表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/17

赦しの奇跡はあるか


 意外にも、新月の夜が訪れる前に、アダルセリスがラピスラズリ宮に来た。


「かなり困ったことになった」


 と、なんとも言えないような表情で言う。


「どうしたの? ベルカ公国に無茶振りされた?」

「いや、そっちは……簡単でもないが、そこまででもない」


 飲み物に酒と茶を用意していたが、アダルセリスは茶を選ぶ。いつもは酒一択なのに。明日は朝早くから仕事があるようだ。


「実は、ルチアが、自分もラドミアと一緒に裁いてくれと言って来たんだ」

「は? 聖女様が? なんで?」


 思いもよらない人物からの思いもよらない要望に、レーテはつい口を開けてしまう。意味がわからない。

 アダルセリスがその口の中に、用意されていたナッツを放り込む。


「ルチアは、レーテが呪われていることに気が付いていたらしい。だが、見て見ぬふりをしたと」


 なんとなくわかった気がする。レーテは黙って咀嚼した。


 平民でありながら聖女に選ばれたほどなのだ。ルチアの光魔法の才能はトップクラスに違いない。

 清らかな光魔法の使い手ならば、穢れ、負の感情が内包された呪いの気配、存在に敏感だ。普通に考えれば、クリストファーが気が付いて、ルチアが気が付かないはずがない。

 レーテのように光魔法の使い手として、致命的なまでに鈍感ならばそれ限りではないが、こんな鈍感な奴が何人もいるのは困る。


「それ以前に、私はレーテが体調を崩してすぐに、ルチアにレーテを癒してほしいと頼んだことがある。レーテも光魔法の使い手なのだから、レーテが癒せないものは自分にも難しいと断られたが」


 そんなことがあったのか。


 だが、そんなのは方便だとわかる。補佐系光魔法に特化した聖女と、攻撃系光魔法に特化しているがゆえに補佐系光魔法が苦手なレーテ、どちらが治癒の腕前が上かは明白。


「呪いを放置したのは、レーテに嫉妬していたかららしい。死んでも構わなかったと。だが、クリストファーが呪いを解き、レーテは回復。黒幕のラドミアが捕まった。それで、なんて恐ろしいことをしたのだと、我に返ったと言っている」


 また、嫉妬。スージェンナも、ラドミアがレーテに嫉妬していたと言っていた。

 レーテも嫉妬していた。ルチアにも、ラドミアにも。その他の妃にも。


「ルチアがレーテを助けていれば、レーテはこの二十年を、無為にベッドの上だけで過ごす必要はなかっただろう。聖女としても、人としても、許されない行いだ。だが、聖女を捕らえ、裁くことは出来ない」


 聖女を裁く法がないということではない。聖女であり、皇后でもある女性が、己の感情一つで、苦しむ人を見捨てた。それが、皇帝の寵愛、子の皇位継承権を競う、ライバル関係にある側妃だとしても。聖女という地位にある者も皇后という地位にある者も、平等でなければならない。国と皇室、教会の威信に関わる。息子であるクリストファーの地位や名声も、揺らぎかねない。

 だから、捕らえ、裁けない。国民に、世界に公表出来ないから。十中八九、国民は混乱し、怒るだろう。なかったことにするのが、一番平和。それで被害者(レーテ)が泣き寝入りをしても。


「わかってるよ。怒ってもないし、恨むこともない。わたしも同じ立場だったら、自分で治せよって思うもん」


 レーテはルチアに救ってもらわなくても、その気になれば自分でどうにか出来た気がする。同じ光魔法の使い手なのだから。

 だが、呪いで心が、頭がおかしくなっていた。その気になれなかった。自分で自分を治す気すら起きなくて、渦巻く負の感情に押し潰されたまま。

 ただ、女神の神託を聞いて、それを無視して、家族や国民諸共、魔物に踏み潰される度胸がなかった。グランツ帝国の全てを盾にされて、ようやく起き上がれた。


「わたしのことは気にしなくてもいいよ。わたしも気にしてないし」

「…………すまない」


 レーテよりも悔しそうな顔をしないでほしい。レーテは苦笑いして、下げられた銀色の頭を撫でた。その苦悩が少しでも癒えるように、ほんのりと金に光る魔力を乗せて。








 それが、昨日のこと。今、目の前には、金髪を結い上げた女性がいる。彼女が、このグランツ帝国の皇后にして、今代の聖女、ルチア。

 ここは、ラピスラズリ宮の敷地内にある小さな教会。レーテとルチアは、長椅子に隣り合って座っている。


「突然の来訪をお許しください」


 レーテはあまり彼女を知らない。側妃になったばかりの頃に数度、挨拶をしたぐらい。それでも、明らかに憔悴し、暗い雰囲気だった。


「私はレーテ様に、罪の告白をしに参りました」


 この教会に告解室はないし、レーテも神官や修道女ではない。


「罪、ですか?」


 呪いにかけられたレーテを、見殺しにしようとしたことか。


「私は十五歳の時、光の女神ルミナスから神託を授かりました」


 レーテは息を呑む。聖女ルチアが女神から言葉を賜ったともなれば、どこかで噂されていそうだが、初耳だ。




 その時はまだ、先帝ディオレサンスも健在で、沢山の皇子がいた。先代の聖女セレスティーネも生きていた。そんな中でルチアに下された神託は、『次代の皇帝は第六皇子アダルセリス。皇后となるのは、次代の聖女、オスカルの乙女』。ルチアはそれを聞いて、父親の元に行った。


