第19話 あと半年。
「ウィルマー様、ようやくアカデミアを卒業いたしました。ここまで本当にお世話になりました。」
そう言って、卒業証明書をクリスティーナが見せに来てくれた。嬉しそうだ。
卒業論文は、自分で立ち上げた工房を書いたらしい。今は、この国内外でも知らない人がいないほどのブランドに育っている。ただ、規模は大きくはしていない。あくまでハンドメイドが売りだから、なのだそうだ。
この冬には、領地の縫製工場から出た端切れでクマのぬいぐるみを作り、かなり売ったみたいだな。父も、そのぬいぐるみを生地サンプルとして取引先に配るのに使っていた。抜け目はないなあ、、、
「それから、これは、、、学院の授業料と、教科書代と制服代、、、アカデミアは奨学金を取りましたので、諸経費分、ご確認くださいませ。」
「・・・・・」
「実家の借入金に関しては、弟が何年かかっても必ず返すと、お父様と話しておりましたから、、、、」
クリスティーの実家の領も、鉢物の出荷が軌道に乗ったらしいな。特に王都に花が少なくなる冬前から春先までの出荷に焦点を絞っているようだ。
僕の執務室の応接テーブルに広げられた札束に、、、、正直、、、がっかりする。
あの、12月の舞踏会からこっち、僕は精一杯君を口説いたつもりだったが、、、
「まあ、そんなにお気遣いいただかなくても。」
と、さらりとかわされてきた。そうじゃないんだけど、、、もう、、、泣きそう、、、
後ろに控えたヒルデが、意地悪そうに笑っている。
・・・・・そうだね、自業自得ですね、、、
「なあ、クリスティー、僕の父はお前が思うより腹黒いんだぞ?」
「まあ、、、、、たとえば?」
「領地が不作でも、減税しないし、、、、」
「知っております。《《少しの不作》》ならそのままの税ですね。ただし、年末に条件付きで、母子家庭、60歳以上の夫婦のみ家庭、60歳以上の一人暮らしの方、子供が3人以上いる方、、この方たちには薪と食料が支給されます。いいと思いますよ?」
「・・・・・」
「教会に身を寄せている人たちも働かせているし、、、」
「そうなんです。食べさせてもらってる、と、卑屈にならないように、とお母様が考えて下さったんですよ!縫製工場からの内職をお願いしています。いい考えですよね?」
「・・・・・」
「それに、、、お前との婚姻だって、家の跡継ぎ欲しさだったんだし。」
「ええ、よくお二人でお話されておりましたよ?お友達に孫自慢されるのがうらやましい、って。早く孫が欲しいって。特にお父様はウィルマー様の小さい頃に育児に携わることが出来なかったので、余計楽しみにされていらっしゃいます。」
「・・・・・・」
「そのためにも、、、早く離婚したほうがよろしいですかね?ウィルマー様のお子様はかわいいと思いますよ。お父様もお母様も楽しみにされておりますし、、、、そうですねえ、、、じゃあ、すぐにでも?」
「・・・・そんなにベルノがいいのか?」
「「え????」」
事務机に向かっていたベルノが驚愕の顔を上げる。聞いていないのか?化け物を見るような顔だ、、、
「何度も言うが、クリスティーナ、、、、君は僕の妻だ。」
「ええ、あと半年でございますねえ、、、忙しくて、楽しい3年間でした。あ、、、ウィルマー様は意に沿わない結婚でございましたね、、、すみません、、、、貴重な時間でしたでしょうに、、、」
「・・・・・そうじゃなくて、、、、」
*****
「ねえ、クリスティー?あなた、本当にいいの?離婚して、ウィルの妹になるの?」
「そうですねえ、、、、身に余る光栄ですよね、、、お父様とお母様には本当に良くして頂いて、、、、生活自体は、工房用に借りている家もありますから、なんとでもなるんですが、、、、前にも言いましたけど、、、お屋敷の方も領地の方も本当にいい人ばかりで、、、、恵まれましたねえ、、、わたし、、、」
「じゃあ、このままいればいいんじゃない?」
「それは、、、、、」
王城の中庭で春の陽を浴びながら、王太子妃とお茶。
旦那様が登城するときに、一緒に連れてきていただいた。
香りの高い紅茶と、小さなケーキがたくさん。
「それは無理ですね。お父様もお母様も、ウィルマー様のお子を楽しみにされておりますので。うふふっ、、孫はかわいいとお友達にさんざん自慢されたらしいですよ?」
「・・・・・」
「妹になるのも、、、、後々のことがございますでしょ?いくら白い結婚、だとは言え、新しいお嫁さんが嫌がるようなことになりませんか?だから、、、いい取引先、いいお友達としてお父様方とお付き合い出来たらなあ、、、、って、、、考えます。」
「あなたさあ、、、あんな豚みたいな、誰にも相手にされないウィルを、かわいいって言ってたじゃない?変わった子だなあ、って思っていたのよ。」
「まあ、、、イルデ様、、、豚じゃありません、子豚ちゃんです。うちの看板商品ですから。痩せちゃいましたけど。それに、ウィルマー様に感謝しておりますの。
・・・・領民が飢える夢を見なくなりましたから。」
「まあ、、、、、そうね、、、だからさあ、、、、一からやり直してみたらいかが?」
「何を?ですか?」
「いや、、、、だから、、、」
がさり、と音がして、春咲きのバラの茂みから、エリック様が出ていらっしゃいました。急いで席を立って、ご挨拶をします。
「いやあ、、、手ごわいね、、、ウィルは、僕がイルデと無事結婚できるように走り回って、敵対する因子を片っ端からつぶしてもらって、、本当に忙しく使ってしまったんだよ。同級生だったから、頼みやすかったしね。あの変な太った変装も、引きこもって社交界に出ないって言うのも、必要があってやってたことなんだけどねえ、、、、タイミングが悪かったかなあ、、、、」
みんなで座りなおして、新しい紅茶に入れ替えられた。
「どうだろう?イルデ、これは本人を説得するより、ワルス伯爵ご夫妻を丸め込んだほうが早そうじゃないかい?」
「そうですねえ、、、、ウィルが改めてプロポーズしたら、いえ、結婚しておりますでしょ?って言ったらしいし、、、、手ごわいわ、、、打つ手がないわよね、、、」
「な、、、、なんのお話でしょう?」
「自分のこと以外は冷静で、きちんと判断できる子なのにねえ、、、残念だわ」
「まあ、ウィルも自業自得みたいな?女嫌いだったし、親に反発してたし。」
「まったく、、、、反抗期が長すぎますよね、、、、」
「その辺もな、、、雪解けだろう?」
「ええ、、、、」
「な、、、、なんのお話ですか?」