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一人目の容疑者


その日の午後、アダルセリスが再びやって来た。事前の通達もなく、侍女も騎士達も驚いていた。レーテも。


「どうしたの?」

「急で悪いが、今すぐラドミアのところに行くぞ。異端審問官が来たんだ」

「えっ、もう?」

「もう」


 アダルセリスは、どこか疲れたような顔をしている。


「あいつらは一言で言えば狂信者だからな。魔女がいるかもしれないと連絡したら、即刻来た。しかも、三十人」

「さっ……!?」

「全員で私の執務室に押しかけて来たから、今頃、グランツの皇帝に背信疑惑があると噂されているかもしれないな」

「そんな他人事みたいに言わないで!?」


 光の女神を信仰するこの国で、女神の加護を受けた皇族が女神に背いたなんて、スキャンダルどころではない。


 あぁ、そうか。


第三側妃(ラドミア)の侍女の時点でも、相当まずいのか……」


 レーテの呟きに、アダルセリスは頷く。


「本人は皇族でなくとも、皇族に仕えている。なんなら、ラドミアの指示で魔物と契約し、その力を使っている可能性も高い」


 アダルセリスに連れられ、ラピスラズリ宮を出る。後宮の門前に、真紅のローブを纏った集団がいた。異端審問官だ。話には聞いていたが、その圧倒的な存在感に、レーテはギョッとする。


 普通の神官は純白のローブ、異端審問官は真紅のローブを着用している。

 ちなみに、宮廷に仕える魔法師は黒いローブが制服。


 アダルセリスとレーテが門前に着くと、異端審問官達が一斉に跪いた。一糸乱れぬ動きに、レーテはまたもビビる。


「オスカルの乙女、レーテ様にご挨拶申し上げます」


 この場のトップと思しき最前列の人物が言う。

 レーテとしては、何故その言葉(オスカルの乙女)を知っていると問い詰めたい気分。狂信者は女神の言動がわかる異能でも持っているのか?


「……こちらこそ。今回はよろしくお願いしますね」


 それでも、不満を爆発させている余裕はないので、よそ行きの微笑を浮かべる。


「申し訳ありません、レーテ妃」


 赤ローブ集団の中から、輝く皇子が出て来る。クリストファーだ。皇太子の存在に気が付けないほど、この集団の存在感は強すぎる。


「あなたは被害者だというのに、呼んでしまって。異端審問官がいれば問題ないかもしれませんが、魔女がいた場合、戦闘になる可能性もあるので……」


 なにも考えずについて来てしまったが、レーテは戦闘要員として呼ばれたということか。

 本来、騎士に守られる側の側妃が守る側に組み込まれるなんて、とは思わない。レーテはいつも守る側だったからだ。アダルセリスが、そして未来の皇帝が行くのならば、レーテも行く。持てる力は出し惜しみなく、有効に使うべき。


「行くぞ」


 皇帝の号令と共に、男も女も入り乱れた集団が、後宮の門を潜る。


 本来ならば、男は皇帝と、未成年の皇子しか入れない場所。だが、皇帝の許しがあれば、如何なる男も入ることを許される。そうやって、成人済みの皇子は母親に会いに行く。


「でも、こんな目立ってていいの? 逃げられない?」

「既に、後宮の周りには軍を配置している。鼠一匹とて通さん」


 第三側妃ラドミアの居住区は、ペリドット宮。後宮の真ん中辺りに建つ。


 なお、レーテのラピスラズリ宮は奥の方。

 だから最近、アダルセリスがラピスラズリ宮に行っていることは、道中にある宮に住む他の妃達やその侍女も、皆、気が付いているだろう。


「第三側妃ラドミアの侍女、スージェンナ・タルディに、呪詛行使罪と魔女の疑いがある。皇帝権限の下、中を改めさせてもらう」


 皇帝にそう言われ、ペリドット宮前を守る騎士達は門を開けた。


「まぁ、陛下。そんな大人数で、どうなさったのです?」


 ペリドット宮内に入ると、エントランスホール奥の階段から、一人の女が現れた。豊かな黒髪に緑の瞳を持つ美女。二人の皇子を産み、四十前後のはずだが、そのプロポーションは素晴らしいとしか言いようがない。

