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第4話 明かされる真実、まさかの告白!?

 バルタザール男爵の不穏な言葉に、会場は水を打ったように静まり返った。ざわめきが、氷の結晶が触れ合うような冷たい音になって、私の耳に届く。


「エミールの出生……? 一体、どういうことですの、バルタザール男爵!」


 私は震える声を絞り出す。ユリウス様はいつも通りの無表情……だけど、その目は、獲物を前にした猛禽類のように鋭い。微かに震えているようにも見える。


「奥方、ご存じないのですか? エミール坊ちゃまは……実は……」


 バルタザール男爵は、嫌らしくニヤつきながら、私に一歩近づいてきた。その目は、ねっとりと私を値踏みするようで、まるで蛇。本能的な嫌悪感に、鳥肌が立つ。


「エミール坊ちゃまは、実は……捨て子でございます!」


 言い切った男爵の顔は、歪んだ喜びに満ちていた。


 ……は? 捨て子? エミールが? 


 理解が追いつかない。だって、あんなに可愛いエミールが? 天使みたいなエミールが? 玄関の籠の中にいたんだから、誰かが公爵家になら預けてもいいと、そんな思惑で置いていかれたはずよ。だから捨て子じゃない!


「そこまでだ、バルタザール」


 ユリウス様の低い声が、会場に響き渡った。その声は、極寒の地の吹雪。一瞬で、私を包む嫌な空気さえも凍てつかせてしまった。


「ユリウス様……?」


 ただならぬ気配に、私はユリウス様を見上げた。彼は私を一瞥すると、エミールをそっと私に手渡す。その手は少し震えていた。


「リリアーナ、下がっていろ。ここは私が」


「で、でも……!」


 ユリウス様の言葉を遮って、私はエミールを抱きしめた。離したくない。この子を、守りたい。


 ユリウス様は、そんな私の気持ちを見透かしたように、静かに、しかし力強く言った。


「リリアーナ、心配するな。エミールは、私が必ず守る」


 その言葉に、私はハッとする。ユリウス様の目は、燃えるような決意を宿している。騎士が姫を守るように……。


 ……って、今はそんな妄想をしている場合じゃないわ!


「バルタザール、貴様の目的は何だ?」


 ユリウス様は、バルタザール男爵に冷たい視線を向ける。その声は、氷の刃のように薄くて冷たかった。


「フフフ、ローゼンクランツ侯爵。とぼけるのも大概になさい。あなたの目的は、エミール坊ちゃまを利用して――――」


 バルタザール男爵は、嘲笑を浮かべながら、懐から短剣を取り出した。キラリと光る刃が、私の目に焼き付く。


「なっ……!」


 思わずエミールをかばう。まさか、刃物を取り出すなんて! 


「ユリウス様、危ない!」


 私は反射的に叫んでいた。でも、ユリウス様は全く動じない。最初からこうなることを予測していたみたいに。


「セバスチャン! アメリア! あなたたち、何とかできない?」


 近くにいたセバスチャンとアメリアに助けを求める。セバスチャンは、いつもの冷静な表情で、私に頭を下げた。


「奥様、ご安心ください。旦那様は、体術、剣術ともに、国内でも指折りの使い手でございます。あのような輩に、後れを取ることはございません」


 セバスチャンの言葉に、私は少しだけ安堵した。そういえば、ユリウス様は、騎士団の訓練にも参加していると聞いたことがある。でも、相手は短剣を持っている。油断はできないわ!


「バルタザール、観念しろ」


 ユリウス様はゆっくりと告げた。その声には、一切の感情がこもっていない。


「フン、生意気な若造が! ローゼンクランツ侯爵、あなたの弱点はもう分かってるんですよ!」


 バルタザール男爵は、ニヤリと笑った。その笑みは、悪意に満ちていて、私の背筋を凍らせる。


「弱点……?」


 私は思わず呟いた。ユリウス様に弱点なんてあるの? あの、いつも冷静沈着なユリウス様に?


「あなたの弱点は、エミール坊ちゃまだ! さあ、エミール坊ちゃまを渡せば、命だけは助けてやる!」


 バルタザール男爵は、狂気を孕んだ声で叫びながら、ユリウス様に襲いかかった。


「ユリウス様!」


 私は再び叫んだ。エミールを抱きしめる手に、力が入る。


 ユリウス様は、しかし、冷静だった。彼は、バルタザール男爵の攻撃を、紙一重でかわす。最初から動きを見切っていたのね。


 そして、ユリウス様は、バルタザール男爵の腕を掴み、流れるような動きで、その腕をねじり上げた。


「ぐあっ……!」


 バルタザール男爵は、苦悶の声を上げる。ユリウス様の動きは、無駄がなくて美しい。


「きゃあ!」「ユリウス様、素敵!」「さすが、ローゼンクランツ侯爵!」


 周りにいた貴婦人たちから、黄色い声が上がった。……こらこら、今はそんな場合じゃないでしょ! 私の旦那様が、大変な目に遭ってるのよ! ……って、私も見惚れてる場合じゃないわ!