 ルチアは平民として生まれ育った。父親は教会に属する異端審問官。母親はパン屋の娘。だが、その出自の半分は偽りだ。本当の父親は、当時の教皇、ボナヴェントゥーラ。ボナヴェントゥーラは教皇にあるまじき男で、かなりの女好き。美しい平民の女を襲っては、金と権力で黙らせていた。母親もその毒牙に掛かり、ルチアを産んだ。


 ルチアが神託を受けて向かった先の父親は、清廉潔白な養父ではない。実の父親、教皇ボナヴェントゥーラの方。彼はルチアに目をかけていた。希少な光魔法の使い手で、母親に似て美しい。だから、ルチアのお願いを聞いてくれた。ルチアを聖女にしてほしいという頼みを。


 聖女を決めるのは、女神ではない。皇帝、教皇、各大臣、枢機卿など。彼らが聖女に相応しいと思う光魔法の使い手の女性を選ぶ。だが、その多くには政治的意思が反映されやすい。だから、歴代聖女の大半が、皇族や貴族。数千年の歴史の中で、平民出身の聖女はほんの、数人程度。


 それでも、ルチアは教皇ボナヴェントゥーラと、彼が買収した皇帝らに推薦され、聖女の地位を手に入れた。

 特に先帝は、光魔法の使い手を戦場に向かわせると言えば、喜んで協力したようだ。ルチアもレーテも、光魔法の使い手は誰でも一応は教会に属している。そして、怪我が絶えない戦場において、治癒魔法が使える光魔法の使い手は重宝される。


「私は、アダルセリス様のことが好きだったんです」


 女神から神託を賜る、およそ一年前。ルチアは帝都にあるルミナス教の総本山、大教会で、光魔法師として働いていた。だが、ルチアが教皇に気に入られていることに嫉妬した他の光魔法師に嫌がらせをされ、重たい荷物を押し付けられてしまった。

 魔法で荷物の重さを減らせられればよかったが、ルチアは補佐系光魔法以外の魔法が苦手だった。嫌がらせをした者達は、それを知っていて押し付けた。

 ルチアはなんとか荷物を持ち上げたが、すぐにバランスを崩して転んでしまった。その時、手を差し伸べてくれたのが、当時、まだ皇子だったアダルセリス。


 基本的にガルシア領にいるアダルセリスだったが、この日は生母の命日。大教会近くにある皇族専用墓地を訪れていた。


 ルチアは、美しく、優しいアダルセリスに一目惚れした。


「私も、光魔法の使い手である女です。聖女の資格は持っています。もし聖女になれたら、平民でも、アダルセリス様と結ばれることが出来るって、思ってしまったんです」


 ルチアの野望は叶った。聖女で、成人した未婚の女性だからと皇后に――アダルセリスの妻の一人に選ばれた。


「私は勝手に、女神に選ばれた特別な存在だという気になっていました。女神の神託のお陰で、私は聖女になろうと思って、なれました。皇后にもなって、好きな人のお嫁さんになれました。女神は私を聖女に、皇后にする為に、神託を授けてくださったんだって」


 だが、アダルセリスはルチアを愛してくれなかった。

 平民として生まれ育ったルチアが困らないよう、苦労しないよう、気を付けてくれてはいた。ただそれは、皇帝として、国にとって重要な存在である聖女を守る為にしていること。ルチア個人に特別な感情があるわけではないと、ルチアは気が付いた。レーテがいたから。

 アダルセリスの元婚約者。彼は皇子でありながら、後に女伯爵となるレーテを支え、尽くすようにと育てられた。だから、アダルセリスは特別、レーテに献身的だった。ラドミアがレーテを呪ってから、それはよりわかりやすかった。

 妃が複数いるとしても、一人が二十年にも渡って、公務もしない、社交もしない、人前に出ることすらないなんて、許されない。それでもレーテが離縁され、皇宮を追われることもなかったのは、アダルセリスが他の妃や貴族達の不満を抑えて来たから。アダルセリスだけが、第五側妃レーテの存在は皇室に、帝国に必要だと説き続けた。

