造詣と実力を持つ。

 ウラナの祖父は、レーテの父方の祖父、先々代伯爵トールの弟でもある。大叔父は平民と結婚して平民になったので、ウラナも平民。レーテのはとこに当たる。


「対呪詛術式を強めに組み込んでほしいの」

「対呪詛……ですか?」

「うん。まだ内密の話なんだけど、わたしが長年体調不良だったのは、呪いのせいかもしれなくて」


 ウラナは目を見開く。


「えぇっ!? 本当ですか!?」

「まだ本当かはわからないんだけど。クリストファー殿下が気が付いてくださったんだよ。それで、解呪してくださったらしくて。ほら、最近、わたし、すごく元気いいでしょ。多分、呪いが消えたからだと思うんだよね」


 ウラナは青褪め、バッと頭を下げた。


「申し訳ございません! 私、全然気が付かなくて……!」

「いや、いいよ。気にしないで。わたしも全然気が付かなかったもん」


 レーテはウラナの肩に手を置いて、顔を上げさせる。


「鈍感なのは、ガルシアの血筋かもね」


 悪戯っぽくレーテは笑う。身分は違うが、血の繋がった親戚だ。欠点かもしれないが、意外な共通点に嬉しくなった。


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