 ユリウス様は、バルタザール男爵を床に叩きつけた。鈍い音が、会場に響く。バルタザール男爵の手から、短剣が滑り落ち、床を転がっていく。


「バルタザール、おとなしくしろ」


 ユリウス様は、床に這いつくばるバルタザール男爵を、冷たく見下ろす。その目は冷ややかだった。


「くそっ! 覚えてろ、ローゼンクランツ侯爵! 必ず復讐してやる!」


 バルタザール男爵は、捨て台詞を吐きながら、会場から逃げ出していった。その姿は、尻尾を巻いて逃げる犬。


「ユリウス様、ご無事で……!」


 ユリウス様に駆け寄った。彼はいつもの無表情で私を見つめる。


「リリアーナ、エミールは無事か?」

「え、ええ、大丈夫ですわ。ほら、ここに」


 エミールがよく見えるように、ユリウス様に差し出した。ユリウス様は、エミールを優しく抱きしめた。


「それより、ユリウス様こそお怪我は……」


 心配で、ユリウス様の体をペタペタとさわっていく。服の上からでもわかる、鍛え上げられた筋肉の感触に、ドキドキしてしまう。……って、今はそんな場合じゃないわ!


「リリアーナ、私は大丈夫だ」


 ユリウス様は、私の手を優しく制した。その手は、温かくて、大きい。


「ユリウス様、エミールは、一体何者なのですか? バルタザール男爵は、エミールの出生について、何か知っているようでしたが……」


 私がユリウス様に尋ねると、なにかを言いかけて口をつぐんだ。その目は、何かをためらっていた。


「場所を移そう。ここでは人目がありすぎる」


 ユリウス様は、私とエミール、そしてセバスチャンとアメリアを連れて、バルコニーへと向かった。


 バルコニーに出ると、夜風が頬を撫でた。星が、空に散りばめられている。


「リリアーナ、エミールは……」


 ユリウス様が、重い口を開いた。その声は、いつもより低い。


「エミールは、魔王スズキの息子だ」

「……え?」


 ユリウス様の言葉に、私は絶句する。……魔王? スズキ? 一体、何のこと?


「久しぶりだな、セバスチャン。我が息子を、よくぞ守ってくれた」


 突然、どこからか声が聞こえた。声の主は、私の腕の中にいるエミールだった。


「えっ!?」


 エミールが、ゆっくりと目を開けた。その瞳は、ゆらめく炎のように真紅に輝いていた。


「セバスチャン、お前が我が息子を玄関前に置かなければ、どうなっていたことやら……」


 エミールの口から、信じられない言葉が飛び出した。その声は、エミールの声ではない。もっと、低くて、威厳のある声。


「……わ、我が、息子?」


 混乱しながら、声の主であるエミールを見つめる。うーん、エミールは、不敵な笑みを浮かべている。その笑顔は、天使のようでありながら、どこか悪魔的な雰囲気を漂わせていた。


「いまはエミールの体を借りておる。我こそは、魔王スズキ。エミールは、我が息子なり!」

「……」


 言葉を失った。エミール……いや、魔王スズキ様は、高らかに宣言した。まだ理解できない。エミールが、魔王の息子!? 


「セバスチャン……? あなたが玄関にこの子を置いたって本当?」


 セバスチャンに問いかけると、彼は深く頭を下げた。


「申し訳ございません、奥様。旦那様からのご命令で、秘密にしておりました」

「ユリウス様……」


 私は改めてユリウス様を見る。彼はいつもの無表情だったけど、その目は、全てを諦めたような、悲しい光を宿していた。


 ユリウス様……まさか、最初から知っていたの? 私に、何も言わずに……?


「というわけだ、リリアーナ、ユリウス。エミールを、頼んだぞ」


 魔王スズキ様は、そう言って目を閉じた。そして、再び目を開けると、深紅に輝いていた瞳は、元の黒い瞳に戻っていた。


 私は呆然としながら、腕の中のエミールを見つめる。無邪気な笑み。確かに魔王スズキ様は去ったようだ。でも……この子が、魔王の息子? 信じられない……エミールはやっぱり可愛いし。


「リリアーナ」


 ユリウス様の声で、私は現実に引き戻された。


「エミールが何者であろうと、私たちの子だ」


 ユリウス様は、私とエミールを優しく抱きしめた。


「ユリウス様……」


 私は、ユリウス様の胸に顔を埋める。彼の温もりが、私の不安を優しく包み込んでいく。


 ユリウス様! やっぱり大好き! 


 心の中で叫んだ。エミールが魔王の息子だろうと、何だろうと、関係ないわ。私はユリウス様とエミールと、一緒に生きていく。それが、私の決意だった。


 でも! 隠し事は良くないわ!

 ユリウス様に問いかけようと顔をあげた時、私の唇はユリウス様の唇に塞がれた。


「んっ……!?」

「リリアーナ、愛している」


 ユリウス様は、そう囁くと、再び私に口づけした。優しくて、情熱的で、私の全てをとろけさせていく。


 ユリウス様、私も愛してる……!


 心の中で叫んだ。そして、ユリウス様の腕の中で、私はこれからのことに思いを巡らせていた。


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