方針探し
「まず探すのは、アディさまを狙う術師」
「まず探すのは、レーテを呪っていた術師」
二人の言葉が被る。
「「え?」」
顔を見合わせる。
「なんでそっちなの? 明らかに危険なのは、アディさまに即死級の呪いをかけようとしてる奴でしょ」
「なにを言っているんだ。またレーテを狙い出したらどうする。そいつが魔女で、これから神託通り、レーテを殺さないとは限らない」
同じ瞳が睨み合う。
親戚というわけではないが、レーテとアダルセリスの瞳の色は同じだ。金の粉が散らばった瑠璃色の瞳。
これは、数千年前に存在した土着の民の特徴。太古から脈々と受け継がれてきた由緒正しい血筋の証。グランツ帝国アヴァロン王朝を筆頭に、建国当時から続く名家出身の者が有している。レーテの実家、ガルシア伯爵家もその一つ。
「レーテの方を先に探す。いや、もう探している。クリストファーが、心当たりがあると言っていた」
「え、そうなの?」
レーテは目を見開く。
「心当たりって? そういえば、解呪してくださったのはクリストファー殿下なんだっけ」
優秀だと評判なクリストファーなら、レーテほどの鈍感ではないだろう。レーテにかけられた呪いの気配から、術師の魔力を発見したのかもしれない。その魔力に該当する者を、クリストファーが知っていたとか。
もしくは、呪い返しをして、呪いが返って行った先にいる術師を発見したか。
「解呪の件もあるし、御礼しなきゃ。流石に手紙一枚じゃ、アレだよね。クリストファー殿下の好きなものって、知ってる?」
「知らん」
実の父親のくせに、アダルセリスはさっさと否定する。事実はそうだとしても、少しでも考える素振りを見せるべきではないだろうか。レーテは思わず、冷たい視線を向けてしまう。自身が愛情深い両親の元に生まれ育ったからか、尚更、アダルセリスの薄情さが目に余る。
かと言って、アダルセリスがクリストファーや、他の子供達を溺愛していたら、レーテは嫉妬するのだろう。愛しているのはレーテだと言ったくせに、レーテではなく他の女が産んだ子供を可愛がるのか、なんて。自分でも、面倒な女だと自覚している。だから言わない。アダルセリスにはこんな醜い感情を知られたくないから。
「別に、礼なんてしなくてもいいだろう。そんなことして、クリストファーが思い上がったらどうするんだ。そもそもアイツは、レーテに興味津々なのに……」
嫉妬をするのはアダルセリスも同じだった。
「そうなの?」
「ギャザーに師事しているから、レーテの話を色々と聞いているんだ。ギャザーの記憶の中のレーテは大抵、美化されているからな」
「あのギャザーが?」
弟弟子、ギャザーはいつも意地悪だった。「破壊魔」とか、「暴れ馬の女王」とか、変なあだ名が付いて領内に広まったのは、大抵、ギャザーのせい。
ちょっとお洒落して髪型を変えたり、可愛い服を着た時も揶揄われた。
アダルセリスとのデートの為に新調したワンピースに馬糞を付けられたことは、一生許さない。レーテの人生で取っ組み合いの喧嘩をした相手は、妹でもアダルセリスでもなく、ギャザーだけだ。
「あいつはレーテに惚れていたんだ。だから今も独身」
「そんなわけないでしょ。いつもいじめてきたもん」
「好きな子ほどいじめたいタイプだったんだよ」
レーテからすれば、信じられない。そんな素振りは全く見えなかった。レーテがアダルセリスしか見ていないせいもあるかもしれないが。
「クリストファーは恋愛的な意味でレーテに興味があるわけではないだろうが…………不愉快だ」
アダルセリスの眉間に皺が寄る。せっかくの美形が台無しだ。レーテは人差し指で、そこを突く。
「でも、そうは言ってられないでしょ。側から見たら、お世話になったのに御礼も出来ない不誠実な奴じゃん。わたしが忘れられた妃から、無礼者妃って呼ばれてもいいの?」
「呪いのことを公表するかはまだわからないし、大体の者はレーテがクリストファーに世話になったなんて知らないだろう」
「そういう考えが不誠実なんだよ」
レーテはアダルセリスと距離を詰めて座る。その肩に、そっと頭を寄せる。
「クリストファー殿下が呪いに気が付いて解呪してくれなかったら、わたしは今もベッドからなかなか出られなくて、アディさまの妃でいることが嫌なままだったかもしれない。今こうやって、わたし達が隣合って話が出来るのも、呪いを解いてくれたっていうクリストファー殿下のお陰じゃない?」
ちょっとずるい言い方だったかもしれない。だが、アダルセリスはなんとか納得してくれたようだ。渋々、という顔をしているけど。
「…………多分だが、肉でもやれば喜ぶんじゃないか? あいつも若い男だから」
ふいっと背けられた顔が、本人の不満を示しているように感じる。
「アディさまだって、皇族としても、肉体的にも、まだ若いでしょ。アディさまも食べる?」
「…………食べる」
拗ねたような声に、レーテは笑ってしまう。
そうと決まれば、現在のガルシア女伯爵である妹、オルテンシアに手紙を出さなければいけない。馬肉を送ってくれと。ガルシア領では軍用、食用を問わず、馬を多く育てている。フォーサイス辺境伯爵領を挟んで隣にある魔界から漂う魔力に影響されてか、大きな体躯と強い力を持つ馬が育ちやすい。
なお、人間が食べてもその魔力の影響はない。あっても、自身が消費した魔力が微妙に回復する程度だ。
毒を疑わなければいけない皇太子に食べ物を贈るのは、普通ならばどうかと思う。だが、クリストファーは光魔法の使い手だ。解毒も光魔法で出来るので、気にしなくてもいいだろう。
アダルセリスにあげる分は、念の為、レーテが解毒しておこう。ガルシア領で共に生活していた時も、アダルセリスが食べるものは必ず、レーテが解毒魔法をかけていた。補佐系光魔法は苦手だとは言っても、出来ないわけではない。
「クリストファーが動いているから、先にレーテを呪った術師の方を片付ける。いいな?」
それを考えれば、拒めない。レーテの問題なのに、クリストファー一人に任せっきりにするわけにもいかない。
「わかったよ」
レーテが折れて自分の意見が通ったからか、アダルセリスは満足げに頷く。
「もう遅い。そろそろ寝よう」
「そうだね」
背に手を添えられて、一緒に立ち上がる。
あまり夜更かしすると、ジゼルと、アダルセリスの護衛騎士であるルドルフに叱られる。ジゼルもルドルフも、レーテとアダルセリスが幼い頃からの付き合い。主従関係で、こちらの方が立場的には明らかに上のはずだが、逆らえない。