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再びの神託

 千年帝国と呼ばれる国がある。光の女神ルミナスの加護を与えられたとされる、大陸最古の国。その皇族、アヴァロン王朝の血族もまた、光の女神の加護を賜り、長命である。


 そして現在。皇帝アダルセリスの妃の中には、雷の権能を受け継ぐ神女がいる。



















 光の女神ルミナスの神託を受け、グランツ帝国滅亡の危機を救った第五側妃、レーテ。妃に迎え入れられたから長年、病床に伏せり、皇帝の来訪もないことから、「忘れられた妃」と揶揄されていた。

 引きこもり歴は二十年。現在、三十七歳。

 だが、その見た目は側妃として後宮に迎え入れられてから変わらない。病のせいで、ややふくよかだった身体はすっかり痩せたが、違いと言えばそれぐらい。十代後半の少女と変わらない若さを保っている。


 最近、すこぶる体調が良い。このグランツ帝国の滅びの危機、モンスターインベイドを食い止めた後、倒れたついでに治癒魔法をかけられたお陰だろうか。

 かけたのは、女神の代理人たる聖女にして皇后ルチアと、その子供達。皆、優秀な補佐系光魔法ーー治癒、浄化、結界魔法などの使い手だ。


 幼少期から、信心深い祖父を筆頭とした家族の影響で、毎週、女神への祈りは欠かさない。体調が良いのならば尚更。

 今日も、自身の居住区、ラピスラズリ宮の一角に建てられた小さな教会へ、リハビリの散歩も兼ねて足を運ぶ。


 教会には、十人も入らない。だが、立派な女神像と、美しいステンドグラスがある。その像の前で、レーテは跪く。両手を胸の前で組み、心の中で女神に捧げる祝詞を唱えた。


 不意に耳鳴りがする。気が付けば身体が硬直していて、レーテは「まさか」と内心で戦慄いた。一度経験した、覚えがある感覚。


『オスカルの乙女、レーテ。そなたに神託を授けましょう』


 聞き覚えのある女性の声が、直接、頭の中に響く。

 というか、四十近い人妻に「乙女」はどうかと思う。せめて、「後継者」と呼んでいただきたい。

 不敬だとは知りながらも、つい、思ってしまう。


『そなたは一年以内に命を落とします』


 ゾッとした。


「何故ですか」


 声が出た。

 だが、身体は動かないまま。


『魔女に呪われ、殺されるのです』


 魔女。それは、魔物と契約した女性のことだ。

 なお、魔物と契約した男性は、魔法使いと呼ぶ。


『その前に、穢れた獣使いに鉄槌を下しなさい』


 厳かな声が、命令を下す。

 自然と口が動く。まるで、自分のものではないように。


「――総ては女神の御心のままに」


 言い切った瞬間、身体が脱力した。















 レーテはすぐさま、自室のベッドに運ばれた。


「レーテ様。もしかしてまた、神託ですか?」


 レーテの乳姉妹であり、このラピスラズリ宮の侍女達を束ねる筆頭侍女、ジゼルに問われる。


 神託。一月前、レーテは光の女神ルミナスから神託を賜った。グランツ帝国と隣接する魔物の領域ーー魔界から、魔物が大行列を成して侵攻してくると。それにより、グランツは滅びを迎えると。

 攻撃系光魔法ーーいや、先祖が女神から賜った雷の権能で、レーテは魔物の集団、モンスターインベイドを殲滅。民に被害が出る前に終わらせた。

 先祖から受け継いだ雷の権能により、『神女』という称号を教会から与えられた。


「そうみたい……」


 もし、モンスターインベイドが起こる前だったら、なにもせず死を受け入れたかもしれない。それだけ、夫を、大好きな人を他の妃達と共有しているという事実に耐え切れなかった。

 本来、夫のアダルセリスが皇帝にならなければ、レーテは彼のただ一人だけの妻になれたはず。

 アダルセリスは、元は皇位を継ぐはずがなかった第六皇子。ガルシア女伯爵になる予定だったレーテの夫としてレーテを支え、共に領地と領民を守るはずだった。

 そう思うからこそ、余計に。


 だが、今は死にたくない。アダルセリスが退位した後、ただ一人の夫と妻として、二人で新たな生活を築くと約束したから。その約束が、くすぶっていたレーテに、希望をもたらした。


