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ハーブティー


 翌日。早速、レーテとアダルセリスはクリストファーに会うことになった。アダルセリスの元に、クリストファーから呪いに関する話をしたい旨の連絡が来たからだ。レーテも当事者として参加する。


「服装、どうしよう」

「詰襟で長袖」


 隣から声が聞こえる。


「そんな窮屈そうなドレス、持ってないよ」


 レーテは二十年も引きこもっていた為、よそ行きのドレスが全くと言っていいほどない。体調不良で怠い身体でも楽に着れると、コルセットを着ける必要がないエンパイアドレスばかり仕立てていた。体調が悪くなったらそのまま寝れるように、装飾は最低限。

 実家から持って来た結婚前のドレスもあるが、そちらはサイズが合わない。元はややふくよかな方だったのだが、この二十年の間に窶れ、痩せたから。体型が結婚前と後で違う。


 第五側妃として、雷の権能を持つ神女として、公務の依頼はいくつかあるが、過保護なアダルセリスが止めている。もう少し体調を様子見してからにしようと。だから新しいドレスも、まだ仕立てていない。

 でもそろそろ、仕立て屋に依頼しなければいけないと思った。こうして、突発的に誰かに会わねばならない可能性もある。華美過ぎる服装はどうかと思うが、地味過ぎるのも失礼だ。


「これはどうでしょう」


 衣装係の侍女、ジュリアが持って来たのは、深緑のドレス。数年前に、甥の婚約式に出席する為に仕立てたドレスのうちの一つ。ただ残念ながら採用されなかった候補で、そのまま公の場で着ることなく、箪笥の肥やしになっていた。

 体調を考慮して、形はエンパイアドレスだが、おめでたい席で着る予定のものだったので、それなりに装飾が付いている。デザインも、グランツでは伝統的なものなので、流行遅れというわけでもない。


「採用」


 久しぶりに髪を結い上げる。癖がある黒髪なので、纏めた方が邪魔にはならない。だが、ベッドで寝る時間が多く、邪魔なので、いつも下ろしていた。

 ただ、人前で髪を下ろせるのは、若い女性の特権だ。三十を過ぎれば、髪は全て結い上げることが上流階級の女性における暗黙の了解。プライベートならば自由だが、実子でもない皇太子相手には無理。レーテだって見た目は若いが、実年齢では立派な中年なので、ちゃんと結ばなければいけない。















 支度を終え、アダルセリスと共にラピスラズリ宮を出る。向かった先は、皇宮本宮にある皇帝の執務室。


 皇太子が父親の側室の宮に行くのも、皇帝の側妃が実子でもない皇太子の宮に行くのも、スキャンダルになりかねない。

 アダルセリスが最近でもないが寵愛している側妃を仕事場に連れて行き、そこに偶然、書類かなんかを持って皇太子がやって来たので、三人でお茶をした。という筋書き。わざわざこんなことを考えないといけないのが、実の親子でも姉弟でもない、成人済みの皇族の男女の面倒なところ。


 道中はすごく目立った。長年人前に出てこなかった第五側妃が、皇帝と共に本宮にやって来たのだから、当然と言えば当然。

 本宮は政治の中心で、多くの文官や貴族、各地を警備する騎士などがいる。すれ違う人達のほとんどに二度見された。

 ようやくアダルセリスの執務室に辿り着いても、そこに詰めて皇帝の執務の補佐をする秘書達に、信じられないものを見るような目で見られる。アダルセリスは前もって、レーテを連れて行くと連絡した気がするのだが。


「レーテはソファーに座って、私の仕事ぶりを見ていてくれ」


 秘書達は、ここでレーテに呪いをかけた術師について密談することを知らない。本当に皇帝が、第五側妃に自身の職場を見せたいと連れて来たと思っているはず。


 レーテは来客用らしきソファーに座らせられる。すかさずやって来た侍女が茶を淹れ、お菓子を用意してくれた。


「ありがとう」


 結婚してほとんど引きこもっていても、貴族として、皇族としての振る舞いはわかっている。淑やかに微笑み、侍女と目を合わせて、レーテは礼を言った。


「あら?」


 ティーカップを持ち上げて、注がれたものの香りを嗅ぐ。一口飲んで、レーテは味を確かめた。


「これ、どうして……」


 思わず、アダルセリスを見る。

 そんなレーテの反応に、何事かとアダルセリスがやって来る。匂いを嗅いで、アダルセリスは息を呑んだ。バツの悪そうな顔をしているのが気になる。


 このティーカップの中身は、レーテが普段、愛飲しているハーブティーと同じだ。市販のものではなく、レーテの主治医、カロリーナ・ドロレス女医が、レーテの好みや主な症状に合わせてブレンドしてくれたもの。彼女は薬屋の娘らしく、そういうものに詳しい。

 てっきり、レーテだけに用意されているものだと思っていたのだが。


「それは……レーテが好んでいると聞いて、ドロレスに、その、貰った……」


 アダルセリスの顔は真っ赤だった。秘書達がどよめくほど。


「えぇと、わたしがここに来た時の為に用意してくれたということ?」


 レーテはそう受け取った。執務室にレーテが来る予定すら元はなかったし、来るつもりもなかったのに。ずいぶんと準備がいいんだなと。


 だが、アダルセリスは片手で額を覆って、首を横に振る。


「…………そうじゃなくて……、オルテンシアみたいなことをした……」


 一瞬、レーテは意味がわかなかった。

 だが、すぐに思い至る。レーテの妹、オルテンシアは幼少期、いつもレーテの後を付いてまわり、レーテの真似ばかりしていた。


「……わたしが飲んでいるものと同じものが飲みたかった……って、いう……」


 思い至ったアダルセリスの心情を口に出して、レーテも恥ずかしくなる。そんな子供みたいなことを、アダルセリスがやるとは思ってもみなかった。

 妹にされるのと、好きな人にされるの。感覚の大きな違いに、レーテもつられて頬を赤らめてしまう。


「で、でも、お客様にも出すのね」


 この空気をなんとかしようと、レーテは口を開く。だが、言ってから後悔した。他の妃とか、その子供達にも飲ませたのかな、とか。考えてしまった。


 前よりもずっと前向きになったつもりでも、嫉妬は今も昔もする。

 ただ、その感情とアダルセリス、その妃と子供達、全てをひたすら厭うのではなく、自分はその上を行ってやると考える気概が、今はある。子供の時にはあったもので、結婚してからは消えていた。それが呪いのせいなのかは定かではないが、恐らくはそうなのだろう。


「いや……。いつもは自分で飲んでいるのだが、メメ……先程の侍女はレーテが愛飲しているものと同じだと知っているから、気を利かせて選んだのだろう」


 結果、自身の主人の秘密を暴露してしまったが、それで怒るほどアダルセリスは狭量でもない。


「そっか……!」


 つまり、これを飲んでいるのは、レーテとアダルセリスだけ。恥ずかしいけど、なんか嬉しい。

 レーテはすっかりご機嫌になって、再びハーブティーを口にした。


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