 彼女が、第三側妃ラドミア。


「侍女のスージェンナ・タルディを出せ。第五側妃レーテに呪詛をかけた疑いと、魔物と契約した疑いが――」

「陛下」


 異端審問官の一人が、アダルセリスの背後で片手を上げる。女神のみを信じる彼らは、皇帝の言葉も平気で遮る。


「なんだ」

「ここに魔物の気配はありません。そのスージェンナ某を含め、この宮に魔法使いや魔女は存在しないでしょう。なので、帰らせていただきます」


 つまり、レーテを呪い殺すのはスージェンナではない。


「……あぁ、ご苦労。また呼び出すかもしれないが、その時は頼んだ」

「勿論です」


 ぞろぞろと赤ローブの集団がペリドット宮を出ていく。

 なんとも言えない空気の中、アダルセリスが咳払いをした。


「……侍女のスージェンナ・タルディに、第五側妃レーテに呪詛をかけた疑いがある。スージェンナ・タルディを出せ」


 何事もなかったように続けた。皇帝とは、心が強くなければなれないものなのだろう。多分。レーテには出来ない。繊細なので。


「陛下、二階の奥に呪詛の気配があります。レーテ妃に掛けられていたものと同じものです」


 背後からクリストファーが、アダルセリスに囁く。アダルセリスは頷いた。


「引き摺り出せ」


 真っ先にレーテが走り出す。だが、階段に届く前に、ラドミアの支配下にあるらしい騎士や侍女が立ちはだかった。計画通り。

 その隙に、クリストファーが高く跳び上がる。風を操り、ラドミアの頭上を越え、階段の上、二階に着地。そのまま、呪詛の気配がする方へと走る。


「追いかけなさい!」

「させないよ」


 レーテが指を鳴らす。

 騎士や侍女達の足下に、金色の魔法陣が浮かぶ。


「っ身体が……!」


 身体の自由を奪われたからか、彼らは抵抗して魔法を発動させようとする。

 レーテはその前に、魔力をぶつける。術式が破壊された。


 ――パリン、パリン。


 薄い硝子が割れるような音こそ、術式破壊の証明。

 レーテはこの音が好きだ。この音聞きたさと、ギャザーへの仕返し、一石二鳥を成す為だけに、術式破壊を練習しまくった。

 ギャザーがレーテに言う「破壊魔」とは、攻撃系魔法による物理破壊だけの話ではない。術式破壊に対する意味もある。


「レーテ・ガルシア……!」


 ラドミアがレーテを睨み付ける。一国の元公女で、一国の皇帝の妃とは思えない形相だ。


 アダルセリスは抵抗する者達を見る。


「おまえ達はなにをしている? おまえ達の主は誰だ? この国の皇帝か、第三側妃か」


 誰かが息を呑む。侍女や騎士の勢いが削がれる。誰が自分達の真の主人か、今更、思い至ったらしい。

 アダルセリスは妃達に対し、必要以上に干渉をしない。妃達が暮らす後宮の各宮に配属されている者達にも。基本的なことは妃達や、各宮の家令に任せている。ゆえに、間違える者が出る。すぐ側で仕える相手(第三側妃)と、遠方にいる雇用主(皇帝)、どちらの命令を優先するか。


「陛下! いました! スージェンナ・タルディです!」


 二階から、クリストファーが顔を出す。その隣には、蒼白い顔で、窶れた様子の中年の女が立っていた。


「私が、レーテ妃を呪いました……。ラドミア様の命令で……」


 その女が、スージェンナ・タルディだった。

 彼女はクリストファーになにかを言われたのか、自ら告白する。


「なにを言っているの!? わたくしがそんなことするわけないでしょう!?」

「レーテ妃を呪ったら、病の母の為に光魔法の使い手と治療費を用意してくださると言ったから!」


 ラドミアに対抗してか、スージェンナは声を張り上げる。

 そういえばスージェンナの資料の中に、母親のことが書いてあった。長年、重篤な病を患っていたが、ラドミアがこちらへ輿入れした少し後、ラドミアが光魔法の使い手を手配し、回復の兆しを見せていると。てっきり、祖国から侍女として、公女の輿入れについて行ったことへの報酬だと思っていたが、レーテへの呪詛に対するものだったのか。