「アディさまに報告する。多分、そろそろ来ると思うから」


「はい。既に今夜、いらっしゃるとの連絡を受けています」


 再び互いの想いを告げ合ってから、アダルセリスは足繁くラピスラズリ宮に通っている。

 なにも知らない人からすれば、ずっと興味もなかったくせに、レーテがモンスターインベイドを殲滅して、「神女」の称号を与えられたから、子供をレーテに産ませようとしているように見えるのかもしれない。十年近く前に第十子となる末の皇女が生まれてから、アダルセリスが一切、後宮にーーどの妃の元にも来ていなかったということもあるだろう。


 だが、アダルセリスにそんな政略的な考えはないと、レーテは知っている。ただ、かつて、レーテがアダルセリスを拒んでしまったから、レーテの気持ちを尊重して放っておいてくれただけ。無理に距離を詰め続ければ、互いに傷つけ合うだけだと思ったのだろう。

 すれ違いが解け、互いに婚約者同士だった頃と変わらない想いがあるとわかったから、再び逢うようになった。最近のレーテの心と体調は、落ち着いている。


 それに、アダルセリスは頻繁にラピスラズリ宮に来ていても、子供を作る行為は一切していない。ただの添い寝止まり。


 レーテは側妃として、子供を産むつもりはない。それは既に、アダルセリスと話し合って決めたことだ。

 子供が欲しくないわけではない。好きな人の子供なら、産みたいと思う。

 普通なら、加齢による肉体の衰えが立ちはだかるが、レーテの肉体は年若い少女と変わらない。医師も、問題なく産めるだろうと太鼓判を押している。

 アダルセリスも四十過ぎだが、男性は女性ほど負担がないので問題はない。それ以前に、彼は皇族。グランツ帝国の皇族は女神の加護により長寿であり、それに伴って老いも緩やか。アダルセリスも未だ、二十代の若さを保っている。


 それでも妊娠を躊躇わせたのは、アダルセリスの生い立ちから。

 兄が五人いる末っ子で、皇太子である長兄の地位も盤石だというのに、長兄に迫るほど優秀だった為に命を狙われていた。その後、長兄含む兄達はほとんど死に、そうでない者も罪を犯して皇位継承権を剥奪された。結果、アダルセリスに皇位が回ってきて、人生を大きく変えられた。女伯爵の夫になるはずだった未来から、皇帝へ。


 皇后が産んだ第一皇子、クリストファーが皇太子として、アダルセリスや多くの人間に認められているとしても、今や兄のみならず、姉も皇位継承権を持つと言っても、皇帝の子供である限り命を狙われる可能性はある。アダルセリスのように、予定にない皇位が転がり込む可能性もある。

 レーテは自分の子供とその伴侶に、アダルセリスと自分と同じ苦労をさせたくない。皇帝の妻になる女性以外が、重婚の覚悟を持つことは早々ない。レーテのように。


 一方で、アダルセリスは産んでほしいと言った。

 政略に必要というわけではない。子供は既に、男女合わせて十人もいる。充分だ。

 ただ、愛する女性との子供が欲しい。


 二人で話し合って、結論を出した。アダルセリスは近いうちに退位する予定を立てている。クリストファーも、次期皇后に内定している婚約者も、既に成人している。若くとも聡明な二人に皇位を任せても問題ないだろう。アダルセリスだって、二十一で皇帝になった。

 クリストファーとその婚約者は、クリストファーの即位と共に結婚する予定でもある。


 このグランツ帝国において、重婚が許されているのは皇帝、ただ一人のみ。退位した時点で、その例外から外れる。

 なので、生前退位する皇帝は皆、妃一人を残して、他の者とは離婚しなければならない。アダルセリスは退位後、レーテのみと婚姻関係を続行し、彼女以外の妃と離婚するつもり。


 新たな皇帝になったクリストファーの子供が生まれたら、先代皇帝の子供よりも、現皇帝の子供の方が皇位継承順位が優先される。レーテがアダルセリスの子供を産んでも、クリストファーに子供が産まれれば産まれるほど、レーテの子供の皇位継承順位は下がっていく。

 万が一の場合でも、間に沢山の皇位継承権保持者がいればいるほど、レーテの子供に皇帝の地位が回ってくることはないだろう。


 アダルセリスが退位して、クリストファーに子供が生まれた後に子供を作る。レーテとアダルセリスはこの意見で、双方共に納得した。


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