 病床のレーテにとっては、さっさと解放された方が良かったのかもしれないが、それだけ、アダルセリスがレーテが自身の妃であることを求めていた。


 でも、レーテの存在を抜きにすれば、アダルセリスに最も近い女性は、皇后であるルチアだろう。アダルセリスは個人的にレーテを気にかけていても、皇帝としての立場は忘れない。聖女であり、国の母である皇后を、他の側妃よりも立てた。ルチアが第一子を産んだのも、アダルセリスの計算のうち。恐らく、クリストファーが皇女だったら、皇子が生まれるまで、他の側妃を妊娠させなかっただろう。不要な皇位継承権争いを生まない為に。

 つまり、レーテさえ消えれば、死ねば、アダルセリスにとって一番の女性はルチアになる。ラドミアでもなく、他の側妃でもなく。ルチアはそう思って、レーテを見殺しにしようとした。


「でも、レーテ様はすごい魔法……いえ、権能で、モンスターインベイドを殲滅しました。その時、クリストファーが、レーテ様を見てオスカルと言ったことで、再び思い出したんです。女神の神託の内容を」


 女神は、『皇后は次代の聖女、オスカルの乙女』と明言した。てっきり、いつか聖女――ルチアが「オスカルの乙女」と呼ばれるようになるのかと思っていた。歴代の聖女に異名がつくことはよくある。だが、そんな日は来なかった。その名は初めから、オスカル一族の末裔、雷の権能を受け継いだレーテを指すものだったから。


 その後、ルチアの考えを知らない善良な息子が、レーテにかかった呪いを解いた。


「本当は、聖女になるのは、皇后になるのは、レーテ様だったんです。私は、偽者」


 ルチアは椅子から立ち上がり、レーテの足下で跪いた。


「えっ!?」


 内容を理解するのに忙しかったレーテだが、ルチアの突然の行動に驚く。


「大変、申し訳ございませんでした!!」


 ゴン、と音がしたほど、ルチアの頭が勢いよく下げられる。驚いて、レーテは思わず腰を上げた。


「ちょっ……!? 顔を上げて――」

「私は、私のことは好きにしてくださって構いません。ですが、どうか、どうか、クリストファーとマリアーネは見逃してください……! お願いします……!!」


 レーテは困った。実は自分が聖女で皇后のはずだったとか、言われても実感なんてないし、いまいち信じられない。自分にそんな可能性があったとは、正直、思えない。


「…………ルチアさま。たとえ、どれほどわたしがあなたの断罪を望んでも、それは出来ません」


 多分。それぐらいは、レーテでもわかる。前日、それについてアダルセリスと話したからかもしれない。


「あなたの話が正しいのならば、女神にとって、この世界にとって、あなたは偽りの聖女なのかもしれません。ですが、グランツ帝国の民にとっては、ルチアという平民の女性こそが、女神の代理人たる聖女であり、この国の母たる皇后です」


 偽者だろうが、本物だろうが、ルチアが聖女として、皇后として、この国と民、そしてアダルセリスに尽くして来たことを、皆が知っている。ずっとベッドで寝込んでいたレーテでさえそうなのだ。知らない者はきっと、誰一人としていない。その献身は、ただの下心一つで出来るものなのか。

 いや、そうは思えない。


「たとえ女神でも、このグランツに生きる民が、ルチアという聖女、皇后に向ける信頼を、尊敬を、否定することは出来ないでしょう」


 恐る恐るといったように顔を上げたルチアの前で、レーテも膝を付く。


「許しますとは言えません。わたしもまだ、理解が追いついていないので。ですが、あなたとクリストファー殿下、マリアーネ殿下の破滅を望むこともなければ、この話を他皇子陣営に売るつもりもありません。光の女神ルミナスに誓います」


 クリストファーは皇太子として盤石な地位を持つが、だからと言って、他の皇子やその母親、その実家など全ての者が、皇位を諦めているわけではない。クリストファーの身になにがあるかは、誰にもわからない。その命や失脚を狙う者もいるだろう。だが、レーテがそれをしても旨味はない。そもそも、まだ子供もいないのだし。


 光の女神に誓うということは、相応の重さを持つ。それが、女神により近い距離にいる光魔法の使い手ならば。レーテはそれに加えて、女神から神託をいただき、かつて女神が所有していた雷の権能を持っている。破ればきっと、相応の報いが下される。


 女神の神託を利用し、未来を変えたルチアも、今、報いを受けていると言ってもいいかもしれない。聖女で皇后、次期皇帝の母という栄光を手に入れた。だが、女神に逆らってでも欲した、愛する人の心は手に入らないまま。否が応でも己の罪と向き合い、恋敵(レーテ)にその全てを曝けた。


「本当に、申し訳ありませんでした……。ありがとうございます……」


 女神の誓いを立てられたからか。レーテは本当にルチアの過ちをネタに、その子供達も害することはないと安堵したのだろう。泣き崩れてしまった。

 ルチアは教会の外に待機させていた彼女の侍女と護衛騎士に預ける。彼女達に支えられながら、自身の宮へ帰るその背を見送った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