「どうせすぐ死ぬし、誰も呪いのことなんて気付かない。呪詛返しだってされるわけないって、ラドミア様が言ったから! なのに、全然死なないし、今更、呪詛返しされた!」


 レーテにかけられていた呪いは、命に関わるものだったのか。

 それでも長年死ななかったのは恐らく、無自覚に生命維持が出来る分だけ、呪いを弱めていたのかも。これでも光魔法の使い手なので。


「陛下! この者の言っていることを信じてはなりません。わたくしはなんの関係もありませんわ!」

「なにを言っているのですか!? 私は嘘なんて吐いてません! 信じてください!!」


 ラドミアはスージェンナを切り捨てようとする。スージェンナが術師だとバレた今、単独犯ということにでもしたいのか。だが、それを下手人が許すはずもない。

 スージェンナは覚束ない足取りで階段を降り、ラドミアにしがみ付く。


「ずっと、レーテ妃が気に入らないって言っていたじゃない! 同じ黒髪で、色白で、でも自分の方が美人でスタイルが良くて身分も高いのに、元婚約者というだけで陛下に気に入られてるって! 呪いでレーテ妃が寝込んで、陛下のお渡りもなくなったって喜んでたじゃない!!」

「っ触らないで!! わたくしを誰だと思ってるのっ!?!?」


 ラドミアはスージェンナ一人に罪を着せようとし、スージェンナはバレたのならラドミアも道連れにしようとする。女の争いが狭い階段で収まるわけもなく、二人で階段から転がり落ちる。

 中腹からだったし、絨毯も敷いてある。二人は怪我もないようで、元気に暴れている。そこには、皇帝の側妃とその侍女という品格はどこにもない。


「うわぁ……」


 クリストファーが目を瞬かせ、アダルセリスは溜め息を吐く。


「痛い!!」

「煩い」


 甲高い声でぎゃんぎゃん騒ぐ二人に、堪らず、レーテは人差し指を向ける。仲良く一緒に気絶しろ。


 遅れて、騎士達が傾れ込む。ラドミアとスージェンナ、あと、ラドミアの命令に従って皇帝に反抗した者達も纏めて捕らえた。


「しばらくは会えないだろう。ラドミアの処遇は、こちらの一存では決められないからな」


 引き摺られる女達を見つつ、アダルセリスに言われる。

 ラドミアは元公女。下手に重い罰を与えて、ラドミアの祖国であるベルカ公国との交友関係にヒビを入れるわけにはいかない。

 そもそも、ベルカ公国は先帝時代にグランツ帝国に侵略された国の一つ。公女を現皇帝の側妃に迎えることで、壊れかけた仲を修復しようとした。


「じゃあ、こっちでアディさまを狙っている術師を探そうか?」

「いや、危険だ。毎年、即死級の呪詛を飛ばしてくるような奴なのだろう?」

「でも、そろそろ来るかも。新月の日が近いでしょ。いつも、今月の新月の日に呪詛が飛んでくるんだよ」


 新月の夜は、光の女神の加護が最も薄れる時間とされる。代わりに、魔の力が増幅する。


「あっ。毎年アディさまを狙っている奴が魔法使いか魔女の可能性もあるか。新月が一番相性いいし」


 その魔の筆頭が、魔物。魔物の力を使う魔法使いや魔女も、最も活動的になる。


「わかった。新月の日は絶対に時間を空ける。だから、それ以外は大人しくしてくれ」


 まるで、レーテが好き勝手に暴れ回ると思っていそうな言い方。レーテは抗議の意を込めて、アダルセリスの服の裾を引っ張る。


「呪いは消えたのだろうが、長年伏せった影響でなくなった体力は一朝一夕では戻らない。レーテが心配なんだ」

「そういうことね」


 アダルセリスは無言の抗議を受けて、フォローに回る。


 後遺症、と言うべきだろうか。間接的だとしても呪いが原因で、体力も筋力も劇的に落ちた。その影響が、今も続いている。

 今日はかなりの距離を移動した。魔法も使った。気を抜けば、脚の力が抜けそう。だから、治癒魔法で体力と筋力を回復させている。

 本来ならば、ゆっくりと時間をかけて運動力を増やしていくべきだと、レーテもわかっている。だが、悠長にしている暇はない。呪い殺されるのは、神託によれば一年以内。それがきっかり364日後なのか、明日なのかは、わからない。死にたくないから、無理をしてでも足掻くしかない。


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